再来する学生
再来する学(校)生(活)
「………」
「そんな顔しても時間は帰ってこないよ?」
「………知ってる。
時は流れる。時間という物はどうあがいても流れ続けるんだ。
だから待ち遠しい瞬間もいずれ必ず訪れるものだし、楽しい時間というのもやがて流れて終わる。辛い時間も同様に永遠に続くことは無い。
俺の人生哲学第一章第二節だ。辛い時、待ち遠しい時、この言葉を思い出してくれ。きっと楽になる。
楽しい時に思い出したら、その時間を大切に過ごすんだ。」
「……それは良いんだけど。
何をしてもここは現実だし、夏休みは終わりなんだからね?」
「分かってるんだよおおおおおおおおおお!!」
今日は始業式の日。そう、我らの夏休みは、昨日で終わったのだ。
終盤にはやる事が無くなる長い退屈な休みでも、終わるとなれば寂しさと嫌気を感じる。
休みがいつまでも続けばいいのに、なんて考えてしまう学生の性を背負うのは俺だけではないはずだが、誰もクーデターを起こす様子は無い。
そりゃそうだ、なんだかんだ休みが終わらなければ自分たちが困るのだから。この忙しない現代社会、年中休みという訳には行かないのだ。
「お、おはよう…」
靴を履き替えていると、遠慮がちに声を掛けられる。
麗だった。やはり気まずそうな感じだ。
「お、おう。おはよう…」
俺も昨日のことを全て忘れられたわけではない。
全て覚えている。俺が子供を助けようとして車に轢かれかけたこと、その時に麗が助けてくれたこと、その後子供の母親がお礼を言いに来たことを。
…あと、その時麗に強く抱きしめられたことも。
「…あのことは、忘れてくれた?」
「あ、ああ。しっかり覚えてない。」
あのこと、というのは帰る直前に麗が言った―――おっと、俺忘れてるんだった。
大丈夫だ、ちゃんと覚えてない。大丈夫だなうん。
「ならいい…じゃあ。」
「ああ、じ、じゃあな?」
ぎこちなく別れを告げ、麗は足早に去って行った。
ぎこちない。
こんなんじゃ、前みたく渉に変な勘繰りされても文句は言えないな…
とは思ったが、今回は見られていなかったらしい。ついでに他の生徒もいない。ホッとした…
「…ねえ照矢。今の、何?」
…そうでした佐那さんと一緒に登校してたんでした。
「いや? ちょっと事故っていうか事故に遭いかけたって言うか…とにかく何も無かったんだ。何も。」
「ふ~ん…」
視線が痛い。超痛い。
「あ、そういや俺今日提出する宿題の確認しないと…急がないと家まで取りに行けなくなるから、じゃあな!」
そんな視線から逃げるように、俺も足早に教室に向かった。
「よう照矢、久しぶりだな。」
「ああ、渉か。久ぶ…なんだお前。」
席に着いて提出する宿題を取り出していると、真っ黒になった渉が話しかけてきた。
アイツ滅茶苦茶焼けてるんだけど。サロンにでも行ってきたのか?
「なんだとはなんだ。ちょっと海行ってきただけだよ。」
「お前、肌ヒリヒリしないの? ちょっとでそんな焼ける?」
「まあ、毎日ランニングとかしてたからな…それもあんじゃね?」
「なるほど、ランニングナンパか…肺活量鍛えられそうだな。」
「テメェ俺の事なんだと思ってやがる。」
「ん? お前一応チャラ男じゃないのか? なんだ、奥手な草食系だったならチャラ男宣言するなよ。」
「あぁ!? 舐めるな小僧! 俺もチャラ男の端くれ、息をするようにナンパしてやったぜ!」
「で、結果は?」
「訊くな小僧!」
駄目だったらしい。知ってた。
「んで、どうしたんだ。なんかお前隙あらば宿題見てるけど。もしかして終わってないのか?」
「バカにすんな! 終わっ…終わってたわ。
そうだ、終わってたんだった…いっつも終わってなかったからつい…」
終わってんじゃねーか。
恐らくあの勉強会も宿題の進捗に一役買っていたのだろう。多少の小遣いは犠牲になったが、わざわざ開いた甲斐があったという物だ。多少の小遣いは犠牲になったけど。
「なら良かったじゃん。席に戻って宿題の確認しとけー?
あ、そうだお前読書感想文もやったんだろうな? テキストは終わってるとは思うけど。」
「…………なあ照矢様。今からでもそれ写せば間に合うと思う?」
「一字一句一緒だったらすぐバレそうだから見せないぞ。」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおお!!」
お気の毒…いや同情の余地は無いか。宿題サボって海行ってたこいつが悪いんだもん。
「…あ、それもやってたわ。」
「なんなんお前。とっとと席にけぇれ。」
「冷てぇ野郎だ…やっぱお前冷血冷酷冷奴だわ。」
「だから俺は豆腐じゃねえよ。」
若干懐かしいネタを言って奴は席に戻った。
「照矢君。」
「…ん?」
始業式とその後のホームルームが終わり、後は帰るだけ。
今日は昼から自由だし何しよっかなーとか考えながら教室を出たら麗に呼び止められた。
「今日、一緒に帰らない?」
『!?』
クラス全員が驚愕した。
…ように見えた。
麗にそんな相手が居たのかという驚きにも見えるし、なんてことない俺がどう言う訳か麗に声を掛けられているという驚きにも見えるし、一時期カップル疑惑が浮き上がったけど結局違うことが分かってなーんだってなってたやつらが結局付き合ってた驚きにも見える。
思い当る節が多すぎてどれだかわからん。色々訊かれるのもめんどいしさっさと帰ることにしよう。
「ああ…駅前までか?」
「いえ、今日も遊びに来てほしいから貴方は一度帰って支度をしてきて。」
教室が更にざわつく。
俺が声を掛けられるだけでなくお家にお呼ばれする仲だと知られてしまった。明日うるさく聞かれそう。
新学期早々不登校予備軍である。
「分かった、とりあえず移動しよう。」
「うん。」
麗を連れて教室から離れる。
後ろのことはあまり気にしないようにして進み、校門へ。
「麗は一旦帰るのか?」
「いえ、付いて行く。」
「付いて行くって…俺の家にもか? 俺の家に行って麗の家に行くまでだったら結構歩くぞ?」
「そうだけど、昨日みたいなことがあったら…」
あんなのそうそうない、と言って突き放すことは出来なかった。
あれはうまく助けに入れなかった俺が悪いし、麗を心配させてしまったことは確か。非は圧倒的にこちらにある。
昨日の事だし、麗の不安が治まっていないのも無理ないか…
「…分かった、なら一緒に行こう。」
「ええ。」
麗の同行が決まったのでそのまま歩き始める。
「…そう言えば、照矢君の家に行くのは勉強会以来?」
「そうだったな、あの時は明日木と渉も一緒だったか。あと佐那も。」
「…皆寺さんは家近いの?」
「あぁ、言ってなかったか。
佐那とは幼馴染でさ、家族ぐるみの付き合いなんだ。」
「知ってる、だから距離感が近いんでしょう。」
「………」
今の麗も相当距離感近いけどな。
めっちゃ近い。かつてないほど。あ、昨日抱きしめられてたんで昨日以外でかつてないほどだな。とにかくもうちょっとで腕組みそうな感じの距離である。
ちょいちょい手が触れるのは恋人ツナギでもしたいのか近すぎるからなのか。どう考えても近すぎるからですね。
ちょっと横に逸れてもぴったりついて来る。これ相当だな…
「…昨日は悪かったな。」
「……いえ。あの時貴方があの子を助けなかったら、あの子は確実に轢かれてた。
その貴方も助かったんだから、結果的には全部うまく行った。謝ることはない。」
「そんなこと言ってもな…相当不安にさせたみたいだし…」
何度も触れあっている手に視線を向ける。
「…私は、もっと自分に正直に生きた方が良いって気付けたから。
良い機会だった、なんて言いたくないけど。」
ふわり、と思い出しかけた記憶を封印し直す。
忘れてほしい、と言ったのは命の恩人である彼女本人だ。出来るだけ思い出さないようにしてやった方が良いだろう。
…半分、俺の為でもあるかもしれないけど。
「……手、繋ぐか?」
手が触れる度に溢れ出る罪悪感に耐えかね、提案した。
「いえ…いえ。そういうところよね。
じゃあ、お願い。」
そう言うと、彼女は時折触れていた手をしっかりとつないだ。
存在を確認するように強くつながれた手は、俺の罪悪感をよりはっきりと浮かばせた。
それを抑えるように、俺も彼女の手を強く握った。
絶対付き合ってない奴らの距離感じゃねぇ…




