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2 相手はアダム

 フローラの想い人、アダムにはすぐ会えた。

 近くに寄ってみると、確かに顔立ちは悪くない。頭をしっかり洗って服もいいものを着ればそれなりに見えると思う。

 そういえば、フローラはアダムのどこに惹かれたのか、聞くのを忘れた。まぁ、いいか。


「こんにちは。画家先生のお弟子さんですよね? 実はケーキを焼きすぎて余っているんですが、宜しければ食べていかれませんか?」

「え、いいんですか?」

「はい、一階のテラスにどうぞ」


 にこにこと嬉しそうな人懐っこい笑顔のアダムを、私は専用のキッチンルームのテラスに裏庭から案内した。

 この屋敷は二階がメインホールになるピアノ・ノビーレのある建物で、ピアノ・ノビーレがあるとどうしても二階の天井が高くなり、一階は天井が少し低めで使用人の部屋になることが多い。

 この屋敷は一階も普通の天井高があるから過ごしやすい。

 一階にお菓子作り専用のキッチンが別にあり、テラスが付いている。このキッチンは元々公爵の母親が使っていたもので、亡くなられてからは使われていなかったものを、最近公爵が許可をして私が使い始めた。

 甘くないお菓子を研究するのに、専用のキッチンを与えられて助かっている。

 甘さを控えると、膨らみが足りなくなったりすることもあるので、加減は必要なのだ。


 私は暑そうにシャツを第二ボタンまで外してパタパタとあおいでいるアダムのために、先に冷たいハーブティーを出した。

 まだ春だというのに、筋肉量が多いのだろうか。見るだけで暑そうだ。


「こちらを飲まれてお待ちくださいね。すぐにケーキもお持ちいたします」

「わざわざどうも」

「紅茶はどこのものが宜しいですか?」

「アイスティーをお願いできるならアールグレイかディンブラ、もしくはニルギリで」

「……かしこまりました」


 私はにっこりと微笑みながらお菓子とアイスティーの準備をした。 

 お互い名乗りあったりと、会話をしながらも奇麗な所作でレモンドリズルを食べ終わるアダム。


 レモンドリズルケーキとは、レモンの果汁を入れて焼いたケーキに、レモン果汁入りのアイシングをかけたもの。レモンシロップを滲み込ませる方法もあるけれど、そこまですると公爵には甘くなりすぎるので、アイシングを薄くのせる。レモンの酸味でそこまで甘くは感じない。


「お腹が空かれているのなら、軽食も準備できますが?」

「いえ、十分です。とてもおいしかったです。甘くないから二つもいただいてしまいました。でも、良かったんですか?」

「はい、うちのフローラお嬢さまもお世話になっているようですし」

「え? フローラさんにはいつも僕のほうが良くしてもらってますよ。お嬢さまってことはフローラさんは侍女なんですね」

「ええ。アダムさんはフローラお嬢様と同じくらいの年齢でしょうか?」

「フローラさんは知りませんが、きっとマリーさんと同じくらいだと思いますよ。二四歳ですから」

 

 おい、こらっ!

 私は一八歳じゃっ!

 フローラはもうすぐ二十歳だから、フローラのほうがアダムに近いのだけど?

 ……落ち着け、自分。顔には出たかもしれないが、声はなんとか抑えた。

 きっと、大人の魅力ってやつがこれでもかと、かもし出されているに違いない、そうに違いないっ。


「今日はお使いだったのですか?」

「そ、そんなものです。では、これで」


 アダムは不穏な気配を感じてしまったのか、そそくさと立ち上がり行ってしまった。

 片づけをしつつ、私はこれからどうしようかと思案していた。


――アダム、怪しすぎでしょ。 



 次の日、アダムが来ていることを知り、私はそれとなく、アダムを見張る。

 と言っても、お菓子作りが優先されるが。

 トライフルというパフェのようなものにしようかと思ったが、フルーツの準備が整わないこともあり、午前中に準備できるエクルズケーキにした。

 エクルズケーキはスパイスの効いたカランツレーズンなどのドライフルーツをパイ生地で包んで焼いたもの。焼きたてがおいしいけど、公爵は冷めたものがお好きなので、午前中に焼いて置いた。


 執務室の近くの部屋を画家が使うようになっているから、公爵のことがどうしても気になるのだ。


「いい体してたものねぇ……」


 第二ボタンまで外されたシャツの中にちらっと見えたのは鍛えられた大胸筋。

 お腹も割れてると見た。

 どこの間者だろう。

 刺客には見えないし、お茶を飲む所作は平民のものじゃないし。

 紅茶の種類を、それもアイスティーにあう茶葉をあれだけ知ってるのはいいところのお坊ちゃまぽい。だが、間者にしては分かりやさすぎるような。

 いや、しっかり汚くはしていた。足元まで油絵具で汚していたし、髪もぼさぼさ。服のサイズも合ってない。パッと見では分からないだろう。ただ、爪垢とかない手をしていたから、気づく人は気づきそうなのだけど。


 貴族に見える人が、平民のそれも画家の使いパシリなんて、する理由は?

 画家は本物のように見えた。ちゃんと画家としての仕事していたから。

 アダムは公爵、もしくは公爵家を調べているとしか思えないのだけど、公爵が不正をするわけない。ゴードンが「不正する必要もないほど莫大な規模の財産をお持ちだ」と言っていたもの。

 前のように公爵が気づいている可能性も考慮して、何をしているのか、見張るだけだ。


 

 カレンが一階のキッチンへお菓子のつまみ食いに来た。

 土曜に賄い用お菓子は大量に作るけど、三日程でなくなることもある。洋酒をふんだんにきかせたお菓子は日持ちもするし男性にも喜ばれるけど、材料費が高くつくので、年末や何かの行事のときでないとあまり出せないのだ。

 公爵用のお菓子を多めに作っておくので、仕事の合間に食べにくるメイドは結構いる。


「カレン、アダムって分かる?」

「んぐっ。……あぁ、あの画家に付いてる人ねー」

「そう。アダムって恰好いいと思う?」

「はい? なぜ私に聞くの? 私、貧乏人は眼中にないから顔もよく見たことないしー」

「カレンに聞いたのが間違いだったよ」

「あ、でも一度香水の香りがして、誰の香水を使ったんだろうって思った。男性用だと思うのだけど、この屋敷では嗅いだことのない香りだったんだよねー」


 カレンが気づく香りか。

 浮浪者の匂いよりはいいけど、香水の香りをさせてる画家のおつきってだめでしょ。



 三日経った。

 さっぱり掴めない。他の仕事仲間に聞いてもアダムをおかしいとは思ってないようだけど、そもそも関心もないらしい。

 今日は尾行。もちろん、仕事時間は終わってる。


 少し猫背にしてトボトボと歩いていたアダムが周りを素早く見渡し、背を伸ばすと横道に入っていく。

 あそこは行き止まりのはず。

 少し待っていると、小奇麗な服装の青年が一人現れた。

 変装は上手だけど、行き止まりと知っていた私は騙されない。

 私も待つ間に人目を避け、上着を着替えた。リバーシブルはこういう時のためにあるのかもしれない。他に彼を見張っているような人影はないことを確かめるのも忘れない。

 

 しばらくアダムが歩く先にあったのは、馬車。家紋はない。乗り込み走り去ってしまった。

 ちっ、身元確認はできないか。

 さすがに馬車を追ってはいけない。


 その日は仕方なく戻ったが、次の日は土曜だったから乗馬して待機。

 もちろん、昨日と同じところにある同じ馬車だと確認してから、その先で待つ。

 尾行して到着したのは、工場地帯。

 お屋敷にでも帰るのかと思ったら工場だった。

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