交差する激突
時間の取り方がへたっぴな私を許してくれ…
さて、三人の嫌がらせの件について確証を得られたのはいいが。
どうやって三人に報復するかーーというか、どうやって呼び出すかが問題だ。
あの三人と俺にはなんの接点も無いので、呼び出す手が皆無なのだ。クラスの野郎共に嫌煙されている今、頼れる仲間は居ない。別に目が死んでるわけではないけど。むしろ無駄にギラギラした視線を向けられます。
いっそ俺もラブレターのように呼び出してみようか。下駄箱に手紙入れて。
…いや、来てくれるかどうか分からないか。
差出人を書いても誰だお前ってなるだろうし、書かなくても怪しい。別の誰かの名前にしようとしても、そもそも誰の名前を書けば良いのか――
――居るじゃないか。一人だけあの三人と接点がある人物が。
いや、でもそれで本当に来てくれるかどうか……一か八か、やってみるか?
ついでに口裏合わせるのもアリか。いやむしろ一緒に来てもらった方が良いかもしれないな。
そうなると、問題はその説得になってくるな。アイツ本人が来てくれなきゃ…いや、乗ってくれなきゃこの作戦は破綻するかもしれない。
だから、その為にはまず―――
「お前の力が必要だ、麗。」
―――麗に助力を求める。
色々考えたが、これしか思いつかなかった。
あの三人と接点を持っている人物と言えば、麗本人しかいない。
「…どうして?」
「何がだ?」
「どうしてそんなことしようとするの?」
「お前を助けたいからだ。」
最早、俺は“見過ごしたくない”ではなく、“助けてやりたい”と思い始めていた。
その理由はともかく。
「かえって私の迷惑になるかもしれないとしても?」
「ああ。
確かに、これは自己満足かもしれないけど…それでも、やらなきゃいけないんだ。だって、俺のせいでお前は…」
「別に貴方のせいじゃない。
確かに嫌がらせは受けてるけど、それは私が敵を作ったから。それだけ。
貴方とあの三人には何の関係も無い。だから首を突っ込む必要は無い。」
「いや、俺も無関係じゃない。
だって、お前の嫌がらせが酷くなったのは今週からだろ? 俺とお前の噂が流れてからじゃないか。」
「…それは偶然。」
「いや、違うね。
俺の友達が見たんだよ。先週の金曜日、俺たちが屋上に居た時にあの三人が屋上に来ようとしてたのを。」
「……」
彼女は黙りこんだ。俺が言いたいことを察したのだろう。
「正直に言って、これは罪悪感から行う自己満足にすぎないと自分でも思う。
でも、何とかしてやりたいって気持ちだけは本物だ。」
「……本当に正直ね。」
「前置きはしたからな。
それで、どうだ? 協力してくれないか?」
「………正直、どうでもいい。
彼女達の嫌がらせなんてなんとも思ってないし、彼女達に対して嫌悪感はあっても仕返しがしたいなんて思っても居ない。
貴方はその辺に転がってる石になにか感じるの?」
麗にとっては彼女達も彼女達の行いも全て路傍の石、ということか。
ここまで相手にされていないと思うとあの三人もなかなかに可哀想だ。さっぱり同情する気は起きないけど。
「…ああ。
たまに無性に蹴りたくなる時もあるし、邪魔だと思うこともある。」
だが、俺は麗ほど冷めた人間じゃない。
嫌がらせを受けたら嫌だと思うし、その悪意を嫌うだろう。
恐らく、麗も同じような感情は抱いているはずなのだ。それが極端に薄いだけで。
「…そう。
やっぱり、貴方と私はどこまでも合わないみたいね。」
「そうだな。」
…やはり駄目か。
麗はその辺の石ころをわざわざ蹴とばすような人間じゃないだろう。そもそも、どうこうしたいと思うならそもそも彼女達を石ころなどと認識してはいないだろうな。
「無駄な時間を取らせてゴメンな。
じゃ、誘っといてなんだけど、また付き合ってるなんて勘違いされる前に行くぞ。」
「待って。
どうせだし、付き合ってあげるわ。その暇つぶしに。」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「私は嫌がらせを受けて喜ぶような変態じゃないし、少なからず不快感はあるから。
まあ、整地みたいな物でしょ。」
なるほど、整地ね…言い得て妙かもしれない。
「と言っても、お前がすることは少ないけどな。」
「手間は少ない方が良い。任せられるところは任せる。」
「そうか。
じゃあ、あの三人を呼び出す手紙を書いてくれ。お前の名前でな。
後は呼び出した場所に来て、三人が来たらすぐ俺に替わってくれたらそこに居るだけで良い。」
「分かった。けど…」
「けど?」
「失敗は許さないから。」
「……するかよ。」
俺はあの三人の誰かにノーを叩きつけて、麗への嫌がらせを止めさせるだけ……
…………
「麗、作戦の決行は少し後にしても良いか?」
「それは良いけど。
まさか、今日やるつもりだった?」
「……まあ、早い方が良いとは思ってた。」
「貴方、計画性って物はないの?」
「うるせーよ。
その計画を立てるためにちょっと時間が必要なんだよ。」
よく考えてみれば、俺は麗への嫌がらせを止めさせる手札を持っていない。
先生とかに言っても一時的な効果があれば良い方。逆効果になってエスカレートする危険もある。
そのリスクを掻い潜って確実に嫌がらせを止めさせる方法は……
「……………………作戦の決行は明日にしよう。
手紙の用意は頼む。」
「……本当に明日で良いの?」
「ああ、嫌なことは早くやった方が良い。」
仕込みはすぐに済む。
麗への嫌がらせが更にエスカレートする前に決着をつけよう。
翌日の放課後。
俺と麗は麗が手紙で指定していた校舎裏に来ていた。
校舎の反対側はフェンスで囲まれていて、外の道路が見える。
人通りは少ないが、全く通らないと言う訳でもないので不良がよろしくないことをやっている訳でもない。多分、やったらバレるのだろう。
「来ると思うか? あの三人は。」
「手紙は出した。ちょっと煽りを入れたから若干怒り気味に来るはず。」
「来る可能性を高めてくれるのは良いんだけど…そういうとこだぞ。
敵を無駄に作る必要も無いだろ?」
「向こうが勝手に敵になるだけ。元から敵を作ろうとしてるわけでもないし、味方を作ろうとも思ってない。」
おおふ、唯我独尊。
どうしてあの家庭からこんなひねくれものが誕生してしまったんだ?
「そうは言っても、敵は居ない方が良いし、味方は居た方が良いんじゃないか?
少なからず、そのせいでこうして迷惑を被ってたわけだし。」
「…そうね。
その度に貴方に手伝ってもらうのも悪いから。」
「毎回毎回俺が手伝うと思うか?」
「手伝ってくれないの?」
「するかよ。」
…とか言いつつ、その時になったら手を出すんだろうな。
麗もそう思ったのか、一瞬口元が緩んだのが見えた。ちょっとムカつく。
「広西ぃ~?
彼氏持ちのくせに随分と酷いラブレターをくれたねぇえ~?」
癇に障るタイプの間延びした声。
声の方向を見ると、三人の女子生徒が居た先頭の女子は一枚の便箋をヒラヒラさせてお怒りムードを醸し出している。リーダー格のようなものだろうか。
「別に彼氏なんていない。
それに、酷いも何もその手紙は事実をただ綴っただけ。貴女が酷いと思うならそれは貴女の行いが酷いと言っているようなもの。」
「事実ぅ?
お前の主観バリバリだろーがよ! チョーシ乗ってんじゃねーぞぉお~?」
「私の主観?
それはちょっと違う。ただ角が立つ言い方にしただけ。」
「んだとぉお~!?」
「浦美! やっちゃって!」
「そーよそーよ!」
「…悪いけど、私は貴女達に用は無い。
用があるのはこの人。伝えたいことがあるって言うから代わりに呼んであげただけ。」
「あぁ? そこの彼氏君が?」
「何? 彼女持ちなのに私達に告るっての?」
「チョー受けるんですけど!」
「…別に、俺は彼氏じゃないんだけどな。
まあいい、俺はさっき麗が言ったようにお前達に伝えたいことがあるんだ。
まず一つ。麗への嫌がらせを辞めろ。」
「…はぁ?
自称彼氏じゃない君のオメーが、なんで広西をかばうんだよぉお~?
…まさか、絆されたかぁ?」
「麗は何もしてない。ただ俺が助けたかっただけだ。」
「『ただ俺が助けたかっただけだ』…だって!」
「チョーウケるんですけど!」
「勝手に笑ってやがれ、でも俺は本気だ。
そもそも、なんで麗に嫌がらせをしてるんだ? 確かに、こんな性格だから敵はいっぱい作りそうだなーとか、顔が良いから尚更敵が多そうだなーとかは思うけど。」
「彼女けなし始めたよアイツ!」
「チョーウケるんですけど!」
「なんだ、理由訊く割にはちゃんとわかってんじゃねーか…
ソイツのスカした面と、全部見下してるって態度が気に食わねぇ―んだよぉお!」
「…そう悲観することも無いと思うけどな。
お前達も別に顔が悪いって訳じゃないと思うぞ。結構良い方だと思う。」
「……ハァ?ここに来てナンパか?」
「い、意味わかんねー…なんだアイツ。」
「チョーウケるんですけど!」
「…でも、お前達の…誰かの想いは受け取れない。」
「………ハァ?」
「先週…お前達が屋上に向かってたことは聞いたよ。
俺が受け取ったラブレターは、お前らの中の誰かが出したんだろ?
…だから、これがもう一つの伝えたいこと。
俺はお前らの誰とも付き合えない。人に嫌がらせをして、楽しむようなお前らとは。」
…ついに言った。
あの三人の中の誰がラブレターを出したのか。何故あの時屋上に来なかったのか。それは分からない。
だがあの三人の誰が出したとしても、俺は付き合う気は無い。
人を貶して喜ぶ、その心とは。
「……貴方…」
後ろから広西の声が聞こえる。
大丈夫だ、と言ってやりたい。
これで終わりだと告げたい。
だが、次の瞬間俺は突如足場が無くなったような――支えている物が無くなったような錯覚に陥った。
「…あたし達、誰もそんなもの書いてないけど?」