継続する贖罪
今回ちょっと短いです。
まだだ、まだ足りない。
はやる気持ちはある。でも、まだ早すぎる。頃合いを見るべきだ。
もっと近付いて、もっと近付けて。その上で―――
―――心が痛まない訳じゃない。
こうして遅延に走っている理由は冷静な判断だけではないだろう。
そうすべきではないと思いはする。あわゆくばという気持ちも無いわけではない。
でも、決めたことだから。
後戻りはしない。したら今までの努力の意味が無くなる。
「……」
手を洗い終えて顔を上げた時、鏡が目に入る。
辛そうな表情だった。一瞬別人かと思ったくらいだ。
絶対と心に誓ったはすなのに。
復讐を望んでいたはずなのに。
それでも私は……
「………!?」
トイレを出た瞬間口元に湿った布が当てられる。
口元だけじゃなく、体を抑えられて動けない。
しばらく抵抗していると発生した急激な眠気に襲われ、なす術も無く瞼を閉じた。
「―い、―――――る――!」
ぼやけた視界の中で、誰かが駆け寄ってきているのが見えたような気がした。
「……あれ?
ここ、どこ?」
声に気付いてベッドを見ると、愛依が目を覚ましていた。
「ここは医務室だ。
愛依、大丈夫か?」
「大丈夫って?」
「…ここで起きる前のことを覚えてるか?」
「起きる前…? う~ん…確かトイレから出て、それから…あれ?」
まだ意識がぼんやりしているらしい。
「…お前、襲われたんだよ。トイレから出た瞬間に。」
「え…!?
あ、そうだった…私…」
愛依がトイレに発った後、俺も尿意を覚えてトイレに行った。
用を済ませた後、せっかくだから出口で愛依を待っていようとトイレの前にしばらく居たら、共用トイレのドアから出てきた男が愛依を襲っている現場に遭遇した。
俺はとっさの機転で愛依を助け、念のため彼女を医務室まで運んだのだ。
彼女の意識が無いので焦っていたが、それは男が持っていた布に睡眠薬が染み込んでいたからだったらしい。
そんな経緯があって俺と愛依は今医務室に居る。
そのことを彼女に伝え、続けた。
「…それで、大丈夫か? 頭が痛いとか、まだ眠いとか…休みたいならしばらく休んでも良いぞ? ここの人には俺から言っておくから。」
「………」
聞いているのか聞いていないのか、愛依は無反応だった。
無理も無い。ついさっき突然襲われたんだ、誰だって怖がる。もしかしたらもしものことを想像してしまっているのかもしれない。
そっと、静かに傍にいるのが一番か。
「今度は、助けてくれたね…」
そう思った時だった。
愛依は相変わらずうつむいたままだが、確かにあの声は彼女のものだった。
その言葉で連想する過去。
思い出せない、なんてことは一度も無かった。俺にも、彼女にとっても大きなトラウマ。
まさか、愛依が…
「………」
…今は、そっとしておこう。
問い詰めるのはまだ早い。彼女の心の整理が終わるのを待とう。
それまでは――
「――俺は、ここに居るから。大丈夫だ。
今度こそ、助ける。」
「…!」
彼女は、柔らかい笑みを浮かべた。
これまでとは違う、温かな笑みを。
その後もう一度眠り、少し体調が優れないと訴える愛依に俺は付いていることにした。
一人で水族館を回っても面白くなさそうだし、彼女も一人では心細いだろう。
「私さ…」
ベッドで横になったまま、彼女は話し始めた。
「もう思い出してるかもしれないけど、城津君とはずっと前に会ってたんだ…」
独白や懺悔を思わせる話し方だった。
愛依に出会ったとき…いや、再会したばかりの俺は、彼女がこんな顔をするなんて想像できなかっただろう。
「…ああ。
そういえば、一度も愛依の名字は聞いてなかったな…あの頃は名字で呼びあってたっけ。」
「そうそう。
私が城津君の名前を知ったのはつい最近だったよ。
色々と噂になってるじゃない?」
「言っとくけど、その噂嘘だからな。俺まだ誰とも付き合ってないからな。」
「分かってるって。どれだけ城津君を見続けてたと思ってるの?
バーベキューの時と昨日は偶然だったけど、映画館に行ってた時とかは家からずっと見てたんだから。」
「なんだ、結局ストーカーだったのかよ…」
「…結構落ち着いてるね。」
「まあ、お前には変態的な欲求は無さそうだからな。
そこは心配しなくて良さそうだから、少し気が楽なだけだ。
…やっぱり、あの時の復讐か?」
「そうだよ。
そのつもりだった…
その為に、必死にダイエットして、体型の維持とかも気を遣って…大変だった。
より魅力的であろうって頑張ったんだ。全部、城津君への復讐の為に。
…もし復讐が失敗しても努力の結果は残るしね。」
俺が彼女の正体に気付かなかったのは、そこだ。
中学の頃、俺が頻繁に会っていたときの彼女は太っていた。いじめの原因も恐らくそれだろう。
顔も面影こそあるが別人のようだ。
あの時よりずっと綺麗でずっと可愛らしい。相当な努力をしてきたことが伺えた。
「…あの時は、ゴメン。
これ以上、なんて謝ればいいか分からないけどさ…
もう、見捨てないから、絶対に。
困ってることがあれば助けるし、手伝えることがあるならやる。
…こんな奴に頼み事なんてしたくない、って言うなら話は別だけどな。」
………謝り方を間違えたか。
過去に絶交されてしまった身だ。本当は俺の顔も見たくないだろう。
俺は彼女の心に傷を負わせた加害者だ。被害者の審判に委ねるしかない。
「貴方も、変わったんだね。私とは違う形だけど。
いいよ、許してあげる。今度は助けてくれて、嬉しかったから。」
「……そうか。
今度は、助けられて良かった。」
心からの言葉だった。
彼女を救って、彼女に許された。
だが、過去が無くなった訳ではない。
俺は、彼女を救わなかったことは忘れない。
後悔を生かし続ける。それが彼女に対する贖罪なのだから。
清算は、終わっていないのだ。
俺たちの清算は、これからだ!




