拮抗する対決
「はぁ~…」
息を大きく吸って吐いたのは朝のラジオ体操をしているからではない。ただのため息だ。
その視線にあるのはスマホ。更に言うなら見ているのは今日…の隣にあるスケジュール。
「はぁ…」
再度ため息をついて今日の日付を見るが、変わる訳が無い。
今日の隣は明日。明日の予定は…始業式。
つまり。
「今日で終わりかぁ…」
今日は夏休み最終日なのだ。
だからと言って何かしたいことがあるかと言えばそうでもない。何故なら今日に至るまで一ヶ月にも及ぶ休みがあったのだ、やりたいこともやるべきことも一通り済んでいる。
自由気ままにネットで動画を観て過ごすのも良いが、それはそれで勿体ないという面倒な気分。払拭するのは最早人類の課題なのではないかと言えるほどに困難だ。
一日、というリミットも問題だ。大きすぎることをするには時間が無さすぎるし、部屋の掃除とかの些事を済ませるには長すぎる。その些事すらもうほぼ無いってのに。なんなら部屋の掃除昨日やったわ。
家事のお手伝いも気怠いし、宿題も終わってるし、予定もないし…マジで暇だ。
ポコポコ
SENNだ。
…麗から? え? 何? 俺なんかやった?
〔紅美が遊びたいらしいから来て〕
紅美が?
紅美にも友達くらい居るだろうに、俺に声がかかるなんてよっぽど暇を持て余してるんだな。
っていうか俺に声かけるんならルークに来てもらえば良いだろうに…紅美のかーちゃん絶対に会いたがってるだろうし。親父っちと麗はともかく。
〔分かった、今から行く〕
と事務的な返信をして軽く支度を済ませて家を出る。
距離が結構あるのと、微妙に旅行気分を味わいたい気分だったので電車でゴー。
若干の特別感に浸りながら上機嫌で麗の家へ。
インターホンを押してインザハウス。すぐに来たのは紅美だった。
「急に呼んじゃってごめんなさい!」
「いや、俺も暇だったから丁度良かった。
この前のゲームの相手か? それなら付き合うぞ。」
「じゃあお願い! あと、お姉ちゃんもやるって!」
「麗が?」
ちょっと意外だな。アイツゲーム出来るのか…
「この一ヶ月で私が鍛えたから、そこそこ強いと思うよ! 流石にオンラインで戦えるほどじゃないとは思うけど。」
「まあ、俺もエンジョイ勢だしな…ガチ勢はしょうがない。」
そして俺と近い実力を持つ紅美もエンジョイ勢並みの力量。ガチ勢レベルまで熱が入らないのは将来ゲームを辞める伏線なのかどうなのか。
ともあれ、新しい対戦相手ができるのは大歓迎だ。
紅美に案内してもらって部屋に入ると、麗がコンピューターとほぼ互角の戦いをしていた。
「意外と上手いな。」
「照矢君。
意外とってどういう意味?」
「お前こういうゲームしない印象があったからさ。あんまり上手くないんじゃないかって思ってた。」
「バカにしてる?」
「バカにしてるって程じゃない、純粋に意外だっただけだ。」
「そんな口叩けなくしてあげるから…! あ。」
麗が操作してたキャラが吹っ飛ばされてゲームセット。
「………」
「惜しかったな。」
「……紅美、照矢君と一対一でやらせて。一回だけで良いから。」
煽ったつもりは全くなかったが、どうやら怒りを買ってしまったらしい。
「分かった、じゃあお菓子とジュース持ってくるね。」
「ありがとう。」
紅美が退室し、残されたのは俺とコントローラーを差し出す麗。
「コントローラーはそれでいい?」
「ああ、大丈夫だ。」
以前来た時に使用していたコントローラーを麗から受け取り、それぞれキャラを選んで対戦スタート。
結果だけ言おう。勝ちました。
…麗が。
「手加減してない?」
接待がバレた。あと普通に悔しい。
「…次は得意なキャラ使うからな。さっきみたいにうまくいくと思うなよ。」
さっきはあんまり使わないキャラを使ってたので今度は油断しない。
麗の腕前なら本気で戦っても良さそうだと判断した俺は本気のキャラで再戦に挑む。
「……なかなか、やる。」
「お前もな。」
一ヶ月でこれか、小中学生時代もやってきた俺が形無しじゃないか。確かに本気で訓練とかはあんまりしなかったけど。
「よし!」
「…負けた。」
それでも何とか勝利をもぎ取れた。
辛勝でした。
「確かに強かったな…紅美ともやっぱり互角なのか?」
「一応、付いて行けてはいる。
ただ戦績としてはそんなに良くないかも。」
マジか。じゃあ紅美のヤツ俺以上に腕を上げてる可能性もあるな…
負けてられないな。俺もその内本気で鍛錬してみるか。
その後、飲み物とお菓子を持ってきた紅美も参戦。基本3人で、時に2人でゲームをして一日を過ごした。
玄関を出ると、陽はまだ落ちていないがもうかなり暗くなっているようだった。
「じゃあな。
…あー、また明日。」
「明日?
…あ、また明日。」
明日から学校であることを思い出し、げんなりしながら挨拶をまた明日に言い直す。そんな別れ際。
「明日から学校かー…」
「気持ちは分かるけど、時間は戻らない。」
「そりゃそうだけどさ。
…あー、今日飯食って帰ろうかな…」
「……照矢君、食べて帰るの?」
「ああ、家に電話して良かったら。」
「じゃあ、私も付いて行って良い?」
「え?」
麗も?
そりゃ悪くないが…どういう風の吹き回しだ?
「良いけど…もうそっちは飯の用意できてるんじゃないのか?」
「今からママに言ってくる。その間に照矢君も聞いておいて。」
「分かった。」
戸惑いながら母さんに電話して許可を貰う。同時に麗も来て、許可を貰ったことを伝えられた。
「じゃあ行くか。マックス!で良いか?」
「大丈夫。ダイエット中とかじゃないから。」
「麗もダイエットするのか?」
「…秘密。」
「あ、今口滑らせたとか思っただいって!」
そういうとこやぞ俺。本当に口を滑らせたのは俺でしたと。
話しながら歩いて行き、駅前のマックス!へ。
「麗はこういうところはよく来るのか?」
料理が出来るまでやや時間があるのでちょっと駄弁ることに。
「家族と出かけた時くらい。それ以外は来ない。」
「ふ~ん…そこはイメージ通りなんだな。」
「まだ私に変なイメージ持ってるの?」
「いや、なんて言うかな…イメージって言うより固定概念? なんかあるじゃん、あの人はこうなんだろうなーみたいなの。お前も明日木にそういうのあるだろ?」
「そういうこと。
…照矢君、出来たみたい。」
「お、じゃあ行くか。
流石、ハンバーガー一個を十秒で作ってるだけあるな…」
「そうなの?」
「多分、どっかでそんなの見た。」
料理を受け取って移動。
暗くなった外を見て、ああ、今日も終わるんだなと黄昏れながらバーガーを食す。
「今度こそまた明日だな。」
「ええ。また明日。」
今度は落ち着いて別れの挨拶。
さて帰ろう、そう思って踏み出したその時――
「―――!」
―――異常な速度の車。
そして、それを知らずに車道を渡ろうとする小さな子供。
向こうには同じく車に気付いていないのだろう、親と思わしき女性が手を振っていた。
「待て!」
このままでは確実にぶつかる。
駆け出したが間に合うかどうかは分からない。子供は既に道路に足を付けている。
車も速度を落とす気配は無かった。気付いてないのか…!?
「危ない!」
どうにか飛び出した子供の腕をつかみ、歩道に戻した。
しかし、そのために俺が車道に出てしまった。車ももうすぐそこまで迫っている。
「うおっ…!?」
突然腕を引っ張られ、なんとか車を回避することに成功する。
「あ、ありがとう…」
助けてくれた誰かを見てぎょっとした。
俺を引っ張り戻してくれたのは、涙目になった麗だったからだ。
「れ、麗…」
「バカ…! 本当に、死ぬかと思った…! いなくなるって…思った…!」
「…ゴメン。」
麗は泣いていた。
泣いて、俺を強く抱きしめていた。
確かに存在していることを、確かめるように。




