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2.宇宙人の勘違い


「おっほー。今日はブクマ三件も増えてる! やべ。PVどれくらいだ? おぉぉっ。一日1500か。すげーじゃん」

 放課後、スマホで今の読者の状態を確認する。

 一日何十何百というブクマがつく人達に比べると、俺のはだいたいこんなもんだ。


 読まれないわけではないけど、爆発的に読まれるわけでもない、という立ち位置。

 悪くはないんだろう。評価ゼロって人も多くいるし、ブクマなんて十日で一件ですがなにか、みたいな人もいるというし。

 増えてること、そして減ってないことにありがたみを感じる。

 展開をミスるとごっと減るという話もきくけど、まあ、そこは俺も、これはないわーって展開にはしないので、それでなんとかなってるのだろう。


「でもやっぱり、これを一月で十倍にしろというのは無茶ぶりな気がする」

 五千位。すごい数だ、といわれるかもしれないが、やってる側からすれば、たったそれだけしか枠が無いのだ。


「さて、告白を受けるにしても、一ヶ月は待ってください、だよなぁこりゃ」

 その戦いの中で必要なのは更新速度である。

 基本、更新をすればするほど、注目度は上がるものだ。一日三回更新とかをやるのはそれが理由だし、見られないと気に入ってくれる人もそもそも現れない。

 となると、リアルでデートするより、デートの設定を必死に考える方が大切ということになるのだ。

 大人しく、リアルでイチャイチャしておけよ、と言われそうだが、なんだろうな。


 俺、もうあんまりリアルに期待してないんだよね。

 あんな異世界ライフを経験してしまったら、現実なんて、くそゲーだろう。

 きっと今日だって、手紙をいれたもののすっぽかされるんだ。


「ま、期待は四分の一ってな」

 予想されることはいくつもある。小説を書いている俺からすれば、告白イベントのシチュは山ほど考えられるわけだが、現実的なのは手紙をいれる机を間違えた、とか、悪戯でした、とか、日付が違いますとか。

 しょうたさまって書いてあったけど、翔太とかいう名前は同年代にかなりいるし、別人の線も十分ある。これで正太郎様だったらまだ、不審にも思わないのだが。


 あとはあれな。告白してくるのが男。これが割とありがちだ。

 文字こそ丁寧に書かれてあったけど、あれで性別を判断すると痛い目にあう。

 知り合いで、滅茶苦茶かわいい文字を書く、がちむちアスリートがいるしな。

 文武両道であるっ! とかなんとか一昔前の漫画のキャラみたいで、今でも仲良くしている。愉快で優しい奴だ。


 そんな昔のことを思い出していたら、教室の前の扉がカラカラと恐る恐る開かれた。

 周りを伺う、そんな感じでだ。


「ええと……間くん、良かった。残っててくれたんだ?」

 彼女はこちらの姿を見つけると、満面の笑顔を浮かべた。

 ……はっきりいおう。滅茶苦茶美人だ。しかも身長百六十ちょっと、すらっとしつつ大きすぎもしないという身長もいいし、なにより胸。ぼいんといいそうなそれは、うちの学校の女子の制服をはじけさせそうな勢いだった。

 エロゲでいうところの、中くらいの胸というやつだ。リアルではそれを巨乳という。


「これをくれたのは、君かな?」

 俺宛であってたんだ? というと、彼女は、はわっ、と口を押さえるとわたわたしはじめた。

 なんだろう、このアニメくさい反応。

 ほんわかする。


「名前、書いたつもりだったけど、忘れてたか……」

「送り主もない、んで、時間の指定もアバウト。これでいたずらじゃないって思う方が大変だ」

 苦笑まじりにそれをひらひらさせながら言ってやると、あうぅ、と彼女はアホ毛をみょいんみょいん揺らしながらうつむいた。


「んっ。それでも待っててくれる間くんだから、その、私……」

 彼女は、そこで思い切りぐいっとこちらとの距離をつめてきた。

 目の前に立ったかと思うと、彼女はそのままの勢いでこちらに抱きついてきたのだった。


「大好きです。間くん。私と付き合ってください」

 ぶにりと、押しつけられる胸の感触は、リアルでは感じたことのないものだった。

 マシュマロのようだ、とよく比喩されるけれど、それほど柔らかすぎるわけでもなく、ほどよい弾力があって気持ちいい。


 突然のその行為をいぶかしむより、感触の方を優先してしまったのは、まあ俺も男だということだ。

 そして、不意に。良い匂いがした。

 

 うん。そう、いうことも、ありえる、のか?

 いや、でもな。それを言えば、あほ毛がみょいんみょいんリアルで言うわけもない。

 いや、夢落ちか? これそうなるの? いやでも寝た記憶はないし、放課後まできっちり起きてたぞ。

 そりゃ、軽く狸っこで異世界へ意識がいっていたりしたけれどな。


「どういう冗談だ? 仁」

「……へぇ。そこでその名前がでちゃうだなんて、さすがは正太郎だね」

 抱きついてくる彼女を引きはがしてそう言ってやると、彼女はころっと表情を変えて愉快そうに、いつものイケメンスマイルをこちらに向けてきた。

 まあ女子の顔で浮かべているので、普通に美少女が人なつっこい笑みを浮かべているという感じにはなるのだが。

 いつもの仁の面影がしっかりとそこにはだぶって見えるかのようだった。


「まさか、迷い無くその名前を持ってくるあたり、ほんと、君は特別だよ」

 この時間軸のこの世界だと、トランスセクシャルなんて、張りぼてのごとき技術のはずなのだけど、と完全に性別を変えてる仁は感心したように頷いていた。


 うん。知ってる。そんなの現実であるはずがないってみんな意識から除外するってことくらい、知ってる。

 普通なら仁の妹とか、姉とかを疑えばいいのだ。こいつ、我々はウチュウジンだ、っていってたんだし。普通に家族もいると思っていいのだろう。けれどそれにしては不自然すぎることが多いのだ。


「まず、俺がモテる要因がまったくなし。これ大切……いっててへこむが」

 少なくとも、目の前に立っている女子に好かれる理由がこちらにはまったくない。

 それにだ。

「万が一にでも俺のことを好きになってくれたとして、初対面の女子がその馴れ馴れしさはないだろう。おまけに匂いも仁と同じだ。まぁ……今のお前の方がちょっと普段より良い匂いがするようにも思うが」

「えぇー、ボクそんなに馴れ馴れしかったかな? こんな感じの告白って、割と史実だといっぱいあったーっていうじゃない?」

 史実。その単語がここで出てくることに違和感は覚えながらも、ちゃんとダメだしはしておくことにする。


「普段知ってるから、ちょっと緩んだんだろ? 設定の段階からしてお前のはダメだ。場面と設定を理解した上で、行動は決定づけないとボロがでる」

 それは物語の破綻である、と日々思っている身としては少し説教くさい言葉がでてしまった。


「ふむふむ。なんか言ってることはよくわからないけど、さすがは正太郎だね」

 すごいなぁ、となぜか彼女は腕を胸元で組みながら、ほほーと関心したような声を漏らした。

 胸の下の所に腕を回しているので、ただでさえ大きい胸が強調されてちょっとこぼれそうになっている。


「でも、正太郎ったら、びびりじゃない? 女の子の前に立っちゃうともう、声が出せなくてびくびくしちゃうみたいな」

 そんな相手には積極的なアプローチがいいって、史実も言ってるよ? と彼女はふふんとこちらの顔を覗き込みながら不敵に笑った。

「って、そこまでひどくねーって。そりゃ、さ。お前みたいな美少女にからかわれると、ちょっと、いたたまれないっていうか、きょどるのは、男子高校生なら普通だからな。きょどらないほうがリア充の希少種なんだ」

 うん。そうに違いない、というと、彼女は、そうかなぁとにこにこした顔を浮かべていた。


 こっちの反応が嬉しくてたまらないという感じだ。

 そして、たゆんとそのたびに胸が揺れるわけで。正直、その胸はちょっとした凶器だろう。

 まあ、実際トランスする人は大きい胸をご所望で、インプラントするって話もきくけれど、ちょっとこれは盛りすぎな気がする。


「それで? 見事にトランスを果たしているお前さんは、何者だ?」

「ああ、そんなの宇宙人(、、、)に決まってるじゃない」

 そこが見破れるのにどうして、既知のことをあれこれいうのさ、と仁はぷぅと頬を膨らませた。

 美人なのに愛嬌があって巨乳。なんだろう、この全部詰めな状況。

 エロゲが現実に飛び出てきたよみたいな感じである。


「Mなんたら星雲から、僕らのためにやってきた感じなのか?」

「……どうしてあっさりトランスは受け入れるのに宇宙人は受け入れないのかな。この人は」

「だって、宇宙人っていったら、一般的にタコとかイカみたいな感じか、グレイ型だろ? 宇宙空間で育つと重力に縛られず脳の発達が云々って話だろ」

「どうして、宇宙人が重力発生装置とかを作れないと思っているのかがさっぱりわからない」

 まあ、うちらも昔は宇宙生命ってものは、そういうものだと言ってた時期もあったみたいだけど、と彼女はまるで古代人を見るような視線をこちらに向けた。

 えっと、なにその、哀れみのこもった視線。

 仕方ないだろう。こちとら火星に生物がいたかも! とか、有機生命体がどうの! とか言ってるレベルなのだから。


「で? マジで宇宙人なの?」

「マジで」

「俺を担いでるとかじゃなくて?」

 いまいち煮え切らない俺に、仁は、やれやれと肩をすくめながら、ぽちっとなっとポケットから取り出したリモコンを操作した。


「あっ、ゆーふぉー!」

「えっ、なにっ、って、ずいぶん豆粒だな……」

 そして仁は、びしっと窓の外を指さしたのだが、まあ、なんだ。

 昼間の空に、なにか小さい点の様なものが動いているのが見えた。

 渡り鳥ですか? ぼっちですね。仲間ですね。という感じの影だ。


「しかたないじゃん! 衛星軌道にステルスして置いてあるんだもん。それ解いてちらっと動かしただけだし」

 もうちょっと時間あればでかいの見せられるんだけどなーと、仁は不満げに視線をそらした。


「んで? 宇宙人であることは、まあとりあえず納得してやるけど、その宇宙人さんがなにしにきたんだ?」

 まさか、星間留学なんてあるわけないだろうし、というと、まあねぇと、ようやく話が進んで仁さんはご機嫌なようだった。


「我々の調査によると、どうやらここに、異世界があるっていう話でね」

「は?」

 宇宙人の次は異世界かよ。なんて非現実なと思っていると、彼女は思いきりこちらの両肩をがしりと押さえてきた。

 え、なに、なんでこんなに可愛い子がこんなに力強いんだよ。


 そんな彼女は、前にも聞いたことだけど、と真剣な瞳をこちらに向けてきた。

「正太郎。君は、異世界を知っているよね? 異種族がいっぱいいて、飛龍やアンデッドがいて、魔法が飛び交って、君はそこで女の子達にちやほやされて、それでもこちらに戻ってきた、でしょ?」

「それは……」

 まて。確かにそんな話は、自分でも書いてるくらいで、知ってはいるけれど。

 そのマジっぷりはなんなのだろうか。


「我々はね、今から四千百二十三年後の地球に降り立ったんだ。そこの人達は、我々と比肩するとまでは言えないけど……まあまあな文明を築いていたんだけどね。みーんな、異世界なんて知らんっていうのよ」

 まあ、千年単位で、文化って風化しちゃうし、改ざんされちゃうし、難しいことなんだろうけど、と仁は肩をすくめた。その衝撃で胸がぷるんと揺れる。


「だから、事情を知っている時代にボクは飛んできたってわけ。時間遡行(そこう)は厳重管理されてることではあるんだけど、それはほら、貴重な異世界への道だもの。選抜試験では割とボク、がんばったんだよ?」

 技術はあっても、むやみに時間をいじるのはよくないことだから、と誇らしげな顔を浮かべた。

 ふむ。タイムマシンまでとは、仁さんったらなんでもありである。

 

「おいおい、宇宙人の次は未来人かよ。なにか? このあとは超能力者とかが出てきたりするのか?」

「ん? ボクは平凡な方だけど、ときどき常識的な枠にとらわれない超「能力者」は生まれるよ?」

「は?」

 いまいち、同じ言語を使っていてもニュアンスは違うようだ。

 こちらとしては、想像上のすごいアレを前提に話をしていたのだが、どうやら彼女にしてみたら、実際にある超スゲー能力を超能力というらしい。

 さすがは宇宙人。言葉一つをとっても解釈は違うらしい。


「っていうか、能力なら、正太郎だってすごいんでしょ? あ、でもこっちにもどってきて封印されてるんだっけ?」

「……ちょ、それ、まだ設定段階のラストなのに……」

 今書いてる話のラスト。冒険を終えた勇者は、元の世界に戻ってくるのだ。

 でもまだその話は七割程度を消化した程度。そろそろラストについてはちらちらと匂わせてはいるけれど、明確に帰るということを書いたことはない。

 もちろん、締め切りまでには完結にはもっていくつもりだ。

 あと一ヶ月。残り三十話で、締めくくるつもりである。


 外宇宙に送られる作品であるという意味合いで、条件のもう一つに、締め切り日までに完結してること、というのがある。

 ロケットに乗ってしまえば加筆修正はできないので、それまでにしっかりしたものを作っておけ、というのが運営のメッセージなのだろう。

 実際は選ばれさえすれば、ロケットが飛ぶまでの期間は誤字脱字の修正はしていいことになっているので、それまでに少しでも魅力のある作品を作り上げることに力を傾けることは可能だ。

 

 ちなみに、ロケットに興味がない人気作の作者は、あんまり気にせずに話を続けていて、万単位でポイントを稼いでいながら、平常運転だ。わざわざ人気作を完結させるなんてw とかいう書き込みもちらちら見かけてもいる。

 ただ、いくら彼らの興味がなかろうが、五千位以内という条件は変わらないので、ランクインするしんどさが変わるわけではまったくないわけだが。


「ちょっとは未来人さんっていうのを飲み込んで貰えたかな?」

 ふふんっ、と得意げにいうものの、それ以上未来に関することは仁はなにも言ってこなかった。

 まあ、タイムパラドックスとかいろいろあるんだろうしな。

 たとえば、俺の小説のラストを彼女が話すことによって、ラストが変わってしまう、とかな。

 ちょっと読者の期待を裏切ってやりたいと思うのは、作者として当然の心理だと思う。


「で? どうしてそんなに異世界?」

 遠路はるばる、何万光年だろうか? その上にタイムトラベルまでして、あなたなにしてるんですか、というのが俺の正直な感想だ。

 今までの、べったべたな展開を全部、受け入れるのであれば、だが。

 正直、ここで、設定を練り込んだどっきりでしたー、とかいって、男版の仁がでてきてもそれはそれで納得する気でいる。そして目の前の彼女は仁のオードトワレを借りた彼女だった! とかな。

 それもありそうで、実際そうだったら結構へこみそうだ。イケメン恐怖症に陥るかも知れない。


「うーん。正太郎にとっては、当たり前すぎてその希少性があまりわからないのかな」

 前に聞いた時も、国に狙われるとか全然意識してなかったし、どうしてそこで普通にしてられるのかがわからないと仁は前屈みでこちらに話しかけてくる。


「異世界。魔法。異種族。宇宙にひとりぼっちだ、と思っていた我々としては、異星人がいることを発見してまずは盛り上がったのね。それでさらにその先にまったく別な世界が広がっていると知って、驚きとともに喜びにうちひしがれたのさ。しかもそれは、誰も想像したことのない、見たことも無いすごいとこでさ。しかも神様がチート能力くれるんでしょ? ステータスオープン! とか言っちゃうと能力値がわかったりするんでしょ?」

 まあ、ここらへんはボク達の星では実用化されてて、専用機器を使えばなんとかなるんだけど、と仁は言った。


 つまり鑑定のスキルを、人の固有情報の読み取りと分析という科学技術で現実化したということなのだろう。戦闘力だけを数値化するあれよりすごそうだ。

 いや、運まではさすがに数値化されてほしくないな。

 高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかないとはこのことだろうな。


「正太郎のチート能力は確か、風呂に入るとレベルアップ、毎日清潔で俺最強、だったよね?」

「ぶふぉっ」

 にこにこと目の前で美少女がそのタイトルを持ち出してきて、思わず噴いてしまった。

 それは今連載しているほうではなく、テンプレ系ってこうだろと言わんばかりに書いて、火がつかずに終わった俺の過去作品だ。こちらのポイントは三桁になんとか届いたという程度である。


「二回も異世界に行ってるだなんてすごいよね。あ、でも違う異世界に飛ばされちゃったから、二回目の方はお風呂チートなかったのかな?」

 それとも、美少女と一緒に入らないとダメになってたとか? と言われてなんかもう、黒歴史ノートを目の前で朗読されてるような気分になった。

 たしかに風呂チートは、風呂の入り方によってレベルの上がり方が変わる作品だ。特に美少女ときゃっきゃしながら入ると爆発的にレベルアップする、ドキドキハーレム展開が売りだった。売れなかったけど。


「つ、つーか。どうしてお前らは、そんなに異世界の話で盛り上がってるんだよ」

 おまけに俺の黒歴史まで知ってるしと、不満げにいうと仁は、まあまあとなだめにかかってきた。

「宇宙に届けよう、私たちのしょうせつ、だったっけ? うちらも宇宙探索してるときに、それの藻屑を見つけたの。それでデータ解析して、あぁ、この広大な宇宙には宇宙人が、ああ、ボク達からしてってことだけど、いるんだなぁってなって、そこにあったデータをいろいろと解析したってわけ」

 翻訳するのもほんっと大変だったみたいだよ、と他人事のようにいうのは、彼女自身がそれをやっていないからなのだろう。


「そうしたら、我々が想像もしなかったものが入っててびっくりしたんだ。音楽とかは近しいかなとも思ったけど、あの、しょうせつ、というやつ。あれが大人気でね」

「宇宙か……」

 目の前の仁の話によると、どうやら俺の小説は無事に宇宙に飛び立ったらしい。

 金を払ってかどうかまではわからないのが悩ましいところだが。

 たしかに、期日までに五千位に入らなかった場合、その後の有料での申し込みもできるから、そっちで宇宙に行ってる可能性だって十分にある。きっと俺ならランクインしなくても有料で飛ばしてそうだ。


「で? どうして俺? 他にもたっぷりデータはあっただろ?」

「うん。あったけど、異世界に行っている人で名前がわかったのが君だけだったんだ」

「は? ちょ、なんで? 五千人+αだろ。補足できないわけがない」

 あれだけの作品数と作者がいるのだ。それに他にも商業作品なんかもいろいろ飛ばすって話だ。

 まあ、異世界モノ限定にしちゃうと、文豪作品なんかにはなさそうだけどな。


「あそこの著者の名前と、この国のデータベースである戸籍を照合した結果、適合したのは君だけだった。他の人達は、そもそも人名というルールから逸脱しているものも多く、存在を確定できなかったんだ」

 みんなはどこにいるんだろうねぇ、と仁はしみじみ言い放った。


 おいおい。そんなのみんな、ペンネームつかってるに決まってるじゃないか。

 俺の場合は、たまたま本名いれるというやらかしをやってるだけのことでな。

 なぜって? 別に本名でもペンネームでも、ネット上ならあんまり関係ないからだ。知り合いに見られたらはずかしいけど、それはそれで見つけてくれた人と奇跡の交流みたいな感じになれば面白いとも思っての本名登録だ。

 そもそも、みんながみんな偽名なのだから、まさか本名だと思うヤツもいやしないだろう。


「お前らの超技術は、どうしてこう抜けているんだろうな」

「ん?」

 きょとんと、目の前の美少女が小首をかしげている。

 可愛いなぁ、くっそ。しかし本当に肝心なところがいろいろ抜けていて、可哀相な気分にもなる。

 だから。一番ピンポイントで彼女の曇った眼を晴らすことにした。


「いや、んで? 俺のところに来たのはわかった。それはいいとして、どうしてお前らは、そこに書かれてることが本当のことだ、なんて思い込んでいるんだ?」

「はい?」

 へ? なにを言ってるの? という様子で彼女は、首をかしげていた。


「しょうせつ、というのは、体験記なのではないの?」

「……あの。もしかしてお前の所は、文字を書くことって、記録目的のみ、だったりする?」

「それ以外になにがあるの? 知識を教えるために学問書ってのはあるけど」

「あのー、仁さん? 国語とか古文の授業はどのように?」

 とても真面目な顔で言われてしまい、少し頭痛を覚えながらも問いかけた。

 現国や古文の授業だって確かに今までやってきたことだ。もちろん仁も隣で、ほへーとか言いながら受けていたのは見てきている。


「どれって? 体験記だよね? 昔のこの星の人ってすごかったんだね。自分と釣り合うようになるまで、年の離れた子を育てちゃうとかさ。すっごい経験をした人達がいっぱいだから異世界への扉も開かれたのかな?」

「ダメだこいつ、早くなんとかしないと」

 やばいな。異世界でもそこまで価値観が違うところはあまりないぞ。

 文学というものは、空想というものは、大切な文化だ。

 でも、仁のところはそういうものが発展しなかったのだろう。


 ストイックなまでに、現実的というか。遊びがないというか。

 だからこそ、ロケットに乗って打ち出された小説の山も、彼らは「実際に起こったこと」だ、と思ったというわけだ。


「あのな。仁。この世界には、フィクションという単語があるんだ。作り話とか創作とかそういうものだ」

「ん? ちょっとよくわかんない単語があったんだけど?」

 え? と仁はかわいらしく小首をかしげる。つーか、思いっきり二次元っぽい仕草をしてくれちゃってるというのに、当人はそれが現実にあった可愛い仕草とか思ってるあたりが、救いようがないな。

 これも、小説の仕草を参考にしてるんだろうきっと。


「本当にはなかったことを、それっぽく作るってこと。ねつ造とか言っちゃえば通じる?」

「……なかったこと?」

 え? え? と仁の表情が固まった。

 まだ理解が追いついていないようだ。


「これ、見てみ?」

 愛用しているタブレットに表示されたサイトに、異世界と入力して検索した。

 六万件以上の作品がそこにはずらりとならんだ。

 もちろん、全部小説である。


「一人の人間が五個、六個って異世界に行ってたりするだろ。んなもんあるかって話でな。みんな自分が、ここで考えた異世界を文章にしてるのさ」

 こんこんと頭を指さしてみせると、仁はようやく理解がおいついたのか、愕然とした顔をして、こちらにすがるような視線を向けながら呟いた。


「異世界が……ない?」

 う。なんかそんな弱々しい顔を向けられてしまうと、こちらも申し訳ない気になるのだが。

 でも、内緒にしておくというのもさすがに可哀相だろう。

 遠い星から、時代をさかのぼってまで、ここにいる彼女には。


「こういうときは、失敗した失敗したって言うんだっけ? あれも、ふぃ、フィクションってやつなのかな?」

 確かに、タイムマシンがこの時代に作られたなんて観測されていないし、と仁は現実逃避をするかのように、変な話を持ち出してきた。

 ううむ。その現実逃避の想像こそが、文学の入り口だと思うのだけどな。


「それで? お前はこれからどうするんだ?」

「……わかんない。もうなにもわからない」

 くすんと、その場に力なく座りこむ彼女は、今にも壊れてしまいそうなほどくてんと脱力していた。


「チートも異世界も、神もいない。スキルも魔法もないだなんて」

「って、異世界へのロマンより、チートが先かよ!?」

 広大な異世界への思いよりもそちらとは。さすが現物主義である。


「つーか、俺らからすれば、お前の存在の方がよっぽどチートだろ。女体化ってなんだよ。しかもなんか妙に口調とか女っぽいっていうか、そのものだし」

「ああ、これか。まーなんだね。あたしベースは女体なんだ。正太郎に会うためにわざわざ男の体になってただけっていうか」

 生やしてただけ? と言われるとなんか、すっげー軽いのりで性転換するんだなこいつら、と思ってしまった。


「どうしてそんな面倒なこと。近づくならそのままでもよかっただろうが」

「だって、さっきも言ったけど正太郎ったら女の子相手だとびびりじゃん? それにほら、下手に近づくとハーレム要員ってのになりそうだったし」

 唐突に目の前で転んでスカートめくれちゃうとかさ、とか言われても、そんな偶然現実じゃまず起きねえよという感想しかでない。

 まあ、今の仁の姿勢だと見えそうだが。


「名前は?」

「それはもう、うちゅうじんでしょ。しかもZINって名前、なんかコードネームみたいでかっこいいし」

 ふふっと、体はへんにゃりしながらも少しだけ元気にもなったように思う。話をしていれば気が紛れるだろうか。

 というか、そもそも宇宙人で未来人な彼女の見てくれは、二次元にしか興味がない人間にも魅力的に映るものだ。

 アホ毛をしっかりと浮かすというのは、よっぽどの技術がないとできないのではないだろうか。


「そんだけチート持ちならわざわざ異世界なんて求めなくても」

「うわーん、あたしだって、これはファイアーランスではないっ、ただのファイアーボールだっ! とかドヤ顔でいいたかったのに」

「……魔法うちたいだけかよ、おまえら……」

「でも、ちょーかっけーじゃない。ふっ、無詠唱魔法の力を見よっ! とかやりたいじゃない」

 眼をきらきらさせながら語る彼女は、やはりずいぶん異世界ものに侵されているようだった。

 彼女の星の人達はみんなこんなだとしたら、さすがに気の毒だなと思ってしまう。


「つーかさ。お前の所、科学技術はすげぇってんなら、そんなの科学でなんとでもなるんじゃね? 燃焼物をなるべく安全な状態で袖の下あたりに仕込んどいて、発火剤と併せて空中にばらまいて、炎がでるようにするとかさ」

 まあ、小型の火炎放射器みたいな感じの、と言ったら、うーん、えーと、と彼女は悩み始めた。

 

「モノを宙に浮かす技術はあるのよね。ってことは理論上可能なのかな。あとは指向性を持たせてずがんという感じで。重力制御からだよね、あれ自体は千年前くらいにつくられた技術だし、民間でもつかえるからそれをやりつつ、あ、でも酸素の供給もしなきゃだから、えーとそのー」


「なんか重力制御がどうのとかって話が聞こえたんだけどそこまで仰々しいもの?」

「え? だって着火物を投げただけなら発火のタイミング併せるの難しいじゃん? ってかそれ、魔法じゃなくてただの火炎瓶とか、手榴弾とかじゃん」

 魔法っぽくないっ! と言い切る仁は、あれこれとイメージを膨らませているようだった。

 そんな姿を見て少しだけほっとしている自分がいる。

 やっぱり友達が落ち込んでいるのは見ていられないからな。


「な、正太郎ったらどうしてそんなほほ笑ましそうな顔してんのさ」

「いや、なんでもない」

 こっちがにやにやしていたのに気づいたのか仁は、ぷぅとほっぺを膨らませながら、アホ毛をみょいんと揺らしていた。

 なんというか。こいつと一緒に学校にこれからも通えたら楽しいだろうにな、とその時少し思ってしまった。


 異世界について設定をあれこれ話ができる、女子。そして見た目は完璧という相手だ。

 男状態のこいつといろいろ語り合うだけでも十分に毎日が楽しいだろうと思う。 


 でも、だ。こいつは異世界求めてやってきた宇宙人である。

 調査結果がでた今、どうするつもりなのだろうか。

 来たものは帰らなければならない。調査の期間などは決められているのだろうか。


「んで。お、おまえこれからどうすんの? 異世界の秘密(笑)はもうわかったわけだし。役目は済んだわけで」

 自分で言っていて少し言葉がどもってしまったのは、やはり仁と一緒にいたいからに他ならない。

 今日の告白で、この目の前にいる相手のイメージはがらっと変わってしまった。変えられてしまった。

 

「んー、いちおう調査目的は死なずにデータを持って帰ること、にあるんだ」

 場合によっては異世界そのものへの侵入とか、やれるようなら魔法の習得とかも任務の一つなんだよ、と仁は肩を落としながら言った。

 まあ、実際はないわけだし、人生をかけた一大プロジェクトは終了のお知らせなわけだが。


「だからね、少なくとも高校の間はこっちにいようと思ってるよ。異世界のことはもっと調査をしないといけないから」 

 なにより正太郎と一緒にこの学校を卒業したいからね。

 にこりとほほえむ彼女の顔はあまりに可憐で。一瞬思わずごくりとのどを鳴らしてしまった。


「さて。とりあえず、正太郎? このタブレット借りてもいいかな。なんか見たことがない異世界が一杯だよ!」

 仁はタブレットを食い入るように食い入るように覗き込むと、えっ、なにこれっ、眼からビームでちゃうの!? うねうねで、エルフさんがっ、とかにやにやしながらそこにある文章を読み始めた。


「ちょ、まてそれを持って行かれると更新がっ!」

「えぇー、正太郎ならちゃんと仕上げられるから大丈夫だよっ!」

 ほらほら、この異世界冒険の記録はチェックしとかなきゃだからっ、と仁はたまらぬーとタブレットをぎゅっと胸元で抱きしめてにこりと言い放った。

 まあ、そこには人気上位でまだ完結してない異世界モノもたんとあるからな。

 きっと異世界大好き宇宙人さんのお眼鏡にはかなうと思いますよ。


「だから、これからもよろしくね、正太郎」

 タブレットを抱きしめながら、満面の笑みを浮かべる彼女を前に、俺はただ、現代日本の常識というやつくらいは覚えてもらうからな、とため息交じりに答えたのだった。

 割と長めになったので二話分割にてお送りです。

 いかがだったでしょうか!


 異世界について、ひたすら語り続けるお話でした。

 い、いちおうトランスについての必要性ものっけられたと思っていります。

 しかし、宇宙にお話を送るとかって企画は、あったらロマンチックだなーとしみじみ思ってしまいます。


 さて、仁さんの今後ですが、いろいろ勘違いをしているので、一緒にわいわい高校生活をするようです。楽しい地球ライフを送っていただけるとなによりかと。

 え。正太郎はその後ポイント貯められたのかって? それは……ご想像にお任せしますと言うことで。

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