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短編

或る女の遺書

作者: 譚月遊生季

 貴女がこれを読む頃、私はもう既にこの世の者ではないでしょう。それでも、どうしても貴女に伝えたいことがあって、私はこれを書き遺します。どうか、どうか最後まで読んでください。


 私は、貧しい家に産まれました。小さな頃は苦労しましたが、成長すると、お前は誰よりも美しいと多くの人にもてはやされ、生活に不自由することもなくなりました。やがて、私は妻を亡くした貴女の父親にも見初められ、後妻として嫁ぐことになりました。その時の私は、幸せの絶頂でした。

 勘違いして欲しくないのですが、私はちゃんと貴女を愛そうとしたのです。自分の娘として、惜しみない愛情を注ぐつもりだったのです。覚えていないかもしれませんが、貴女がまだ幼い頃は、私は本当に「良い母親」でした。あの頃の貴女は、本当に可愛らしかったのですよ。よちよちとした仕草も、つたない喋り方も、私に向ける無邪気な笑顔も。……しかし、その「可愛らしさ」は、幼子ゆえのものでした。

 貴女はどんどん綺麗になっていきました。その反対に、私はどんどん老いていきました。老いというものは、残酷なものです。決して逃れられないのに、確かに私の自慢だった美しさを奪っていくのですから。私は、徐々に強迫観念に支配されていきました。「誰よりも美しくなければならない」という強迫観念にです。一番でなくても良いじゃないか、と多くの人は言いますが、私は誰よりも飛び抜けて美しかったからこそ、あの立場を手に入れることができていたのです。ですから、私は一番美しいはずの私の地位を脅かす貴女に、次第に脅威を感じるようになりました。

……だって、私は美によってすべてを手に入れたのですから。


 危惧していた通り、夫の愛は徐々に貴女に傾きました。老いて美しさを失っていく妻より、どんどん美しくなっていく娘の方が愛おしくなってくるのは、当たり前のことです。その頃から、私の心には醜い嫉妬の炎が燃え上がるようになり、その炎は日増しに激しくなっていきました。

 貴女の美しさを奪いたいと思いました。いいえ、いっそ殺してしまいたいと思った時も数多くありました。ですが、そんなことをすれば、既に貴女に傾いていた夫の私への愛情は、完全に失われてしまったでしょう。その事実が、私の理性を辛うじて繋ぎ止めていたのです。

 しかし、夫は死にました。私の美しさも、完全に貴女に負けてしまいました。誰もが、私よりも貴女の方が美しいと褒め称えるようになりました。……もう、限界だったのです。だから、私は貴女を……


 これは、懺悔ではありません。私は、貴女に許しを請うつもりも、謝罪するつもりもありません。だって、今の私には、もう貴女への嫉妬と憎しみ、そして哀れみしか残っていないのですから。

 美しかったからこそ、貴女は協力者を得られたのです。美しかったからこそ、誰もが貴女を哀れんだのです。……そして、私は惨めにも獄中でこの遺書を書いている。明日には首を吊って死ぬつもりで!


 何が言いたいのか、分かっているかしら?

 貴女も同じよ。貴女もいずれ、私のようになるわ。


 ……だって、貴女も美によってすべてを手に入れたんですもの!

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