訪問する彼氏(?)
「…ここがお前の家なのか?」
「……そうだけど。」
「意外と普通だな。」
電車で移動して二、三駅の場所に広西家は建っていた。
周辺の家と比べて比較的新しいものの、それ以外は普通の一軒家だった。
なんとなくではあるが、でっかい豪邸をイメージしていたのはその端正な顔と無口な性格が箱入りのお嬢様を彷彿とさせるからだろうか。
「…意外とって?」
「もっとでかい家を想像してた。」
「勝手に決めつけないで。」
はい、それに関しては何も反論できないです。
広西は何の気負いもなくドアノブに手を掛ける。まあ自分の家だしな。男を紹介するっていうより誤解を解くために連れて来ただけだし。
「ただいま。」
「おかえりお姉ちゃん!」
広西がドアを開けると、広西がパタパタとスリッパを鳴らしながら挨拶を返した。
…なんだ今の一文。間違っては無いんだけどなんかカオス。広西麗のことは名前で呼ばせてもらおう。ファミリーの前でファミリーネームで呼んだら全員反応するわ。
麗の妹は姉に似て美人顔…なのだがその元気溢れる振る舞いのせいか可愛らしさが前面に出ている。
「あ、その人がお姉ちゃんの彼氏なんでしょ!?
彼氏さん、こんにちは!」
「こ、こんにちは?」
姉に似ず意外と活発な妹だな…彼氏さんびっくりですよ。彼氏じゃないけど。
「何回も言うけど、この人は私の彼氏じゃない。私に彼氏は居ない。」
「照れなくても良いんだよお姉ちゃん!
そうだよ、こんなに完璧なお姉ちゃんに彼氏ができないはずないじゃない! もうそろそろかなって思ってたけどやっぱりもうできてたんだね! どこまでやったの? 正直に言ってよ! 家族なんだから、ね?」
……あれ、これってもしかして相互信仰?
お互いにお互いを神格化してるの?なんだこの姉妹。ご両親大変じゃない? まさかご両親も相互信仰なの?
「何もやってない。だって赤の他人だもの。
…貴方からも何か言って。」
「あ、ああ。そうだったな。
麗の妹さん、俺は別に」
「あーっ!もう名前で呼んでるー!」
「馬鹿!なんで急に呼び方を変えるの!?」
「え、いや、だってこの家に居るの俺以外皆広西だし…苗字で呼んだら紛らわしいかなーと思って。
…もしかして、広西(麗)の方が良かったか?」
「…本当に馬鹿みたいね、貴方は。」
「夫婦喧嘩は良くないよ!」
「誰が夫婦だ!」
「誰が夫婦よ!」
「ほら息ぴったり!」
「「バカ!」」
「そっぽをむくタイミングまで同じなんて…ちょっと妬けちゃう。」
妬けるな妬けるな。
「本当に仲が良いんだね…」
「誰がこんな奴と!」
「こんな奴? それは私の台詞よ。」
「照れ隠しはもう良いよ、仲が良いのはもう分かったから。」
「照れ隠しじゃねーよ!」
本当に何言っても信じてくれないな…そりゃ麗も苦戦するわけだ。
…多分半分は俺の自爆だけど。名前で呼ぶのはまずかったか…
「紅美~!誰か来たの~!?」
廊下の奥の方から声がする。
女性の声だ。それも大人のような落ち着いた声だ。
「ママ!お姉ちゃんが帰ってきたんだよ!彼氏さんを連れて!」
「あらあら、じゃあ挨拶しないとね。麗ちゃんの母親として。」
廊下の扉の一つから出てきたのは麗とその妹の面影を感じさせる年上と思わしき女性だ。
一瞬姉かと思ったが、それは麗の妹…紅美が否定している。
“ママ”と呼んで。
「麗のお母さんですか…お若いですね。」
「あらあら、お上手ね。
でもこんなおばさんなんか口説いてないで、もっと麗ちゃんとイチャイチャしてなさい。」
「あの、俺別に麗の彼女なんかじゃないんですけど…」
「え?」
「照れ隠しだよママ。」
「あらあら、そうだったの。」
「いや、照れ隠しじゃなくて本当に…」
「お前か、麗を誑かした男は。」
大男が廊下の奥から現れる。
多分、広西姉妹の“パパ”だろう。
いかつい。おっかない。
「僕じゃないです。」
「嘘を付け。
俺が恐ろしいからといって嘘をついて認めないとは…やはりお前は、麗には相応しくないな!」
「相応しくないのは私も認める。
だってそもそも彼氏なんかじゃないし。」
「聞いたかママ! 紅美!
コイツは麗の彼氏じゃないって、麗本人が言ったぞ!」
「…そもそも一昨日からずっと否定してたはずなんだけど。」
「娘の声を聞かないのが父親なのか?」
「ぐはっ…」
…むしろなんで今まで麗の言ってたことを信じなかったんだ? 右往左往しすぎだろパパさん。
「…む、娘の心の声を聞くのが両親よ!」
「それ幻聴です。
ガチで照れ隠ししてる時に言ってあげてください。今は違います。」
「お姉ちゃん…まさか、本当に?」
「ず~っとそうだって言ってるはずなんだけど…
あ、でも紅美の勘違いも分からなくないわけではないから。多分私も同じ間違いをするから。そんなに落ち込まないで。」
麗の両親、妹までもがしょんぼりし始める。
なんか居たたまれない気分になってきたな…でも、下手にフォローを入れたら俺にヘイトが来るよな。特にパパさんから。
…今のうちに帰らせてもらうか。誤解も解けたことだし俺はもう用済みだろう。少なくとも麗としては。
もう彼女に関わることは無いだろう。二通のラブレターから始まったこの騒動はめでたしめでたし大団円。オールオッケーでさよーなら。
黙ってこっそり出て行くためになるべく音を立てないようにしてドアをゆっくりと開ける。
しかし、音を立てずにということは出来なかった。
ザアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
パタン
「……嘘だろ。」
外は大雨が降っていたからだ。
さっきまでは晴れていたというのに。このタイミングで夕立とはついてない。丁度良く出て行けそうだったのに。
「……彼氏君。しばらくここに居ない?」
「確かににっくき娘の彼氏ではあるが、家に来たせいで風邪をひいたとなれば後味が悪い。遠慮なくここにいたまえ。ただし娘には手を出すなよ。」
「お姉ちゃんの彼氏さん、ごゆっくり!」
こいつらあの流れでまだ俺を彼氏だと思ってやがる…!
認めないつもりか、俺が彼氏ではないということを…
「……麗。」
「何?」
「………その、同情する。」
「…今ばかりは嬉しい。」
数少ない理解者に、麗も少しだけ心の扉を開いてくれたらしい。
夕立が治まるまでゲームをしようとせびる紅美に乗って数時間。夕立は治まっていたが、外はすっかり暗くなっていた。
そして、麗の両親に薦められてそのままお泊りという流れに…させねーよ。
と言う訳で俺は闘っている。麗と共に、彼女の家族と。
「だから、俺は麗の彼氏なんかじゃないんです!赤の他人を泊めて良いんですか!?」
「照れ隠しっていってもしつこすぎない?しつこい男は嫌われるわよ。」
「こんなのと一つ屋根の下で寝たくない。帰して。」
「だが、もうこんなに真っ暗じゃないか。家に来たせいで不審者に刺されたとなれば後味が悪い。むしろ刺されてほしくはあるけどな。
確かに、俺も麗や紅美が居る家に泊めるのは不安だが…でも安心しろ、お前らは俺が絶対に守る。俺がコイツと同じ部屋で寝て見張れば問題無い。俺がドアの前で眠れば、コイツは脱走できなくなるんだからな。」
「義理の息子にコイツとか言わないのっ!」
「うぐぅ…ママ、デコピンは止めろ…!」
大の大人がデコピンで痛がってるよ…あの指どんだけ威力高いの?150とかなの?
ついでに刺されてほしいとかほざきやがったよなあの親バカ。
「私、もっと貴方とゲームしたい…!
泊まり込みでやれるなんて最高!」
結構いい勝負をしていたからだろうか。紅美もこの提案にノリノリだ。
「それより、夕飯出来てるけど食べない?」
「…あ、おかまいなく。」
「俺の嫁の飯が食えねえのか!?」
「食ったらそのままお泊りの流れになるでしょうが! 流石に夕食にお泊りって罪悪感しかないんですよ!」
なんかお礼とか色々考えなければならなくなる。後俺の両親も似たような勘違いをしかねない。
息子が女の子の家に泊まったとなれば俺の両親も彼女かやっちゃったのかと色々誤解される。それを解くのに麗を連れていって、連れて行ったところを誰かに見られてご両親に挨拶してるとか思われて…もう嫌だそんなの。
それを阻止するためにはここでその流れをせき止める必要がある。このお泊りを断ることによって。
「どうせ彼氏なんだから良いじゃない。知らない仲どころか、親密なんでしょ?」
「ま、まあ、仮にお前が彼氏じゃないとしても彼氏がもし本当に出来た時のトレーニングになるかもだからな!本当に麗の好きな人が出来た時に怒り狂っていたら麗も不幸になるかもしれないしな!」
「お姉ちゃんだって一緒に居たいはずだよ!好きな人と一緒に居たくない女の子なんていないんだから!
それに、お姉ちゃんの彼氏なんだから私に手は出さないだろうし。」
……やたら彼氏であることをプッシュして来るな皆さん。
そんなに俺が彼氏ではないことを認めたくないのだろうか。
でも、逆に言えば俺が彼氏ではないと分かればもう泊まって行けと言わなくなるかもしれない…
……もうめんどくせーや。認めちゃってもいーんじゃねーかな。
だってここまで言っても聞いてくんないんだよ?もうどれだけ言っても無駄無駄無駄じゃん。
逆に考えるのさ、認めてしまってもいいさと。
そしたら…………ちょっと待て。
あ、やばい。閃いちゃったかもしんない。
まるで世紀の発明でもした気分に陥る。俺は天才なんじゃないかとマジで考える。絶対に成功すると確信する。
そうと決まればさっそく実行。麗に耳貸してと小声で合図。
合図は無事受け取られたらしく、麗が耳を近づける。
「…逆に考えるんだ。認めちゃってもいいさと。」
「……何言ってるの?」
麗は本気で困惑している。
続けて思いついた作戦を言うと、彼女は何度もうなずいて納得していた。
「なに?2人して内緒話?」
「お前…!麗に何を吹き込んだ!」
「……もう、隠すのは無理みたいね。
そう、皆が言ってた通り、私と彼。照矢は先週の金曜日からお付き合いしてる。」
なんだ今更、と言いたげな顔をしている三人に麗は追撃をかました。
「…でも、それも今日で終わり。
私と彼は別れる。これで私と貴方は赤の他人…出て行って。」
「あいあいさー!」
俺が思いついた作戦。
名付けて、『一旦認めちまって振られたことにすりゃあ、全然彼氏じゃねーよなぁ?作戦』だ。
作戦の内容はタイトルのままである。説明不要だな。
ってなわけで、これで向こうさんの家族がポカンとしてる間に俺は玄関を抜け出す。これで家路に就くことが出来る。
明日も学校だ。帰ったら準備はしっかりしないとな。
…と言う訳で、電話で親父に迎えを頼む。母さんは車の免許を持っていないので、必然的にそうなる。
電話は数回コールした後にかかった。
「もしもし父さん?
今向田公園の近くに居るんだけど、ちょっと迎え来てくんない?」
『あー!? そんなところでこんな時間まで何してたんだ!?』
「…あー、えっと、雨が止むまで待とうとしたらちょっとさ…ゴメン、今度おつまみ買ってくるから。お父様が大好きなおつまみ買って来て差し上げますから。」
『んなこと言ってももう飲んでるから迎えなんて行けねーよ!
あとちょっと早かったらよかったのにな…ちょっと歩いて来い!
でなきゃ泊めてもらえ! どこかは知らんけど、さっきまでお世話になってたんだろ?』
「……えっと、それはちょっと…年頃の女子が居るから無理っぽいって言うか、さすがに悪いって言うか…」
『こんな時間まで遊んでなーにが流石に悪いだ! 鍵は締めておくからな!』
…電話が切れる。
確かに悪かったのはこんな夜まで遊んでた俺だし、まさか実の父に飲酒運転を強要するなんて真似は出来ないし……とはいえ、歩いて帰るには遠すぎるし、タクシーを使えるくらいの代金は無い。
終電は既に逃している。なんでこんな時間になるまで時間の経過に全く気付かなかったのだろうか。
キィ…
ドアが静かに開く。
その小さく高い音は、確かに俺に恐怖を与える。
「……泊っていく?」
ドアの隙間から顔を覗かせた麗の母親の笑顔はどこかホラー染みていた。
家を閉め出された俺はそれを断ることが出来ず、無言でコクリと頷くしかなかった。




