拡大する勘違い
ピリリリリリ…
ケータイから鳴る音で目が覚める。
アラームかと思って見てみると、電話の着信だった。
相手は佐那だ。こんな朝から何の用だろうか。
「もしもし。」
『あ、もしもし照矢?
今日なんだけど…えっと、その…久しぶりに一緒に登校しない?』
「あー…いいぞー…それじゃあ、家に来……」
ここで寝ぼけ眼に見知らぬ壁が映る。
あれ、なんで俺こんなところに居るんだっけ。少なくとも俺の部屋じゃなさそうなんだけど…
…ああ、そう言えばここ麗の家だったな。忘れてた。じゃあ無理じゃん。
「…ゴメン、今日は無理だ。」
『え!?なんで!?』
「だって今広西の家だし…ここからだと俺の家まで遠いし…直接学校に行くことにするよ、置き勉しといてよかった…」
『……照矢。今のもう一回最初から言って。』
「…?
だって、今広西の……」
………あ。
「あぁ!?
あ、いや、その、これはえっとだな…」
『もしかして広西って人の家にお泊りでもしたの!?』
「し、したけど何も無かったから。マジで一晩泊めてもらっただけだから。」
『嘘でしょ照矢! バカ! もう知らない!』
…電話が切れる。
脱力したように布団に倒れ込み、二度寝をかますまでに一秒もかからなかったと思う。
「オラ起きろォ!」
「ブッ!?」
そして起きるまでに二秒もかからなかった。
「行ってきます。」
「お邪魔しました。その、朝食美味しかったです。」
麗の父親に起こされた直後、朝食までいただくことになってしまった。
本当にもう申し訳ない気持ちでいっぱいだ。この気持ちを麗と父親に向けられないだろうがせめて母親と紅美には恩を返したい。
今度お菓子でも持っていこう。もちろん麗と父親が居ないタイミングを見計らって。
「いえいえ。
あ、麗ちゃんは先に行ってて。ちょっと城津君に話があるから。」
「?
分かった。」
麗は一足先に家を出て、俺と麗の母親だけが残される。紅美や父親は既に家を出ているので本当に2人だけだ。
「えっと、麗に付いて行かないと学校の行き方分からないので…すみませんが手短にお願いします。」
「大丈夫、ちょっとで済むから。
城津君。実は貴方にお願いがあるんだけど…聞いてくれない?」
「はい、俺に出来る事なら。」
麗はともかく母親の頼みなら喜んで聞く。恩をちょっとでも多く返したいからな。手土産だけってちょっと味気ないかなーとも思ってたし。
「…もしよかったらなんだけど、麗ちゃんと仲良くしてあげてくれない?」
「え!?
で、でも俺は麗の彼氏でもなんでもないんですよ?」
まさかまだ信じられてなかったのか?
「…それは知ってるけど…その、お友達として。」
「友達?」
「ええ。
あの子、ああだから男の子どころか女の子の友達も少ないみたいで…中学校の頃くらいから麗ちゃんから友達の話を聞いたことが無いの。
貴方は真面目そうだし、麗ちゃんをあんまり変な目で見ないみたいだから…」
「…でも、俺から仲良くしようとしても麗の方は迷惑かもしれませんよ?」
「そうかもしれない。でも、そうとは言い切れない。
私は、麗ちゃんが貴方の事を気にしてると思う。」
「気にしてる?確かに無関心ではなさそうですが…思いっきり嫌われてますよ。嫌いって面と向かって言われましたし。」
「そ、そうなの…
でも、本当にどうでも良い人だったらここに連れて来ないんじゃない? いくら家族の頼みだからって。」
「……もしかして、俺を散々彼氏にしようとしてたのって…」
「…バレちゃった?」
娘と関わる人間を、友達を作ってあげたかったから。
それは多分、紅美も父親も同じことを考えて俺を彼氏扱いしてきたのだろう。
単に話を聞いてなかっただけじゃなかったのか…
「最初は本当に照れ隠しだと思ってたけど。」
……台無しかよ。
上げて落とすのが得意なのは母譲りか。紅美にも受け継がれてないと良いんだけどなその精神。
「さて、私の話は終わり! 早く行かないと、麗ちゃんに置いて行かれるんじゃない?」
「あ。」
麗のことすっかり忘れてた。
急いで出て行ったが麗はちょっと待ってくれていたのかあまり家から離れていない位置におり、あっさり追い付けた。
ただし、電車の出発時刻は待ってくれないので2人で全力疾走する羽目になった。
同じ家から出て行くことになる為、必然的に俺は麗と共に登校することになる。
そして校内では俺と広西が付き合っているという噂が流れていた。つまり―――
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「誰だ昨日の噂が嘘だって言った奴!」
―――こうなる。
俺と麗のスキャンダルが再燃し、男女関わらず大盛り上がりだ。
「…全く、誰もかれも邪推する。」
だしにされる俺たちは溜まったもんじゃない。
特に麗はそれが我慢ならなかったらしい。学校に着いてからというもの不機嫌オーラがアームドしっぱなしだ。
「人間、スキャンダルは好きなもんなんだよ。
俺たちが噂をもみ消そうと躍起になればますます邪推するだろうし、噂の自然消滅を待った方が楽かもしれないな。
人の噂もなんとやら。夏休みを除けば一か月くらいだ。頑張ろうぜお互い。」
「……七十五日も貴方と共闘なんてしたくないんだけど。」
「相変わらずかよ。同感だけど。」
こっちまでイライラしてくる。特に麗と話してる時はストレスが溜まりやすい。だってアイツ嫌味ばっかり言ってくるし。
しかし俺たちを見る生徒共は俺と麗の間に流れるギスギスした空気を読み取ることが出来ていないらしくますますスキャンダルの信憑性を上げている。お前ら皆鈍感主人公かよ。
麗と俺はクラスが別の為、教室の前で別れる。
「おいテルテル!こいつぁどういうことなのかなぁ!?」
別れた途端チャラ男の顔のドアップが視界を占拠する。
とりあえず物凄い顔をしかめながら肩を押して引き離した。一瞬悲しそうな顔をしたが当然スルーである。
「どういうことってどういうことだ?」
「お前、昨日はああ言っておきながら広西さんと登校しただろ?
お前と広西さんの家の方向は真逆だったはずだよな!?しかも同じ電車で並んで乗ってたって言ってた奴もいたぞ!!」
うげ、登校も見られてたのか…
「お前は広西さんの家に住んでんのか!?」
「住んでねーよ!」
「でも泊ったんだよね?」
途中から佐那がエントリー。考えられる限り最悪のタイミングだ。
「なん…だと…」
「お前には麗の家に行く理由は言ったはずだろ!それがちょっとした事情で」
「麗!? お前今広西さんのことを呼び捨てにしたのか!? 誰に断ってそんなことしてんだよコンチキショーが! やっぱ彼氏なんじゃねーか付き合ってんじゃねーかバーカバーカ! 野郎が照れ隠しなんかしてんじゃねーよ! みっともねーんだよこのアホがぁ!!」
「散々言ってくれるな貴様! とりあえず俺の話を黙って聞きやがれ!」
「言い訳なんぞ聞きたないわぁ!」
「その口くさやとせーろがんで塞いでやろうか!?」
「臭いわ馬鹿! 干物と薬混ぜ混ぜするんじゃねぇ! 俺の口は理科室でも試験管でもないんだぞ!」
「良いから佐那と一緒に落ち着いて聞けぇ!」
「落ち着けるかああああああ!!」
なんとかなだめて事情説明したが、2人とも半信半疑。ついでに渉は照れ隠ししてるとか言いふらしてやがったので三回殴って止めた。二度もぶったなとは言わせなかった。
「よっ! 後輩。」
「雲道先輩。」
昼休み。教室は俺のスキャンダル…というより、麗のスキャンダルでもちきりだった。
あんな居心地の悪い場所に居られないので屋上で朝コンビニで買ってきていた弁当を開けようとしたら雲道先輩が弁当を広げていた。
何故かニヤニヤしている。良いことでもあったのだろうか。
「聞いたぞ色男。お前、彼女出来たんだってな。」
……え? 先輩のところにもその噂広がってんの?
確かに麗の顔は良いけど、先輩方も一目置くほどの人材なの?
「…いや、皆が勝手に勘違いしてるだけですよ。
俺もれ…広西も、お互いに付き合ってるだなんてゴメンですから。」
「……そうか。
なんだ、ただの勘違いだったのか。そうかそうか…」
「…随分あっさりと信じるんですね。」
「何、こんな私でも噂の厄介さは分かってるつもりさ…
私も、実は城津に惚れたんじゃないかとか訊かれたことがあるからな。」
「……そうなんですか?」
初耳だ。俺の方には訊かれもしなかったのに。
「ああ…あの連中は厄介だった。
確かに助けて貰ったが、別に惚れてはいないと弁明した。
ただ、その時必死だったのがいけなかったんだろうな…益々誤解されて、誤解を解くまで大変だった。」
「…そうだったんですか。」
やけにあっさり引いてくれたと思ったら、そういう経験をしてたのか…
確かに雲道先輩は少し馬鹿っぽいところはあるが、アスリートという面があるからか経験は重視する人だ。
この人のそういう所は好感が持てる。いや、惚れてはいないけど。
「だから、お前も誤解を解く時は真っ赤な顔で必死に否定しちゃ駄目だぞ。
私は別に普通の顔だと思ってたんだが、熱が入ったのかいつの間にか顔が赤くなってたらしいからな…」
そりゃ誤解されるわ。
「その場に居たら俺も誤解してたでしょうね。」
「か、勘違いするな! とか言っちゃうかもしれないな。」
「あー、言っちゃいそうですね。」
「「アッハッハッハ!」」
「……まさか、マジで?」
「ち、違うからな!? ちょっと必死になりすぎただけだからな!?」
「…ですよね。」
本当にフラグを建ててしまったのかと思ってしまった。なんかちょっと安心。
「違うって言う割には顔が赤いような…」
「なっ、違うって言ってるだろ! もう止めてくれ!」
「あー大丈夫です、分かってますって。必死になってるだけなんですよね。」
「その顔は止めろ! ニヤニヤするな~~~!!」
顔を覆って走り去る雲道先輩。
少しした後に階段から物音がして、見に行ったら雲道先輩が踊り場で伸びていた。
顔覆いながら階段下ってたのかよ…
呆れながらも原因は俺にあるという自覚はある。物凄く罪悪感に駆られながら伸びた雲道先輩を背負って保健室に連れて行った。
後で聞いたところ特に怪我は無かったらしい。マジで良かった。
自業自得とはいえ、昼食を食べ損ねた俺は腹を空かせながら授業を終えた。
「て、照矢! 久しぶりに一緒に帰らない!?」
グースカとなり続ける腹の機嫌を取る為に屋上に向かっていた俺の進行を佐那が止めた。
屋上に向かおうとしていた理由は昼に食べるはずだった弁当を食すためである。多分それでも足りないけど。
「別にそんな大声出さなくても一緒に帰るよ。
でも…」
「…でも?」
「ちょっと飯食わせてくれないか…滅茶苦茶腹減った…」
「え?
えっと…わ、分かった!」
「?」
俺が屋上に行くだけなのに何故そんなに決意めいた顔をしているのか。
それを訊こうと思った時にはフンスと鼻息を噴いて先に歩いていた。
女の子がフンスじゃないよ。
「じゃあ、買い物に行こう!」
「おお、そうだな。」
昼間に食べようとしていた弁当では多分足りない。
それを補うには新たに食料を買う必要があるだろう。良いアイディアだ。
「何が良い?」
「カレー」
「カレーね!? 分かった!」
「いや、カレーパ」
「早く行こ! お腹空いてるんでしょ? カレーの具買ってこなきゃ!」
カレーパンって言おうとしたのになんでカレー食べることになってるの?
とかツッコミを入れる間もなく俺の手を取った佐那は引っ張っていく。
学校を出た佐那は俺と共にスーパーに突撃し、買い物をした後俺を自分の家に引きずり込んだ。
…どうしてこうなった、と思いながら待つことしばらく。
ついにカレーが完成したらしく、佐那が皿を持ってテーブルに来た。
「出来たよ!」
テーブルに置かれたのは何の変哲もないカレーライス。
普通に美味そうだ。佐那の料理上手は知っているので期待は出来る。俺と佐那の両親のお墨付きだから間違いない。
「…ありがとう。
頂きます。」
結局あれから弁当は食べていない。
すきっ腹に耐えきれずスプーンで一掬い。ライスとカレーが半々になるように掬い取った。
それをそのまま口へと運び、パクリ。
「……美味い…!」
二回、三回、四回。
右手の匙は止まることなくカレーを口に運び続ける。
まるで無意識。本能がそうしているかのような錯覚に陥る。
その皿が空になるまではあっという間だった。
「お代わりあるか?」
「もちろん!
二家族分くらいは食べられるくらい作ったからね! 今日の家の夕食にするつもりだったから!」
更に盛り付けられたカレーライスを食べ続ける。
食べ損ねた弁当の事を思い出したのは腹にいっぱいカレーを詰め込んだ後だった。
…弁当は朝飯かな。