交錯するラブレター
実質第一話。
屋上に着くと、既に先客が居た。
風にたなびく長い髪、クールな印象を与える端正な顔、そして女子用の制服からその者が女性、しかも美人であることがわかる。
もしかしてこの娘がラブレターをくれたのだろうか。
これから告白されると思うと胸が高鳴る。頬が熱くなる。
その女子生徒も俺に気付いたらしく、ふわりと髪を舞わせてこちらを向いた。
そして、その口を開く。
「これを書いたのは貴方?」
そう言って女子生徒が取り出したのは一通の便箋。
その便箋には全く見覚えがない。分かることと言えばその手紙もまたラブレターである可能性が高い事くらいだ。
「違う、俺じゃない。」
制服のリボンの色から同じ学年である事は分かっているのでタメ口にする。敬語はやや苦手と言うのも理由の一つだ。
「じゃあ、なんでここに来たの?」
「アンタと同じだ。
俺も呼ばれてきたんだよ。」
バックからラブレターを出して見せつける。
それを見た彼女は少し目を見開き、やがて興味が無くなったように素っ気なく顔を逸らした。
「そう。
意外ね。ラブレターを貰えそうな顔じゃないのに。」
吐き捨てる様な言い方だった。
思うところが無い訳ではないが、俺も素っ気なく返す。
「俺もそう思うよ、なんで俺なんだか。」
「…貴方、反骨心とか持ってないの?普通なら文句の一つ言い返すと思うんだけど。」
「本心だからな。
それに、無神経な発言には慣れてるし…」
どっかのK.W氏のお陰で。
「そう。」
今度こそ完全に興味を無くしたらしく、屋上から校舎を眺め始めた。
ああいうタイプは話しかけられても鬱陶しいと思われるだけだろう。
無理に話しかけに行く必要も無いので、俺もなんとなく屋上を見渡す。
屋上の端には囲うように柵が設けられており、よじ登らない限りは誤って落下する心配は無さそうだ。
他にあるのは日なたぼっこに向いている2、3脚のベンチ。この季節ではそんなことしようとは思わないが、寒くなってきた頃の晴れの日には多分大人気なのではないだろうか。
ベンチに座って両腕を背もたれに乗せ、空を見上げる。
今日の予報は大当たりのようで、雲一つ無い空が広がっている。
なんとなく考え事が捗りそうな空だ。何考えようかな。
…なんでこんな状況になってるんだろう。
美少女と二人きりと言うのは全男子が望んでやまないシチュエーションだとは思う。
思うのだが…今はただ気不味いだけだ。
好きな女子とかだったら良いのだが、全くご存知が無い上に向こうさんも興味がございませんとなれば会話も何もナッシング。
しかも二人とも別の人間からの告白待ち。これほど気不味い事があるだろうか。
…いっぱいあるんだろうな。
「貴方は…」
最初は聞き間違いかと思った。
しかし、女子生徒を見ると顔をこちらに向けている。
この場には彼女と俺しか居ない。後ろの誰かに話しかけていると言うのはあり得ないだろう。
沈黙がずっと続くんだろうと思ってたので完全に虚をつかれた。
「貴方は、その告白受けるの?」
驚く俺を差し置いて、彼女はそう続けた。
「今の時点ではなんとも言えないな。
その人を見て、告白を受けて駄目だと思ったら断るし、良ければ受ける。」
「そのどっちでも無かったら?」
「どっちでもない、か…
その時は、良いお友達になりましょうって感じかな。」
「遠回しに断るってこと?」
「そうじゃない。
だって、一回会っただけでそんなの決められないだろ?
だからしばらく友達として一緒に過ごして、その人の事を知ってから改めて答えを出すってことだ。
一発で決めるのは本当によっぽどの時ぐらいだ。」
「…告白されるのが男ならそれで良いかもしれない。
けど、女の子としては男が下心ありきで近付かれるのが恐い、だからそうはいかないと思う。
良い人だと思わない限りは気があるようにすら思われないようにしないと、勘違いされるかもしれない。だからイエスかノーで答えなきゃいけない。」
「…女子って大変なんだな。」
「私だけかもしれないけどね。
一応、私もスッパリ切られた男子には同情してる。
勘違いされたら困るからその気持ちは隠してるけど。」
「そうは見えないな。悪いけど。」
「自覚はあるわ。けど不愉快。」
「悪いな。正直に言っちゃって。」
「……アンタ、嫌い。」
「さっきのお返しだよ。」
しばらく軽口の言い合いは続いたが、それでも俺たちの他には誰も来なかった。
やがて日も沈んでいき、女子生徒の提案によりお互いに帰ることになった。
結局、誰がラブレターを書いたのかは分からないままだ。
いずれ分かると良いんだけどな…
校門を出る前にあの女子生徒は先に帰ってしまった。
尤も、俺の家とは逆方向のようなので校門まで一緒に来てもすぐに別れることにはなっていただろう。それにアイツとはあまり話すことも無いし。
赤く染まり始めた空を見て、今日は遅れたな…とぼんやり考える。
「お、珍しい顔だな。」
「雲道先輩。もう部活終わったんですか?」
雲道 桐。
彼女は中学校で出会った先輩だ。中学、高校共に陸上部に所属している。
長い髪は一本に束ねられていて、快活そうな姉御肌というのが、俺が彼女に抱く個人的な印象だ。
「ああ、今日もかなり汗をかいた。あんまり近寄らないでくれよ?」
「それ普通俺が汗かいたら言うんじゃないんですか?」
「私だって女の子だぞ? 汗の匂いなんて嗅がれたくない。」
「汗をかくのは構いませんけど、熱中症には気を付けてくださいね。また助けられるとは限らないんですから。」
「そ、それはもちろん気を付けてるさ…特に、“あの時”以降は。」
俺と彼女の出会いは汗臭い部活の中などではなく、住宅街の真ん中だった。
中学生の時、休みの日に友達とゲーセンに行った帰りで雲道先輩が倒れているのを発見したのだ。
近くの家に駆けこんで助けを求め、救急車を呼んで、救急車が来るまでの間必死に電話の指示に従いながら応急処置をして…
その甲斐あってか彼女は無事回復した。かなり危ない状態だったらしいが、なんとか一命をとりとめたのだ。
「それなら良いんですが…気を付けてくださいね?死者も出てるんですから。」
「死にかけた私が一番よく知ってるよ…
それより、城津は何故今まで学校に居たんだ? もしかして居残りか?」
ここで話題が戻る。
俺は普通帰りのホームルームが終わったら即家路に就く。寄り道して帰りが遅くなることはあるが、それでも学校に残るということはなかった。
だから、普段部活で遅くまで残っている雲道先輩と帰ることは無い。たまに部活が休みの日だったら一緒に帰ることがあるくらいだ。
「違いますよ…俺はちょっと待ち合わせがあったんです。すっぽかされましたけど。」
「へー…待ち合わせか。
でも、待ち合わせにしてもこんなに遅くまで残るか? すっぽかされたと気付くのが遅すぎるだろう。」
「具体的な時間は書いてなかったですからね…それに、一人で待ってたわけではなかったので。」
「1人じゃない? もう一人すっぽかされたのか。
で、そのすっぽかした奴は誰なんだ?」
「…分からないんです。」
「へ?」
「分からないんですよ。
差出人が無い手紙で、俺の名前だけ書いてあって。簡素な文ではあるけどラブレターっぽいなとは思ったんですが…」
「おいおいおい、それは怪しすぎないか? なんでそんなのに行ったんだよ。」
「いや、どうも文字の書き方に見覚えがあるような気がしたんですよ。
だから、別に変な輩がよからぬことを企んでるって感じではないなって。」
「だとしても差出人を書かないメリットは無いだろう。
私がその手紙を書くなら、もちろん差出人の名前は書くぞ? 書かなかったら来てくれないかもしれないからな。」
「それがひっかかるんですよねー…」
「…知り合いというだけで、良からぬ考えの下に書いたという可能性もあるんじゃないか?」
「でも、誰も来ませんでしたし…」
「じゃあ、一緒に待っていた奴はなんなんだ?」
「そいつも呼び出されたって言ってました。むしろ俺が呼んだのかどうかを訊かれました。」
「…分からんな。」
「一応聞きますけど、先輩じゃないですよね?」
「いや、私じゃない。
私じゃないが…その手紙、気になるな。持ってるか?」
「ええ、どうぞ。」
手渡された手紙を見る雲道先輩。
「城津!」
すると、目を見開いて俺を呼んだ。
筆跡とかでなにか分かったのだろうか。
「これは…これは、正真正銘ラブレターじゃないか!」
「さっきそう言ってませんでしたっけ?」
「このハートのシールは間違いない。これは確かに名前を書けないな…納得した。」
怪しまれても差出人を書かなかった理由はラブレターだからってことか。っていうかラブレターの判断基準ハートのシールだけかよ。
雲道先輩、たまに思うんだが意外と天然っていうか言っちゃなんだけど馬鹿っぽいところがあるな…
真剣にラブレター(仮)を見つめる先輩に気付かれないように冷ややかな視線を送り、ため息を一つついた。
「しかし、普通が一番とはよく聞くが…恋愛もそれに当てはまるものなのか?」
そんなこと知るか。
翌日は休みだったので、近所のショッピングモールで買い物に来ていた。
今は昼時。フードコートは大混雑で、頼んだ料理もなかなか来ない。
机の上に放置された番号札はお勤め中なんだかお休み中なんだか…どっちだろうなとどうでも良いことをついさっき買った雑誌を読みながら考えていた。やっぱお勤め中?
「やっと見つけた…探したんだから。」
その時に昨日の女子生徒が来た。
えっ、コイツ誰と待ち合わせしてたんだとキョロキョロしても誰も彼もが知らんふり。
ひょっとして俺? いや、でもコイツとは昨日会ったばっかりだし…
「貴方よ、貴方。」
「え? 俺?」
「…黙って話合わせて。」
ボソッと発せられた小さな声は俺の耳に届いて役目を果たした。
話を合わせる? どういうことだ…?
「だから言ったでしょ、連れが居るって。」
女子生徒がそう言うと、後ろから髪を金に染めてピアスを付けたチャラ男っぽい男が付いて来た。
状況は分かった。
「えぇ~? でもさっき別の席に座ってたっしょ?」
「さっき一旦別れて待ち合わせしてたからな。
どうやら、そっちも先に来たと思ってたみたいだな。」
「そういうこと。
貴方はさっさとどこかに行って。見ての通り彼氏いるから。」
肩を軽くポンポン叩かれる。
痛くは無いのだが、コイツの性格の悪さを知っている俺としてはちょっと不愉快だ。
「チッ…」
舌打ちをした後、どこへ行くのかと見ていたら金髪の美少女に向かって声を掛けていた。めげねーなアイツ。
金髪の少女が思いっきり顔をしかめて何か言った直後、一緒に居た黒髪の美少女がチャラ男風男を投げ飛ばしたのを見て視線を女子生徒に戻す。
「…ありがとう、助かった。」
…素直にお礼を言える奴だったのかお前。
とマジで思ってしまった。ちょっと悪い気がしたが、自業自得なのでそれをおくびにも出さずに答える。
「いや、良いよ。
大変みたいだな、お前も。」
「アンタはナンパされないから良い。」
「まあな、誰も野郎をナンパしようだなんて思わないさ。一生逆ナンされない自信もあるね。」
後半はちょっと泣きそうになったが我慢する。
「……しかし、なんでこんなところに居るんだ?」
「ショッピングモールに買い物以外の用事は無い。」
「食事は?」
「…食べ物の買い物に含む。」
つまりコイツ基準では焼き肉も買い物なのか。
メモってそのメモ捨てとこ。誰か拾って読むかもしれない。
「そこでさっきのが絡んできてウザかった。我ながら貴方を利用したのは良い案。」
「俺を利用したのか…」
「美少女に使われたならご利用ありがとうございましたくらいは言っていい。」
「俺はお前の僕でも従業員でもねえ。」
「…案外これからも彼氏役として使っても良いかもしれない。
貴方なら変な勘違いはしなさそうだし。」
「信頼してくれてるのか?」
「ええ。
だって私、誰よりも分かってるもの―――」
え? 何を?
もしかして俺の良さをか? あれ、もしかしてコイツ結構良い奴かも――
「―――貴方とは決して相容れないことを。」
「……ちげえねえや。」
――とちょっとでも思った自分に右ストレートを叩き込みたい。
……ある意味相性はピッタリかもな。分かり合えないということを分かりあえてはいるし(?)。
「ああ、やっぱり貴方なんかを役でも彼氏になんてしたくない。女だから二言は許されるはず。」
「俺もお前とカップルごっこなんかしたくねーや。」
「気が合うわね、私達。」
「ああ、そうだな。」
「フフフ…」
「ハハハ…」
二つのドス黒い、小さな笑い声。
それは周囲の客にも届いていたようで、皆一様に顔を引きつらせているように見えた。