増員するデート
イベント周回の合間を縫って執筆しました。
ガチャで一気にレアキャラが当たっても育成地獄に苦しむだけなんですね。奇跡の代償が重い…
「お邪魔しまーす!」
麗達と別れた後、俺は佐那を迎えに来た。時間的に佐那はもう帰ってきているはずだ。
幼い頃からよく遊びに来ただけに勝手知ったる、というか無遠慮に上がり込んでいく。それで文句を言うのはルークくらいだろう。
「あ、照矢。早かったね。」
佐那は食べ物を口に含み、モゴモゴと返事をした。
今日のランチはチャーハンらしい。
「飲み込んでから喋れよ…せめて口抑えろ。」
「はーい。」
この注意もいつまで効力が持つか。これまで翌日まで持った試しが無い。
ご馳走様の直前くらいまでだろうか、とどうでも良い予想をつけて踵を返す。
「照矢はお昼食べた?」
「あ、まだだな。
お前が食って支度してる間に食ってくる。だから一旦帰るな。」
「じゃあ残ったチャーハン食べてくれない? まあまあの出来だけど、結構いけると思うよ!」
「お、それはありがたい。ゴチになります!」
「それはおごってもらった時の…まあいいや。」
食器棚から皿を取り、コンロに置かれたフライパンからチャーハンをよそう。ふむ、うまそうだ。
佐那からすれば一連の動作には手慣れたような感じが見て取れるだろう。
しょっちゅうご馳走になってたし、一時期は佐那が毎日夕食を作ってくれてたし。この家でご馳走になった回数なんて食ったパンの枚数並みに数えきれないから、当たり前と言えば当たり前だ。
至極どうでも良いことだが、この家には俺用の箸が、俺の家には佐那用の箸がある。さなちゃんの箸舐めないでねーとかふざけた注意を受けた数はカレンダーをめくった回数よりも多いかもしれない。俺の部屋以外は大体母さんがめくってるし。無論そんなこと一度もしてない。これまでもこれからもする気は無いのになんでそんなこと言われにゃならんのだ。
閑話休題。蓮華でチャーハンを掬って一口。
「美味いな。」
「良かった。」
安心と喜び、そんな感情を表すような穏やかな笑みだった。
「私は支度してるから。食べたら皿下げといて!」
「ああ、あんまり焦らなくて良いからな。」
聞えてるのか聞えてないのか。返事は無かった。
食い終わったら佐那の分の皿も含めて洗っておこう。どうせそれくらいの時間はある。
女の準備と言うのは時間が掛かるものだと相場が決まっている。佐那もその例に漏れないはずだ。
その推測は正しく、佐那が来たのは皿洗いが終わってしばらくしてからだった。
俺の準備は6時間以上前に終わっているので、そのまま映画を見に行った。
「…佐那、お前本当に良いのか?」
「大丈夫だよ、ちょっと怖いけど…」
少し震えながら席に座る佐那に声をかける。
佐那が選んだ映画はこともあろうにホラーだった。
俺は結構図太い人間だからともかく、佐那ってホラー苦手だったような…夏だから涼しくなりたかったのか? アイス食べろ。
「見れなくなったら出ていって良いんだからな? 必要なら俺だけ見てオチだけ教えても良いんだからな?」
結末が気になって逃げるに逃げられない、そして全部見て夜トイレに行けなくなったり眠れなくなったりする。そこまで予想ができてしまった。
「頑張って観る! 絶対逃げないから!」
そこまで怖いなら最初から別の映画にした方が良いと思うんだが。
で、映画が始まると。
「……! …!」
ひじ掛けに乗せていた俺の右手を無言で握った。
しかも割と本気っぽい。痛い。
「……!」
ついに左手にも痛めの抱擁が。右手だけでは足りないらしい。
本当に観るの止めて出てってくれないだろうか。潰れる。そうならなくても折れたりヒビ入ったりしそうなんだけど。
「……?」
ちょっと待て。
佐那は右に居るんだよな。どうやって俺の左手を取ったんだ?
佐那の両手は俺の右手から一瞬足りとも離れていない。そして動かされたわけでもない。左には映画が始まるまで誰も居なかったはずだし…だから両わきの肘おき使ってたわけだし…
…じゃあなんだ。佐那が増えたのか? 分身でもしたのか?
いや、んなわけあるか。
左の佐那の正体を確かめるべく、スクリーンの中でヒロインに襲いかかる化け物から目を逸らす。
「………」
そこに居たのは佐那ではなく、涙目の愛依だった。
なんでお前そこに居んの? とかなんで俺の手掴んでんの? とか疑問まみれな感想が浮かんだが、佐那同様震えながら画面にくらいついている様子を見るに振り払うのも問い詰めるのも躊躇われた。
そもそも今は上映中だ。他の客も居るんだし、マナー違反してまで訊くことはないか…
後でじっくり訊かせてもらおう。それまで左手は預けといてやるか。
………あれ、佐那さんなんか本気で右手潰しにかかってません?
左利きになる訓練とかしんどそうだから止めてほしいんですが。って言うか貴女様の目怖すぎじゃありません? 画面の向こうの化け物も裸足で逃げ出しそうなんですが。
「照矢…?」
呼ばないで。スクリーンよりもホラーなんですけど?
「へ~…ふ~ん…」
俺と佐那、それと俺にくっついて離れない愛依は麗の時と同じ喫茶店に移動した。
映画の恐怖が残っているのか、今も体を震わせる愛依を前に佐那は冷たい視線を送っていた。
俺と愛依の関係(と言っても初対面に近いが)も言ったのに何故そんな眼差しで見つめるのか。そもそも俺佐那の恋人とかじゃないんだけど。浮気した夫を見る奥さんみたいですわね。
「それより、その手はいつ放すの? 仲が良さそうに見えるから不快なんだけど。止めてほしいんだけど。」
俺に友達を作るなと言わんばかりの理由だな。
「いや…」
そんな捨てられた飼い犬みたいな目で見なくても放さないから。って言うか放せねーんだよ。
「あの映画が大分堪えてるみたいなんだ、お前も怖かっただろ? 許してやってくれないか?」
一応弁明兼交渉を試みる。
「私にはしてくれないくせに。」
「いや、だってお前今全然怖がってないだろ。」
むしろお前が怖いわ。
「私だって怖かったし…」
そうは見えなかったんだが。
「あの、佐那…さん。
えっと、もしかして城津君の彼女さんでしたか?」
「かのっ…」
おお、クリティカル。佐那さんは顔を真っ赤にして沈黙してしまいました。
「そう…見えるかな?
私と照矢が、えへっ、恋人同士って…」
同年代の男女が並んでたらそう見えるんじゃないか?
なんて水を差すようなことは言わないでおこう。笑顔が曇るだけじゃすまなさそうだ。
「うん、羨ましいくらいだよ…」
笑顔に不純物が混ざった顔を俺に向けられた。なんで?
あ、愛依も非リア? リア充爆発祈願中の身? 誤爆だから止めて。
「え、えへへ…」
「……」
この空気どうすりゃいいんだよ。
片やニヤニヤ、片やイライラのこの状況の打開策が思い浮かばない。
こういう時に都合よく何かが割り込んでくれれば――
――割り込ませるか。
「すみませーん! 注文おねがいしまーす!!」
店員さんにヘルプミー。お助けしてください何とかしてください。さっきチラ見したことは心の中でいくらでも謝りますから。
「はい、ご注文は?」
目つき怖い方来ちゃったよ。心なしか物凄く冷たい目で見られてるような気すらするよ。何人と付き合ってんの? みたいな。誰とも付き合ってないです……あの、もっと怖くならないでください。
ま、まあとにかく注文だ。テキトーにコーヒーでも…
「私パンケーキとコーヒー! 砂糖もお願いします!」
「私は紅茶で。お代はこの人からもらってください。」
あの、注文段階で誰が払うなんて宣言しなくて良いんですよ? っていうか愛依の奴何しれっとおごらせようとしてんだ。
「…コーヒー一杯でお願いします。」
なんで俺の時だけ嫌そうな顔するの? スマイル頼むぞコラァ。
段々店員にムカついてきたがここはぐっと我慢する。無用なトラブルは避けるべきだ。
まとめて出禁とかの処置がとられれば佐那と愛依は完全にとばっちりだ。そんな理不尽押し付けたくない。
「…なんかさっきの人、照矢を睨んでなかった?」
「気のせいだろ。ちょっと目つきが悪いからそう見えるだけだ。」
「そういう感じでも無かったような…」
「気にするな、もしそうだったとしても佐那が睨まれてたわけじゃないんだ。はい、この話は終わり。」
これ以上掘り下げられてしまうとまずい気がするので話を打ち切る。
とにかく、何とか妙な空気を払しょくできた。目的は達成だ。
「2人は今から何をするの? もしかしてデート?」
ばっ、愛依さっきの空気を蒸し返す気か。
「で、デートじゃないよ!ちょっと一緒に出掛けようかなーなんて思ってただけで、デートなんかじゃないから!」
佐那は必死に否定する。気恥しいのは分かるがそこまで必死になるものなのだろうか。
「デートじゃないの? なら私も行って良いよね!?」
なんでそうなる。
「良いよもちろん! ぜんっぜん良いよ! むしろ一緒に行こうよ皆で!」
俺の意見が介入する余地はなさそうだな。別に反対はしないけど。
「ホント!? どこ行くの!?」
「まずはね―――」
蚊帳の外で一人、俺はぼんやりと2人を見ていた。
しばらくして銀髪の店員が持ってきたコーヒーを飲んでみると、いつもより苦いような気がした。
……マジで苦い。俺だけ濃度濃くしてない? 嫌がらせ?




