第1章 ジェノバの造船所
日の射す屋内で私は設計図を見直していた。間もなく完成する2隻の我が子の設計図である。
「早く、戦場を駆ける姿が早く見たい!!」
そう思った。詰所の外にその2隻が今にも産声を上げんとしていた。
「お~い、マヌエル。」
「どうした?」
「どうやら終わったらしいぞ。」
「どっちが勝った?祖国か、それとも・・・。」
「おい、何を言ってるんだ、イギリスが間に入ってたじゃないか、その交渉が終わったんだよ。」
私の祖国アルゼンチンは隣国チリとの間に国境問題を抱えていた。その間に入って仲介を行ったのがイギリスである。イギリスは世界各地にその版図を広げ、世界各国に影響力を持っていた。世界の警察顔するのは正直、気に食わないが、それは一目置かざるを負えなかった。
「てかさぁ、艦を我が子って呼ぶのは、ちょっとおかしいと思うぜ。」
「このモレノとリヴァダビアは私が建造監督を務めた。ならば我が子といえるだろうが!!」
「まぁまぁ、そう熱くなるなって。でもよぉ、2隻が戦場に出ることはないぜ。」
「えっ?」
「建造中の軍艦は破棄、それが解決の条件の一つらしいぜ。」
予想はしていたものの争いが解決した今、この2隻はその必要性を失い、私はすっかり気落ちし、造船所を後にした。その夜、自棄酒に走ってしまった。
翌日、モレノとリヴァダビアの下にやってきた。するとそこに見知らぬ男の姿があった。
その男は見たところ、白人で高身長の紳士だった。
「何者だ!?ここが軍事用の造船所と知って入ってきているのか!?」
「ああ、もちろんだ。私はイギリスから来た公証人だ。」
「イギリス・・・あんた、スペイン語が喋れるのか?」
「だからこそここに来た。一度、品物を見たいと思ってな。」
「品物?」
モレノとリヴァダビアに再び、チャンスがやってきたとそう感じた。しかし、品物ということはこの2隻を買いたいと思っている人間、または国が存在するということだ。買い手はどんな存在なのだろうか・・・2隻の運命よりも今はそれの方が気になった。
「誰がこの2隻を欲しがっているんだ?」
「欲しいというよりも手に入れなければならない、そういった感じだろう。国家の存亡にかかわる事態だからな。」
「フランスか?いや、ドイツ?違うな・・・。」
「違う。我がイギリスから見れば東の果て、シナよりも東の国。」
イギリスから見て東の果てということはアジアの国だ。しかもあのシナよりも東ということはあの国しかない。極東の小国と侮れながらもそれまでアジアの中心だったシナを破り、世界に名乗りを上げたあの国だ。私は全て悟った様な目で紳士を見つめた。紳士も私の目を見て、うなずく。
「そうだ、日本だ。」
その後、しばらく2隻について私が知っていることを話せる範囲で話した。もちろん話せないことは多い。だが、この2隻の運命に期待感が溢れていた。
「父マヌエルは2隻の子供達を地獄へ叩き落した。」
「何言ってんだ、お前?」
「だってそうだろう、日本は今、あのロシアに喧嘩売ろうとしてんだ、勝てるわけないのに。だとしたらモレノとリヴァダビアの運命は一つ、海の藻屑だ。」
「そんなものやってみなきゃわからん。」
「いや、わかるね。大体、黄色人種が白人に勝てるわけないんだよ!!」
同僚の言い分は世界の言い分だった。世界は白人至上主義で凝り固まり、それ以外の有色人種は同じ人として認められず、差別された。私もその白人だが、私はこの目で見たものしか信じない。
数日後、私はアルゼンチン側の代表者の一人として日本との交渉の場にいた。日本側の代表は必至だった。この2隻を手に入れることによってロシアとの戦力差はほんの少しではあるが、埋まる。2隻は装甲巡洋艦と呼ばれる戦艦にも匹敵する攻撃力を持っている艦である。ロシアは遼東半島に艦隊を配備し、さらにバルト海に精鋭の艦隊を配備していた。さらには黒海にも艦隊を配備していた。日本との海上戦力差は圧倒的で、日本がロシア相手の戦争準備をしていること自体に大笑いするものも私の周りにはいた。そこに陸軍を加えるとさらに戦力差はさらに開く。誰もが日本の敗北を予想していた。そんな中、私は2隻の活躍を信じ、日本に向けて出港する2隻を見送った。1904年1月9日のことだった。