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8 スミレの指輪

 私が大声で公爵の無事の有無を叫んだが、護衛たちは顔を見合わせるだけ。

 トビアスが「こちらは大丈夫だ」と叫び、私に向かって止まれと手をあげる。

 馬車も停まり、私は馬から飛び降り馬車に駆け寄ると中から開く扉。


 半身を乗り出した公爵の口元にはショッキングピンクの色がのっており、襟元も若干崩れている。

 車中で何をしていたのか分かるその姿に、自分の勘違いを知り、目を見開いた。

 ぎゅっと手綱を握り、言葉を継ごうとするが、何を言っていいのか言葉が出ない。

 

「馬車の中も外も煩い。早く出せ。家に帰るぞ」


 それだけ言うと、馬車を出発させる公爵。

 私は唖然とするあまり公爵へ謝罪の言葉すら出ないが、馬を戻さないといけないことだけは頭にある。

 ゴードンが寄ってきて、自分の馬を渡してくれる。


「伝言は聞かなかったようだな」

「……すまない、刺客と勘違いした」


 伝言があったのだ。

 一人勝手に勘違いをし、デートの邪魔をしただけ。


 ゴードンが「急きょ、公爵家で泊まることになった伯爵令嬢ローズマリーさまが一緒に乗られている。舞踏会を開催された大叔母様からの客人だ。暗いとはいえ、そこまでスリットを入れられると、こちらが目のやり場に困る。これを着ていけ」と説明し、着ていたフロックコートを肩にかけてくれる。


「ありがとう」 


 礼だけを何とか口にし、二匹に来た道を走らせる。


 舞踏会会場に戻り厩務員には怒られたけれど、時間があまりたっていなかったことや、急な事件でもあったのだろうと思われたらしい。ドレスを破いたり、靴を脱ぎ棄てて馬に飛び乗った姿も見ていたからか。「マクシミリアン公爵家の使用人とのことですから、今回の事は内緒にします」と言ってもらえた。礼を言って連れて来た馬に乗る。


 トボトボと馬を夜道を歩かせる闇の中、月灯だけで道を進む。先ほどは道もちゃんと見えずによくも駆けたものだ。そう思うと自分がおかしくなる。

 せっかくのドレスを台無しにしたかもしれないことが、今更ながら悲しいのか涙が出た。……ううん、そこじゃないのは自分でもよく分かっている。


 公爵の瞳と同じ色で着飾ったことで浮かれていた自分が惨めに思えて仕方ない。パートナーとして横にいても、誰も私が公爵のパートナーだと認識してなかったではないか。分かっていた現実を突き付けられ胸が軋む。


 彼女が刺客でなく、公爵が無事だったことを喜ぼう。

 私は丸まりそうになる背中を伸ばし道を進めた。


 ランタンの灯が揺れながらこちらに近付くのに気づく。

 ゴードンとトビアスが迎えに来てくれたようだ。


「無事か」

「もちろん。ありがとう」

「旦那さまたちも無事に屋敷に着いてるよ。僕たちが相乗りをしたってのは、他の使用人には内緒だよ」


 トビアスがウインクしながら、お道化た風に言う。

 彼なりに慰めてくれているらしい。


「別に構わないじゃないか」

「ゴードン、君みたいなごつい野郎と一緒に乗馬したなんて噂されるかもしれない僕の立場も考えてくれたまえ。ゴードンと違って僕は女性に人気がある分、人の噂になり易いんだよ」


 気を使ってくれていることが、ありがたいと思う。

 そんな他愛無い話をしている間に公爵邸に着く。トビアスが馬を預かってくれ、ゴードンに部屋まで送ってもらう。大丈夫だと言うが、ドレスにスリットを入れているのが目立つと言われれば仕方なく送ってもらう。


「そのドレス、騎士団からじゃないぞ。旦那様からのものだ」

「え? 礼をしたいと言われたと聞いたけど」

「いち騎士団にそんな余裕があると思うのか?」

「騎士団じゃなければ、ドレスもご主人様が下さった……、もしかしてドレスも貸してくれたもの? どうしよう! 破いてしまったよ?」

「下さったものだとは思うが、マリーは自分で縫おうとするなよ。誰か上手なメイドにお願いするか、いや、専門に任せた方がいいだろうな」 


 ゴードンの話に驚く。

 もし本当に公爵からの物だったら破いたことを謝るべきなのだろうか。その前に勘違いしてお礼も言ってないことを謝るべきか。ドレスだって高価なものだろうに、なぜ贈り物を私に? ガリウムの代金はしっかり多めに頂いたと母から聞いた。

 ドレスの色を公爵の瞳にしたのは、なぜ?

 期待する気持ちが膨らむ。

 あぁ、でも今更だ。


「それに……、マリーは公爵の護衛をと思っているだろうが、旦那様は無敵だぞ。俺たち護衛よりも強い。何しろ魔術師としても最高なんだ。その分、人より感覚が敏感で大変らしいが、マリーが護衛をする必要はないよ」


 それって私は必要もないのに、一人空回りして今日の失態を犯してしまったということ? 

 さすがに、落ち込みそう……。


 自室前までつくと部屋の前で待機していた執事に伝言をもらう。

 ゴードンに礼を言って別れたが、コートを返すのは忘れた。

 すぐに、ということだったので、私はそのまま伝言をもらった件の令嬢の部屋へ行く。

 

 部屋に近付くと、外で待っていた侍女に中に促された。


「失礼します。ローズマリーさま、お呼びでしょうか?」

「忙してごめんなさい。お互い着替える前に話しをしたいと思って。すぐに済むわ」


 そう話すのはショッキングピンクの口紅が目にも鮮やかな伯爵令嬢。

 可愛らしい感じだが、少し年齢が上にも見えた。


「あなたのこと、大叔母様は認めないと言って、私を送り込んだんだけど振られちゃったわ」

「……車中では仲がよろしかったかと」


 笑いながら話す令嬢の真意が見えない。邪魔をしたことを謝らなければいけないと思いつつ、謝罪の言葉が出ない。


「私はね、ブルータスのこと嫌いじゃないのよね。堅物すぎるけど。自由にさせてくれるならそれでいいのだけど、ブルータスから魔力が合わない相手とは一緒にいれないって言われたわ」

「魔力が合うですか?」

「そうらしいわ。天才っていろいろ残念よね。どこか人より敏感なのでしょうね。魔力が合わないと匂いがダメらしいの。そうそう、あなたと同じ香水を使っていたせいで、最初気づかずに、こちらのキスに応じてくれたから脈ありかと思ったら、いきなりドンって突き飛ばされて、頭撃ったのよ! 男としてあり得ないっての!」


 言いながら腹が立ったのか、令嬢らしさが若干剥がれている気がする。

 ブルータスと言うところを見ると、相当仲がいいと思うのだけど。

 公爵に私がキスを迫る女として思われている?


「ご主人様はローズマリーさまが馬車に乗られたのをご存じではなかったのですか?」

「あぁ、それはね、大叔母様がこっそり私を乗せて、出発させたのよ。ブルータスは馬車に乗るとすぐ目を瞑るから気づかないだろうって。実際には、敏感だから気づくらしいのだけど、あなたと同じ香水の香りで気づかなかったみたいね」

「はぁ」

「ブルータスがパートナーとして大叔母さまの舞踏会であなたをお披露目までしたから、大叔母さまは焦ったようね。そのジュエリーも贈られた品でしょう?」

「いえ、お借りしました」


 私はブルーダイヤモンドに手をやりながら答える。


「そうなの? ううん、それたぶんあなたに合わせてあると思うわ。ドレスから一式デザインされたものよね。ドレスの刺繍と同じデザインよ? そこまでのオーダーメイドを贈られたってことよ? あなた相当鈍いわねぇ」

「へ……あ、はい」


 私は自分の着ているドレスを見る。だが、身に付けているせいでデザインまでは見えないし、よく覚えてない。


「こんなに長く話すつもりじゃなかったのに。ま、いいわ。ブルータスはあなたじゃないとダメみたいだから。一晩は過ごせても、それ以上は匂いが嫌って本能のようなものだものね。私も匂いがダメな人っていくら顔や家柄がよくても抱かれたくないもの。ブルータスは執務室にいるはずだから、行ってみて」


 背中を押されて扉を出る。「早くしないと彼が来ちゃうわ」とブツブツ呟やいたのは聞こえなかった。

 てっきり、けん制されたり邪魔をしてしまったことを怒られるかと思ったら、公爵のところへ行けと言われた。

 混乱する頭のまま、執務室に向かう。


 舞踏会はブルーダイヤモンドの宣伝ため、私は護衛ではなかったのか?

 ドレスを下さったのが公爵であることはゴードンに聞いた。他の人も公爵の色と同じ色のドレスで勘違いしたのだろうか?

 とりあえず、ドレスを頂いたことのお礼とお詫びをしよう。



 執務室の扉を叩き、返事を待って中に入る。

 窓辺に先ほどの姿のまま、灯も付けずに外を見ている公爵の後姿。

 恰好いい。こういう時すらそう思う自分はおかしいのだろうか。


「すみませんでした。このドレスもご主人様からのだと知らずに、破ってしまったり……。それと、あの、邪魔をするつもりではなかったんです。刺客かと勘違いしてしまって……」


 一気にまくし立てるが、公爵は何も言わない。

 ようやくゆっくりとこちらを振り向いた、と思ったら途端に険しくなる表情。

 思わず一歩後ろに下がる。

 こ、ここは東洋でしているという土下座なるものをすべき?


「ドレスは気にしなくていい。それより、そのコートはいつまで着ているつもりだ?」

「へ? あ、あぁ、ドレスを破ってしまったので、ゴードンが貸してくれたんです」

「知っている。脱げ」


 はい? 脱げ? えええええええええええええ!!!!!!

 一人ワタワタとしていると、公爵もコートを脱ぐ。

 ど、どうしよう。何この展開!


 私はただオロオロするしかできずにいたら、コートを引っ剥がされた。

 そしてかけてくれる公爵のコート。

 ……。

 あれ? 脱げって、ドレスじゃないのね。

 う、うわぁ。私ってば何考えて。そうよ。ここは執務室だった。

 ドキドキする胸を押さえながら、とりあえず礼を言うべきか頭を巡らす。


「ええっと……、ありがとうございま、す?」


 あ、末尾を疑問形にしてしまった。


「ドレスを贈ったのが俺だとゴードンから聞いたのか?」

「はい。なぜあの時、騎士団からだと言われたのですか?」

「お前が人の話を聞いてなかっただけだ」


 あちゃ。

 まさかの私の聞きそびれ?


「うっ、重ね重ねすみません」

「目を瞑っていたせいで同じ香りの令嬢とマリーを勘違いした俺の非もある。今日のマリーは奇麗だったからな。ブルーダイヤの宣伝も頑張っただろう」


 そう言いながら、胸元のダイヤを指先でなぞる。


 急に口調が優しくなるの、反則!

 マリーって呼ぶ低音の素敵(ボイス)も反則二!


「よく似合っている。これを今からは左手に」


 うわぁ、声が腰に来るってある?

 ち、近いから、公爵が近すぎて脳のネジがどっか外れたんだ。きっと。 


 公爵が私の左手薬指から虹色魔石を取ると反対の右手に付け替える。

 そしていつの間に持っていたのだろう、スミレ模様があしらわれた指輪を左手にはめた。

 ブルーダイヤモンドの指輪。

 そのまま同じ色の瞳と顔が近づいて来て、目を閉じかけ――


 バンッ

 

 勢いよく開く扉。びっくりして振り返るとトビアスがこちらを目を丸くして見ている。 

 あ、なんかこの展開前もあったような……。


「失礼しました!」


 再度バンッと音をたてて閉じられる扉。


 私は腰に回された公爵の手がそのままなことに気づく。まだ密着している公爵をソロソロと見上げた。

 生まれて初めてのキスは――


 息をするのをうっかりして、途中苦しくなって公爵を押しのけたまでは覚えてます。 


 その後の記憶が部屋に戻るまでないのはどうしてでしょう?

 うん、きっと公爵に怒られたんだろうな。それかそのまま脱走したか。

 公爵のコートを着て部屋に突っ立って気づいたら朝を迎えた私は、今度はくしゃみはま逃れた。

 良かった良かった……?


~おわり~

 ゴードンsideが入り完結予定ですm(__)m


後程、ゴードンsideを載せます。

急きょ、話を変えてしまったので、話におかしいところがあったらすみません。

ジャンルが恋愛だったなと、少し恋愛に近付けたつもりです。

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