進退する悩み
明日木が帰った後、佐那に相談終了のメッセージを送ってみたが既に彼女は帰っていた。
佐那からの返信によると、帰路ではあのストーカーモドキと遭遇しなかったらしい。良かったのか良くなかったのか…まあ、俺は居なかったし良かったのだろう。
で、翌朝。ストーカーモドキの対策と言うことで佐那と一緒に登校したわけだが…今回ストーカーモドキは出てこなかった。
佐那を見ていたものの俺と一緒に居るから出てこなかったのか、それとも彼が言う偶然が起きなかったからなのかは分からないが、佐那は安心していた。
…でも、いくらストーカーを恐れていたとはいえ腕に抱き着くのはどうなのだろうか。おかげで二股男って単語が頻繁に聞こえるようになったんだけど。麗の誤解一回解いてなかったっけ? 再燃したの?
「よう二股野郎。」
「ドストレートか。
どっちとも付き合ってねーよ、渉野郎。」
「渉野郎!?」
開幕暴言をかましたコヤツはいつもお馴染み幼馴染みじゃないけど渉。お付き合いは二、三か月になっております。
「新種の暴言吐くの止めろよ…」
「なんだお前。渉が暴言だと思ってんの?
自分の名前が? えー? お前親に謝って来いよ。」
「お前がなんだお前。幼稚な煽り方しやがって…
それより、約束は守ってくれよ。」
「約束?」
なんかコイツと契りを交わしたっけな? そんなことしてねーや。
「おいおい! 広西さんを紹介してくれるって話はどうなったんだよ!」
してたわ。
そういやそんなこと言ってたな。皆ハッピーでウィンウィンウィンウィンとか思ってたあれか。
「悪いな、忘れてた。」
「いっそ清々しいほど言い切ったなテメェ。」
「まあまあ、約束は守るから許してくれよ。
まあ、俺が出来るのは紹介までだから仲良くなれる保証は無いけど。」
「とっかかりがありゃじゅーぶんじゅーぶん! 天下御免のチャラ男軽井渉を舐めんなよ!」
「……そう言えばお前チャラ男属性あったな。忘れてた。」
「おい、俺のアイデンティティーだぞ。忘れるな。」
「なんか渉のチャラっぽいとこ最近見ないから…」
「ひろ…麗ちゃんと会った時に嫌なほど見せつけてやるから安心しろ!」
「思いついたみたいに下の名前をちゃん付けしても手遅れだぞ。
あと、親切のつもりで言ってやるけど麗の性格上チャラ男キャラで行ったら確実に嫌われれるから止めとけ。」
「…珍しいな、照矢がそういうアドバイスくれるなんて。
いつもならチャラ男キャラで行って嫌われた後に言うのに。」
「俺をどんな奴だと思ってるんだよ…」
とは言うものの、渉を紹介するのも打算込みのことだしあんまり強くは言えないか――
「非情冷血冷徹な冷奴。」
「待て、その前も必要以上に酷いけど俺豆腐じゃない。」
――流石に酷い。
「まあ、せっかくだからありがたく受け取っとくぜい! ありゃっす!」
「また取ってつけたように…もういつものお前で良いんじゃないか?」
「いつもの俺がこっちなんだよ!
昼休みでも放課後でも良いから話通しといてくれよ!」
やや急に話を切り上げたと思って時計を見るとマジでチャイムが鳴る一分前だった。ちゃっかりしてる。
さて、昼休みか放課後だな……
…麗のケータイの番号とかアプリのID交換でもしてたら簡単にアポ取れるんだけどな。文明の利器が使えないのがキツイ。
こりゃ放課後になるな………
…放課後…佐那の奴、大丈夫かな。
佐那は部活だし、それが終わるまで待ってるって言うのもアレだし…
…まあ、その前に麗だな。昼休みまでになんとか説得する方法を考えとかないと。呼んでも素直に来るとか言いそうにないし。
…まあ、色々あったものの、麗と渉の紹介は…多分、上手くいった方だろう。
ちょっと自信は無いが、悪くはないはずだ。
麗は渉に対して大きな悪印象は持っていないし悪い奴だとは思ってなさそうだけど苦手っていうか近付きにくいっていうかそんな感じだ。
あと他に語ることがあるとするなら麗を引っ張り出す方法を色々考えていたのだがあっさり呼び出しに応じたことだろうか。麗の好感度は意外とよさげなのかもしれない。恋愛に発展することは多分ねーけど。
…さて。
渉を麗に紹介し、その後のあれこれで大分時間は経った。
…とはいえ、部活が終わるのは大体一時間半くらいだろうか。延長やら切り上げやらが無いわけではないものの、いつもそれくらいに終わると佐那が言っていた。
麗も渉も帰っている。ここから佐那を待つにしても少し長いが、一度帰ってまた迎えに来ると言うのも微妙な時間だ。どうしたものか…
帰ろうものか待とうものか、どっちつかずの気持ちで校舎をうろつく。
「あれ? 城津君じゃない?」
「明日木? なんでこんな時間にいるんだ?」
背後から掛けられた声に驚く。
明日木は部活に入っているのだろうか。
「それは私の台詞だよ、なんで城津君がここにいるの?」
「ああ、ちょっと麗に話があってな。」
「昨日の事?
だったら訊いても答えてくれないんじゃないかな? あのれいちゃんが正直に相談してくれるとは思えないけど。」
流石麗の友人。麗の性格をちゃんと把握している。
「確かにな。
でも、本題はそっちじゃないから良いんだよ。」
「じゃあ、その本題って?」
「俺の友達の渉って奴を紹介してた。ちょっとした約束でさ。
麗は友達少なそうだし、良いかと思ったんだ。苦手そうにしてたけど。」
「…まあ、確かにれいちゃんの交友関係って狭く深くって感じだよね…」
「友達が少ないってはっきり言って良いんだぞ。親も認めてるみたいだし。」
「れいちゃんは友達が少ない! ってこと?」
「そうそう、はがないはがない。れいちゃんはがない。
それで、明日木はなんでここに居るんだ?」
「……城津君に会いに来たの。」
「真顔で言われても…」
「冗談、ちょっと図書室で本を読んでて…気が付いたらこんな時間になってたんだ。」
「へぇ…文系だったのか。」
「なんでそんなに意外そうに言うのかな…」
「茶色い短髪のせいかもしれないな。なんとなく活発って感じがするから。」
せめてロングならわかるかもしれないが。
「へぇ…じゃあ、髪伸ばそうかな?」
「ご自由にどうぞ。
で、今から帰るのか? 時間は大丈夫なのか?」
そろそろ六時、長針と短針が一直線になろうとしている。
門限にうるさい家庭だったらそろそろ帰宅しなければならないだろう。明日木の家がそうかどうかは知らねーけど。
ちなみにウチは結構フリーです。前は夜遅くに迎え頼んだから怒られたけど。
「そのつもりだけど、そういう君は?」
「俺はちょっとした用事があるから残る。」
ここまで残ったのだからもう待つべきだろう。初志貫徹。初志がブレブレだったけどコンコルドを突っ込むのもやぶさかではない。
「そうなんだ。
ねえ、用事って何するの?」
「人を待ってるんだ。」
「一緒に帰るって事? れいちゃんというものがありながら?」
「あのな…俺は別に麗とは付き合ってないぞ。」
「でも君はれいちゃんの家に泊ったんだよね? ナンパから助けたって言う話も聞いたし、れいちゃん本人が城津君のことを彼氏って…」
「ち、違う! 全部事実だけどそういうことじゃない!」
「男の子のツンデレも悪くないかも。」
「勘弁してくれよ…」
「じゃ、勘弁してあげる。
私は帰るから。」
「ああ、それじゃあな。」
「またね!」
……明日木悠菜。
さすが麗の友人をやっていけるだけある。強かな女子だ…俺があんなに翻弄されるとは――
――案外珍しくもすごくも無い事だったな。
この後、佐那と帰ったものの今日もストーカーモドキは姿を現さなかった。
佐那からストーカーの相談を受けて一週間が経とうとしている。
それからというもの佐那はストーカーに会わなくなったらしく、ストーカーモドキにびしっと物申すチャンスは訪れない。
麗の方も手詰まりだ。明日木に聞いたと言っても麗は頑なに話してくれないし、そういう状態では俺がどうすれば良いのか分からない。
明日木曰く、
『れいちゃんって結構頑固だし義理堅いところもあるから…一回助けてもらったから、これ以上助けてもらうのは悪いって思ってるのかも。』
とのことだった。
前回はやや強引に解決まで持っていったが、さすがに罪悪感を感じさせてまで助けると言うのもどうかとやや逃げ腰染みた考えが浮かび上がってきたせいでさっぱり進展が無い。
佐那のストーカーの件もあるだろうが、多分俺の及び腰の方が理由の比率としては高いだろう。
…さて、俺は一週間が経とうとしていると言っ…てないけど思った。
今日は土曜日。今は午後。佐那の部活が終わり、どうせ俺のスケジュールはすっからかんのがらんどうなので迎えに行ったのだが。
「照矢はどっちがいいと思う?」
「………」
佐那の両手にあるのは色違いのワンピース。
二者択一を強いられる俺は別にどっちでも良いと言う心の声をねじ伏せた上でちぎっては投げちぎっては投げを繰り返して考えている。
恐らく、俺が選んだ方が佐那に連れていかれるのだろう。
着られて汚れ、水と洗剤に揉まれ、乾かされ、また着られて汚れ…どちらにその運命を課すか、考えている。
…どうでも良いが、そう考えると服って結構悲惨な運命を背負ってるのかもしれないな。最終的には燃やされる訳だし。
「俺はその白い奴で良いと思う。」
「そうかな? じゃあこっちにする!」
白ワンピは正義だと思うんだ。異論は言いたい放題でおk。
レジに向かった佐那を見て思う。
……なんでストーカーで悩んでるのにフツーに外出しちゃってるんですかね。
本当に悩んでるの? 別に怖がってないの? こういう時ってフツーお外出たくないでござるってなるんじゃないの? まともじゃないのは俺だけなの?
……部活に行って一度帰宅した後にシャワーを浴びてきた佐那は俺と買い物に行きたいとのたまった。
ストーカーの件は大丈夫なのかとややしつこいくらいに聞いたが、佐那は大丈夫大丈夫の一点張りをバリバリして質問攻撃を躱し俺をワオンモールに引きずり込んだ。
で、今に至る。
「照矢、お腹空かない?」
「家で昼飯食ってなかったか? もう腹減ったのか?」
「ちょっとお昼ご飯が足りなかったみたい。」
部活パワーの為せる業か。二時間前に男の俺が腹いっぱいになるくらいの料理をかっ込んでいたはずなのにもう空腹とは。
「…まあ、俺も喉乾いてきたし。フードコートで休憩するか。」
「賛成!」
意見が一致した…というより俺が合わせたので満場一致で洋服売り場からフードコートに移動する。
三時ともなれば結構まばらになってくる頃だろう。席に着く人はまばらだった。
一旦別れてハンバーガーショップでドリンクだけを買う。後ろに居た銀髪の小さい子を避けて席を確保しに行く。
席の確保は赤子の手を捻るより楽な作業だ。黒と金の長髪おねーさま達からちょっと遠いテーブルに手持ちのドリンクを置いた。なんか女子ばっかりのテーブルの近くは遠慮しちゃうよね。渉はむしろ鼻息がかかりそうなほど近寄りそうだけど。
「お待たせ!」
佐那が持ってきたのは野菜たっぷりのサンドイッチ。
ただし量が多い。肉は少なめかもしれないが無いわけじゃないし、そもそも炭水化物の多量摂取は体重的にヤバい。
「そんなに食べて太らないのか?」
「……大丈夫だよ、多分…」
「その間を二文字で説明してみろ。」
「心配。」
やっぱりじゃねーか。
「でもちょっとだけだから! それ以上に部活頑張ってたから!
むしろ、ここで心配になったらそれは自分の努力に自信が持てないってことだし、だから信じるしかないって言うか―――」
貴女さっき心配って言ってましたよね。
という言葉はジュースと一緒に飲み込み俺に言ってるのか自分に言い聞かせているのか分からなくなってきた佐那の弁護を聞いていると。
「あ、皆寺先輩じゃないっすか! こんちわ!」
中学生くらいの少年が佐那に声をかけた。
その時の佐那の表情で俺は理解した―――
―――彼がストーカーだと。
コンコルドの誤りって覚えてる人いるかなぁ…




