重複する相談
第二章的なヤツ。
「…ストーカーじゃないのか? それ。」
「ううん、ストーカーって言うには色々おかしいし…」
翌週の月曜日。
昼休み、佐那に相談がある、と呼ばれて来たのは学校の屋上だった。
話を聞くに、どうもストーカー…のような男子に困っているらしい。
「でも、出掛けた先々で会うんだろ?」
「その割には本人が言うように偶然っぽいっていうか…
会う時間はバラバラだし、私が来た道とは正反対の方向から来たこともあったし…」
「そうは言ってもな。
その頻度が異常だからストーカーなんじゃないかって思ってるんだろ? まるで付けられてるみたいに。」
「そうなんだけど…」
佐那からされたストーカーの話をまとめると。
先週、ある男子に道を尋ねられたらしい。
引っ越してきたばかりで道が分からないというその男子に、佐那は懇切丁寧にその道を教えた。
ありがとう、と言って去って行った男子は、翌日また佐那と会った。
この時はまだ佐那も偶然だと思っていたそうなのだが。
次の日も、また次の日も。朝、夕方と時間帯を変えながら毎日会ったらしい。
その男子とやらは毎回毎回偶然だね、と言うそうなのだがどこまでが本当なのか分からない。
ストーキングを警戒してもやはり会う。それも警戒していない方向から。
そして、偶然にしては気味が悪いと思った佐那は俺に相談していると言う訳だ。
「気にしないって段階はとっくに超えてるんだよな…」
じゃなきゃ相談なんてしないだろう。
「…うん。
それに、多分だけど…あの人、私に好意があるんじゃないかなって思うんだ。」
「……なんでだ?」
「私に会う時、本当に嬉しそうに笑うんだよ。
ちょっと顔を赤くしたりして…まるで私みたい……なんでもない!」
「………」
私みたい、か…
佐那にも気になる異性がいるらしい。
幼馴染としては巣立たれるようで寂しいが、もし相談されたら応援してやろう。当然お相手には俺の審査の目が入るけど。
尤も、佐那は俺をそういう目で見ている訳ではないし、俺も別に恋愛的な目で佐那を見てないし…
長年の友人、お互いにそんな感じだろう。
「と、とにかくそう言う訳だから…
照矢、私はどうすれば良いと思う?」
「………」
難しい質問だ。
その男子とやらは可能性が高いにしても、ストーカーをしているとは限らない。まだ黒と断定できる訳ではないのだ。
そんな相手にストーキングしないように言っても、そもそもしてないかもしれないし、逆上してかえってえらいことになるかもしれないし…
「……わかんねぇな…」
「…ごめんね、難しい質問しちゃって。」
「いや、でもこうして他人に助けを求めるって言うのは悪い事じゃない。どっかの誰かさんはそれもしないで全部人にさせて…」
「お前は確かその後の尻ぬぐいを私にさせたよな?」
予想外な方向からの予想外な声に驚く。
しかし、その声には聞き覚えがあった。
「………耳が痛くなること言いますね。雲道先輩。」
「ああ、ついでに勝手に首を突っ込んだのもお前だ。広西曰くな。」
屋上に現れたのは雲道先輩だった。
彼女もここで昼食を摂るつもりだったのだろう。その手にはコンビニの袋が提げられている。
「……麗の中ではそうでしょうね。」
「まあ、確かにそう思ってそうな奴だったな…でも、広西は決して悪い奴じゃない。それはお前も分かってるんだろ?」
「…まあ、はい。」
「雲道先輩。お久しぶりですね。」
「ん?お前は…皆寺か。久々だな。
なんだ2人して。城津が浮気でもしてるのか? 彼女が居るのに。」
「先輩…そもそも麗とは付き合ってな」
「麗!? まさか噂の広西って人の事!? もう名前で呼んでるの!?」
佐那の食いつきがすごい。
まるで三日間断食した後食べ物を見た猛獣の様だ。
「…皆寺、からかっておいてなんだがあの噂は真っ赤な嘘だ。偶然からきた勘違いでしかないんだ。
…偶然、と言えば皆寺のストーカー…みたいなやつだったな。
私はバカだからこんな単純な事しか言えないが…正直に言ってみたらどうだ?」
「正直に?」
「ああ。
これ以上付きまとうなとか、気味が悪いから止めてくれとか。」
「でも、本当に偶然かもしれないし…」
「難しいことは考えるな。
まずは本音を言って、話はそれからで良いじゃないか。なんなら城津についててもらえば良い。何かあったら助けてもらえ。」
「……そうですね。」
…あれ、雲道先輩全然馬鹿じゃないじゃん。
ただ小難しいことを考えるのが苦手、という自覚があるだけで、非常に柔らかい発想の持ち主なのでは――
「まあ、城津が殴り合いで負けたら全部終わりだけどな!」
――裏表が無いってだけだったか。
でも、素直に感心した。確かに小難しく考える必要は無かったのかもしれない。
人生ストレートに走った方が良い時もある。それが例え苦難の道でも。
「…雲道先輩、アドバイスありがとうございます。
じゃあ、早速今日照矢を連れて帰ろうと思います。部活も無いですし。」
「そうだな、俺も異論は無い。」
善は急げ、全くもってその通りだろう。早いところ佐那の不安を取り去ってやりたい。
恋愛感情は無いが、1人の友人として、幼馴染として、支えてあげたいと思っていないわけではないから。
……しかし、この後思いもよらぬ展開によりそれは叶わなくなってしまった。
それを知るのは約四時間後のことだった。
「照矢、昼の事覚えてる?」
ホームルームが終わるなり佐那が俺の席に来る。
既に帰宅の準備は出来ているらしく、佐那の机の上には何も載っていないし、教科書類が詰まったカバンを持っている。
「ちょっと前に話したばっかりのお前の悩みを忘れるわけあるかよ…俺はボケてない。」
「そっか。じゃあ一緒に帰ろ?」
「ああ、そうだな。」
荷物をまとめ終える。俺も後は帰るだけだ。
「で、あのストーカーモドキにバシッと一言言う覚悟は出来てるか? 俺はとりあえず殴る覚悟と殴られる覚悟はしてる。」
「う、うん…勇気出してみる。」
「その意気だ。」
そっちの準備も終わっていたらしい。
さて、どこで会うかは分からないが――覚悟してろよエセストーカー。お前の鼻を明かしてやる。
「あー!居た!」
教室を出ると、後ろから大きな声が聞こえた。
誰を探しているかは分からないが、とりあえず女子の声であることは分かる。
「見つけたよ見つけた! 君が城津照矢君!?」
「え? 俺?」
肩に置かれた手、かけられた声に覚えは無い。
端的に言えば初対面、というか未対面のはずの俺に用があるらしい。
「照矢、この人誰?」
「さあ…?」
マジで誰だか分からない。
俺の知り合いに茶髪でショートヘアな女子なんていない。
「君が知らないのも無理は無いよ。
私は君と会ったことは無いから。」
「……じゃあ、俺になんの用ですか?」
「ちょっと相談があって…付き合ってくれない?」
「………」
ど、どういうことだ…
あ、ありのまま起こったことを話すぜ。
俺は教室を出たと思ったら見知らぬ女子に声を掛けられて相談を持ち掛けられた。
何を言ってるのかわからねーと思うが俺にも何が起こってるのかわからねー。
超モテモテだからとか超ドッキリだとかそんなチャチな理由じゃねえ。
もっと複雑な事情の片鱗を味わったぜ…
「そういうことだから、城津君借りて行くね!」
混乱している間に腕を掴まれ、思いっきり引っ張られた。
体勢を崩してしまったせいで踏みとどまる間もなく引きずられる。
「え、ちょっと! それは困るんだけど!」
「俺からも頼むから止めてくれ! せめて明日とかにしてくれない!?」
謎の女子は聞く耳も持たず俺を引っ張る。
彼女は人混みで佐那を巻き、俺を連れ去った。
「……真面目な相談だろうな。
もしおふざけとかドッキリとかそんな理由だったら、俺は佐那と一緒に帰るぞ。大事な用事があるからな。」
謎の女子に連れて来られた先は校舎の裏。
ちょうど三日前に美美美三人衆と激闘した場所だ。またここなのか…
「大丈夫、そんなに時間はかからないから。
そ・れ・に、君の彼女がどうなっても良いのかな?」
「彼女…?
もしかして、麗のことを言いたいのか?」
「もう名前で呼び合ってるの? ラブラブだね~?」
「…残念だけど、麗は彼女じゃない。
それに、アイツからは名前どころか苗字すら呼ばれたことは無いしな。」
「あ~…それはお気の毒様。
でも、彼女が困ってたら助けるよね? 実例があるけど。」
「……まあな。」
…確かに、それは否定出来ない。
元々三日前の件は俺のお節介だ。麗は手助けすると言ったものの助けてほしいとは一度も言わなかった。
お節介やきとすけこましが俺の性分なのかもしれない。でなきゃあんな場面で美美美三人衆の外見を褒めないだろう。
…なんであんなこと言っちゃったんだろう俺。慰めか何かのつもりだったのか?
「じゃあ本題に移るよ。
実はれいちゃん、最近三年生の先輩から狙われてるみたいなの。」
「れいちゃん? 麗の事か?」
「うん。私はれいちゃんの友達だから。
それでその先輩、かなりしつこいみたいで、陰口が嫌いなはずのれいちゃんが私に愚痴をこぼしてたくらいだし…しかも、私にもその先輩かられいちゃんのことを聞かれたり、れいちゃんにこう言ってって言われたりしたし…」
「…そりゃ大変だな。」
「顔は良いってよく話になるんだけど、性格は…その、あんまりよくないって言うか…」
「はっきりとクズ野郎って言っても良いんだぞ?」
「く、クズ野郎はさすがに言い過ぎだよ…
でも、あんまり良い噂を聞かないのも事実だけどね。よく彼女が変わるとか、不良とつるんでるとか…」
「……やっぱクズ野郎じゃん。」
「………確かに、そうかも…
そう言う訳で、城津君に何とかしてほしいんだけど…」
「…………」
何とかしろ、と言われても。
正直どうしろと言われてもすぐに対策が思いつくわけではない。俺の頭脳は特別製でもなんでもないのだ。
出来る事と言えば、接点を出来るだけ少なくするよう、可能な限り教室にいるようにしたり…教室に会いに来そうだな。
さっきの佐那みたいにボディガードを………アイツ信頼できる男友達とかいるのかな。俺以外は居なさそうだけど。
…下手したら俺も友達に含まれてないかもしれないな。
「………俺に出来ることがあるか? それ。」
「それも相談したかったんだけど…」
「あー…悪いな。俺には無理だ。
何日か時間が欲しいな。でなきゃ思いつかない。」
「……なら、最終手段を使わなきゃならないかな…」
「…何か言ったか?」
「何でもないよ。
そう言うことならしょうがないから、後は帰っても良いよ。忙しいところごめんね!」
「本当にな…」
とは言え、麗の困りごとを知れたのは収穫だった。
謎の女子が何も言わなければ、アイツはこのことを誰にも相談しないで最悪の事態になるまで放置していただろう。そうなれば俺も目覚めが悪い。
「……あ、そう言えばお前、名前は?」
「私? 私は明日木 悠菜。
一緒にれいちゃんを助けよう。よろしくね! また明日!」
明日木か。
結構強引な奴ではあるが、やはり麗は良い友達に恵まれているらしい。俺も出来るだけ協力してやるとしよう。
…しかし、まさかの挟み撃ちとはな。佐那と麗、両方助けてやらなきゃならないってのが辛いところだ。
挟み撃ちの形になるな。




