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交錯するラブレター  作者: じりゅー@挿し絵は相関図
第三章 Meet again
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逡巡する自白

 図書室は俺と同じ状況と思われる生徒達のおかげで非常に目に賑やかだった。

 友人と一緒に本を選んでいる生徒も少なくはないのだが、話し声の数は少ない。図書館だから気を遣っているのだろう。

 俺はしばらく人の流れを観察した後、可能な限り人気の少ない場所を目指して人の密度が低い場所を縫うように移動する。


(……早く帰りたい。)


 心の底でぼやきながらもなんとかエッセイのコーナーに辿り着き、感想文が書きやすそうな本を探す。


(……あれにするか。)


 少し選定して三段目で良さげなタイトルの本を見つける。

 その本に手を伸ばすと、半秒程の時間差で別方向から手が伸びてきた。

 既に本に触れていた俺の手に重ねるように。


「あ…すみません。」


 弾かれるように手を離し、小声で謝ったのは一人の女子生徒だった。制服の学年章を見ると同学年の物だった。

 顔は可愛い系の美少女だ。海に行けば無人のビーチとかでもない限り確実にナンパに遭うだろう。


「…こちらこそ。」


 まあ、俺はしないけど。

 本から手を放し、別の本を探す。


「……あの、その本良いの?」


「テキトーに選んだだけだったから、その本は譲っとく。」


 選定基準はテキトーなので、そう時間はかからない。選び直しても良いだろう。


「実は私もそうで…

 あ、もしよかったら一緒に選ばない?」


「……気持ちだけは受け取っておく。

 さっきの本は譲るから、行っていいぞ。」


 さて、どれが良いか…

 もとよりそこまで真面目に書こうと思っていない読書感想文。その為に2人でじっくり決めるより、1人でササッと決めてしまった方が早くて良い。


「これなんてどう?」


「あ、どうも。」


 ………でもまあ、ご厚意に甘えない理由にはならないよな。どうせ感想文が書ければどれでも良かったし。

 謎の美少女から選定していただいた本をありがたく手に取り、机に移動して図書カードに書き込む。


「なんか嬉しい、選んだ本を借りてくれるの。」


 何故か隣には謎の美少女。ここまでくると図書室を出てもついてきそうだ。


「そうか。

 ……」


「……」


 話すことが思いつかない。

 加えてここは図書館。話しすぎれば迷惑になってしまうので自然と口数は少なくなってしまう。

 静かに並んで図書カードを書き、提出する。


「じゃあね! 照矢君!」


 図書室を出ると、謎の美少女は拍子抜けするほどあっさり別れた。

 …なんで俺の名前知ってんの? 俺名乗ってなかったんだけど。アイツとは初対面のはずなんだけど。

 って言うかなんで下の名前で呼ぶの? もしかして俺に気があるの?

 ……それは無いか。






 現在の時間は待ち合わせの10分程前。

 俺は既にチケットを購入し、指定された席に着いていた。

 飲み物も既に購入済み。トイレは済ませたので、後は上映を待つだけだ。

 ………おかしいよな。


「映画まで暇ね。」


 隣には待ち人、いや待たせ人だった麗。

 俺も早めに来ていたつもりだったのだが、麗はその時既に映画館の前に居て――


「……お前、バカじゃねーの?

 今日観に来たのは9時上映の映画だよな。

 で、待ち合わせはその30分前の8時半だったよな。

 なんでその10分前に集合して準備済ませてスタンバイしてんの? 上映まで40分もあるぞ。」


 ――顔を合わせるなり早々に映画鑑賞の準備をさせられた。

 合流後、チケットを買った。それは良い。

 その後、映画を観ているときに催さないように各々トイレに立ち寄った。それもまだ良い。

 混む前に買おうということで、飲み物を購入した。この時点では今から二分前。つまり上映42分前。うん?

 で、余裕を持って劇場へ。今ココ。あれぇ?


「そうは言うけど、貴方もかなり早めに来てた。」


 確かに、麗が今言った通り俺も集合時間に対して早めに来すぎたと言えないわけではない。俺だって何も無ければ集合時間ギリギリ、もしくは5分前くらいに着くように調整していた。


「…まあな。」


 はずだったのだが、そんな俺が8時頃に映画館に着いたのには我が母のありがたいお言葉が関係していた。


『待ち合わせの時の男の子はね、女の子より早く来て、「ゴメン待った?」って言わせてあげなきゃならない。

 それくらいの包容力が無きゃ、いくら仲が良くても長続きしないよ。』


 …と言われ、今日の7時頃に起こされました。布団引っぺがすのって反則だと思うんだ俺。

 ちなみに、俺の母上は相手を佐那だと思い込んでいる模様。

 佐那の家とは家族ぐるみの付き合いだから、部活の事くらい知っていると思ってたんだけどな…まあ、その辺気になって訊いたら「じゃあ誰と行くの?」とか「彼女が出来たなら言いなさい!」とか言われそうだったから訊かなかったけど。誤解を放置するスタイル。


「もしかして、楽しみだった?」


「まあ、映画観に行くこと自体久々だしな…ちょっと気になってた映画だったから、楽しみだった。

 麗も映画は楽しみだったんだろ?」


 内容がな。


「…うん。」


 なんか不機嫌そうな返しだな。

「べ、別にアンタと行くのが楽しみって訳じゃないんだからね!」みたいなことを慌てツンデレ風味に言われたかったのだろうか。で、それを見て揶揄いたかったと。

 …残念だったな、そうはいかんよ。


「そういう麗はなんであんなに早く来てたんだ? 別にあんなに早く来なくても映画は逃げないだろ。」


「…照矢君に早く…早く来られて、「待たせやがって」みたいなことをしたり顔で言わせたくなかったから。

 私、「ゴメン待った?」なんて貴方には言いたくない。」


「お前はどこまで行ってもお前らしい答えしか言わないな。」


「何言ってるの? 私は私なんだから、当たり前。」


 そりゃそうだ。何言ってんだ俺。


「……なんか変な事言って悪かったな。」


「別に良い。貴方が変なのは元からだから。」


「変って…俺ほど普通な奴は居ないぞ。

 キングオブ平凡。それが俺だ。」


「平凡な人だったらとっくに私に鼻の下を伸ばして明日木に追い払われてる。私もそんな人からは近付かないし、映画なんて頼まれても行かない。

 それに、二回も私を助けてくれた。普通の人じゃなくても、そうそう出来る事じゃない。」


「…まあ、多少理性的な人間だったら普通だろ。」


「貴方のそれは多少どころじゃないと思うけど。

 正直、良く知らない人間の嫌がらせにもあんなに過剰に反応するのは異常としか思えない。

 貴方のことだから媚びてるのはあり得ない。他にも色々な可能性を考えたけど、どれも貴方への利が少ないから裏があるとは考えにくい。

 となると、後は過去に何かあった…所謂、トラウマの類いとしか思えない。」


「………」


 一瞬だけ、脳裏にフッ、と現れる一つの光景。

 振り払うまでも無く消えたはずのそれは心にべったりと張り付いて離れない。


「……どうしたの?」


 沈黙、表情、実際過去に何かあったと思わせるには充分だろう。

 確かに俺の心は()()に囚われている。()()から生まれる強迫観念が無ければ麗を二度も、いや一度たりとも助けようとはしなかっただろう。


「…いや、別に何も無いぞ。」


 …俺は()()を告白する勇気が出ない。

 麗にも、明日木にも、渉にだって言えない。言いたくない。

 知られたくないから、思い出したくないから。叶うことなら閉じられた蓋を永遠に開けたくないから。誰にも開けられたくないから。


「じゃあ、なんでそんな顔してるの?」


「……」


 顔色が悪くなってきているという自覚はある。

 誤魔化すのも無理があることは分かっている。

 それでも。


「言いづらいの?」


「いや、言いたくないんだ…」


 その回答では何かあった、と明言しているようなものだ。


「…そう。困らせて悪かったわね。」


「ああ…」


 麗はそれ以上の追求はしなかった。

 しかし、空気は映画が始まるまで気まずいままだった。

 映画を観ていても、言いたくないと言われた時の彼女の表情は胸に刺さったまま消えなかった。






「思っていたよりは面白くなかったけど、悪くない映画だとは思う。」


 映画館の近くには一件のカフェがあったので、そこで評論会を行っている。

 メニュー表を眺めながら飛び出したのは辛口染みた評価。もしくは過度な期待を持ち過ぎたという自虐か。


「俺も観て良かったと思う。」


「そう。

 でも告白の直前の流れちょっと違和感なかった?」


「それは確かにちょっと思ってたけど、わざわざ言うほど気にならなかったな。

 …もしかして、結構ラブコメにはうるさいのか?」


「たまに観る程度。悠菜にオススメされたやつとか。」


「なるほど、明日木がか。

 お前が自らラブコメを観てるってイメージが無くてさ…ちょっと意外だなって思ったんだ。」


「幻滅した?」


「むしろ人間味があって良いと思うぞ。」


「……私人間なんだけど。」


「そうだったのか?」


「………」


「冗談に決まってるだろ。本当に目だけ蛇に見えてくるから睨むの止めてくれさいマジごめんなさい。」


 刺されたら死にそうな視線を向けられたので全力で謝罪する。

 見つめるものがゴミ未満でもあんな目で見ないだろう。怖っ。


「いや、えっと、お前基本無口だから、ちょっととっかかりにくさがあるって言うか高嶺の花って感じがするって言うか…」


「自覚はある。

 でも、それが私だから。」


「…そうだな。」


 自覚があるならそこまで酷い視線送ってこなくても良いじゃないか…


「お待たせしました、ご注文をどうぞ。」


 ここでいつの間にか麗が呼んでいたのか、店員が来た。

 銀髪と童顔が目立つおかげでさっきカウンターのあたりで転んでいたのを見てしまった。何人かの客の顔が緩んでいたのは気にしないことにした。


「アイスコーヒー一つ。」


「俺もアイスコーヒーで。」


 別に指し示したわけではないが注文が被る。どうせ嫌そうな顔をしてるだろうから麗の方は見ない。


「かしこまりました。繰り返します、アイスコーヒー二つでよろしいでしょうか。」


 …でかい。

 あ、チラ見がバレた。ごめんなさい。つい目が行っちゃったんです。

 分かればいいみたいなお許しの目を見た俺は安堵し、麗に向き直る。


「……」


 …そんなに睨まないでください。不可抗力なんです。

 気まずさに目をそらす。ついでに店内を見回していい雰囲気だなとか言っちゃおうかなーと考える。


「……あれ?」


 その途中で偶然見てしまった。

 さっと目を逸らす明日木の姿を。

 ……アイツ、もしかしてつけてたのか?

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