誘惑する羞恥
思いっきり走ってしまったことに後悔した。
人が多いとはいえ走ってしまえば目立つのは必至。待ち人は俺の背中を見つけてしまっただろう。
だが、これでは追いつけまい。
2人と俺の目算では数十メートルは離れていた。初速度もこちらが上だ。後はテキトーな場所に隠れて『居ない…!?』させれば良いだろう。追及されても急用が入ったとでも言えば良い。俺の勝ちぃ。
「待ってください!」
「ヴェッ…!?」
……え?
なんか首が急制動したんですけど。変な声出たんですけど。
今の声ってM.T氏? なんでもう追いついてんの? 全力だったんですけど。アンタ陸上部?
「今日は私と待ち合わせしてたはずですよね?」
やばい、下手なこと言ったらバッドエンド一直線なような気がする。具体的には首へし折られてご臨終とかそんな感じになりそう。
「照矢君? 私との約束は?」
麗も追いついてきやがった!
これは良くない。非常に良くない。
「…照矢君、そこの人は?」
「正体不明のずらせない用事を抱えた人その2。」
「その人は誰?」
「正体不明のずらせない用事を抱えた人その1。」
「…その人が?」
「あの人が?」
二つの険しい顔を合わさる。
空気は淀み、居心地は悪くなっていく。
心なしか周囲の人混みも俺たちを避けて通っているような気がする。そりゃそうだ、こんな危険地帯にわざわざ足を踏み入れる愚か者はいない。
「…譲ってくれませんか?」
「出来ない。
そっちこそ、彼を譲ってくれない?」
「出来ませんよ。」
……もうほっといて帰っていいかなぁ…
でも、そうしたらまた捕まるだろうし、全部俺が悪いみたいな感じで問い詰められそうだし…良い事全くないんだよなぁ…
「私はこの人に今日お礼をしないといけないんです! 貴女は明日でも良いじゃないですか!」
と言って俺の腕に抱きつくM.T氏。
あ、麗てめぇ。俺をそんな目で見るな。俺は生ごみでも豚でも無いぞ。
「…痛いから放してくれないか?」
「あ、ゴメン! 強くしすぎちゃって…」
痛いのは強く抱きしめられたからじゃなくて胸が硬いからなんて言ったら災いが起こるので言いません。
なんかM.Tさん、『今失礼なことを考えた?』みたいな顔してる気がする。気のせいかな。
「嫌。貴女が明日にして。」
なんでどっちもさっぱり譲ってくれないのかな。
「あの! 今日は私と来てくれませんか!?」
「今日は私と来て。」
俺に振るなよ。そんなこと言われても、内容に関してもさっぱり触れてくれないし俺どうすりゃいいのかわからんよ。
「…参考までに、2人は何をしに行くんだ?」
「お礼です! あ、でも変な事じゃないですからね!?」
昨日聞いた。
「…どんなお礼だ?」
「秘密です!」
えぇ~…?
「麗は?」
「…教えない。」
なんでや。
こうなるならいっそすっぽかして隣町に高飛びすれば良かったか…
「お願いです城津さん! 一緒に来てください!
へ、変なことも…ちょっとならしていいので…」
顔赤くしたり明らかに恥じらったりするの止めてくれませんかね。
テンパった頭にエロ仕掛けは…あ、間違えた。ん? あんまり間違ってねーな。とにかく色仕掛けはまずい。焼け石に熱湯ぶっかけるようなもんだろソレ。あれ? それ石冷えるんじゃね? 全く的を得てねーな。
「…照矢君、あんまり無理をさせないであげて。」
「まるで私を思いやってるみたいに言ってますけど我を通したいだけですよね!?」
麗の言葉の半分は思いやりでできてるんじゃないかな。多分。打算は絶対あるけど。
なんだ? 本当に何がしたいんだこの2人。滅茶苦茶必死じゃん。なんか急に怖くなってきたんだけど。俺何させられるの? 選べとか言い出したらハゲるよ?
何もしてないのにすげー疲れて来たんだけど。めっちゃ帰りたい。
「…頭痛くなってきた。
もう帰っていいか?」
意識しなくてもマジなトーンが出た。
もう一日分のカロリーを消費したような気分だ。帰って寝よ…
「待って!
…来てくれないと、困るから…
ちゃんと事情は話すから…」
「わ、私もやっぱりちゃんと話します!」
やっとか…
「……はい、じゃあまず麗から。」
「今日まで服が安いから照矢君と見に行くように言われた。
厄介なのはママと悠菜が結託してる事。良い服の一つでも買ってこないと私の家どころか悠菜の家に入ることすらできない。」
「お前、明日木以外に友達居ないのか?」
「……」
そうやって逃げ道を塞いでくっつけようとしてるんだなあの二人は。
で、圧倒的友人不足の麗は他の家に泊まることも出来ずに俺の家に泊まるしかなくなると。そういう寸法か…
「……それ、佐那の家じゃ駄目か?」
「それをしても後から皆寺さんも懐柔されるだけ。今日はしのげても明日以降はどうなるか分からない。
…そもそも、私と皆寺さんはあんまり喋ったことないから迷惑だろうし…」
「その時は俺からも言っておく。
でも、いざって時の為に取っといたほうが良さそうだな。異常なまでにエスカレートした時とか」
「止めて。」
おっと、怖がらせてしまったか。
否定しきれないのが痛いんだろうなぁ、同情する。
「次、えーっと…M.Tさん?」
「あ、そう言えばまだ名前を言ってませんでしたね。
私は…真杜 高美と言います。」
…ああ、Mが苗字でTが名前か。逆だと思ってた。
「俺はSENNのアカウントの名前見ればわかるだろ。っていうかさっき呼んでたし知ってるだろ。」
「はい! 城津照矢さん、ですよね!」
「合ってる合ってる。それじゃ説明頼む。」
「実は私、見たい映画があるんですが…その、昨日みたいなことがあったらって思うと、一人で観に行くのが怖くなっちゃって…
その、また守ってくれませんか? 映画を見終えたらお礼、するので…」
「昨日?」
麗は昨日の事を知らない。当たり前だ話してないもの。わざわざ女の子助けたんだぜーとか言いません。
「はい、昨日車に連れ込まれそうになってしまったところを助けてもらったんです。
なので、今日はそのお礼も兼ねて一緒に…あ! べ、別にデートとか、そんなこと考えてませんでしたから! 本当ですよ!」
麗と似ているタイプの容姿だが、中身が全く違う。
普段の麗の言動を見ているからか、彼女の言動に妙なギャップを感じた。それが悪くないって言うかなんて言うか…良い。
恥じらいって最高の表情だと思うんだ、俺。
「……その映画、私も付いて行くから。」
「……え?」
「代わりに、真杜さんは私の用事に付いて来て良い。これで対等になるはず。」
「え、は、はい…」
麗さん凄みすごいっすね。真杜さんも呑まれてるよ。
と言う訳で、女二人、男一人でお出かけすることになってしまった。
しかも女子二人の仲が悪いと来た。まあ片方が嫌ってるだけだけど。
帰る頃には心労でへとへとになってそうだなぁ…渉でもルークでも良いから助けて。




