魔性の胎動
-V-
ホノカとユートが暮らす【中央の国】では、東の王アズナリュームが正統な竜帝を庇護下においてプータック王の打倒を宣言したことは衝撃をもって受け止められました。
「東と南が戦っているあいだに、北を叩いておかねば」
プータックはそう考えました。【西の国】とは同盟関係が結ばれていましたが、【北の国】とはずっと国境線を引きなおし合うような小競り合いを続けていました。
東の王アズナリュームが攻めてくるようになれば、ここぞとばかりに北も動いてくるのは目に見えていました。
ですから、今のうちに兵力を集中させて【北の国】を倒してしまうことにしたのです。
ユートたち三人の騎士も【北の国】との戦いに駆り出されることになりました。もともとは国の中で平和を守るのが仕事でしたが命令に逆らうわけにはいきません。
「あの若い英雄たちが攻撃軍に加われば士気も上がるでしょう」
参謀の言葉にプータックは頷きます。
「そうじゃの、そうじゃの」
ロジェーム将軍の兵士たちから部隊を編成し、ユートは部隊長として戦地に向かいます。
「気をつけてね、ユート」
「心配ないさ、無理はしないよ。ひょっとしたら、北でショーマのことが何かわかるかもしれない」
ユートはホノカの前では明るく振る舞い、北に出発していきました。
ユートがいなくなって、ホノカにとってはシスフィーネがときおり顔を出してくれるのが唯一の楽しみになりました。
あるときユートが居ないのにも関わらずラスコーニのお屋敷を訪問しているシスフィーネを疑問に思った者がそれを彼女に問いかけました。
そこからラスコーニのお屋敷に隠れ住む少女のことが噂になり始めます。
やがて噂はプータックの耳に届きました。
「ラスコーニに、その娘を連れてくるように言え」
賢者ラスコーニは王の命令とあってもそれはできないと断りました。
「なんだと無礼な。誰かラスコーニを始末しろ」
「王、賢者は人望があり殺すのはあまり良くないかと」
「なら、騎士エジムードよ、そなた例の娘を見て参れ」
エジムードは美剣士と呼ばれるほど美しい男性でした。そのため国の女たちでは美しさで自分よりも劣るため興味が持てないなどと公言しているほどです。
賢者のお屋敷をそっと窓から覗き込み、エジムードはホノカを見ました。
そして一目で恋に落ちました。
「変わった美しさの娘でございました」
「なんと、そんなにか。ならばやはり連れてこい。このプータックの側室にしてやろう」
兵士たちが強引にホノカをプータックのところに連れてきました。プータックもホノカを気に入ってしまいました。
ですがプータックはホノカに指一本触れることすらできませんでした。
その前に、エジムードがプータックを切り殺したのです。
エジムードは気高い騎士ではありましたが、それでもプータックがホノカを側室にしてしまうと思うと我慢がならなかったのでした。
ホノカはエジムードに誘拐され【中央の国】から姿を消しました。
賢者ラスコーニは嘆きました。
「ああ、屋敷のまわりに幾重にも結界を張り守っていたというのに解き放たれてしまった」
プータックが死んだことで【中央の国】が荒れるのは目に見えています。
ラスコーニは空に暗雲が立ちこめるのを眺めました。
「ホノカ。あの子は呪われた娘……この世に混乱をもたらす魔王の器なのに!」