判明する真相
「いた…!」
明日木に話を聞いて、教室、廊下、体育館、図書館と探し回り、ようやく麗を発見した。
探したのは当然明日木の話の真偽確認の為である。あの、他人を石ころ程度にしか思っていないはずの麗が愚痴をこぼす程嫌っている相手と付き合うなんて考えられないのだ。
「……」
彼女は食堂に居た。
ごった返す生徒達で良く見えなかったが、無言で料理を口に運んでいる。
水や料理を取りに行く生徒を避けながら進む。
彼女の席に近付いて行くと、彼女の対面に誰かが座っているのが見えた。
「―――で、放課後ちょっと付き合ってくれないか?」
それは一人の男だった。
髪は茶髪、顔はかなりイケメンの部類に入るだろう。CMに出てくる俺様系のキャラってこんな感じだよねって感じの男だ。
「……良いわ。私は貴方の彼女なんだから。好きにしたら?」
「随分とドライだね? 俺、君の彼氏だよね?」
「…そうだけど?」
……訊くまでも無い様子だった。
疑問こそ残るが、確かに麗はあの男のことを彼氏として認識している。扱い方は麗らしさが全面に出てるけど。
「……」
…彼氏でもなんでもない俺が出張る場面でもないか。
麗は恐らく、俺のことを他のやつら同様路傍の石くらいにしか思っていないだろう。恩はあるから一応ちょっとの付き合いくらいは許されてるけど、好意があるとは考えにくい。
むしろ、俺があの場に乱入したらそれこそ煙たがられるだろう。せっかく彼氏と2人でランチタイムを楽しんでる(?)んだ。他の男に邪魔されたいとは思わないだろう。
「…何見てるの?」
…何気付いてるの?
せっかく黙って立ち去ってあげようとしてるのに。
「あれ? もしかして麗の彼氏とかって言われてた…えっと、名前なんだっけ?」
「あ~…俺お邪魔みたいなのでこれで…」
「名前なんだっけって聞いてんだよ! 答えやがれ!」
……も~…ホントになんで気付きやがったのかなぁ…
「城津照矢です。
一応言っておきますけど、俺は別に麗の」
「今麗のこと呼び捨てにした?」
……めんどくせぇ先輩だな…
「ああ、ちょっとした訳があって。ではこれで。」
「気に入らねぇ奴だな…麗を呼び捨てにしていいのは俺だけだ。今度俺の女を呼び捨てにしたらただじゃ置かねぇぞ。」
「…はい。」
その時、意図はしていなかったのだが麗の表情が目に入った。
それを見た俺は麗の彼氏のことを明日木に相談する必要があると思い、急いで教室に戻った。
「あ、戻ってきた。」
「なんだよ…遠くまで飛んだボールを拾いに行った犬が戻ってきたみたいなリアクションするなよ。」
教室に戻って来てみると、明日木は佐那と一緒にランチタイムをしていた。
佐那の弁当箱は空、明日木の弁当箱の中身は半分以上消滅している。俺弁当まだ半分も食ってなかったんだけど。
「明日木、麗の彼氏の件なんだけどさ…どうもアイツ、滅茶苦茶嫌がってるみたいだぞ、彼女扱いされるの。」
「うん、そうだよ?」
…あれ? なんで知ってるの?
ここは、『えー!? 嘘ー!?』とかびっくりしながら言っちゃうのが普通なんじゃないの?
「私だって、れいちゃんがあの人と付き合ったなんて言ったらおかしいと思うよ。
それに、れいちゃんがあの人の事が好きだから付き合ってるわけじゃないって知ってるし…」
「……じゃあ、なんでだ? なんでさっきそこまで言わなかったんだ?」
「言う前に城津君が行っちゃったからだよ。そんなに走らなくても、ここにいるさなちゃんと一緒に教えてあげたのに。」
……えー…
俺が汗だくになって走り回って麗を捜した意味全く無かったの?
なんであんなことしちゃったんだろうと自分でがっかりする。美美美三人衆の時と言い、俺失敗しすぎだろ…
もしかして俺失敗系主人公なの? そんな風潮要らんし流行らんわ。
っていうか俺主人公って言うよりモブなんだよな。
「でも、なんで早とちりして出て行っちゃった城津君がそれを知ってるの?」
「麗…いや、広西とその彼氏に会ってきたからな。今。
で、その彼氏さんに彼女扱いされた時に、れ…広西が滅茶苦茶嫌そうな顔してた。」
「え、そうだったの?
っていうか、なんで急にれいちゃんの呼び方変えたの?」
「その彼氏さんが良い顔しなかったからな。
その時に広西が嫌な顔してたから、もしかしたら俺の呼び捨て気に入ってたりして。」
「……そうだったらいいね。あんな人なんかよりも、城津君の方が…」
「……俺の方が?」
「あ、今の聞かなかったことにして。
それで、なんで私がれいちゃんの本心を知ってるか何だけど。
実は私、昨日聞いちゃったんだよ―――
―――れいちゃんが脅されてるところ。」
(脅し、ねぇ…)
脅してまで付き合う真意は、まあどうせ体目的とかそんなところだろう。
昨日のところは明日木との先約があるからと逃げたらしいが、今日はそうも行かない。何日も連続して先約が~なんて言ってたら彼氏さんに強引に連れていかれかねない。ただの一度だからこそうまくいったのだろう。行かないと怪しまれる、みたいな一言も付け加えて。
ホームルームの最中。先生からの連絡を聞き流しながら麗の件について考えていた。どうせこれが終われば放課後。聞いていなかったことをとがめる輩はいるまい。
…多分、今日ほっといたら麗の奴確実にやられるよな…相手は脅してくるような奴だ。いきなり襲い掛からなかっただけまだマシかもしれないが既に向こうのペース。一回やられちゃったら向こうの勝ちである。敗北条件厳しい。
しょうがない、万一なことが無いようについてってやるか。なんかあったら助け呼んだり時間稼ぎしたりすりゃ良いだろ。
………待て。なんで俺麗のためにそこまでしてるんだ?
美美美三人衆の時もなんであそこまでしたんだろうと今になって思う。渉には何かあったら美美美三人衆の悪評を流すように言ったし、麗には妙に親身なっちゃったし…
……まあ、家に行って家族の顔見ちゃったからな。それでなんかこう…近い存在みたいな認識になってしまったのだろう。
一晩泊めさせてもらって、あんなに溺愛している妹まで見せられて。母親にはよろしくと頼まれて。
むしろ、ここまでされて助けないのは逆に男じゃないよな。だから俺は麗を助けようと思ったし、今も思ってるんだ。
………要は軽い仲間意識を持っちゃってるってことだよな。向こうがどうあれ。
多分それに逆らったら後悔するだろうし、また助けてやるか。助けられないかもしれないけど。
ガードマンを果たせるような力は持ってないけど、居ないよりマシくらいの活躍くらいはしてやるとも。
こういう時に荒事向きな親友でもいればな…渉は俺同様ひょろいし、他の男たちは交流疎遠気味な上SPが務まるような奴は居ないし…佐那や雲道先輩は女の子だ。
うーん詰みそう。
「起立! 気を付け! 礼!」
…とりあえず、教室に行って尾行するか。
解散の合図は出ているので荷物をまとめて教室を出る。
「また後でね! 照矢!」
「ああ、また後でな。」
ここ最近、我が家では必ずと言っていいほど佐那の料理が並んでいて、その度に感想を聞かれている。
それは渉が言ったように俺の胃袋を掴みに来ているのか、それとも単なる気まぐれなのかは未だに分かっていないが…悪いからと言って断ろうとしても結局佐那は我が家のキッチンに立っている。そう強く断る理由は無いのだが、罪悪感と言うか良いのかなって気持ちが出てくる。
そんな佐那を見送る。料理を作ってくれるからと言って部活に出ないわけではないのだ。
…さて、俺は俺で麗の件だな。
あくまで、何かが起きるまでコッソリ影から見守るだけだ。最初から声をかけたらどっか行けとか言われるだろうし、それで素直にどこかへ行ったふりをしても見られていることを前提に動かれるかもしれない。
…それはそれとしてだ。
麗を守るのは良いのだが、ことはそれだけでは済まない。
彼女への脅迫内容からして、彼女本人を守ったところで……
……別方向からの攻撃からも守らなきゃならないんだよな。そちらへの対策は何もできていない。
この体が二つあれば…いや、あってもどうにもできない。せめて協力者が居れば…
「麗、迎えに来た。」
おっと、来たな。
すぐに柱の影に移動し、スマホをいじるふりをして様子を見る。
「わざわざ教室まで来なくても逃げない。」
麗が彼氏に向ける目は、彼女が面倒ごとに直面した時の目と完全に一致していた。
「まあ、そう言うなって。早く行こう。」
彼女を掴む手もどこか乱暴だ。そっけない扱いが気に入らないのだろうか。
ありゃ確かに嫌がりもするよな。尤も脅迫して来るような相手と喜んで付き合う奴なんていないだろうけど。
学校を出て行く2人に付いて行く。当然、気付かれないように。周囲の目を欺くため、可能な限り自然に。
「おい、どういうつもりだ?
お前、妹がどうなっても良いのかよ。」
「…そんな訳無い。」
学校から離れると、途端に男の態度が変わる。
つい数秒まではにこやかに麗の手を握っていたというのに、今では眉間にしわが寄り目に力が籠っている。
それを息がかかりあいそうな程近づけられても表情一つ変えない麗は流石と言ったところか。
「でも、私彼氏作ったことないから。どう接すれば良いのかさっぱり分からない。」
「だからってあんなにそっけなくするか?
じゃ、さっさとお前の妹をやっちまうか…」
「止めて。」
……麗が脅迫されている内容は妹。広西紅美だ。
彼女の中学校に先輩の知り合い、というか舎弟が居るらしく、付き合わなければその舎弟に紅美を襲わせると言っていたのだ。
その舎弟が誰なのか、紅美の知り合いなのか、それとも面識は無いのか。それは全く分からない。いくら麗が尋ねてもその先輩は口を割らなかったらしい。
だから、今回の件は中学校にいる紅美も守らなければならない。麗を助けて妹が犠牲になったら麗が本音を押し殺してこんな男と付き合っている意味が無くなってしまうのだ。
不幸な事に、俺の交友関係の狭さはこんなところにも影響が出てしまった。俺に今更頼みごとが出来るような仲が良い後輩はいない。
「それだけは、止めて…」
「だったらもっと俺に媚びろよ。甘えて甘えて、そんな気を起こさないようにして見ろよ。
そうすれば、お前の妹には手を出さないから。」
……今すぐ尾行を止めて殴りに行きたい。
ワンパンで一般人をKO出来るような力があれば、あるいはそうしていたかもしれないが…今それをしても、誰が救われると言うのか。
握る拳に力が籠る。爪が食い込んで手のひらが痛む。
「先輩、何やってんスか?」
「?!」
危うく大声を上げて驚くところだった。
恨めし気に振り向くと、そこに居たのは。
「…ルーク? なんでここに?」
「偶然っスよ。あ、もちろん本当に偶然っスけど。」
一昨日佐那を巡って戦っていた後輩、幸野ルークだった。




