勘違いする級友
翌週の学校。
月曜特有のけだるさを背負いながら教室に来ると、妙に注目が集まっていることに気付いた。
間違いなく俺を見ている。平凡でごく普通かつ凡庸なはずの俺を。普段から話題のわの字もないはずの俺を。
おかしい。何かがおかしい。
「…照矢。」
席に着いてバッグの教科書とノートを机の引き出しにしまっていると、佐那が話しかけてきた。
どうもかなり落ち込んでいる様子だ。
「お前、どうしたんだ?
何かあったのか?」
「照矢、嘘だよね…
照矢に美人な彼女が出来たなんて、嘘だよね?」
…………………
「はああああああああああああああああ!?
え、俺に彼女? いるの? むしろ居たら俺が教えてほしいんだけどっていうか俺彼女作ってないんですけどなんで既にいるの許嫁かなにかなの自称なのまるで意味わかんないんだけど誰かおしたすけて!?」
「お、落ち着いて!
つまり、照矢には彼女は居ないって事なんだよね?」
「あ、ああ…っていうかなんでそんなこと訊くんだ?」
「皆がそんな話をしてたって、友達が…」
「どんな話だ!?そいつは何を見たんだ!?」
「お、落ち着いて。
多分渉君に訊いたら分かるから。」
「渉?なんで今渉が出てくるんだ?」
「その友達が渉から聞いたって言ってたからだよ…」
「渉ーーーーーーーーーーーーーー!!」
のんきに他人の席に移動してくっちゃべっている渉の胸倉を掴む。
「うわぁ!噂をすればってやつか!?」
俺の噂をしてやがったのかこいつら…!
「なんかやばそうだぞ、逃げろ!」
「あ、おい!置いてかないでくれ!見捨てないでくれーーーー!!」
「渉、全部話せ!お前が見たものを、聞いたものを!全部!!」
「わ、分かった…!分かったから放してくれ!絶対逃げないし全部話すから!!」
それを聞いた俺は渉を解放する。
解放された渉は息を整えてから話し始めた。
「こ、殺されるかと思った…」
「良いから話せ!」
「わ、分かってるってテルテ…照矢さん。
俺がお前に彼女が居ると思ったタイミングは二回あって。」
「二回?」
「ああ、一回目は違うかもしれないと思ったんだけどさ…二回目で間違いないなって思ったんだ。」
「…何を見た?」
「一回目は、先週の金曜日に屋上で彼女らしき人物と2人きりだった時。
もしかして彼女がお前にラブレターを書いたのかなーって思ってたんだけどさ…結構ギスギスしてたって言うか、ギスギスってまで言わなくてもあんまりカップルみたいなあま~い雰囲気じゃなさそうだったから違うと思ったんだ。
でも二回目。これはその翌日だったんだけど…俺、たまたま聞いちゃったんだよ。
某ショッピングモールで、その女子が照矢さんのことを彼氏って言ってたのを!」
………あー…なるほどね。
理解に少しの時間を要したが、勘違いの原因は把握した。
要はコイツのタイミングが恐ろしく悪かったというだけだ。
ものすごく勘違いしやすいタイミングで、ピンポイントにその場を目撃してしまったがために起きてしまった事故のようなものだったのだ。
「でもびっくりだぜ。あの有名な広西麗さんとお前が付き合ってるなんて。」
「広西麗?」
「……お前…自分の彼女の名前もしらねーの?」
「いや、だってアイツ彼女じゃないし…お互いに名乗ってなかったし、実際その程度の付き合いっていうか、あの場限りみたいな感じだったし。そもそもあんな奴彼女になんかしたくないし。」
「あの場限りで彼氏役だと!?なんと羨ましい…」
「………」
アイツ…広西麗って言ったか。
広西の内面を渉に見せたらどうだろうな。少なくとも羨ましいとかって言えなくなると思うけど。
「彼氏役って、何したんだ?」
「何って…一人ナンパを追い払っただけだよ。
その後はちょっと話をしてすぐに別れて帰らせてもらった。
…そこまで見てなかったのか?」
「そりゃ、この学校のアイドルの一人とも言われる広西さんに彼氏が出来たと思ったんだぞ!?
しかも、よりにもよってお前となればショックでショックでその場から一目散に逃げて三日三晩泣きわめいたさ!」
「まだ3日も経ってねーよ。」
三日三晩泣きわめいてるなら今も机に突っ伏して大量の涙と鼻水を放出しているはずだろう。そして机から溢れて床に垂れるのだ。きったね。
そうじゃないってことはそういうことだ。
「…でも、良かった。
お前に彼女なんて出来る訳無いよな!ましてやあの広西さんなんてさ!」
「てめぇ…殴られたいのか。」
「おおっと!普通の男子高校生なら、彼女が作れなくてカップルを見ると血涙を流すもんだぜ?お前は平凡だよな?普通だよな?凡庸だよな?一般人Tだよなぁ!?」
「テメーも一般人Wだろうが!」
「俺にはチャラ男って言う属性があるんですー!普通の男子高校生Tさんと同じにしないでくださいー!」
「コイツ…!」
固く握った拳を奴の顔面に割と本気で叩きつけてやろうかと思ったその時だった。
「貴方、ちょっと来なさい。」
空気が鎮まる。
クラスの喧騒も、俺の怒りも、渉の煽りも全て最初からなかったかのように消え失せる。
モーゼは海を割って海を渡ったが、彼女は雰囲気を割って俺の元へ来た。
そのまま俺の腕を掴み強引に引っ張る。痛いんですけど。
手を引かれるがままに連れてこられた先は意図してか、それとも偶然か俺たちが出会った屋上だった。
「……どういうこと?なんで私が貴方と付き合ってることになってるの?」
やはりその案件か。
連れてこられている間に推測を立てていたが、それを訊かれるのは確定的に明らかだということは大体分かっていた。
「…俺の友達が金曜日と土曜日の一件を見てたらしい。
特に土曜日はまずかった。お前が彼氏持ち宣言したところを見たらしい。」
「……そう。」
「言っておくが、これは事故に近い物だ。
噂を広めたのは俺の友達かもしれない。でも、アイツも結構ショックを受けて動揺してたみたいだし、俺もそう言うのを見たら誰かに話してたかもしれない。だからアイツは、出来るだけ責めないでやってくれないか――」
「…随分と友達想いなのね。」
「――俺が全部やっとくから。」
あの野郎いっぺんしめてやんなきゃ気が済まねえ。オーバーキルくらいが丁度良い。
「……貴方も大概ね。
それなら私にもおすそ分けしてくれても良いんじゃない?」
「駄目だ。お前が出るとご褒美になる。」
「…その人、そういう趣味の人なの?」
「別にそういう……
ああ、そう言えばそうだった。」
第一の制裁。風評被害。
この広西とやらを使って奴の人物像をドM仕立てにしてやるぜ。コイツ友達居なさそうだけど。クラスで一人席で本を読んでるみたいな見た目してるし。
「友達選びはしっかりしなさい。じゃないと貴方もそうなりかねないから。
…あるいは、もうなってるかも。」
「なってねーよ。
痛いのは嫌いだ。痛覚なんて死ねばいいのに。」
「痛覚が死んだらそれはそれでまずいことになると思うけど…」
「とにかく、その噂は勘違いが解けたアイツが修正してくれるだろうな。
だからお前が自分から噂をもみ消しに行く必要も無いぞ。良かったな。」
流石に訊かれたら否定するくらいはするが、訊かれなければわざわざ言いに行くことも無いだろう。
それだけ必死になるとキリが無いし、勘違いが無駄に加速する危険性もある。迂闊に行動するのは危険だろう。
「それは朗報ね。
でも、それとは別に貴方に頼まなきゃならないことが出来た。」
「…俺に?」
「実は、一昨日の一件が妹に見られてたみたいで…貴方の友達と同じように誤解した。それも家族を巻き込んで。
それで、皆貴方に会いたいって。会わせてあげるついでに誤解を解いて。」
俺を広西の彼氏だと思われたってことか…
「友達ならともかく、同じ家に住む家族だろ? そのくらいの誤解なら解けるんじゃないのか?」
だが、俺とは違い広西が誤解を受けているのは自分の家族だ。
一緒に住んでるなら誤解を解く機会もあったはず。誤解を解くには俺よりもよっぽど難易度が低そうに思えるのだが。
「いえ、私がいくら否定しても、照れちゃってとか言って信じてくれない。
…私の家族は昔からああなの。一回思い込んじゃうと誤解を解くのが大変。」
「なんて厄介な家族を持ってやがる…!」
人の話を聞かない系の方々だったらしい。
「妹を食い止められなかったのか?」
「妹は私の家族の中で特にその傾向が特に大きい。」
「…厄介な妹さんだな。」
「結構可愛いのよ?貴方に会わせたくないくらい可愛い。
妹が貴方に誑かされるなんて、想像しただけで泣き寝入りしそうなくらい。でも、可愛い妹の頼みでもあるから断れないの…」
「……お前レズなのか…しかもシスコンかよ…」
なんだあのレズシスコン。ご両親とか大変そう。
「尤も、私の妹は私以上に完璧だから貴方に誑かされるなんて絶対にないでしょうね。
それ以前に、貴方とちょっと話しただけで噂の嘘を看破するかもしれない。どう見たって姉がこの人を彼氏になんてするはずが無いと思ってくれるはずだから。」
しかも妹さん軽く神格化してる。
手遅れってレベルじゃねーぞ。これは妹さんも苦労してるかもしれないな…
で、そんな終わってらっしゃる姉に春が来て舞い上がってると。妹さん、はた迷惑だと思ってたけどなんだか可哀想になってきた。
逆に真相を伝えるのが怖くなってきたぞ。妹さんの希望を奪ってしまうんじゃないかコレ。
「とにかく、お前はその妹さんの誤解を解きたいから付いて来いって言いたい訳だな?」
とはいえ、誤解を解かないわけにもいかないよなぁ…
人がする最も美しい顔にならなければ良いんだが。妹さん、ファイトだ。
「そういうこと。
じゃあ、放課後私の家に一緒に来て。」
「……え?
待て待て待て。どっかで待ち合わせとかじゃないの?」
「…いずれ挨拶に来るだろうからって…特にパパは怖い顔して貴方に会わせろって言ってた。」
「………あのなぁ…恋人疑惑晴らすならそれこそ家に連れてっちゃダメだろ…
っていうか、こんなの誰かに聞かれたら………」
ここで俺は屋上の扉に人影があることに気付いた。
「あ…あ、あ…」
そして、それは渉だった。
「……うわああああああああああああ!!照矢が広西家にお呼ばれしてるうううううううううううう!!」
「待ちやがれ渉ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
この後皆に広められる前になんとかひっとらえ、事情を一から十まで説明して事なきを得た。
聞いたところ、やっぱり渉は『私の家に来て』ってところしか聞いてなかったらしい。
やっぱアイツタイミング悪過ぎる。