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3 探検の始まりは終焉の音と共に

 工場に忍び込むのは容易かった。

 と言っても、柵の上から忍び込んだのではない。

 ちょうど運よく来た大きな幌馬車四台のうち一つに隠れて一緒に入ったのだ。

 警備はかなり厳重なようだったが、一台遅れて来ていた同じような幌馬車もきっと工場に入るのだろうと、すれ違いざま飛び移った。案の定、工場へ入ってくれた。


 アダムはⅢと描かれた建物に入っていった。

 幸い、その建物に警備などの人影はない。他の建物のほうが、警備がしっかりしているようだ。こっそり建物の中に入ろうとするが、ドアの鍵をかけたようで、それ以上侵入できない。


 裏口を探すと、真後ろにドアはあったが、施錠されている。

 ぐるぐる巻きにされた金属の鎖は爆発でもさせない限り壊れそうにないほど頑丈に見える。


「ニトログリセリン……」


 そう呟きながら錠前を確認すると、マリーは静かにその場を離れ、周りを調べ始めるが、警備が多すぎて他の建物には近づけない。「鉱山」とか「宝石」とかの言葉は聞き取れたがそれ以上は分からない。

 ただ、働いている人々の様子は普通で、後ろめたさなど、悪事の匂いは感じられない。

 外に出ると、実家に馬を走らせた。



 次の日。

 日曜の朝早くから公爵家を馬に乗り抜け出す女性の影。

 言わずもがなマリーだ。昨晩のうちに公爵家の部屋には戻っていた。

 

 アダムが消えた工場にこっそりと忍び込む。

 昨日のうちに忍び込めるように仕掛けをしておいたから、警備は厳重でもすんなりと入れた。

 裏口のほうに廻り、頑丈に見える鎖を握り、手でボロボロと簡単に壊すとそぉっと扉を開けて中に滑り込む。

 窓が少ないうえに小さく、建物内は暗い。

 目が馴染むまで少し待ってから移動始める。

 他の工場とはやはり違うようだ。

 ひと気がないのは日曜だからだろうか。マリーは注意しながらも探っていく。

 ある部屋に入ると一瞬ヒヤリとした感覚に襲われ、身構えるが人の気配はない。そろそろと動き、部屋を見渡す。

 工場内の事務室なのか、机に椅子、棚と言ったものが置かれている。

 ここに何か証拠になるようなものがあるだろうか。

 

 机の引き出しを物色し始めたときだった。首筋に冷たく鋭利な感触を受けた。


「なぜここにいる」


 その声と共に離れる短剣の切っ先。

 思わず首に手をやる。

 短剣を突き付けられていたのだ。声の相手は――


「ご主人様? なぜここに?」

「それを先に聞いたのは俺だ」


 ドアを見るが開いた気配はない。どうやって入った?


「ええっと、不審者がいたので追っていたらここに」

「不審者だと?」

「そうです! ご主人様、アダムという最近公爵家に来ている画家の使用人をご存じですか? そのアダムが怪しいので調査をしていてここに来たのですが、ご主人様はどこから湧いて出てきたのでしょうか?」

「お前の雇人を虫が湧くかのように言うなっ」


 えー、でもこの部屋にいなかったのは確かなのに、隠し扉でもあるのだろうか。それにここにいるという事は――


「隠し扉でも見つけたのですか? ご主人様もアダムが怪しいと思って追っていたのですか?」

「はぁ。ここは俺の工場だ。おまえはそれも知らずに忍び込んだのか? それに、アダムは知り合いの部下だ」


 えええ⁉

 しまった。先に所有者などを調べるべきだった。先ほど壊した裏口のカギを思い出し冷や汗が出る。


「あ、あのアダムはたぶん貴族かと思うのですが合っていますか?」

「そうだが?」


 くぅ。そこまで分かっていたか。

 アダムが工場に来たのは先日だけだったのだろうか。


「すみません! ここに入るときに裏口のカギを壊しました」

「裏口? あの頑丈な鎖を壊したら大きな音がして中に入る前に警備に捕まるだろう」

「いえ、音はしません」

「……見に行くぞ」


 私は手にしていた書類を元に戻し、公爵の後に続く。

 裏口に到着した公爵が尋ねる。


「なぜ鎖がボロボロになっているんだ? 魔法か?」

「いえ、ガリウムという金属を使ったのです」


 少し残っているガリウムらしき銀色の部分を掴み握り込む。

 手の中で融け始めるのを感じて手を開く。


「このガリウムという金属は手の温度で融け、他の多結晶金属を融かす性質を持っていますから。昨日この鎖に仕掛けておいたんです」 

「ほう」


 公爵は関心を示し、金属を触る。

 つぅーと金属を触っているのだが、自分の手のひらを触られているようで、こそばゆい。

 昨日、実家に戻った私はガリウムを持ち出して、工場に舞い戻ると仕掛けてから自分の部屋へ帰ったのだ。ガリウムが浸食するのに時間はかかるから。


 公爵の姿を見ながら、既視感、いや、蘇る記憶。同じサラサラの黒髪だからだろうか。それとも口元で両手の指先だけをくっつけて考え込む仕草が同じだからだろうか。

 初恋のあの子は確か私が持っていた鉱物と羊皮紙の欠片を欲しがったんだ。

 自分の物でもなかったしあげたら、お礼にスミレ花の指輪を作ってくれた。そう、スミレだった。だから公爵とイメージが被るのだろうか。名前は確か、ルーカス。

 そして、私もルーカスにあげた鉱物が気になって、その後鉱物や金属に興味を持ちだしたんだっけ。あれは確か白ぎ――


「この金属はもっとあるか?」

「母に言えば手に入ります」


 公爵も金属をお求めだ。私はこくりと頷いた。


「それより、アダムのことを教えてください。知り合いの部下がなぜ工場と屋敷に出入りしているんですか? どこで働いているんですか? 独身ですか?」

「なぜアダムのことを聞きたい」


 とたんに機嫌が悪くなる公爵。

 何と言えばいいだろうか。


「平民かと思ったら、貴族なんですよね? 知り合いがアダムが気になると言ってまして……」

「騎士で、独身。とある伯爵の次男で受け継ぐ爵位は子爵だったか。……その知り合いと言うのは、メイド仲間か? 誰だ?」


 うっ。

 知り合いの部下でしかないのに、かなり把握してる、と思ったら誰か聞かれてしまった。答えていいものだろうか。思案していると公爵が続ける。


「フローラだったら――」

「え⁉ な、なぜフローラを!」


 思わず声が大きくなる。


「相思相愛ってわけか。ま、今回の件が終わってからだな。お前は気にするな」

「気にするなと言われても、気になります! 教えてください!」

「アダムから気になる女性がいるんだが、自分は爵位持ちだし、身分も釣り合うようだから、紹介してくれと言われていたんだ。それがフローラだ。だが! お前がしゃしゃり出ると話がややこしくなるから、じっとしていろ。今回もアダムが怪しいと思ったのに、なぜ自分だけで行動した? 俺に言えばこんなカギを壊したり無謀なことはしなくて済んだはずだ。危ないことに自分から首を突っ込むな」


 ぐうの根も出ないけど、フローラの恋が実りそうなことが幸せすぎる。

 両想いだったんだ。それもアダムは平民じゃなし、悪党でもなかった。

 平民でも応援しただろうけど、フローラが祝福されて結婚できるのならそれがいい。

 顔が緩む。


「その締まらない顔をどうにかしろ」


 どこかで聞いた言葉を言われた。

 はぁい。


 その後、アダムのどこが貴族だと思ったのかなど尋問のような質問をされたけれど、公爵と一緒にいれるだけで楽しい時間だったとしか記憶にないマリーであった。

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