1.転校生がきた
この物語はフィクションです。登場する人物その他団体は実在のものと関係はありません。きっと。
「あぁ~。ねむ」
ふあっと、あくびをしながら窓の外の景色を見る。
真っ青な空にほわんと浮かぶ雲。
あぁ。窓際のこの席はどうしてこんなにも睡魔さんたちが襲ってくるんだろうな。
睡魔レベル3が現れた。
▽たたかう ねむる まほう にげる
「ま、学校からは逃げられないわけだが」
今は朝のホームルーム待ちの時間。おはよーなんて他のやつらはリア充コミュニケーションをとっていたりするわけだが、俺には窓際でほっこりしているのがお似合いだ。
正直、昨日のアップがぎりぎりになってしまって、あんまり寝てない。
え、アップってなにって、小説だよ、小説。
俺、こと、間正太郎は、ネットで小説をアップできるサイトで連日、連載作を書いているのである。
ま、全部無料の上に、自己申請でアップができるところだから、小説家の先生、というわけではないのだが。まあ、最近ようやくポイントもつきはじめ、連日更新を必死にしている最中なのだった。
連日とか正気じゃねぇ、とか言われそうだが、実際あそこは一日三回更新するとか、もうどういうペースなの? というような猛者もいるのだから、連日更新などというものは、もはや普通の行為であるとしか言えない。
俺も前まではそこまでガツガツポイントを稼ごうとは思っていなかったし、出来たらアップでいいや、なんて思っていたのだが、先日公開されたキャンペーンから、ちょいとばかし本気出す、という「無理」をし始めたのだ。
日頃本気出してないのに、いきなりトップギアなんてやれ続けるとしたらそいつは天才だと本当に思う。俺は無理をしないと、生活を削らないとそんな真似はとうていできない。
まあ、出来るだけすごいという逆説的な見方もあるが。
そのキャンペーンは、宇宙に届けよう、私たちの小説、というもので。サイトの累計上位五千位までの作品をデータ化して宇宙に送ろうというイベントなのだった。もういっこ条件はあるけど、そっちはこっちでなんとかなる。
もちろん、大人の事情があるから、有料での希望者をつのってもいたのだが。
ともかく、今度外宇宙へと飛ばされるロケットに電子データとして積まれるうちの一部がそのサイトの優秀作品となるわけだ。それ以外にはいままでの文豪といわれるような人達のものやら、音楽、絵画、映像作品などが収められるらしい。電子データにしてしまえばかさばらないし、膨大な量のデータが送れるというわけだ。
もちろん、異星人が実際にそのデータを解析できるのかどうかとか、その形式で大丈夫なのか、なんてのを実際考えているのは宇宙人はマジでいます! と信じてやまない人達くらいで、送れればそれでいいや、と考えている人がほとんどなのは仕方ないことなのだろう。
そこらへんはまあ、いいとして。
宇宙に自分の作品が送られるなんて、なんか熱くならないだろうか。そこらへんはロマンというものだ。
さて。五千位。
楽勝じゃねーかーなんて意見もあるのかもしれないが、五十万作品のうちの五千位ってどれくらい大変かわかるだろうか。
大変なことなのだ。ポイントをがんがん稼いでるのは、毎日更新して戦っているのばかり。
たまにぽっと二話目くらいでランクインしたりするのもあるけれど、ああいうのはレアケースだ。
ちなみに二千位で五桁ポイントがないといけないという。
お前は今はどうなんだって? ……三桁です、はい。
で、でもだよっ! それでもお気に入りの数は五十人くらいはいるのだし、読んでくれているのは事実だ。
そんなわけなので、いろいろ話をつくったり、見せ場をつくったりといろいろやっていて、最近睡眠時間がごりごり削られているわけだった。
しかも、それの影響なのか少しばかり、ステータスウィンドウとかリアルででるんじゃね? なんていう頭になりつつある。ゲーム脳ならぬ、異世界脳である。
「あーあ。どうすりゃ異世界でなりあがれるかな」
ぼそっと呟いてみても、いい案は浮かばなかった。
そして始業のチャイムがなる。
カラカラと前の扉が開かれて、教師が姿を現した。
うちの担任は国語の教師で、最近の若者の活字離れを嘆く良い大人である。
そんな彼は、今日、転校生がくることをみんなに発表した。
「うぉ……美人」
手招きされて壇上に現れた人物を見て、みんなそう思っただろう。
背は俺よりちょい低いくらいか。髪はさらさらで、少し茶色かかっている。
動く姿も姿勢がしっかりしているせいか、妙に凜々しい感じだ。
中性的、という言葉が似合う、男子生徒だった。
そう。女子の大半が見入ってるように、転校生はイケメン男子生徒だったわけである。
内心で、イケメン男子が実は女子だった系なネタは一周まわって美味しいか? などと考えてしまうのだが、ネタ探しはどこでもやるのでしかたない。
美少女ゲーム黎明期のあのネタである。
「親の事情で転校してきた、羽虫くんだ。編入テストはかなり優秀だったからな。みんなも良い刺激をうけるように」
黒板に、教師が羽虫仁、という名前を書き上げた。
ハムシかよ、と男子の誰かがつっこんでいた。いや、名字に文句つけるのはかわいそうだからやめたげてくださいよ。
では、自己紹介を頼む、と教壇の前に彼を立たせた。
それからの光景を、俺はきっと忘れないだろう。
彼はなにを思ったのか、すっと、しなやかな動作で右腕を直角に上げて、自己紹介を始めたのだ。
そう、その手をとんとんと首にあてながら。
「ワレワレハ、ウチュウジンダッ」
いわゆる、ウチュウジンごっこである。
首をとんとん喉にあてながら喋ることで少し独特な声がでるわけで。
そんな、扇風機の前でしゃべるーなんていうのと同レベルのネタを、あのイケメンはやってのけたのである。
こんな公衆の面前で。
「ちょ、突然なにを」
「なにって自己紹介ですよ。みなさん、ウチュウジンです! どうぞよろしく!」
ざわっと教室が少し騒がしくなって、その後は爆笑。
男子を中心に、なにあれ、たまらんと何人かがツボに入ったような笑い声を上げていた。
あんまりなネタに、一周まわってウケたのだろう。
女子からは、えぇー残念イケメンなのーと悲痛な叫びが上がっていた。
「そりゃ、ハムシって呼ばれるより、そっちのがおちゃめな気はするが」
ううむ。これはいままでからかわれてきた結果の、ちょっとやっちまった対応策というやつなんだろうか。
名前を改めて見れば羽虫仁で、うちゅうじんと読もうと思えば読める。
「ま、まあいいや。えっと、間の隣の席だな。わからないことはなんでも教えてやってくれ」
教師の言葉に従って、仁はこちらに向かって歩いてくる。
遠目でもそうだったが、ほんとうに中性的なイケメンだ。
ああいうのを、持っているヤツというのだろうか。
「はざまくん、だったかな。これからよろしく」
「ああ、よろしくな、うちゅーじん」
こうして、自称宇宙人との交流が始まることとなった。
こういうのも作品のタネになるかな、なんてちらっと思いもしたのだが。異世界ファンタジーを書いている身としては、SFは関係ないかと新しいクラスメイトを見ながら、俺はあふっと一つあくびを噛み殺したのだった。
それから一月は、割と順調に過ぎていった。
俺の小説も……ちょっとお色気シーンを足してみたり、異世界で魔法の設定をリフレッシュしたりして、いろいろなてこ入れをしているものの……まあなかなかポイントはつかないままだ。
でも、毎日連載しているからな! 文章はそこそこの量になってる。
一話四千字程度で三十日もすれば、十二万字になる。文庫本一冊の量である。
学校について、ああ、どういう風に話を転がそうかと思いつつ隣を見ると、仁と目があった。
彼は大きな目をこちらに興味深そうに向けながら、視線に気がつくと手をふってきた。
この前テレビでやっていたが、黒目の大きさはみんなほぼ同じらしい。
なのに、ぱっちりお目々と、小器用な仕草はまさにイケメンというやつだった。
「俺はBLのけは、ねぇ。男の娘とTSは好きだが」
あの顔で微笑まれたら男でも落ちるんじゃねえか、と思いつつ、ないわと結論づける。
むろん、そういうのを大好きなフジョシの方々をディスるつもりはまったくないし、実際俺よりポイント高い作品だって、わんさとある。
男同士の行きすぎた友情は、一部で人気のジャンルだし、否定なんぞできるわけがない。
かといって俺の書いてる話にそれを取り込んでもカオスになるだけだと思う。というか、俺の精神が持たない。
男の娘が可愛く出てくるならアリなんだが。
「びーえる? なるほど。正太郎は僕が君に気があると思っているのかな?」
「いいや。ただ、あんまり構ってやれてないのに、どうしてお前はそうやって俺になついてくるのかなと、ちょいと不思議に思っただけだ」
正直、休み時間もあんまり話をしてやれていないし、他に仲がいいクラスメイトだっているはずだ。
これでクラス全員にいい顔をしているというなら、そういうやつだとなるけれど、これでこいつは興味のないやつには、割とそっけないのだ。
「んー、ウチュウジンとしての、テレパシー?」
「シンパシーといいたいのか? それとも本当に心の中を覗いてるのか?」
テレパシーで心の中を覗けるというのであれば、俺の胸のうちはそうとう愉快なことになっていることだろう。
なんせ、異世界で魔法とかばんばんぶっぱなしてるからな。クレーターが出来たり、永久凍土ができたりとかしてるし。
ヒロインとか狸耳だしな。狐に人気が集まるのは知っているのだが、狸っこもかわいいのだ。
「やだなぁ、心の中なんて覗けるわけないだろ。それができたら僕はなにも苦労しないよ」
ほんと、それができるなら君のすべてを知れるのに、と艶っぽい声をだされてしまって背筋がぞくりとしてしまった。まじでこいつ、俺のお尻とか狙ってないよな。
「でも、初めて見たときから、なんか普通のやつと違うなっていうのは感じたんだ。冒険してるっていうか、秘密を抱えているっていうか」
「いや、別に秘密もなにもないけどな。普通の男子高校生だし」
「その割りにはこそこそいろいろメモをとったり悩み込んだりしてるじゃないか」
「あ……まあ、それはな」
いちおう、ネット小説を書いていることはクラスメイトには内緒にしている。
ネットで見知らぬ大多数に見られるならいいのだが、知り合いに目の前で読まれるとなると、やはりそれなりの覚悟が必要になるわけなのだ。自分から言い出すつもりはない。
おまけに書いているのは、リア充さんからすればどん引きしそうなものだし。
こいつ、そういうの読まなさそうだもんな。
キラキラしたイケメンがリアルにいるというこの不条理。
異世界にならいても全然なんとも思わないんだが。
「ところで、正太郎に教えて欲しいことがあるんだよ」
にこにこと、美人系イケメンの仁は上目使いの視線をこちらに向けてくる。
ぐっ。男の娘だなんていわないぞ。こいつはちょっと男っぽすぎるからな。
俺が好きなのはもっとこう、女の子に、たまたまついちゃってたくらいなやつだ。
「まだなにかわからないことでもあるのか?」
転校当初はいろいろ学校の設備の説明や生活について話をしたりもあった。
でも、一月も経てばもう慣れるもので、もはやこいつは他の友達もたくさんできているわけで。
正直、俺にわざわざ聞くようなことはないとは思うのだが。
「うん。たぶん正太郎にしかわからないことだと思うんだ」
こそっと、彼は綺麗な顔をよせて耳打ちするようにこちらに話しかけてきた。
あ、なんか良い匂いがする。で、でもほだされないぞ。
きっとコロンとかオードトワレとかそういうもんを使ってるんだ。どう違うのかはしらんが。
「異世界のことを、教えて欲しいんだ」
「ぶふっ」
ちらっと周りをうかがいながら、さも重大事件のように言ったのは、そんな話だった。
まて。確かに、俺は異世界系の小説を書いているけれど、それを書いていることを曝露しろとでも言うのだろうか。
「ど、どうして異世界? 突然そんな話になるんだよ」
「ちょっ、正太郎。声が大きいよ! 僕たちがこんな話をしているってばれたら、どうすんのさ。きっと国家に命を狙われ……」
「んなばかなことがあるか……」
何言ってるんだろう、このイケメン。
こんな顔して中二病なの? 陰謀論とか信じたり、なにかと戦っちゃったりする系? まあ、俺も大概異世界で勇者やってたり、天空魔方陣がどうのとか言ってるからアレなんだが、リアルでそこまではできないぞ。
「なるほど。君ほどの男なら隠れる必要は特にないってことかい。さすがは破魔の……いや、よそう」
今なにか言いかけていたようだが、こちらでは聞き取れなかった。
別に、そんなに持ち上げられてもこちとらなにも出すことなんてできないんだけれどな。
「話せるときがきたらでいい。僕にも異世界のことを教えて欲しい」
きりっと真面目な顔をしていう彼を見て、俺はこのときから彼をこう呼ぶことにした。
残念イケメン、と。
本当に、いろいろと整いすぎてると思ったのに、こういう所でバランスをとってるのかな世の中は。
こういうやつを観察してれば、なにか話のネタになるかな、なんて思いつつ、少しだけリアルなイケメンへの抵抗感が薄れたような気がした。
それからまた一月が経った。
宇宙に届けよう、私たちの小説プロジェクトは順調に進んでいるものの。
「あー、きついー。まじ、無理なんじゃねーの、五千位とかって」
ちらっとそんなことを言いながら、スマホを見るとポイントは増えたものの、五千位にはまったく届きそうにない。
よくよく考えれば五十万作品とかがあるのだ。上位一パーセントにはいれということなわけだろう?
それって何ポイントなんだよ、って感じだが、まあ四桁はないとダメなんだろう。
できれば五千ポイントくらい、という感じか? なんだろうその絶望的な数字。
ちなみに二話目くらいで一気に一日千ポイントつくようなのもいるので、化けるときは化けるのがここである。まあ読んでみて俺も面白いと思ったけどな。でも自分にそれがくる気はあまりしない。
グリップ力とかどうすりゃつくものだろうか。
それを思えば、お金を払ってでも載せてもらうというやからがでるのはよくわかるし、一万円で君のお話が宇宙に! とかいわれてぐらつくやつがいたって、おかしくはないだろう。
実際、ぐらついている。一万という金額は学生でもなんとか出せる金額だ。
まあリアリストなら、無駄金をというかもしれないのだが、宇宙へ自分の魂がこもったものが出るというロマンがいい。
でも、同時に思うのだ。
ちゃんとランキングで募集枠にはいって送られるのだとしたら、と。
きっと、シャトルの発射を生で見に行くほど興奮するだろうし、空に上がっていくその姿を見たとき、すっごく幸せな気分になれることだろう。
もう異世界チーレムも真っ青な快楽物質どぴゅどぴゅに違いない。
期限はあと一ヶ月。がんばっててこ入れして、なんとかポイントを稼がなければ。
幸い、ついてくれてる読者さんはいるし、あとはもう一歩一日でがつんとポイントがはいって日間ランキングにでも載ればまだ、ワンチャンあるかもしれない。
きっかけがあれば化けるっていうしな。
そんなことを思いつつ、次話のサービスシーンをどうしようかと考えていると、机の中に紙が入っているのに気付いた。
ええっと。封筒? しょうたさまへ♪ とか書かれているけど、これ……なんだ?
「お? 正太、おまえそれ、ラブレターか? リア充展開きたー」
いぶかしげにその封筒を覗き込んでいると後ろの席から、そんな声がかかった。
ほどよいオタクの彼とは、ときどきゲームやアニメの話でもりあがるような関係だ。
「いいや、俺はかつてラブレター関係で痛い目に合っている。そんなにすんなり信じる愚はおかさん」
ああ。これが恋愛ジャンルのお話であれば、きっときちんと相手の女の子が登場したりするんだろう。
それが滅茶苦茶美少女で、おどおど告白をしてきて、あの……勇気をだして、そのとかいうんだろう。
いいな、その展開。あ、なんかたぎってきた。
異世界で学園モノで、ラブレターを渡して告白するシーンとか、書いてみたい。
「ちょ、正太? おま、だいじょうぶか?」
「へへへ。大丈夫だ」
おっと、ノートにメモ書きをしたけれど、ちょっとトリップしてしまっていたらしい。
それくらい、告白シーンというのは大事なイベントである。
そしてその女の子には、ちょっとだけ後ろめたいところがあって、それが告白シーンで発覚したりするんだ。
驚いた拍子に狸耳がひょこんとでてしまったりな。
エロゲ脳と笑うなら笑え。そういうのがいいんだし。
「ただ、どう転ぶにしても放課後の教室でまっています、というのはやろうと思ってる。まあ待ってるのは俺のほうになるんだろうが」
「掃除がおわって、って流れになると部活やってないお前はここに居残りになるんだろうしな」
「だな。まあきっといつも通り、残るヤツもいないだろうから、その後これのお相手はひょっこり現れるんだろう」
「時間が書いてないのがなんだよな、これ。本日っていっても、昨日だったかもしれんぞ?」
「いや、さすがに昨日は入ってなかったよ。いちおう、俺、机の中はきちんと見るほうだから」
まあ、いじめられっこ気質とでも言えばいいだろうか。机の中なんてものは、いくらでも悪戯ができるところだから、きちんと自衛しておかないといけないポイントである。
「にしても、完全下校時間まで残る気か? そりゃラブレターってんならそうだろうけど、もっとお前、ドライだと思ってた」
「予定もないしな。待ち時間もここでやれることはあるし」
時間のつぶし方なんていくらでもある、といいきると、目の前にリア充がいるっ、リアじゅぅーー、と彼は騒いだ。
いや、これくらいでリアル充実とか言わないでくれ。俺はネット充な方だ。
異世界万歳。今日の放課後はさっくりと狸っこの告白シーンを想像しながら、いろいろ設定をつめるのだ。
お尻のところからひょこんとしっぽがでて、あわあわするのだ、可愛い。やばい。もふもふしたい。
「まっ、また明日、結果を聞かせてくれよ。悪戯だったら、俺がなぐさめてやるから」
ふっ、腐った方々の贄になろうではないか、と彼は良い笑顔を向けてくれたのだが。
そんなつもりはどのみちあるわけはなかった。
次話は本日九時くらいに公開予定です。