4 勘違いで話は進む
フローラには素敵な婚約者ができるだろうと思っていたが、まだ口止めされているから、フローラにいう事ができずにいた。
おまけに、アダムのことを調べなくなったことで、知らないうちにフローラを不安にさせていたようだ。
そういえば、何の報告もしていない。
そのことに気づいたときには、フローラはとても落ち込んでいた。肩を落として歩く姿に他のメイド仲間も心配するくらいには……。
「フローラ、大丈夫?」
「……大丈夫に見えるの? 私に伝えることがないくらい、どうせアダムは身寄りも財産も何もないんでしょう」
「ええっと……」
横にカレンとベスもいるが構わないのか、アダムの名前を出すフローラ。
しまったなぁ。どうしようかなぁと、腕を組んで考え込んでしまったマリーの横でフローラがため息をつく。
「もう、いいわ。調べてくれてありがとう。もうすぐ画家の仕事も終わるんだって。そうしたら会えなくなるし、自然に忘れると思うわ。すでにあまり来てないでしょう? 大丈夫よ」
最後の大丈夫は自分に言い聞かせているようで心が痛む。
その様子を隣で見ていたカレンとベスが口をはさむ。
「水くさいなぁ。マリーがアダムのことを聞いてきた時点でおかしいと思ってたんだよねー。マリーなんかに頼んでも大したこと分かるわけないじゃないー。ベスのほうが分かるんじゃない?」
「うちに分かるわけないよ? 同じ平民だからって何でもお見通しのわけないじゃん。親戚は貴族ばっかだしさぁ」
ベスの親は二人とも爵位を貰えなかったけれど、元は貴族らしく、親戚に平民はいないらしい。平民と言っても、こうして公爵家で働けるくらいには貴族に繋がりがある。
「結局ダメダメなのね。まぁ、いいわよ。忘れることにしたんだから」
「フローラ、もう少し待ってくれる? ご主人様にとめら、あっ、」
焦りすぎた。思わず出してしまった公爵の名前。
しまったと言う顔をしたら、三人に取り囲まれた。
「ご主人様がなぜ出てくるの?」
「何を隠しているの?」
「吐きなさいよ!」
「うっ、ごごごめん! もう少しだけ待って!」
何か事件絡みのようだし、勝手に言うわけにはいかないのだ。
懇願するマリーに、カレンが憶測を始める。
「アダムの人懐こい感じで笑ったりする愛嬌のあるところを、旦那様に気に入られて、この公爵家で働くようになるとかぁ?」
「おお! カレンが鋭い推理を働かせています!」
「そうなの? マリー!」
「うぅ、フローラ、ごめん。数日ちょうだい」
フローラが期待のこもった目でこちらを振り返るけど、言うわけにはいかないのだ。
一人どうしようかと、再度腕を組んで考え込んでいると、さらに勝手な推理を始めるカレンたち。
「きっとそうだよー。マリーがアダムってどう? って聞いてくるから見ていたけど、笑うと破顔して幼い感じがするし、しっかり洗って奇麗にしたら庭師くらいには使えると思われたんじゃない?」
「うん、うちもそう思う。腕をまくっていたのを見たけど、お使いにしては筋肉あるしさ」
「よく見てるわね。確かに二十四歳には見えない程、笑うと可愛いのよね」
「誰も可愛いまで言ってない」
「二十四なの? もっと若いと思ってた! 二十四で使い走りはきついね」
そうなのだ。お使いする年齢は超えているはずなのに、二十四歳でお使いってことはそれだけ人脈がなかったり、貧乏だったりで読み書きもできないときだけだ。
貴族の令嬢が付き合いたい相手ではないはずなんだけど、好きになるとそういう付属は二の次になるのもマリーは経験して知っている。マリーの場合は相手が身分が高すぎたけれど。
実際にはアダムは騎士で子爵を継げるから、付属すらフローラともばっちり合う。
変装しているのに、名前だけと言っても本名だし、実年齢での捜査って大丈夫なのだろうか。年齢と言えば……
「私もフローラと同じくらいかなと思って尋ねたら、『マリーさんと同じくらいだと思います、二十四です』って言われたのよ。くっ、思い出したら頭に血が上る」
「それ、合ってるよね?」
「うん。合ってる。知らなければそう思うだろうね」
うわっ、皆が酷い。
「マリー、そろそろ自分のこと自覚なさいな。あなたは可愛くはないわ。化粧で美人にはなれても、歳はどうあがいても二十歳は超えて見えるんだから」
「フローラ、私に恨みでもあるの?」
「フローラがマリーに恨みがあるわけないでしょー。事実よ、事実」
「そうそう。別にいいじゃん。化粧したら美人になれるんだからさ」
カレンとベスも同意見のようだ。
誰も六歳も上に見られたことを慰めてくれない。くっそう。
フローラたちは完全に勘違いしてしまい、公爵がアダムを雇ってくれるかもしれないと、いろいろな憶測が飛び交っている。
「ベスより言葉遣いは貴族らしいからねー。顔も悪くないし、強ければ護衛かもよ?」
「庭師や護衛でもフローラはいいの?」
「一緒に働ければ人柄も分かるし、皆が口添えしてくれるでしょう?」
「うちらの証言目当てですか」
ふふふと笑っているフローラを見て、勘違いでも少し元気になったのを見れて良かったのかもと思う。
実際は、両想いなんだけど。
公爵、速く解決してよね、と思うマリー。
ガリウムを大量に購入したのは知っている。
アダムは騎士だと言っていた。知り合いの部下がアダムで、知り合いの手伝いをしている公爵。騎士たちの手伝い……。
だとしたらガリウムは何に使うのだろう?
盗賊一味のアジトに仕掛けて潜入捜査とか、怪しそうなお屋敷に潜り込むときに使うとかだろうか。
公爵に呼ばれたのはそれから数日後の午後だった。