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 はじまりは何時だって理不尽だ。


 “母 ∠家族旅行に行ってくるからラッキーの面倒よろしくね♥”

 “母 画像(ry”


 見慣れないキャラクタースタンプと一緒に送られてきたメッセージを見て愕然とした。

 ハートマーク以上に連続で送られてきたサムズアップしたキャラクターのドヤ顔にムカつく。


 年の瀬も迫り久しぶりに帰った実家でだらだらと過ごしていたのがいけなかったのだろうか。

 両親と妹がこそこそしていたのには気付いたのだが、まさか帰省3日目にして他の家族を残して居なくなるとは……。


「おお。ラッキーよ家族認定されていないとは情けない。そなたが……」

 足元で尻尾をブンブンと尻尾を振る愛犬に向けた台詞が途中で止まる。

 虚しくなったのだ。休暇明けの話のネタが増えたかなと自分を慰めるのだが、僕も家族認定されていない。


「おお、ラッキー! 心の同志よ」と種の垣根を超越した心の友をひしと抱きしめる。


 

 ――臭い。

 何とも形容し難い臭いが鼻を衝く。


 微妙な犬臭さに愛着だとか愛らしさを感じることがある訳だが、今日のコイツは臭い。臭すぎるぜ、こいつはヘドロの匂いがプンプンする。 室内犬のくせに。

 

 今年も残り数日を残すのみ。せめて身綺麗にして年を越させたい。冬の寒さは厳しいが洗ってやることに決めた。こうなったら暖房付けっぱで年越ししてやると小さな反抗を心に誓う。


 

 久しぶりの慣れない実家で、あちらこちらと探すが、目的の物は見つからない。そう、探していたのは犬用シャンプーだ。流石に水洗いだけであの匂いが取れることは無さそうだった。


 仕方なく着替え、外へと買い物に出ることにした。夜遅くになろうとも騎士キホーテ卿の店ならば開いてるし、売っているだろう。

 そうして日が落ち、寒空の下に出ようと決めた。

 

 これが3時間ほど前。


 ――――

 ――


 キホーテ卿の店は場所が変わろうとも流石の混雑具合だった。コスプレコーナーの隅に追いやられた年一でしか外出しないであろう赤く愉快な聖クルスさんのお出掛け着の山が暮れの忙しさと寂しさを際立たせる。

 目的の物を無事見つけ、レジの列へと並ぶ。ギリギリの忘年会だろうか、ウコ○の小瓶を大量に抱えた若者の一団、赤ら顔でミネラルウォーターを手にするカップル達が店の騒がしさに拍車をかける。

 

 会計を済ませ、商品の入ったレジ袋を片手に店を出る。

 

「二次会どうするー?!」

 クリスマスイルミネーションそのままの光溢れる町中でゾロゾロと騒ぐ同じ年頃の一団を目にする。


 あれは……青山? それに伊皿子! 上野さん、江波さんまで!

 

 背格好こそ多少変わったが、中学時代のクラスメイトと思われる面影の青年20名以上が集まって居れば、それぞれ成長した顔と類推するのは簡単だ。

 まあ、女性陣は髪型とメイクでほとんどわからなかったが。

 

「今年も結構集まったなぁ委員長(いんちょー)


「委員長は辞めてよ太田君。もうずいぶん前の話しじゃない」


委員長(いんちょー)委員長(いんちょー)だよ。なぁ鎌田!」


 酒が入り、大声でふざけ合うやつらの顔と名前が一致する。


 OK把握。


 あれです。明らかに同窓会ってやつ。泣けるまとめにも載る、主抜きの同窓会に出くわすってやつ。


 僕そんなに影薄かったかな……。


 虐められた記憶は無いし、復讐してやろうとかそういう衝動に駆られる様な出来事も無かったが、とりわけぼっちという訳でも無かったし……と過去を振り返る。


 ただ、クラス一地味だった木田が相変わらず地味な感じでその輪の中に居ると判った時は流石に堪えた。

 そこは高校か大学デビューでもして誰か判らなくなるくらいに変わってないとダメだろうと心の中で突っ込んだのだが、これまた虚しいだけだった。あれ!? 目から汁が……。


 盛り上がった一団にローテンションのまま声を掛ける勇気も出ず、そそくさと逃げるように遠ざかる。

 飾り付けられた電飾のぼやけた明かりが揺れる町並みを歩く僕、涙目。

 

 早く家へと戻りたかったが歩道には人も多く、その流れを追い越して移動するのは難しかった。


 前を歩く人たちの頭越しに前方を見ると歩道と車道ギリギリをフラフラと歩くおっさん。

 

 その横をタクシーがゆっくりとすり抜ける。

 車内の運転手が迷惑そうな顔をしたのが見えた。


「あぶねーぞぃ! このやろう! ばーか」

 すぐ横を抜けたタクシーに向かって叫ぶおっさん。呑みすぎだろう。


「プァパパパパー!!」

 爆音。

 

 オッサンのすぐ後ろに迫るトラックがクラクションを鳴らしながら、交通量が一時的に途絶えた反対車線へハンドルを切る。

 

 当然タクシーに悪態をついていたおっさんを奇異な目で見ていたのは自分だけでは無かった。

 

「あぶない!!」

 

 右斜め後ろから叫ぶ女性の声と衝撃。縁石に躓き、倒れ込まない様にと前へと一歩二歩、三歩と足を進める。そして再び上がる悲鳴を耳にする。


 逆さまの視界に映った周囲の女性よりも頭一つ背が高く、声楽家をイメージできる恰幅の良い婦人からソプラノの音域を超えた音波が響く。

 

「キャー!!!」

 叫びたいのはこっちだ。おっさんを無事に避け再度正しい車線に戻ってきたトラックのライトがまぶしい。

 そう、転ばぬようにと進めた歩の先で顔を上げると目前に迫る目を光らせたデカい鉄仮面。衝撃に備えて身を固くする。あれは悲鳴では無くてきっとバインドボイスだ。


 犬用シャンプーが宙を舞う。


 見たことの無い方向に曲がった自分の腕と足。斜め下に見えるおっさんは無事だったようだ。


 宙を舞う僕自身に僕が気付いたのはついさっきの事。正直、自分の身に起きたことよりも愛犬の餌が気になった。頑張って餌の袋を噛み千切れば何とかなるだろうか。


 そう、はじまりは理不尽だ。そして終わりも。


 この世の最後の景色が口を半開きにしたおっさんだなんてあまりにも理不尽だ。


 ――――

 ――


 今。

 

 見渡す限り統一した色に染められた空間。


 自分以外の色は全てこの色に塗りつぶされ、遠近も高低もそして時間の経過さえも測れない空間に僕は居た。


 きっとこれで息苦しさも感じていたら「精神と○の部屋?」とか呟いていたのかも知れない。

 記憶を含めた何もかもが塗りつぶされてしまいそうなこの場所で、僕自身は息をしているのかもすることも忘れていた。

 ふうっと空気を大きく吐くとすうっと自然に空気が肺に入る。


 普通に呼吸できたことを確認すると次に思い浮かんだのは当然「白い部屋」。なんてたってトラックとセットだ。


「ステータスオープン!」


 ……。


 ……何も出ない。

 ……アレかもしれない。ステータスカードってやつ。ソレで確認するタイプ。

 と、なると次に現れるのは見目麗しい女神さま。老人タイプの神様はハズレだろう。


 ――――

 ――


 結果はどちらでもなかった。


 目の前にぼんやりと光る玉。どんな原理か知らないが宙に浮いたまま光量が揺らぎ、しゃべりかけてきた。


「ご愁傷さま。君は理不尽な事故で無くなりました」

 良くわかるこの事実。ええその通りですとも。


「ただ驚くこと無かれ、現世での強い祈りの力によってキミは新たな体で生まれ変わることが出来る事となりました」

 なんの感傷も無く、淡々と話を続ける玉。


「とてつもない罪の意識から捧げられた真摯な祈りの力によって現界できるのです。ただし、これまでの世界とは異なる場所、異なる時間に」

 罪の意識?運転手ならきっと俺は悪くないと自分を慰めるだろうと考えると……あのおばちゃんか!

 たった一人きりの祈りでこの世の理をねじ曲げるなどとんだチート持ちだ。寧ろ、この玉よりもあのおばちゃんの存在の方が気になる。

 

「僕は元の世界に戻る事は出来ないのですか?」

 当然の質問をぶつける。

 

「行き先での知識も力も持たないキミにはこの中から1つだけ力を授けよう」  

 


 聞く耳持たないってヤツですね。まあ、見た目からして耳無いですし。

 

 光る玉とそれを見上げる僕の目の前にリストがズラリと現れる。

 

 色々と迷ったあげく、取得経験値100倍を選ぶ。ここは王道成長チートだろうと考えたのだ。

 

 リストを見て想像したのは剣と魔法の世界。鑑定やら完全異常耐性、スキル強奪、成長効率100倍と、もうそれとしか考えられないものばかりが並んでいた。玉は質問には答えてくれなかったが、選んだスキルの説明を壊れたレコードの様に繰り返した。

 

 変わり種や不遇扱いとも取れそうなスキルで工夫に工夫を凝らしオレTueeeしても良かったが、最強になって苦労するよりは、シンプルにそこそこ強いが一番楽だと思ったし、今までもそうしてきた。

 

 何かの一番には成れないけど、そこそこの頑張りで満遍なくそこそこの位置取り。何もかも含めた総合評価があればきっと一番。

 そんな小さな自尊心で自分を型どってきた。可もなく不可もない生活。それが続けられるだけでもきっと僕は幸せだ。


 持ち込むスキルをこれと決めると光の玉は小さく、そして弱々しい明るさへと変わり始める。

 

「それでは良い旅路を」

 消え行く光る玉が最後にそう告げると景色が色を取り戻す。

 

 黄一色。

 

 橙一色。

 

 赤一色。

 

 熱い。

 

 苦しい。

 

 身を焦がすような熱さと色は違えどまたしても一色で塗りつぶされる視界。

 

 

 激痛。


  

 吸い込む息で肺が焼ける。


  

 指先から炭化し始める。


 

 ブスブスと燻す間もなく、静かに崩れ落ちていく四肢。

 

 身を焦がすようなではなく、身を焦がす激痛に意識を手放す。

 

 

 はじまりは何時だって理不尽だ。そう二度目の終わりさえも。

 

 

 僕は燃え盛る火炎でその身を焼失させた。


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