1 フローラの恋
興味を持っていただき、ありがとうございます。
シリーズにして、分かれていますが、この前の話があります。
そちらをまだご覧になっていないようなら、そちらから読んでいただけると
幸いです。短く11話あります。
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筆頭魔術師にして、第二外務卿のマクシミリアン公爵のお屋敷では今日も多くの使用人たちがそれぞれの仕事をしている。
そんな中、ため息祭り絶賛開催中のメイドが一人。
「フローラ、今ので今日、百回目のため息だよ?」
「マリー、数えているの?」
「そんな暇じゃない。女の勘」
「…………」
フローラから上目遣いに睨まれたけど、マクシミリアン公爵の冷徹な視線すら最近は甘く感じる私にとっては、睨まれたうちに入らない。
フローラは子爵令嬢。ここ公爵家で侍女をしている。
ふわっとした金髪をサイドはケルト結びでアクセントに奇麗に結い上げ、髪が仕事中に落ちてこないようにヘッドドレスを結んでいる。
お化粧もピンク系でまとめているから、可愛いらしい雰囲気だし、本気で睨むわけではないフローラが怖いことはないけど、彼女には恩があるから、助けてあげたい。
恩と言うのは、公爵の護衛として舞踏会へ行ったときの変身のこと。
うん、あれは変身だった。
普段、お化粧もしないし、手入れなんてしない全身を数日かけてメイド仲間たちが磨いてくれた。
目的は『公爵にわたくしの奇麗な姿を見せるため』。
と、フローラたちに言ったら「ましな姿、の間違いね」と言われ気にしてもいなかったが、「本当に奇麗になった」と後からフォローされた。
髪は艶を取り戻し、爪も奇麗に磨かれて生まれて初めてのジェルキュアネイルも施してもらった。虹色魔石に合わせて虹色の小さなストーンで飾られた指先は芸術の域だったけど、お菓子作りをするのには不向きだから、今後することはないだろうと思う。
身長が女性としては高いほうの私に、さらにヒールを履かせ、ドレスはショルダーオフに途中までマーメイドラインで体の線が出るタイプ。
寄せて上げられた胸の下をコルセットで絞められたときは、苦しくて女性と言うのはこのような拷問を受けているのかと思わず漏らした。
「あら、筋肉でまさかのお腹が六つに分かれているなんて思いもしなかったけど、これだけ筋肉があるなら、他の女性より大変じゃないはずよ」
「マリーの場合、絞るというより、胸を高く寄せて上げるだけにつけてるようなものだしね」
「そうそう。腕の筋肉が思ったよりしなやかについていて助かったわよね。筋肉隆々だったら、目もあてられないけど、かえってオフショルダーの服で出したほうがいいほど奇麗よね」
カレンにベス、フローラが言うには、足の筋肉に比べて、上半身にはほどよい筋肉が付いているんだとか。太ももの筋肉はドレスで隠せるからオッケーらしい。
かえって、ヒップアップしていて羨ましいと言われたので、効果的な運動スクワットを教えてあげようとしたけど、遠慮された。
遠慮しなくていいのに。
「ゴードンのような肩のラインが発達した僧帽筋には憧れるけど、昔から上半身に筋肉が付きにくかったの。何か練習方法があるのかな?」
「しないでいいっ」
「マリーの仕事はメイドだからっ」
掴み刈らんばかりに言うカレンたちに、驚いたんだよね。
九センチヒールで九頭身になった鏡の中のドレス姿は自分でも初めて、ドレスが似合うと思った。フリルやリボンのついたごてごてのお姫様風ドレスは似合わないけど、自分にも似合う型のドレスがあったことに感動すら覚えた。
フローラは元々女主人たちの侍女として雇われているから、ドレスや髪型などとても詳しくその道のプロだ。
化粧も自分たちが普段しているような可愛いものとは少し色味が違うものを選んでくれた。グラデーションにすることで華やかでも浮かない目元。
付けまつげは瞼が重くは感じたが、確かに目元がラインと共に描くことでくっきりして、夜の舞踏会にあうシャンパンゴールドの煌きをアイホールにのせられて目元美人に見えた。
荒れていることも多かった唇は数日間かけてぷっくりとみずみずしさを取り戻し、ピンクベージュで彩られた。
ほんの少しのシャドーやハイライトで印象が変わることも知った。
髪型も奇麗に結い上げてもらい、公爵からは――
「はぁ……」というため息で現実に引き戻される。
おおっといけない。
今はフローラのことだった。
そう思いつつ、フェアリーケーキを作るため手は動かしている。
私はお菓子専門のスティルルームメイドだから、お菓子で公爵に喜んでもらうため。
くりぬいたスポンジを羽のように飾ることからついた名前。別名はバタフライケーキ。カップケーキの中にクリームやジャムを詰める。簡単だから子供たちが初めて作るケーキがこれになる。
公爵のためには、甘くないように手作りクロテッドクリームだけを詰める。クロテッドクリームは甘くない生クリームに近いもったりした触感のクリーム。砂糖を入れる人もいるけれど、ジャムと一緒に食べるのがおすすめ。
私はフローラにようやく尋る。
「何をそんなに悩んでいるの?」
「……最初、マリーのこと、身分違いの恋とか思ってごめん」
そんなこと思ってたんですね。
いえ、多くの方から言われていることですから、気にしてません。
「ごめんと思ったのがため息の原因?」
「遠からずとも当たらず」
「え? 身分違いの恋してるの? 相手は王子とか? あ、王子で独身は四十歳か三歳の二人しかいなかったはず……」
「王子なんてあったこともないわよ。反対。相手が平民なの」
「平民だとダメなの?」
「だめじゃないわ。富裕層の商会の長男とかからはお見合いの話が来てるって聞いたことあるし。でも、身寄りがないような、仕事も安定してないともなると、さすがに親に言えないし」
「付き合っているの?」
「好きだってことも相手は知らないわよ」
「なんだ。そこからか。で、相手は誰? 私も知ってる人?」
仕事が安定してないなら、この屋敷の人じゃないだろうから、私の知らない男性の可能性もある。
「最近、出入りしてる画廊商会の画家、知ってる?」
「出入りしているのは知ってるよ。肖像画の修復だよね。遠目にしかみたことないけど」
「その画家の弟子なの。アダムって名前」
画家でもなく、弟子だった。それってあの使いパシリのようなヨレヨレの服を着ている人だよね。身寄りがないのか。
フローラは子爵令嬢だけど、結構お嬢様なんだよねぇ。末っ子で可愛がられているし、そんな弟子との恋路を手伝ったら、ご家族から恨まれそうだけど……。
「さすがにフローラと言えど、平民に伝手はないわけね。分かった。何か情報集めるよ」
「ありがとう、マリー」
途端に笑顔になるフローラ。
お互い、身分さの恋は大変だね。