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狼獣人になったが、俺以外の連中がまともじゃない  作者: 双六
ヒーローテスト  ーヒーローなんていらないー
3/33

ヒーローテスト(2/3)

 高層ビルやその集まりのことを日本語で摩天楼なんて表現するよな。天にも迫る建物って意味なわけだがここエルカルシティもヒーロー人気によって天にも迫るほどの人気スポットらしい。もっとも俺がこれからすることによって天に迫るというより、ヒーローは地に堕ちるわけだが‥‥‥。

 さくらからの脅迫じみた依頼を受けてから四日後。

 俺はエルカルシティのとある高層ビルにいた。もっともビル内ではなく屋上に一人シティを見下ろすように仁王立ちしているのだけどな。さすが地上百メートル。風が強いぜ。

 俺は上着のポケットからスマホを取り出し画面を確認する。午後六時三十分。ヒーローテストなるふざけたイベントが開始されてから三十分が経過しようとしていた。ビル風が多少うるさいが俺の耳は市内のあちこちであがる悲鳴や爆発音を捉え続けていた。どうやらすでにトラブルが発生しているようだ。

 スマホが震え着信を知らせる。ディスプレイには「木下さくら」の文字が表示されていた。


『ほいほ〜い、怪人ウルフマンさんまだ生きてますかぁ? こちらさくらでございま〜す』

「誰が怪人ウルフマンだ! お前ネーミングセンスないな」

『まぁまぁ。それよりどうです? 立派に悪事してますか?』

「いいや。まだビルの屋上だ。ちょっと見学」

『えぇ〜。大牙さん働いてくださいよ。今回の報酬は出来高制なんですよ。じゃんじゃんヒーローをボコボコにしてくれないと困りますよ』

「へいへい。それよりマジでエルカルシティは傭兵を雇ったんだな。あちこちで爆弾使っているぞ。大丈夫なのかこれ?」

『シティが指定した建物なら倒壊させてもいいそうですよ』

「正気じゃねぇな」

『ですねぇ。まぁ、思いっきり暴れていいそうですから大牙さんも頑張って! 撮影されているんですからね? 本気出してくださいよ』

「お前は何しているんだ?」

『ホテルでスイーツバイキング楽しんでます』

「いいご身分だな!」


 通話を切り俺はスマホをしまうとちらりと背後へと視線を向ける。小さなモーター音を響かせながらプロペラのついた機械が浮かんでいた。機械の前方には円筒形の機材が俺の方へと向けられている。

 撮影用ドローンの視線を背後に感じながら俺は一度体を伸ばした。

 調子乗ったにわかヒーローをボコるとかバカなイベントだが暇つぶしには悪くないだろう。素人相手だからあんまり期待は出来ないが、なるべく骨のあるヒーローとバトルしたいもんだな。さぁて、いっちょ派手に屋上から飛び降りて登場してやるか。

 そんなことを考えながら俺は屋上から飛び降りようと欄干の上へと飛び乗った。その時、ドローンとは違う視線を背後に感じ俺は振り返った。

 一人の男が屋上にいた。筋骨隆々の体つきに精悍な顔つき。眼光は鋭いが邪悪な印象はなく、むしろ精錬さや高潔さを感じさせる。カラーリングこそ違うものスーツにマントという姿は誰もが知る王道ヒーローそのものだった。


「へぇ。思ったよりも本格的じゃねぇか」


 素直に俺は感想を口にすると欄干から降り、男へと対峙した。


「狼獣人とは驚いたが相手が誰であろうとこのハイパーマンの目の前で悪事はさせないぞ」


 ハイパーマンが落ち着いた声で俺へと警告してきた。


 俺は腕の腕章ーヒーローテスト試験官の目印ーをハイパーマンに見せつけながら、


「なかなか骨がありそうなヒーロー様だな。けどよ邪魔するってならこっちも容赦しないぜ」

「話し合っても無駄なようだな。よかろう。正義の鉄槌を受けるがいい」


 ハイパーマンは拳を握り構えをとった。見た感じ武器はない。純粋に肉体の実力で戦うストロングスタイルか。


「いいねぇ。アメコミ風ヒーローはやっぱそれだよなぁ。ちんけな能力やら武器は邪道だぜ」


 言葉を発しながら俺は思いの外、自分が楽しんでいることに気づいた。狼獣人になって以来、俺に向かってくるやつなんてほとんどいなかったからな。負けてやるつもりなんてさらさらないが、こりゃあ久々に楽しいバトルが出来そうだ。俺も応戦のため拳を握り体勢を作る。


「牙や爪は使わねぇ。純粋に戦おうや、ヒーロー様よ」

「後悔するぞ。狼」


 じりじりと間合いを詰めていく俺たち。互いの視線が交差し心臓が高鳴る。全身の毛が逆立ち、ぞわぞわとした感覚と共に何とも言えない高揚感が頭を支配する。相手の挙動に神経が集中されていくのが心地いい。俺は思わず口元を弛ませていた。

 互いの呼吸が整い、俺たちはほぼ同時に動き出そうとしたーーが。

 

 ピリリリリーン。ピリリリリーン。


 突如として聞こてきた気の抜けた電子音に俺たちの動きは止まった。

 俺はきょろきょろと音の発信源を探したが、ハイパーマンは滑らかな動作で自身の腰へと手を運ぶとベルトポーチから携帯電話を取り出した。

 呆気に取られる俺の前でハイパーマンは腕を俺の方へ突き出し、無言の休戦要求をしながら電話に出やがった。


「もしもしハイパーマンです‥‥‥えっ? 母さん?」


 さきほどまで精悍な顔つきをしていたハイパーマンが途端に子供のように間抜けな声を出した。


「ちょ、ちょっと。今日から大事なイベントがあるから連絡しないでって言ったじゃないか? ‥‥‥え? いやいやちゃんと食べているよ。国からお金が入るし‥‥‥いや、定職には‥‥‥だから、僕はこのシティで成功するために日夜動画を‥‥‥ん、恋人はいないけどさ‥‥‥今から家に来る⁉︎ いやいや、えっ、そんな急に言われても‥‥‥父さんと親戚のじいさんも一緒だって⁉︎ そ、そんなぁ。今は大事なイベントで‥‥‥うぅ、分かったよ。帰るよ。家で待っているから! だからいつも見たく援護してね? ‥‥‥‥ちょっとはこのアレックスを信じてくれよぉ‥‥‥うぅ分かった。はい。切るね」


 通話を終えたハイパーマンは大きくため息をついた。猫背となり、泣きそうな表情をするその様に威厳も風格も感じられない。頭を抱えてしばらく呻いていたハイパーマンだったが、俺の存在を思い出したらしく、


「‥‥‥お、狼よ。私は急用ができた。私はこの場を去るが忘れるなよ。お前が悪事を働こうとするのならこのハイパーマンは絶対に許さない。必ず駆けつけ貴様を倒す」

「そうかい。まぁ頑張りなアレックス君」

「くっ‥‥‥そ、それでは、さらばだっ!」


 捨て台詞を残しハイパーマンはたどたどしく屋上から去って行った。


「あいつは不合格だな」


 独りそう呟いた俺は胸のモヤモヤを解消するために屋上から飛び降りた。落下の最中、まさかあんな残念なヒーローしかいないんじゃないだろうな? などと心の中で不安になったのだが、悲しいことにその予感は当たるのだった。



「俺は千獣戦隊ワオレンジャーのレッドウルフ」「同じく、俺っちは千獣戦隊ワオレンジャーのブルーイーグル」「同じく、おいらは千獣戦隊ワオレンジャーのイエロータイガー」「同じく、わいは千獣戦隊ワオレンジャーのグリーンバイソン」「同じく、私は千獣戦隊ワオレンジャーのピンクラビット」


 地上へ降り子供を誘拐しようとしていた俺は奇妙な全身スーツ姿の一団に囲まれていた。様々な色のスーツ野郎が大通りを無駄に彩りながら封鎖していた。誘拐被害者役の子役を抱える俺の前へスーツ連中は一人ずつ名乗りを続ける。


「おい、お前らいつまで名乗りを続ける気だ? まさかここにいる全員か?」

『そうだよ。全員紹介しないと広告収入が分配できないだろ?』

「百人近くいるじゃねぇか!」

「そうは言ってもこれが俺たちのスタイルだからね。同じく、俺様は千獣戦隊ワオレンジャーのレインボーシャーク」「同じく、わらわは千獣戦隊ワオレンジャーのワインレッドスターフィッシュ」「同じく、小生は千獣戦隊ワオレンジャーのトランスペアレントオキサイドブラウン・ヒポポタマス」


 俺は戦隊どもの上を飛び越えその場から離れた。俺の誘拐行為に反応することも出来ず、千獣戦隊たちは間抜けに決めポーズをしていた。


「名乗る前に事件解決しろ! てめぇらは不合格だ!」



 

「魔法美少女まどな登場! さぁ、悪い狼さん。大人しくしないとまどなの魔法で滅しちゃうぞ☆」

「魔法と言いながら爆弾やナイフ投げてくるんじゃねぇよ。通行人の婆さんが怪我しただろうが! 不合格」


「静まれぇ!」「静まれぇ、狼め!」「この紋所が目に入らぬかぁ!」「こちらにいるお坊っちゃまは前市長の息子にてドーラ社の次期社長であらせられるぞ」「そうだ。余は次期社長だぞ。狼よ。頭が高い。ひれ伏せ‥‥‥ちょっ、取り巻き連中が一瞬で倒された、だと! ひぃぃぃぃっ‼︎」

「さぁて、護衛は全員倒したぜ。どうするよ坊ちゃん? って逃亡かよ。‥‥‥不合格な」


 ‥‥‥こんな感じで俺のヒーローテスト三日間は過ぎていった。出会った連中は再生数目当ての奇をてらったヒーローばかり。外見や設定はいいのだが、如何せん実力が全くない。歯ごたえのなさに俺は正直初日で帰りたくなったのだが、さくらに煽られ結局三日間この茶番劇に付き合うこととなった。

 他の試験官も順調にヒーローを叩きのめしていたらしく、三日目ともなるとシティ内でヒーローを見つけることそのものが難しくなっていた。終盤ともなると一人のヒーローが十人くらいの試験官を相手にしなければならない光景もちらほらと現れ、しまいには試験官同士でヒーローの取り合いをする場面まで出てきた。

 テスト終了のアナウンスが市内に放送されたときにはもはやヒーローの姿はなく、強面の悪役がシティ内を我が物顔で歩く光景が広がった。

 シティの大人たちが望んだ平和な日常が訪れたってわけだ。はぁ、疲れたぜ。

 

 

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