上昇するハードル
佐那に話しかけてきた少年は美形だった。
その金髪と容姿も相まってか、まるで外国の王子のような気品のある佇まいはその後輩口調とミスマッチしている。完璧な丁寧語を話して中世の服でも着ればあっという間に貴族の出来上がりだろう。
「…皆寺先輩、その人はなんスか?」
少年の視線が佐那から俺に移る。
その声にこもる剣呑な気配は佐那の推測が事実であると知らしめた。
少年は間違いなく佐那に惚れている。そして今俺に嫉妬している。
「……」
…ここは静観に徹するとしよう。
俺が口出ししようものなら、全て俺のやらせで佐那の本心ではないと思われかねない。
今回大事なのは佐那本人が少年に嫌だと言うことだ。
「この人は私の幼馴染で、照矢って言うんだよ。買い物に付き合ってもらってたんだ。」
「…じゃあ、彼氏とかじゃないんスね?」
「………」
えっと…あの、佐那さん、せめて声で言語を発してくれません?
そんなに赤くなったり視線でうろうろしたりしたら怪しく思われるじゃん。俺佐那と付き合ってないじゃん。手話より分かりやすいんだけど。嘘じゃなくて意味が。
って言うかこの前の照矢好きじゃない宣言どこ行ったの? 心変わりなの? 相手のモンスター1ターンだけパクるの?
「……そっスか。」
やべぇ、なんか納得しちゃってる。
ここは正直に否定するべきか? それとも黙っといた方が良いのか?
否定すればこの殺人的な視線からは逃げられるし、少年の心もちょっとは癒えるかもしれないけど黙ってればこのまま勝手に誤解してストーキングを止めてくれるかもしれないんだよな…
……どっちの方が良い?
「じゃあ照矢先輩、俺とちょっとした勝負しませんか?」
出たよ受けるメリットが一切無い勝負!
勝っても諦めるとか言う現状維持、負ければ佐那が付き合わされるとかなんだろどうせ!
もしそうだとして負けたとしたら佐那に待ち合わせすっぽかさせたり、『彼氏? え? なにそれ勝手に言ってるの?』みたいなことを言わせて少なくないショック受けてもらうからなこんちくしょうめ! こっちだって考えがあるんだからな!
「良いよ、でも照矢が勝ったら二度と私に付きまとわないで! 正直迷惑だったの! もし仮に勝ったら付き合ってあげるけど!」
…えっと、あの、そこまで佐那の意思じゃなくていいんですよ?
貴女のせいで逃げられなくなっちゃったんですけど。完全に自分の墓穴掘ってません? もし俺が負けたらとか考えてないの?
「…ほ、本当ですか皆寺先輩!」
一瞬落ち込んだものの後半の言葉で立て直し、表情を明るくした少年は言質確認に熱意を込めた。
「絶対に照矢には勝てないだろうけどね、どんなことでも!」
佐那さん、なんか勘違いしてるみたいですけど俺完璧超人でもなんでもないです。
貴女よりも学力は低いですし運動も得意かどうかって言われると微妙なんです。苦手ではないけど。俺買い被られ過ぎじゃない?
「勝負の方法は?」
「そうっスね…近くにボーリング場があるんスよ。そこでボーリング対決ってのはどーっスかね? 丁度今日はボーリングの気分だったし、ちょっと自信あるんで。」
「もちろん!
頑張ってね照矢、照矢なら絶対勝てるから!」
「………」
ハードルもあげていくスタイル。やめて。
「じゃあ、そうと決まれば早速移動するっスよ! 覚悟は出来ましたか照矢先輩!?」
向こうは滅茶苦茶やる気だが、俺は滅茶苦茶だるい。もう気持ちで負けている。
…でも、俺が勝たないと佐那は多分落ち込むよな…佐那本人が言ってしまったわけだし、この少年とのお付き合いは避けられないだろう。
やっぱり、俺が勝たなきゃならないわけだよな…
………
「…もちろんだ。
悪いけど、勝ちを譲る気は無いからな。後輩だからって容赦はしない。」
入っていなかった気合を心に詰め込み、少年に向ける視線に込める。
「大人気無いっスけど、それでこそ勝ち取り甲斐があるってもんスよ!
もちろん、俺が勝つっスけどね!」
見返す少年の瞳にも同じような炎が灯っているようだった。
頼んでいた食べ物を全て消化し(主に佐那が)、ボーリング場に移動した俺と佐那と少年(名前は幸野ルーク、イギリス人とのハーフらしく、金髪は地毛らしい)は2人分の利用で手続きを行いシューズの履き替え、ボールの選定を行う。
ボールの選定と言ってもどれを使うかは決まっている。少年…ルークも迷いなく一つのボールを手にしていた。
「勝負は一ゲーム、より多くの得点を取った方が勝ち、それで良いっスか?」
「ああ、問題無い。」
何ゲームもするとお互いスタミナが心配になるだろう。って言うか佐那がこの後も買い物続ける気らしいから俺のスタミナを心配せねばなるまい。ただでさえ買い物に付き合わされて疲れてるって言うのに…
「じゃあ、俺の第一投っスね。ほいっ!」
ルークが投げた球は途中までまっすぐ進んでいった。
ピンを目前にして少し逸れてしまい、ピンを二本残してしまった。しかも――
「あー…スプリットだね。」
――配置はスプリット。
2本のピンはピン2本分を開けて鎮座しており、倒すのはかなり難しそうだ。
「…しょっぱなから運が悪かったな。」
これには俺も同情の言葉をかける。
決して煽りとかではなく、心の底からの言葉だった。
「運が悪い、ですって?」
ボールを取る為に席に戻ってきたルークはそう言うと、肩を震わせる。
「いや、逆っスよ。むしろ俺は運が良い。」
「はぁ…?」
「まあ、見てれば分かるっスよ。」
意味深な事を言うと、出てきたボールを受け取ってレーンの前に移動した。
顔の前にボールを持ってきて、じっとレーンを見据えている。狙いを定めているのだろう。
「……!」
無言の一投。
その一投はまっすぐ一本のピンの――中心を捉えている。
佐那も心の中であちゃーとか思っていることだろう。
「……」
ルークは自身が投げた球をじっと見ている。
その間も球は進み続け、ピンを目前にして――
――進路を変えてピンを掠り、弾かれたピンがもう一本のピンにぶつけた。
「なにっ…!?」
「嘘!?」
俺も佐那も信じられなかった。
スプリットを倒すのはプロですら難しいという。それをこの少年は――偶然とはいえ倒してのけたのだ。
「……ふぅ~…まあ、分かってた事でしたけどね。
昔から俺、運が良いんスよ。
小学校で休みの同級生が居た日の給食って、デザートとかじゃんけんで誰が食べるかって決めてましたよね?
あと、スーパーのくじ引きとか、神社のおみくじとか…俺、一回も外したこと無いんスよ。
今まで疑ってたかもしれないんスけど、先週佐那さんと会ってたのはストーカーしてたからとかじゃなくてガチの偶然だったんスよね。
ボーリングにもけっこーよく来てて、ダチと来た時は毎回一位、こんなスプリットなんか何回も倒してるんスから。今倒せない訳無いんスよね。」
……マジかよ。
この時、俺は目の前の実例を見せられたことで彼がストーカーではないと本気で思った。
一度や二度の偶然で、と思わないわけではないが、理屈ではない何かがそれが事実だと認めていたのだ。
「さて、次は照矢先輩の番っスよ?
ビビッてもう投げられないっスか? もう自信が無くなったんスか?」
「………」
ピンは既に並んでいる。
俺は球を取り、レーンへ移動する。
「照矢…!」
佐那の眼差しには不安が混じっているようだった。
だが、あれだけ大口叩いておいて、なんて言えなかった。何故ならそれ以上に信じていると目で訴えていたから。
「……」
俺の第一投。
手首からブレを極限まで無くして振りぬく。
投げられた球は真っ直ぐ、並べられたピンの中心に向かい――
――その全てをなぎ倒した。
「なん…スって!?」
「やった! 照矢!」
驚くルークに喜ぶ佐那。
「…これでも、投げることには自信があるんだ。ボウリングだって多分、お前以上に来てる。」
俺は投擲のコントロールには大きな自信を持っている。
ボウリングはちょっと勝手が違うものの、数をこなせば熟練度は上がる。より正確な球を投げられるようになる。
「で、誰の自信が無くなったって?」
「…なかなかやるじゃないっスか。
でも、まだまだ勝負はこれからっスよ! 俺だってストライクぐらい取れるんスから!」
次の投球が控えているルークは、球を持ち並べられたピンと相対する。
勝負の行方は、流れは分からなくなってきた。
しかし、ルークに勝ち取らせはしない。
虚しいことだが――
――何が起きても、きっと佐那の心は動かないのだから。




