前日説明会 0日目
二話同時投稿です。これが1話目
今、俺は初めて来た大学の中の教室で指定された席に座って夏休み中にやるバイトの説明が始まるのを待っていた。今回のバイトはチラシには大きく治験と書いてあった。説明は
『大学の研究の一環で学内での研究に前進が見られたので治験をして臨床研究を行い今後の研究の発展に生かしたい』
と書いてあっただけだった。そのあとは『日給10000円泊まり込み2週間、朝昼晩食事つき、検査時以外の暇つぶし自由、障害者優遇』と条件が書かれていた。どんな薬の治験なのかわからないが主催する大学名は日本に住んでいたら一度は聞いたことのある大学だったし、2週間遊んでいるだけで14万も稼げるとあってチラシを持ってきた友達と申し込みをすることにした。
結果は無事に二人とも合格し今日の説明会となったのだ。
まあ今日は説明だけで交通費しか支給されないらしい。周りを見渡してみると、同じく説明を受けに来たのであろう人たちが百人ほどいる。しかも半分以上の人が何らかの障害を持った障害者であった。車いすの人や白杖を持った人、耳に補聴器を付けた人、他人事のように言っているが俺も中学生の頃、事故で左手を失った障害者である。しかし俺の隣に座っているこの治験のパンフレットを持って誘ってきた大学の友達である竹中は健常者なので、普段の生活ではありえない少数派という現状に視線を彷徨わせていた。まあ俺も経験があるからわかるが人にじろじろと見られるのはあまり気持ちのいいものではないから見ないように努力しているんだろう。いいやつだ。
すると空いていた竹中の隣に白杖を持った女の子が案内されてきた。ジーンズにTシャツ、その上にカーディガンを羽織った格好でサングラスをかけていた。挨拶した方がいいのか悩んでるうちに時間となった。
教室の入り口から初老の男が何人かの若い男を引き連れて入ってきた。初老の男が教壇に立つとプロジェクターの電源が入り、教室の明かりも消えた。さてこれからどんな説明が始まるのかわくわくしてきた。
「皆さんこんにちは、この大学の教授で今回の実験の責任者の溝口博文です。専門分野は認知科学という学問です。明日からまず2週間の間、私達の実験に泊まり込みで参加してもらうということはお伝えしてあると思います。よろしくお願いします」
しゃべり始めると同時にプロジェクターにしゃべっている内容がそのままパワーポイントで表示されていく。プロジェクターに繋いだパソコンの前では教授と一緒に入ってきた男が操作していた。多分あの人たちはこの大学の学生なんだろう。
「さて今回の実験ですが皆さんはバーチャルリアリティ、仮想現実というものを体感してもらいその計測データを取らせてもらいます。仮想現実とは脳に電磁波を送り錯覚させるというものですがまだはっきりとした映像が見えるとか音が聞こえるなどと言ったレベルには達していません。そこでここで生活をしていただく間中、皆さんの脳波も測定していきたいと思っています。ここにえーっと…」
少し考え込みちらりと学生たちの方を見ると一人の学生が耳打ちする。
「百二十名の人を集めました。先天性の障害者の人、これまでの人生で何らかの理由で障害者となってしまった人、健常者の人、を四十人ずつです。年代もバラバラです。仮想現実の中でこれらの障害がなくなれば新しい可能性が増えると思います。なので皆さんから集めたデータを使って改良を施していき電子の世界に仮想現実を作りあげることを目標に研究をしています。また、授業ではないので細かい理論は省きますが私や彼ら学生がまずテストをしているので危険はないと思われます。今から実験の時の映像を流します」
そう教授が言うとプロジェクターに映像が流れ始めた。映像では黒いフルフェイスのヘルメットを被り全身に電極をいくつも付けている男がベットに仰向けで寝ている姿が映っていた。ヘルメットに接続されているケーブルと繋がったコンピュータの前には教授と他のこの部屋にいる学生が映っていた。教授が説明しているがとにかく動きが地味な映像で見ていると退屈に感じてしまう。そんなことを思っていると映像は終わっていた。
「今のが実験に成功した時のデータです。彼には一定の波長の光と音を感じてもらいました。しかしながら何らかの不慮の事故が起こる可能性もあるので、この実験に関する事柄の契約書と掛け捨て保険の加入届を配ります。よく読んでから署名と捺印をお願いします」
教授の話が終わると教室の明かりが点いた。そして横から学生たちが1組ずつ参加者に契約書と加入届を配っていく。俺と竹中も1組ずつもらうとちゃんと上から下まで一字一句漏らさず読む。内容としては実験に関するありとあらゆることの守秘義務と、さっき教授が言っていた後遺症や死亡事故が起きる可能性があること、責任者及び実験の管理者の命令に逆らわないこと等を漏れが無いよう子細に書いてあった。難しい書き方も多くじっくり読んでいると隣の竹中が
「川上はどう思った? さっきの教授の話だと結局どんな風に実験やるのかがわからないからこわいんだけど。ただ脳に電磁波当てるって言っただけだぞ。あの映像も本当に成功しているのか怪しいしな。それにずっと脳波を測定するってなんかずっと見られているようでやじゃね?」
確かに機材がここにあるわけではないしさっき見た映像も教授の説明だと成功しているらしいがコンピュータの画面を見てもどうにもよくわからないから傍目では成功しているかわからないな。しかし電磁波だっていつも使う携帯電話からも出ている。それにもしも何も起きていなくたって寝ていて14万は大きいから竹中を説得することにした。
「だけど最先端の技術の片鱗に触れられるんだ。それにあの画像が成功していようとそうではなかろうと体験できるというのはこの機会だけだよ。それに電磁波だって今の世の中はそこらにありふれてんだから大丈夫だよ。あとプライバシーは配慮するでしょ」
そう言うと竹中も多少は納得したようで首を傾げながら契約書を読んでいた。
保険は過失による機械の賠償金や実験中の事故における怪我や入院費の保障、後遺症や死亡まで保証してくれるので使える状況になったら嫌な保険だった。そういえば保険代って誰が払うんだろうか。気になったので恐る恐る手をあげてみた。すると一番近いところにいた学生さんがこちらに来てくれた。そこで保険料のことを尋ねると経費で払うらしく気にしなくていいらしい。それじゃあと思い鞄から判子を取り出し契約書の署名欄を埋め捺印をした。保険は受取人をとりあえず母親にして記入欄を全て埋めていく。
隣の竹中を見るとあいつも覚悟を決めたらしく順々に記入欄を埋めているところだった。
みんなが書き終わる頃になると学生たちが通路を後ろから歩き一人ずつ契約書と保険加入届を集めていた。自分が回収されたあとその光景を見ていると棄権者はいないらしく紙の束が学生たちの机に積み上げられていく。竹中はそれを見て
「全員参加するんだな、幾人か辞める人がいると思ったのにな」
そう呟いていた。そこで自分の意見として
「まず、このバイトに参加するために2週間の予定を空けてきた。そして2週間経てば14万円がもらえる。だからみんなよっぽどのことがない限り辞めないよ。14万は大きい」
推論だけど自分もそう思うし、14万の使い道を決めている人もいるだろうからね。2週間で14万は普通は稼げないし多分正しいんじゃないかな。
そんなことを話しているとまた明かりが消えた。教授が教壇に上がりしゃべり始める。
「皆様ありがとうございます。一人の辞退者も出さず全員参加ということでまことに喜ばしいことです。また、この実験中は皆様が座っているテーブル1つに付き1グループとさせてもらいます。メンバーが困っていたら手を貸してあげてください。ちょっと時間を取りますのでグループ内で軽く自己紹介をお願いします」
突然グループを作られて場が一瞬騒然となったがとりあえず俺たちも自己紹介することになった。
「ねえ、俺は竹中大地。君の名前は?」
竹中が真っ先に隣に座っていた女の子に話しかけていた。こういう時は頼りになる。
「えっと、私は渡瀬透香、生まれつき目が見えないから人は声で判断するのよ。だから始めの内は話しかける前に名乗ってくれると助かります。それで竹中君の隣にいる人も班員なのかな?」
「川上稔です。竹中とは大学の友達で一緒にこのバイトを受けにきました。中学生の頃事故で左手を失っているので左腕は義手です」
そのあとも大学生だとかそういう話をしていた。それでわかったことは渡瀬さんも俺たちと同じ大学2年でここの大学に通っているそうだ。自宅もこの近くらしい。とりとめのない雑談をしていると教授が学生たちを引き連れて教壇に上がった。
「さて先ほどから手伝いを行なっている学生たちがいます。彼らは私の研究室に配属された大学院生です。全ての管理を私がやるのは不可能なので彼らに手伝ってもらいます。それでは君たち自己紹介を」
すると白衣を着た5人の学生が自己紹介を始めた。
「相馬翔太です。溝口研究室のドクター1年です。このメンバーの中のリーダーになりました。よろしくお願いします」
「矢部友彰です。同じく溝口研究室のマスター2年です。さっきの映像でヘルメットをしていたのは私です。まだ半信半疑かもしれませんが仮想現実を体験してみてください」
「林亜里沙です。溝口研のM2です。女性の方も多いので何かあったら私に相談してください」
「日下啓介です。M1です。この中では下っ端です。こき使ってください。よろしくお願いします」
「同じくM1の牧田陽子です。林先輩と同じで女性担当です。よろしくお願いします」
一通り自己紹介が終わると教授が壇上に戻ってきた。
「はい、彼らの他に今日は来ていないんですが明日からは昼間のうちは学部生も何人かと、あと介助のためのヘルパーさんが8人ほど泊まり込みで手伝ってくれるそうです。それと一応、医療機器を扱うので今回の実験に専属で付属の大学病院から2名の先生が協力してくれます。先生、自己紹介をお願いします」
すると一番前の席に座っていた男女2人が教壇に上がった。
「沼沢敏夫です。大学病院で脳外科が専門です。今回の実験は脳に過負荷がかからないように慎重に行いますが、もし何か異変があったらすぐに私に知らせてください。何もないことを祈っています。よろしくお願いします」
「新谷百合香です。大学病院では心療内科が専門です。同じく何かあったら教えてください。よろしくお願いします」
自己紹介が終わったら新谷先生だけが教壇を下りさっき座っていた椅子の辺りでごそごそと何かやっている。そして沼沢先生が
「皆さんの健康状態は今回の実験で重要なポイントです。一応履歴書と一緒に既往歴や健康診断書を送ってもらいましたが、ここで再びアンケートを取りたいと思います。またもう1枚アンケートがあると思いますがこれもできるだけ正直に書いてください。じゃあ配ります」
また学生が紙を配り始めた。今度は100個くらいの簡単な質問が書いてある紙と今現在の健康状態と日常の習慣に対する質問が書いてある紙、それに答えるためのマークシート用紙の3枚だった。配り終えると沼沢先生が
「それでは20分程で答えてください。目の見えない方や自分で書くのが難しい方にはこちらでサポートします。書き終わった方は紙をテーブルの上に置いて帰っても良いですし、班員に自己紹介も兼ねて少し話しをしていってもかまいません。明日もこの教室に朝の9時に集合です。それでは始めてください」
そう言ってサポートに行った。俺も慣れているとはいえ片手でマークシートを書くのは難しいので文鎮代わりに左手の義手をマークシートの下半分に置いた。こうすると紙が滑らないので楽なのだ。まずは問診票、そして性格調査みたいな質問票に答えているとあっという間に時間が過ぎて20分経っていた。竹中は渡瀬さんの手伝いをしてから自分の分をやっているようでまだ終わっていない。渡瀬さんは終わったみたいで帰ろうかどうしようか悩んでいるようだ。そこで時間もあるし声をかけてみることにした。
「川上です。渡瀬さんはこのあとどうするの?」
「私はもう帰ろうかなって、だけどまだ人が多いから少し落ち着くの待ってるの。川上くんはどうするの?」
「俺は竹中が終わったらあいつと相談するよ」
「そっか、私が竹中くんに手伝ってもらっていたからまだ終わってないんだね。ごめんね」
「謝る必要はないよ。渡瀬さんは何も悪いことはしてないんだし、まあ竹中は優しいからこのバイト中はこきつかってやって」
「わかった。助けてもらうね。川上くんと竹中くんは付き合い長いの?」
「ううん、大学に入ってからだよ。1年の最初の頃、食堂で左腕が使えなくて困っていたら助けてくれたんだよ。他のみんなは1歩離れてみているだけだったからほんとに助かったんだ」
そこから俺と竹中の出会いのエピソードを話したりして竹中のアンケートが終わるまで時間を潰した。竹中も俺たちの話に茶々を入れながらだから余計に時間がかかった気もするが。しかしアンケートを開始してから40分ほど経っているが別に早く書けみたいな感じはなかった。
そして竹中もアンケートが書き終わると明日もあるし帰ることにした。
家が駅とは校門で別れる渡瀬さんに「また明日」と言って俺たちは駅まで歩き出した。
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