ヒーローテスト(1/3)
「大牙さん、大牙さん! ヒーローテストの試験官をやってみませんか?」
とある夏の日の午後。
某国のトレーニング施設でベンチプレスをしていた俺へと木下さくらがそんなことを提案してきた。
「言っている意味が全然分かんねぇよ。ヒーローテスト? 試験官? つーかお前今日私服なのかよ」
俺は体を起こし給水機へと向かいながらさくらへと問いかける。普段のさくらはMS機関の職員らしくスーツ姿なのだが、今はワンピース姿だった。
「休暇なんですよ。だから今回の話はMS機関とは無関係です」
「ふーん。なら俺が従う必要はないな。機関以外の仕事なんてやらねぇぜ。俺はお前の飼い犬じゃない」
「そうでしたねぇ。ニートの狼ですもんねぇ。無職のわんわんですもんねぇ〜」
狼獣人。
今の俺を語るにはこの一言で十分だろう。そして俺を人から狼獣人に変えた存在こそ、世界中に拠点を置くとち狂った研究機関であるMS機関だった。忠誠心なんてありゃしないが一応俺はこの機関に所属している身で日々無茶な仕事を処理させられている。
「無職言うな。だいたい無職どころか人間やめさせられているんだぞ俺は? 就職なんてできるか!」
「まぁまぁ。だからこそMS機関は大牙さんの寝食を補助しているじゃないですかぁ」
「それ以上に危険なことだったり、面倒ごとに巻き込まれているんだけどな。とにかく機関に関係ない仕事ならやらねぇぞ。俺だって束の間の休暇なんだからな」
「そう言わず、話だけでも聞いてくださいよぉ」
さくらは持っていたカバンからラップに包まれたサンドイッチを取り出し俺に差し出してきた。俺は無言でそれらを受け取り頬張った。悔しいがさくらの手料理は美味かった。
トレーニングルームを出た俺たちは施設内の休憩所へやってくると、空いているテーブルへと腰掛けた。平日の午前中ということもあってか、施設利用者は少ない。俺みたいな人外がのんびりするにはちょうどいい環境だ。ちなみにこの施設はMS機関の所有しているものだったりする。
「で? 何なんだよそのヒーローテストとやらは?」
サンドイッチを頬張りながら俺は向かいの椅子に座るさくらへと尋ねた。
「えーっとですね。大牙さんは×××××国のエルカルシティってこ存知です?」
「知らねぇな」
「夜景の綺麗な都市なんですけどね。そこで四日後にヒーローテストというイベントが開かれるんですよ」
さくらは説明を続けた。
エルカルシティは高層ビルが立ち並ぶ都市で、映画のロケ地として有名な場所であるらしかった。特に十五年前に世界中でヒットしたヒーロー映画によって『ヒーローの都市』として認知されているそうだ。市内のいたるところにヒーローの像が建てられていたり、マニアックなヒーローグッズの店があったり、年に二回ほどヒーロー仮装パレードなんてイベントが開催されたりと、とにかくヒーローで盛り上がっているらしい。
「まぁそういうわけでヒーローと密接なシティなわけですよ、エルカルシティという場所は」
「そういうシティがあるのは分かった。で? テストってのはなんなんだよ?」
「とにかくエルカルシティはヒーローの人気が凄いわけですね」
「だからそれは分かったって! 本題を言えよ」
「ありすぎるんですよ」
「‥‥‥は? 何が?」
「ヒーローの人気が、です」
「‥‥‥‥」
「数年前に動画投稿サイトでヒーロー活動をする人物が現れたそうでしてね。その人は市民を助けたり犯罪組織を撲滅させたりとマジなヒーローだったそうです。そして彼の動画は凄い再生数を記録しました。それにともなって広告収入もすごかったみたいです。その人はシティを出て今は海外で豪遊生活だそうで」
「ふーん。そういう稼ぎ方があるってのは聞いたことがあるな」
「その人の真似をする人が続出しましてね。今やエルカルシティは動画投稿者が毎日撮影をしたり、イベントをしたり、騒動を起こしたりと賑やかになったそうです」
「まぁ、動画投稿とか楽に稼げそうとかイメージされやすいかもな。真似する奴が増えるのは当然かもしれん。でも悪いことじゃないだろ」
「‥‥‥シティ出身の十八歳以上三十歳以下の若年層。その七割が動画投稿者でもですか?」
「‥‥‥え?」
「エルカルシティでは若者たちがヒーローに憧れて動画投稿者になっているんですよ。一般的な職には就かずに日々動画投稿。おかげで市内の産業は人手不足なんだそうです。求人を出しても若者が来ない。市も若年層向けの就職支援をしてますけど効果なし。今日もヒーローに扮した若者が動画撮影のために市内を駆け回っているんでしょうね」
「なんだそりゃ。広告収入だけで食っていけるやつなんて極少数だろ。大抵はある程度までやったら限界感じてやめるんじゃないか? そんな大人数が無職のまま動画投稿を続けられるなんて考えられんぞ」
「日本やアメリカだったらそうかもしれませんね。でも×××××国は世界でも有数の福祉国家です。セーフティーネットは充実していて、ぶっちゃけ無職でも貧乏ながら生活していくことはできるんですよね。ネット環境とパソコン、撮影機材があれば投稿はできるわけですから、数日バイトだけして動画を作成して投稿っていう生活ができてしまうみたいです」
「それで動画がヒットすれば金持ちになれる、か。確かにそれなら続けようと考える奴はいるかもな」
「このままだとシティの将来を担う若者たちを育てることもできないと老人たちは嘆いているみたいですね。生活援助を打ち切ろうとも考えたみたいですが、政治的にも道義的にも困難だったそうで実現しなかったそうです。広告料の単価を下げようともしたみたいですが、実際にエルカルシティの動画って人気があってそれも上手くいかず。それでシティと老人たちが思いついた方法が『ヒーローテスト』です」
「やっと本題に入るわけか」
俺はサンドイッチを平らげると、ミネラルウォーターを飲み干した。さくらもお茶をすすると再び話し始めた。
「四日後、エルカルシティではシティ公式のヒーローを決めるために三日間のイベントを開催されます。参加者は三日の間に色々な悪事を働く試験官を退治、もしくはトラブルを解決するために奔走してもらいます。最終的に試験官と市民の投票でヒーローのランキングを決めるんですね。そしてトップヒーローにはシティから公式ヒーローとして認定され、またスポンサー企業もつくみたいです」
「それって対策なのか? むしろにわかヒーロー活動を後押しするんじゃないか?」
「ええ。ですからこれは表向きの趣旨です。シティは今現在裏ルートで傭兵みたいな腕っぷしに自慢のある人たちを集めているんですね。そしてヒーローたちに活躍させず、大恥をかかせる仕掛けを仕組んでいるんだそうです。カッコつけたヒーローたちが問題解決もできず右往左往して敗北する。その姿をシティは生中継で配信、放送する予定なんだそうです。まぁ、大規模なヒーローへのネガティブキャンペーンですね。ちなみにトップヒーローはスポンサーから心身が壊れるまでこき使われるようですよ。その姿もドキュメンタリーとして世間に流すみたいです。ヒーローに憧れてもこんな未来になりますよって感じで」
「本当に効果あるのか、それ?」
「調査によればエルカルシティのヒーロー動画の視聴者は八割近くが子供です。その子たちにヒーローの無様を見せて『ヒーローカッコ悪い』という認識を持たせる。そうやって視聴する意欲を失わせることができれば効果があると言えるでしょうね。視聴者がいなくなれば再生数は雀の涙。収入は激減。投稿者に残るのは貧乏だけです」
「まぁ、そうかもしれんが。なんともバカバカしい話だな。ヒーローで人気の街がヒーローを貶めるとはよ」
「ですね。それで大牙さん、どうです? 悪役の試験官として参加しませんか?」
「正直バカバカし過ぎて興味が失せてきたところだ。嫌だね」
「えーっ。狼獣人なんて悪役にぴったりじゃないですかぁ。大牙さん、腕っぷしもあるし」
「嫌だね。面倒くせぇ」
「報酬はシティから五万ドルです」
「‥‥‥‥‥‥」
「この前大牙さんが休暇中に壊したヘリコプターの修理費っていくらだったかなぁ」
「‥‥‥‥‥‥っ」
「修理費を肩代わりする羽目になった人は誰でしたっけ?」
「‥‥‥‥‥‥ぅ」
「私ぃ。来月桜沢くんのDVD発売記念のライブに行きたいんですよぉ。でも誰かさんの修理費のせいでお金がないなぁ」
「‥‥‥‥‥‥ぬぅ」
「お返事は?」
「‥‥‥‥‥‥ちくしょう」