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〜英雄となった剣士の言葉〜

『パンク・ダ・パンク伝 Ⅳ』 ~英雄となった剣士の言葉~





 Ⅰ  王の崩御と女王誕生  フルートゥ暦一三八七年


 その年のクロッカスの月、国王が崩御なされた。

 それと同時にパンクの特殊任務は解かれ、パンクは城砦内へと戻された。

 パンクに特殊任務を与えた人物については史料が残っていないものの、特殊任務を解き新たな任務を与えた者の名前はわかっている。任命者の名前が残っていたのだ。

 城砦内へ戻ってきたパンクに、王女メロウ・D・アナポーの親衛隊長という任を与えたのはカール公爵であった。

 彼にそれが出来たのならば、特殊任務を与えたのも彼なのかもしれない。しかし、先に述べた通り、カール公爵が任務内容まで把握していたかは疑わしい。

 当時の局員達は見失っていた五年間を取り戻すかのように、戻ってきたパンクの監視を強化した。彼らに特別褒章を与えられた記録はないが、私はその涙ぐましい努力に拍手を送りたい。そして、敬意を込めてストーキング・スネークの称号を与えたい。

彼らが一番初めに気付いたパンクの変化は、腰に下げている剣が銀製から鋼鉄製になっていた事であった。


     ※※※


 王の国葬を終え、パンクは新たな任務先であるメロウ王女の居室へと向かった。

 次期女王の親衛隊長というこれまでの任務とは比べ物にならない重責に心震えるものを感じると同時に、彼女の兄であった青い鳥の少年を思い出し一抹の寂しさも感じていた。

 だが、あれほど純粋にこの国を愛していた少年の妹君の側で仕える事への期待感は、パンクの足を早くさせるのに十分だった。

 メロウ王女の居室の前でドアを叩く。

「失礼します。この度、親衛隊長の任を拝命しましたパンク・ダ・パンプ着任いたしました」

 パンクは知っている最大限の敬語を使って挨拶をしたが、扉の向こうから返事はない。

 背後に控える親衛隊員二人の方へと振り返り、どういうことかと目配せするが、二人は無表情にそれを無視する。パンクはもう一度ドアを叩いてみるが、やはり反応はない。

 そこでパンクはたくわえた髭に手をやり、カール公爵の言葉を思い出す。

 公爵はパンクにこの任を与えるにあたり、いくつかの忠告を与えていた。

 親衛隊と言っても、兵士の総数が少なくなっているため人員は割けない。

 メロウ王女は居室から出る事がなく、世話をしている侍従二名とカール公爵以外にここ数年姿を見たものはいない。

 それに対しパンクは、二ヶ月後には戴冠式もあるのに、それで女王としてこの国を任せられるのかと問うた。

「だから、そなたに頼むのだ。人一人を守るのではない。この国の未来を守るために」

というのが公爵の返答だった。

 パンクは王女の居室の気配を扉の外から探る。

 確かに人がいる気配はあるが、とても三人も中に居るとは思えなかった。

 おそらくカール公爵はメロウ王女を立て、実権は自分が握るつもりなのだろう。少なくとも彼女が独り立ちするまでは。

 しかし、政敵であるサンマリノ侯爵はどうかと考えれば、先王唯一の忘れ形見である王女を亡き者にし、その責任をカール公爵に取らせ失脚させようとするだろう。

(それにしても次期女王の親衛隊が私を含めて三人……? しかも、この二人はサンマリノ侯爵派閥の貴族子弟……私の監視と……機会があれば実行も兼ねるのか?)

 パンクが扉の前で思索にふけっていると、後ろから声をかけられた。

「ここは我ら二人に任せて、隊長はおやすみになられてください。久しぶりの城砦内でしょう。王女を守るためには城砦内の変容を把握しておくのも重要かと存じますが」

 明らかに軽蔑を含む笑みを貼り付けた二人に、今度はパンクが無表情に無視をする。

 そして、何も言わず目の前の扉を押し開いた。

 そこはひどく散らばった本とガラクタで混雑した物置のような空間が広がっていた。

 部屋の中央に天蓋つきのベッドが置かれ、その上で少女が一人枕に寄りかかった状態で本を開いていた。

「無礼でありますぞ、隊長!」

 パンクは後ろで制止しようとする隊員を一瞥すると、

「貴様は宝箱の中身を知らずにその宝箱を大切に扱えるのか?」

と叱責し、ベッドの上で驚き震えている王女の方へと向き直る。

(確か、十四歳と聞いたが……それよりも随分と幼くみえるな。初めてテクノと出会ったのはあいつが十二歳の時だったはず……それに比べると随分とか細く色白で……)

「失礼しました。しかし、今言ったとおり、私には宝箱の中身を知らず、それを大事に抱えるような事は出来ません。それに再三扉の向こうで挨拶をしたつもりですが、本に集中しすぎて聴こえませんでしたか?」

 パンクは膝をつき言った。

「……ごめ…んっ…なさい……」

 朝目覚めてすぐに言葉を発する人間のように、のどをつまらせながら嗄れて細い声だった。退出を促すものであれ、無礼を批難するものであれ、パンクはそれに続く言葉を待ったが王女はそれ以上続ける言葉を持っていないようであった。

「御付の侍従がいるはずですが」

「……あの者たちは食事を運ぶい…がっ…いに、この部屋へは来ません」

 声をつまらせ続ける王女にパンクはある疑念がわいた。

「失礼ですが、最近どこかへ出掛けましたか?」

「もうずっと……この部屋から出ていません」

「ずっととは?」

「数日か、数ヶ月か……数年か……わからないほどに……悪いですがもう出て行ってくれませんか? 続きを読みたいの……」

 パンクより先に後ろの二人が無礼を詫び立ち上がる。

「王が崩御されたのをご存知ですか?」

 このパンクの言葉に隊員たちの足は止まる。

 しかし、王女は本から視線を離さず、

「そうですか」

と言うのみだった。

「いえ。失礼しました。読書をお楽しみ下さい」

 さすがにこの二人のやりとりに隊員たちも固まってしまったが、パンクが二人の間を部屋の外へと出て行くので急いで後に従った。

(……また子どもの世話か……)

 次の日、詰所から一つ上の塔の最上階にある王女の居室に向かうと、前日と同じように挨拶に反応のない扉を開き、パンクは言った。

「本物の女王になりましょう」


 隊員の二人はサンマリノ侯爵に報告し新たな命令を受けたのか、パンクの言う事をよく聞くようになっていた。おそらくこのように世人離れした女王ならば、殺さずともすぐに失政をし、カール公爵ともども排除できると考えたのだろう。

 だが、パンクは自分を取り立ててくれた王の娘であり、青い鳥の少年の妹である王女を信じていた。

 パンクは王女の居室の外に隊員を立たせ、自分は部屋の中でメロウ王女に国政について関心を持たせようとした。

「王女様、二ヵ月後には貴女は女王となる身です」

「そうですか」

「現在市街では新興宗教が流行っております。人々に食料を配り、場当たり的な欲のみを満たそうというものです」

「食料を配ってくれるのはよい事です」

「しかし、その食料の出処が海賊による密輸だとしたらどうでしょう?」

「困りましたね。海賊は退治しなくては」

「そうです。だが、海賊を退治すれば人々は飢えに苦しみます」

「可哀相ですね。配給をして差し上げたら?」

「そのような余裕はありません。山岳地帯で採れる林檎では城砦内の人々を食べさせるだけでいっぱいいっぱいです」

「もっとたくさん収穫すればよいではありませんか」

「働き手がいないのです。人々は害虫被害、戦争、市街での争いに疲れ、いまや何の希望も抱けないようになってしまいました」

「働かなければ飢えるのは当然でしょう」

「では、どのようにして働かせましょう? 人々は働くくらいならば飢えて死んだ方がマシだと思っているでしょう」

「何故です?」

「働いたとしても、また災害や争いで全てが無に帰すと考えているだろうからです」

「そうですか」

「……パズルをした事がありますか?」

「えぇ。兄が――いえ、幼い頃にはよく……」

「では、わかるでしょう。完成間近で突然鳥にピースをくわえていかれたり、誰かに蹴とばされたり、そんな現状にうんざりし、自分で集めたピースをバラバラに壊してしまう。積み上げてはやり直し、バラバラになるたびに欠けていくピースに人々は出来上がりを描けなくなったのです――希望がないのです」

「希望がないなど……それは甘えです」

 そのような問答をしてみたり、別の日には、

「失礼ですが、先代王の事が嫌いなのですか?」

「嫌い? さぁ……何故です?」

「悲しんでおられない御様子なので」

「そう見えるのならば、そうなのでしょう」

「何かあるのですか?」

「……さぁ、もう遠すぎて……忘れました」

と、少し踏み込んだ事を聞いてみたりもした。

 王女が関心を持ったかどうかは定かではないが、ある程度この国の現状に到るまでの経緯を話聞かせると、次はこのような話もしてみた。

「この部屋の本など読みつくしたのではないですか?」

「えぇ。すでに七度ずつは読み返しています」

「飽きないのですか?」

「飽きるということはありません」

「何度も同じ文章ばかり読んでもつまらないでしょう。読むたびに感情移入する登場人物を変えたとしても、物語は変わらない」

「物語の結末などどうでもいいのです。そこに人が居れば、一つの事件も見方は変わります。ある者にとって正義だったものが、ある者にとっては悪となる。それに気がつくだけで有意義に読書をすすめられるでしょう」

「人間に興味があるのなら、街へ出て――いや、まず部屋を出て多くの人間と関わりを持つべきです」

「街の人間についてはパンクが説明してくれたではないですか。城砦内の貴族については関わりを持たずとも知っています」

「どのような事を知っているのですか?」

「貴族たちは己の権勢を拡大させ、それを振るうことにしか興味がありません。どれほどパイが小さくなろうと、自分がどれだけそれを確保できるかしか考えないのです。そして自分より弱者をいたぶるためにそれを使う」

「カール公爵のように、この国のためを思っている方もおられます」

「そうですか。そなたはカール派なのですね」

 おそらくこの王女は愚鈍ではない。

 知識を与えれば、それを教養に変え使えるものにする聡明さを持っている。

 パンクはそう思ったが、ならば何故――とも思う。

「失礼な質問をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「そなたが許しもなく、今この部屋に存在する事自体、失礼を通り越し無礼なのですが」

「では、無礼ついでに訊ねます。どうしてそのようにやる気がないのですか?」

「やる気?」

「えぇ、女王になるのです。やろうと思えば何でもやれるでしょう」

「別にやりたい事などないですから」

「希望のない国民に希望を与えるのがあなたの役目でしょう?」

「私の役目? それは違います」

「では誰の役目だと?」

「そなたの言葉を借りるならば、やる気のある人間の役目です。私はずっと役目を果たしてきました。これからも役目を果たし続けるでしょう」

「部屋の中で本を読み続けるのが貴女の役目ですか?」

「私は生まれたときから王女であり、王位継承権一位になってからも出しゃばらず押し黙ってきました。私に王位を継承させたい者の人形としての役目をこれからも果たすでしょう。それが私の生涯をかけて務める役目です」

 王女メロウは声を荒げるわけでもなく、静かにそう言い切った。

「貴女が本当に望めば変えられる」

 パンクの言葉に王女は答えなかった。

 パンクはそんな王女を強引に市街へ連れ出しもした。

「どうしてこのようなものを纏わなければならないのですか?」

「貴女の身を守るためですよ。市民は今、享楽のみにふけっておりますので」

「……くさい……獣の臭いがしますよ」

「私の友人が言うのにはそれこそ人の臭いだそうです」

「馬車はないのですか?」

「御自分の足で見てまわれば、少しはお兄様と同じ景色が見られるでしょう」

「――私に兄などおりません」

「……そうですか。では、そうなのでしょう」

「……王家の家系を知らぬとは。今後、そのような勘違いをした場合、二度と口が聞けぬようになると思いなさい」

「肝に命じておきましょう」

 パンクたちは城砦の東にある小さな扉から森へと出た。

「どうして正門から出ないのですか?」

「さすがに通して貰えないでしょう」

「私は誰にも顔を知られていませんよ」

「私が知られているのです。私の任務も知られている。となれば、横にいる襤褸を纏った小さな少女が誰かも自ずと知られてしまいます」

「それにしても、こんな道もないところを……」

「随分と人が通っていないですからね。あの扉の事も今や知る者も城砦内には他にいないでしょう」

「しかし、なぜ森へ入るのですか? 市街へ東の城門から入るのならば城壁沿いに進めばよいではないですか」

「城壁沿いにはいつ仕掛けられたか分らない古い罠が多数仕掛けられているそうですよ。それに、こうやって木々の枝に顔をなぶられ、根につまずきながら、鳥を追って歩くのもたまには良いでしょう。図鑑などは読まれないのですか?」

「私に知らぬ事などありません」

「では、あの鳥は?」

「……オオルリ――いえ、コルリの雄です。ほら、首からお腹にかけて白いでしょう。オオルリはお腹だけなのです」

「嬉しそうにお話しますね。何か思い入れでもあるのですか?」

「……本当にそなたは嫌味な男ですね」

 二人は森を抜け、市街東南地区への城門へと辿り着いた。

「見張りはいないのですか?」

「昔は一人、二人いましたが……今は北と南の守りで精一杯ですから。貴女の親衛隊さえ三人なのですよ。兵員の不足は深刻です」

「そう言えば、あとの二人は?」

「今日は暇を与えました。あの二人はサンマリノ派ですからね。私達が市街へ出て襲われれば、それはそれで良いのです。喜んでどこかへ行きましたよ」

「……次期女王と言えど、この程度の扱いです。いくらそなたが私にやる気をださせようと、私の声で動くものなどありません」

「次期女王と言えど、貴女は何者でもありませんからね。私も十六歳の時に武術大会で優勝しました。そして、初めて多くの者に認められたのです。貴女はまだこれからですよ、王女様」

 東南地区から中央地区への大通りを歩きながら、通りに並ぶ民家の向こうから聞こえてくる嬌声に耳を貸す。

「あれも希望を失くしたために?」

「まぁ、行為自体は昔と変わりませんが、心持ちは違います」

「そなたの話ですと、道に人が寝転がっているのではありませんでしたか?」

「それは数年前の話です。今は自然回帰教というのが食料を配っているため、屋内へと場所を変えています」

「しかし、お腹が減っていると道で寝転がるのは何故なのです?」

「海賊が略奪してきた食料を、向こうの海岸で受け渡していたのです。それを少しでも余力の残っている者が荷馬車を引き、通りでばら撒く。それを受け取るためにです」

「そうですか……しかし、聞いただけではもっと酷い有り様を想像していたのですが」

「酷い有り様とは?」

「虫が飛び回っていたり、人々が道端で酒や煙を呑んでいたり。街並みも暴動が多発したにしては綺麗なまま残っているではありませんか」

「街並みに関しては路地を一つ入れば崩れ去っている所も少なくありません。港の方へ行けば復旧作業の途中で投げ出されたままの家々も多く残っています」

「では、行ってみましょう」

「やめておいた方がよいと思います。今の貴女が見たところで多くの事を感じる事は出来ないでしょう。以前を知らないのですから。この十年ほどでこの国は大きく変わったのです。それから目を背けてきた貴女にはもはや手遅れです」

「……では、なぜ私を連れてきたのですか?」

「言った通り、貴女はこれからなのです。今のこの景色を目に焼き付けておけばそれで良いのです。これが貴女の国なのです。それに――」

「それに――なんですか?」

「戴冠式の前にはまた来ましょう」


 そして、戴冠式の前日、二人はまた同じ道を通り、同じ場所へ来た。

 そこには無数の乳児が道に転がっている光景が広がっていた。

 王女はパンクに問いかける。

「これは一体……?」

「これが貴女の国なのです」

「どういう事ですかっ!」

「人々は信じるものを間違ったのです。泡沫の夢は醒める……それが良いものに思えれば思えるほど、目覚めた時の世界に深く絶望するのです」

「そなたはこうなる事を知っていたのか!?」

「性交を行えば子どもができる。誰でも知っていることでしょう」

「……どうして止めなかった……?」

「止める? 私が? 親衛隊長でしかない私に何ができます?」

「ならば、せめて私に言ってくれれば――!」

「言ったところで何ができるのですか? それに私は信じていたのです」

「信じる? ……何を」

「人々が生まれた我が子を育てるという選択をする事を」

「そのような――」

「自分で選ばなければならないのです。命を育み、明日へと繋げる事を」

 王女は近くにある汚れた乳児に手を伸ばしたが、身体が震え触れる事が出来ない。

 そんな王女の頭にポンっとパンクは手を乗せる。

「生きていれば何の怖さも感じず触れられます。しかし、死体に触れるというのは、それが身内であっても怖ろしいものです」

 王女は屈みこみ、しかし、乳児の死体には触れられず、嗚咽を洩らす。

「貴女はこれからなのですよ、女王様」

「……私は……」


     ※※※


 王女メロウは戴冠式に姿を現すことなく、女王メロウとなった。

 戴冠式には代わりの少女が用意されたが、その娘が王冠をのせようとも誰も気付かず式は滞りなく終わり、市街へのパレードへと出て行った。

 私――フランク・シュタイナーが思うに、普通ならば王女メロウは心を入れ替え、政務にはりきるところだが、実際の歴史はそうではなかった。

 きっかけさえあれば――我々人間はよくそのような言葉を口にする。

 しかし、きっかけなどあろうとも、人はそれほど簡単には変われない。

 もし、私の書いているこのパンク伝が売れに売れ、私に巨万の富をもたらそうとも、それで私がこの下衆な仕事から足を洗い、慈善事業に励むだろうか。

 逆に、出版さえされずこの原稿用紙が無価値な紙くずになれば、私は自暴自棄に陥りこの汚い仕事をさらに汚いやり方で取り組み、ささやかな憂さ晴らしに興じるだろうか。

 おそらくそのどちらでもないだろう。

 私はどちらの場合も目の前の仕事――しなければならない事を淡々とこなすだろう。

 何故なら私には明日がある。

 今日の歓喜を明日の絶望に変えぬため。

今日の絶望を明日の歓喜に変えるため。

明日を夢見ながら今日を過ごすだろう。

だが、この世でもっとも深い絶望の中に立たされている彼女には明日が見えなかった。

パンクがメロウに見せた現実は人を奮い立たせる景色ではなく、人に歩む事をやめさせる景色だったのだ。

それをパンクが狙っていたのかどうかはわからない。

部屋の中に閉じこもり、己の運命を受け入れるだけの少女を本当に教育し、変えたかったのかもしれない。

しかし、この地下室に収められている史料として残っている歴史はこうだ。

パンクはその一年後のフルートゥ暦一三八八年、親衛隊長とともに近衛隊長を兼務し、城砦内の兵士その全てを管轄下に置く立場となる。さらに、人前に姿を現さない女王メロウと唯一謁見できるため、女王の勅命を代わりに貴族に伝える役目も負った。

当然、女王メロウは国政を放棄しているため、全てはパンクの思い通りとなる。

だが、未だサンマリノ侯爵やカール公爵の力は大きく、パンクはそこでふんぞり返って横暴な命令を下せたわけではなかった。

害虫の襲来以来、機能していなかった政治を正常と呼べるものに変えるため、まともと思える政策を打ち出さなければならなかった。

その始めとして出されたものは、海賊の徹底的な駆逐というものだった。


 Ⅱ  失脚  フルートゥ暦一三八九年 ピオニーの月


その日、大広間には有力貴族と軍幹部が集められ、主のいない玉座を外に円座していた。

「女王はこの一年の海賊退治の結果に大方満足していらっしゃる。しかし、未だに根絶やせぬ事に心を痛めもしている。海軍司令長官にそのあたりを説明して貰おう」

 パンクはもっとも玉座に近い席に座り、議事の進行をはかる。

 いつもならばその席はカール公爵のものだが、ここ一月程体調をくずしこの日は欠席していた。

パンクの問いかけに、海軍司令長官より先に、サンマリノ侯爵が苦虫を噛み潰したような表情をして立ち上がる。

「その前になぜそなたがそこに座っているのか答えてもらえぬか? カール公爵の御加減が悪いのならば、そこに座るのは私であるのが筋ではないか? なぜ、近衛隊長ごときがそこに座っている」

 それにパンクは座ったまま答える。

「円座しているのです。どこに座ろうともそれに意味はないでしょう。それよりも、現状について説明していただけますか? 司令長官よりも、市街南部を統括している侯爵に聞いた方が手間も省ける」

「どういう意味だ?」

「もしかすると海賊を根絶やしに出来ないのではなく、根絶やしにする気がないのかと思いまして」

「なんだと? 私が海賊と取り引きしているとでも言うのか?」

 サンマリノ侯爵は大きな声で笑いながら自らの派閥の貴族たちに、パンクへの野次を目配せで指示する。

「そもそもこの政策が間違っているのだ。市民は海賊からの密輸品によって生きながらえている」

「そうだ。それがなくなればどうやって市民を生かすのだ」

 それらの野次にパンクは厭きれた様な薄い笑みを返す。

 それを見た貴族たちは、およそ会議では使われる事のないであろう、ただ汚いだけの罵声をあげはじめた。

(そもそも論で論じるならば、害虫被害にあったとき、貴様ら市街の南に利権を持つ貴族が、街を焼き払うことに反対しなければこのような事にはなっていないのだ)

その罵声の中を、海軍司令長官が立ち上がる。

「現状の不始末はひとえに私の不徳のいたすところであります、パンク様」

 視線が集まる彼に、パンクが質問する。

「徳で海賊は捕まえられぬだろう。何か具体的な原因は判っていないのか、バロック長官?」

「なかなかに手強い海賊団がありまして――エイジズと名乗っております」

「それで?」

 パンクが先を促すも、バロックは言いよどむ。

「会議なのだ。黙っていては進まぬぞ」

「……一つ質問してもよろしいでしょうか、パンク様?」

「私に答えられるものならば」

「海賊を駆逐した後、女王陛下はどうするつもりなのでしょうか?」

「女王陛下はこの国を以前のように活気のある国に戻したいと仰っている。そのために海賊を駆逐し、近海の安全を保障することによって異国との交易を再開したいとお考えだ」

「ならば、海賊の駆逐後も商船の安全を図るため、海軍は継続して戦力を保たなければなりませんな」

「もちろんだ――」

 サンマリノ侯爵がパンクとバロックの会話にわりこんだ。

「もちろんだ。あんな険しい北の山岳地帯に兵員を送り込むくらいならば、海軍の増強をするべきだ」

 その発言に取り巻きの貴族たちが賛同の声をあげる。

 サンマリノ公爵はさらに言葉を続ける。

「民衆が暴動も起こせぬほど弱っている今、城砦内の兵士さえ必要ないではないか。海賊の駆逐を声高に叫ぶならばどうして兵員の配置転換をしないのだ。それが最善の策ではないか」

 沸きあがる拍手が収まるまで待って、パンクが発言する。

「海軍司令長官バロック殿も同意見かな?」

「私の意見は少々異なります。兵員の再編成などしなくとも、指揮系統の一元化さえなされれば、存分に海賊と戦えましょうし、その後の抑止力の役目も充分に果たせましょう」

「つまり?」

「今のやり方では十ある戦力を三か四くらいしか発揮できません。それを是正する事が肝要かと思われます」

「どう是正する?」

 パンクは不敵な笑みを浮かべる。

(言ってしまえバロック。あとは私がどうにかしやる)

「……私は政治家ではないので……女王陛下の御裁可にお任せいたします」

 バロックは顔を伏せ答えた。

 しかし、それに黙っているサンマリノ侯爵ではない。

「勝手に軍機構を変えるなど許されぬぞ! 兵権は各諸侯に委ねられているはず。女王と言えど、それに手を出すなど前例がない!」

「それも重ねて伝えておきましょう、サンマリノ侯。では、三日後またお集まり願います」

「女王自ら御出でにならなければ、貴様からの言伝では絶対に許さぬぞ!」

「……では、三日後」

 パンクは近衛隊長である証の直垂を翻し、なおも背中に聞こえるサンマリノ侯とその一派の批難の声を振り切り、奥の扉から大広間を退出する。 

 大広間を出ると、そこにはテクノが控えていた。

 テクノはこの時、バロックの副官になっていたため、本来ならばパンクが出てきた奥の扉でなく、正面扉の向こうに控えているはずであった。しかし、奥への通路はパンク以外誰も通れないため、その事に気付くものはいなかった。

「おそらくバロックに危害を与える輩が現れるだろう。殺さずに捉えろ。絶対にだ。三日後の会議で糸を引く者の名を挙げさせろ」

「かしこまりました。それからバロック様から伝言です」

「なんだ?」

「女王が市街にあるとある酒場に足繁く通っているようです」

「何かあるのか?」

「……御自分の目でお確かめになられるようにと……」

「バロックがそう言ったのか?」

「はい」

「面白い。たまにはそういうのもいいだろう」

 テクノから小さく折り畳まれた紙を受け取ると、パンクはそれを胸にしまい通路を奥へと女王の部屋へと向かった。

 部屋の扉を開けると、慌てたようにメロウはベッドの上に飛び乗り本を開く。

「そのような靴で飛び乗ると汚れてしまいますよ」

 メロウは慌てて汚れた靴をスカートの中へと隠す。

「何をしているかは知りませんが、最近よくお出かけになっていらっしゃるようで」

「そなたが外へ出ろと言ったのではありませんか」

「しかし、城砦内ならまだしも、護衛もつけずに市街へ出るのは――」

 部屋の中に何かないかと目を走らせる。

「人の部屋をそのような目で探るのは感心しませんね。なにか用があるのですか?」

 本を慌てて閉じベッドから机の方へメロウが歩くので、パンクはそれを目で追う。

「えぇ。三日後の会議に出席して頂きたいのです」

「政治はそなたに任せています。よしなに」

 備え付けの椅子ではなく、机に腰をかけ落ち着かない様子でメロウはパンクの退出を促す。

 だが、パンクはすっとメロウを視線の中心に据えたまま動かない。

「まだ何か?」

 メロウは部屋の中をキョロキョロと視線を泳がす。

 部屋の中に何かを隠している事はパンクにも当然のように判ったが、それよりも気になる事があった。

 パンクはベッドへと近づき本を拾い上げる。

 それは離れ離れにされた王子と姫が、王子の苦難の冒険の末結ばれるというごくありふれた御伽噺を綴っているものだった。

「……二年前、私とともに見た市街の光景を覚えていますか? あれからというものこのような夢物語はお読みにならなくなったはずではありませんか。それがどうして今になって?」

「絶望の淵を歩いていると、たまには光を見上げてみたくなるものです」

「そのような光がまやかしだと気付き遠ざけていたのは貴女でしょう」

「どんなに深い傷もいずれはふさがりますよ」

「外で何かを見てきましたか? それとも、何かがあって外に御出になられるようになったか……いずれにせよ、貴女がやる気になったのは私にとっても好ましい」

「問題がないのなら……」

「しかし、やる気になったのなら、まずはご自分の立場で出来る事をするべきです。貴女は何でも出来るのですから」

 そう言うとメロウの表情が変わるのが判った。

「……そなたはそう言いますが、王族など実際には何も出来ないではありませんか。重臣たちの言う事を聞き、自分の意思ではなくとも最終決定の責任を負わされるだけの存在。私はそのようなものお断りです」

「では、どうするのですか?」

 メロウが何のために市街へ出ているのかは判らない。

 一度目を背けた景色の中に何を求めて自分を溶け込ませようとしているのかも判らない。

 しかし、メロウが何かを感じて自分で何かをしようというのならば、それを手伝うことはできる。

「……どうもしません! 何もしたくありません!」

だが、メロウがこのような強い拒絶を示すのならば、パンクにはどうしようもなかった。

 差し伸べた手を払われて気分を害したのでも、メロウの意識改革をするのに疲れたわけでもなかったが、この時のパンクは目前の仕事を片付けるために、メロウの教育をなおざりにしてしまった。。

「……三日後の会議にご出席下さい。そこで何を喋って頂くかはこちらで用意しますので、貴女はその通り重臣たちの前で命令を下し、余計なことは何一つ仰らなくて結構です」

 言ってそれに気付き、パンクはメロウの方を見る事が出来なかった。

 しばらく返事を待ったが、返事はないようなのでそのまま部屋を出て行こうとした。

「……ほら、結局そういうことなのです……」

 その言葉に足を止めようとしたが、言い訳は心の中だけで済ましてしまった。

(充分待ったはずだ……伝えるべきことも伝えた……だが、奴らを一掃するチャンスを逃すことは出来ない。これさえ済めば、もう一度貴女に賭けることもできるのです)


 それから三日後、会議は二年ぶりの御前会議となった。

 女王メロウは座り慣れていない玉座に居心地が悪そうに坐す。

 他の重臣たちも今日は二列に向かい合わせて座っている。そのどの顔にも、自分たちの隣に座っているのが本物の女王陛下なのかどうかという懐疑の念を貼り付けていた。

 しかし、パンクとしてはそのような事は瑣末な問題であった。それよりも、この三日の間テクノから何の報告もなく、大広間にバロックが姿を現さない事に焦っていた。

 女王陛下の前であるというのに、ヒソヒソと雑談を始める者が出てきたところで、サンマリノ侯爵がニタニタとした笑みを浮かべ独り言のように呟く。

「……何か事故にあったのかもしれんなぁ……」

 クスクスと笑い声が侯爵の周りから起こる。

 おそらくバロックに何か仕掛けたのだろうが、パンクには違和感があった。

(なぜ、わざわざ口に出して注意を引こうとするのだ……?)

「ところで近衛隊長殿、そちらにおわす方は我等が女王陛下で間違いないのかな?」

 他の貴族から、侯爵のこの発言に対して無礼を批難する声は上がらなかった。パンクもそれは予想していたので、感じた違和感を消し去りすぐに切り返す。

「侯爵、貴方はこの場であの椅子に座る勇気がありますか? もし、あると仰るのならば今すぐ座ってみればいい」

「くっ……私が言いたいのは突然誰も見た事のない女を連れてこられて、これが女王だと言われてすぐにはいそうですかとは言えぬということだ。何か証拠となるものを出してもらわねば、これは無礼やなんだという前に国家の最重要事項なのだ」

「侯爵は女王陛下の幼い頃に何度かお会いになっていらっしゃるはずですが」

 パンクはメロウの方へ視線をうつす。

 それに反応してメロウは紙に書かれた文字をただ読むように声を出す。

「ええ。そうです。何度か食事をともにしました。私の誕生日には本も贈ってくださいましたね。八つの時には『盗賊と花束』を。九つの時には『白い壁の部屋』を。十の時には『白昼夢症候群』を」

「間違いありませんか、侯爵?」

「そのような事は本人でなくても分かることだ。それに会った事があると言っても、もう十年近く前の事で私も目の前の女性があの頃の少女と同じだと確信を持って言う事は出来ぬ……誠に残念で申し訳ないことだが……」

 メロウの下手な役者のようなたどたどしい台詞回しに、別人であると確信しているのか侯爵は余裕をもって返す。

「では、どうすれば御納得いただけますか?」

「簡単な事だ。女王陛下と面識のある者を連れてくればいい」

 パンクは首を捻る。

(面識のある者だと? 私以外だと侍従の二人、あとは――)

「もちろんパンク殿は数に入れてはなりませんぞ?」

 侯爵の言葉にまたもクスクスと笑い声が上がる。

 パンクは女王の隣に控える二人の男を見た。

 すると、その二人も同じようにニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 返答は予想出来たが、パンクは二人に問う。

「親衛隊である貴様らならば、この方が女王で間違いないと知っているだろう?」

 それに片方の隊員が予想通りの返事を返す。

「ええ。私達はこの方を女王様だと教えられ、この二年警護についてまいりました。しかし、二年前からすでに影武者だったのではないかと問われれば、それを否定する判断材料を持ち合わせておりません」

 サンマリノ派である彼ららしい回答に、苛つきを覚えながらもパンクは言った。

「では、永らくお仕えしている侍従たちを呼びましょう。それならばよろしいですね、サンマリノ侯爵?」

「もちろん結構だ」

 奥の扉の向かうに控えている者に侍従を呼びに行かせ、パンクは考える。

(こうすれば済むことだ。しかし、親衛隊の二人にあのような発言をさせるだけであれほど勝ち誇ったような顔をしているのは何故だ?)

 玉座に目を向けると、メロウが震えている。

 人の目に触れる事に慣れていないせいだろうと思ったが、今日だけはなんとしても女王として振舞って頂かなければならない。それに、もしかするとこれがきっかけで女王として目覚めるかもしれない。パンクはその事もまだ諦めてはいなかった。

この国を蝕む貴族どもを排除する。それからゆっくりとでも自分の運命を受け入れる器さえ作れば、民心を理解する事の出来る女王となるだろう。それが出来る繊細な感受性を持っているとパンクは感じている。

だが、なんにせよ今日がうまくいかなければ、女王もパンク自身も終わりだ。

城砦内の近衛兵を率いてサンマリノ侯爵の私兵と戦うことも、自分一人で戦うことも出来るが、パンクには国民同士で傷つけあう気も、国民を己の手にかける事もしたくはなかった。

「申し上げます――!」

 突然、大広間の正面扉が開き、一人の兵士が入ってきた。

「――申し上げます! 女王陛下御付の侍従二名、両名ともそれぞれの部屋で首を吊って自害されております!」

 この報告に驚きの声をあげたのは、その場にいた半数程でしかなかった。

「首を吊って……だと?」

 殺されるのならまだしも、自殺とは考えづらい。

「はい。まだ確認中でありますが、部屋に何者かと争った跡もなく自害とみて間違いありません」

「毒物で殺された後、運ばれて吊るされたのかも知れぬだろうが!」

 パンクは自分でも驚くほどの大声をあげてしまう。

「い、いえ、毒物は……詳しく調べてみない事にはわかりませんが、首吊り特有のチアノーゼを起こした顔と首に食い込んだ縄を外そうとした痕が爪と首に残っておりましたので……」

「では、誰か別の者に吊るされたのかも知れぬではないか」

「それも、台座の転がり方と部屋の状況から――」

「どけ! 私が直接調べる!」

 パンクは大広間を飛び出そうとするが、サンマリノ侯爵に制止される。

「いけませぬな、パンク殿。言ったでしょう? 我らは今、国家の最重要事案について語り合っているのです。それをたかが侍従二人が自殺しただけで抜け出そうとは。そちらは兵士達に任せ、パンク殿はパンク殿の仕事をなさりなさい」

「城砦内で人が死んだのです。これは近衛隊長として重要な任務だと思いますが」

「ならば、これはパンク殿の責任問題として扱う事になりますな。いかがでしょうか、女王陛下? ……あ、いや……貴女が女王だと証明出来る者はいなくなりましたな」

 大広間にサンマリノ侯爵の高笑いが響き、報告に来た兵士は身の置き場もなく視線を彷徨わせている。

「さて、パンク殿。まずは偽りの女王を連れてきた事をどう釈明するか。まぁ、釈明したところで大罪であるがね。城砦内で人死が出た事など霞むような大罪だ」

 パンクは答える。

「……カール公爵を呼びましょう。この国で女王を証明出来るのはもはや公爵しかいないでしょう……」

「病床に伏せる公爵を連れ出すのは如何とも思うが、それしか方法がないのならやむを得ない。おい、連れてまいれ」

 サンマリノ侯爵は報告に来た兵士にそう告げる。

「事故に遭わなければよいですなぁ……」

「貴様! そこまでやるか!?」

 パンクは侯爵に掴みかかる。

「ここで私に暴力を振るえば、市街に控える我が兵が黙っていないぞ? 国内で戦争を始める気か?」

 そう言われてはパンクも下がらざるを得ない。

「もし――これは例え話として聞いてもらえばよいのだが――カール公爵に女王の証明が出来なかった場合はどうするつもりかな、パンク殿?」

「その時は……」

最悪の事態として用意していた言葉だったが、パンクはその先を言うのを躊躇った。

「その時は?」

「……ノーツ伯爵領に引き取られた女王陛下の兄であられる殿下にお越しいただく」

 パンクの言葉に広間内は静まり返った。

それは市街で苦しむ市民のうめき声すら聴こえてきそうな完璧なる静寂だった。

 その静寂の中をパンクは続ける。

「もちろんあちらは簡単には納得して頂けないでしょうが、事情を説明すれば不可能なことではないと考えられます。それに伯爵領に引き取られて、およそ十年……そろそろ女王陛下もお会いしたいでしょう」

 メロウに厳しい視線を送り、話を合わせるように威圧するが、メロウは口をもごもごと動かすだけで声を出せないでいる。

「パンク殿。脚本にない事を女優に求めるのは酷というものですぞ。そもそもなんと仰った? ……女王の兄? 女王の兄などと仰ったか? 女王の兄がノーツ伯爵領に人質として送られたと? 滅多な事を言うものではありませんぞ。女王陛下に兄弟などおりません。それはここに重臣一同共通の見解だと思われるが、どうですかな?」

 その場にいる重臣たちはパンクとサンマリノ侯爵の会話が全く理解出来ない様な表情をして、近くの者とざわめきだした。

 パンクは混乱する。

「貴様らが追い出した王子ではないか!? ビャーナナとの戦争を終結させるためノーツと同盟を結び、さらには目の前にいるメロウ様を女王にするために人質に出したのだろう! それを今さら白を切る気か!?」

 パンクの叫びも貴族たちのざわつきを大きくするだけで、何の効果も得ない。

「無礼にも程がある。ここにいるお歴々方は先王の頃からの重臣たち。それに対しそなたはつい二年程前にやっとこの大広間に出席できるようになった身ではないか。それが何を知った口をきいているのだ? 我らが知らぬ事など歴史には存在しない。我らの知っていることこそ歴史なのだ。あまりに妄言が過ぎるようだと即刻退室願うことになるが」

 パンクは貴族たちの顔を見回すが、どの顔も演技をしているようには見えない。

 本当に何も知らないかのかとも思ったが、そんな事もありえない。

 城砦の内外を問わず、あれほど活発に動き回っていた人間を誰も知らないはずがない。

しかも、王子なのだ。

御生誕の際にはそれなりの祝賀式典も催されているはずだ。

「顔色が悪いようだが、パンク殿? 少し休まれた方がいい。おい、連れて行け」

 侯爵の指示に親衛隊の二人が両側から挟み込むようにパンクに迫る。

「……カール公爵ならば全てを知っておられる……」

 女王メロウを玉座に座らせ、テクノにバロックを襲うであろう者を確保させる。そうすれば、サンマリノ侯爵を失脚させることが出来る。

そう考えていた。

 だが、パンクの企みは何一つうまく行くことなく、逆に自分が窮地に陥っていた。

 パンクは自分の無力さと無能さが歯痒かった。

 頼みの綱は病床についたカール公爵ただ一人。

 しかし、おそらくその最後の望みもサンマリノ侯爵の手によって潰されているだろう。

 パンクはいっその事、この場でここいる者全てを斬り捨ててしまおうかとも思った。

 そうすれば細かい事を裏で画策せず、簡単に自分の手でこの国を導くことが出来るのではないかと。

 比類なき最強の剣士なのだ。

 誰にも邪魔はさせない。

 誰にも邪魔は出来ない。

 そこまで考えて大広間では帯刀を許されず、入り口で預けていたのを思い出す。

 そんなパンクに対し、親衛隊の二人は刃を向ける。

「なぜ帯刀している? ここは大広間だぞ?」

 それに親衛隊の一人が答える。

「隊長は会議の出席者でありますが、我らの仕事は警備ですので」

「私に刃を向けているが、覚悟はあるのだな?」

「御自分の部下を脅すのはやめなされ。そんな事を言っても状況は変わらぬ」

 サンマリノ侯爵はそう言ったが、刃を向けている本人である親衛隊の方はパンクへ近づく事が出来なくなっていた。

「カール公爵が御到着になるまで隊長には、動かないで頂きます。仮に我らの剣を奪うような動きがあれば、こちらも覚悟を持って対処させて頂きます」

 微かに震える親衛隊員声が緊張感を生む。

 その時、大広間の扉がゆっくりと開かれた。

 おずおずと先程の兵士が入ってくる。

「公爵はいかがした?」

 サンマリノ侯爵の声は微かに上擦っている。

 それが期待通りの返事を兵士に乞うが故なのか、場の緊迫感のためなのかはパンクには判断がつかない。

「……ご逝去なされました……」

 侯爵の顔に抑えきれない歓喜の表情が浮かんだ。

「貴様――」

「隊長!」

 親衛隊の制止にも構わずパンクはサンマリノ侯爵の方へと駆け出す。

 一閃、さらにもう一閃。

 しかし、親衛隊二人の斬撃はパンクを捉えられない。

 周りの目からは一直線に最短距離を侯爵へと向かって見えたが、パンクはほんの少しだけ身体を捻り斬撃をかわしていた。

 そして、パンクがその拳の届く距離に入ろうかというその時、大広間内に声が響いた。

「やめろ、パンク!」

 聞き覚えのある声にパンクが声の方へと振り向く。

そこにはバロックとテクノ、それから海軍の軍服を着た兵士達数十名が立っていた。

「連れて来い」

バロックの言葉に二人の女と一人の男が引き立てられる。

「……サンマリノ侯爵……この男に見覚えは?」

 侯爵は答えない。

「ないわけがないですな。あなたはこの男の雇い主なのですから」

「そのような男知らぬ。第一証拠はあるのか?」

「この男があなたの名前を吐きました」

「それが証拠になるのか? 物的証拠がなければ話にならぬな」

「物的証拠? 私がこの男に襲われ、私自身がその場でこの男を捕らえたのというのに?」

「だとしても、私とその男を繋ぐ物的証拠がないではないか。その男がバロック殿を襲ったのならば、その男を始末すればよいだけの話だ」

「なるほど。では、こちらの女二人は?」

「知らぬな。その様に薄汚れた襤褸を纏った者たちなど、私が知るわけがない」

「では、パンク殿はどうかな?」

 パンクは跪いて顔を伏せている女達に近づき、顔を確認する。

「……女王付の侍従ではないか!? 間違いない」

 バロックはゆっくりと頷くとサンマリノ侯爵に詰問する。

「何故、首を吊ったはずの侍従が港にいたのでしょうか? この二人はサンマリノ侯爵が港に駐在する時に使用される館の一つに隠れていました。この事をどう説明してくださりますか?」

「勝手に忍び込んだのだろう。さっさと牢にでも放り込め。それと、バロック殿は何の権限があって我が館に侵入したのか、逆に聞きたいのだが?」

「私を襲ったこの男を追っていたら、逃げ込んだ先が侯爵の館だったのです。そこにこの二人も隠れていました」

「そんなはずはない――!」

 そう叫んで、すぐに侯爵は顔を蒼白にさせた。

「そんなはずはない? どうしてそんな事がわかるのです? 確かにこの男の逃げ込んだ先の館とこの女達の隠れていた館は違いますがね」

「そんな――そんな……」サンマリノ侯爵は近くにいた自分の派閥の貴族に当り散らす「どうしてすぐに始末しなかった!? この使えぬ奴らめ! くそ! くそぅ! このくそどもがぁ!」 

「近衛隊長殿。兵を集めて城砦内のサンマリノ侯爵邸を捜索に行った方がよろしいのでは? この場は私にお任せあれ」

 バロックはパンクに見せた事のない丁寧なお辞儀をする。

 その芝居がかったお辞儀にバロック自身は自分で笑っていたが、パンクはあまりの展開の早さに頭がついていかず、ただ息の漏れただけの返事しか出来なかった。


 バロックを襲わせた共謀罪を置いておいても、公爵を弑逆罪と女王陛下に対する不敬罪でサンマリノ侯爵は打ち首ものであったが、パンクはサンマリノ侯爵とその一派を城砦内からの追放にとどめた。

「お前は甘すぎるんだ」

 久しぶりにバロックの船でテクノを交え三人で酒を酌み交わす。

「詰めが甘いというか……俺がいなかったら失脚していたのはお前の方だったぞ? 俺がお前ならもっと楽に事が運べたというのに……だいたい女王に甘すぎるだろう。二年も教育してあれか? 見込み薄だな、あれは」

 バロックが何度目になるかわからない女王批判を繰り返すので、それまでは黙っていたパンクも言い返す。

「私の事は確かに甘かったが、女王はそれほど言うこともあるまい。あのような公の場で発言するのは初めてなのだ」

「だからぁ! そんな奴に自分の命運をかけてどうすんだって話なんだよ!」

 バロックの叩きつけたグラスが割れる。

「何故、貴様がそれほど怒っているのだ?」

「ホント駄目だな、馬鹿野郎。全然ダメだ、馬鹿野郎。サンマリノ一派がいなくなった今、城砦内の兵はお前の、海軍は俺の統轄下にある。山岳警備隊は中小貴族の寄せ集め私兵だが、この国の八割は俺達二人が握っているんだぞ? それがどういう事かわからんのか?」

「どうもこうもその通りの意味だろう。私達の理想の国を作る下地が出来た」

「あぁ、そうだ。その通りだ。だが、お前がそれ程甘いとうまくいくこともうまくいかん。時には強引と思えることもやらねばならんのだ!」

 バロックは割れたグラスの破片を拾うテクノの頭に手をのせる。

「見ろ! この静まり返った港町を。お前と最後にここで呑んだ時を覚えているか? 暴れまわる力も失くしてしまったんだぞ。女王の覚醒など待ってられんのだ。お前とテクノが異国の内偵任務に就いていた五年間で再生不能なまでに腐ってしまった……人間の魂がな。一刻も早くどうにかせねば……で、テクノ。ちゃんと伝えたのか?」

「はい。伝えましたが……」

 テクノは集めた破片を両手で抱え、それを見つめながら答える。

「何の話だ?」

「テクノから女王が市街の酒場に通っていると伝えられただろう。自分の目で確認していないのか?」

「あぁ、その話か。忙しかったのでな、後回しにしていたが……それほど重要な事か? 教育係としては見聞を広げるいい機会くらいにしか思っていなかったが」

「俺はこれから海賊退治に忙しくなる。女王の方はお前に任せるからな。注意を払っていろ……もう一度言っておくが、ここから先は甘さを捨てろ。いいか? 何があろうとも……だ」

 バロックはそういい残して船長室へと向かう。

「どうしたのだ、あいつは?」

「……何事も失ってからでは遅いのですよ、お兄様」

「フッ。久しぶりにそう呼んだな」

「あの五年間は自分を殺していましたから」

「……そうだな。あぁ、そうだ……誰かに期待するのはやめたのだった……」

「パンク様は優しすぎるのです。しかし、あの日々を忘れぬために――無駄にせぬために私からもお願いします。甘さはお捨て下さい。相手がどなたであろうと加減なさらぬよう……もしもそれが出来ぬ場合、私はお兄様にもらったこの短銃をお兄様自身に向けることになります」

 破片ごと握り締めたテクノの拳から血が滴る。

「あの無愛想だったお前がそのような事を言えるようになるから……私は女王メロウにも期待してしまうのだ……」

 パンクはそっとテクノの握った拳を開く。

「……期待してしまうのだ……どれ程地獄のような世界を見てこようと、あの兄妹なら何かを変えてくれるのではないかとな……私が逃げているだけなのかも知れぬが……」

「……わかりました……そうですね。お兄様はそれでいい……」

 テクノはパンクも見た事のない大人びた微笑を浮かべる。

(テクノ……?)


 Ⅲ  海賊駆逐  フルートゥ暦一三八九年 ハイドレインジアの月


 サンマリノ侯爵の失脚から一月が経った。

 その間、パンクは城砦内の侯爵一派を一掃した事により欠員となった役職の配置換えを行っていた。それまで閑職にまわされていた中小貴族の利害関係を調整するのに骨は折れたが、実権を握るパンクに表立って対抗しようという勢力は現れなかった。

 パンク自身の役職は親衛隊長兼近衛隊長と変わりがなかったが、これまで同様女王との取次ぎ役を務めていたので、政治的な権力も一手に担った。

 城砦内も落ち着いた頃、バロックからの報せがきたため、パンクは女王の居室へと向かった。

「失礼します」

 メロウはパンクの入室にも構うことなく、なにやらご機嫌そうに一人で枕を相手に踊っている。

 パンクはご機嫌な理由を聞いてみたが、メロウは鼻歌を奏でるだけで返事をしない。

「……まぁ、何があっても別によろしいですが、明日は私と出掛けて貰いますよ」

 そう言われてメロウはぱたと動きを止める。

「先約がございましたか? しかし、どのような約束事にも優先していただきます。女王としての運命を受け入れたのならば、やる事はやってもらわなければ」

「なんですか?」

「明日、海軍司令長官のバロックが近海最後の海賊団を拿捕する作戦にでるようです。それを城壁の上から眺めた後、バロックに労いの言葉を掛けてもらわなければなりません」

「私などに労われたところで嬉しくもなんともないでしょう」

「相手が嬉しいかどうかを考える前に、メロウ様が国のために戦う者を心から労うことが出来るかどうかの方が重要です。命を懸けて戦う者の姿を見ておきましょう」

 メロウは少し考えるようなそぶりをみせる。

「……そうですね。その通りです。しかし、どうせ見るのなら城壁の上ではなくもっと近くで見たいものです。大砲の音……すごいのでしょう? 近くで聞いてみたいわ」

 明らかにくだらない企みを練った事にパンクは気がついたが、それを了承した。

「では、市街西南地区まで行きましょう。あそこなら他の地区と違って安全ですので」

 メロウは含み笑いをしていたが、パンクは無視して退出した。

(何をそれほど浮かれているのだ……?)

 明朝、太陽も昇る前に二人は城砦を抜け出し、西南地区へと着いた。

 二人は薄紫色の空と深い藍色の海の狭間に目を凝らす。

 すでに海戦は始まっているらしい。

 東南地区に積荷を降ろすために停泊していたであろう海賊船三隻が、海岸沿いに西へと航行する。それを軍艦五隻が左翼を伸ばした陣形で海賊船が太洋に出るのを防ぎつつ追っている。

「こ、こ、こちらへ向かってきますよ、パンク!」

「えぇ、そうなるように追っていますから」パンクは南西の方角をさす「あのアナポー岬に追い込んで捕らえるのでしょう」

「大砲は!? 大砲は撃たないのですか!?」

 メロウは船が動いているのを初めて見たためか、興奮して声が上ずっている。

「海賊船の船足が我が軍より速いようですので、もうすぐ先頭の軍艦が取舵をとりながら威嚇射撃に出るでしょう」

「なぜ、向こうの方が速いとこちらが取舵をとって威嚇射撃なのですか? 取舵などとらずに一生懸命追いつくようにした方がよいではありませんか」

 パンクは思わず吹き出してしまう。

「何かおかしな事を言いましたか?」

 メロウは不思議そうな顔でパンクを見上げる。

「いえ、私も騎士学校の頃には女王と同じような事を考えていましたので……船員が一生懸命になったところで船足は速まらないのですよ。それと基本的に砲撃は側面を対象物に向けねばなりません。まぁ、見ていましょう」

 二人が戦況を見守っていると、先頭を走っていた海賊船が取舵をとりだした。それに対し先頭の軍艦も取り舵をとり二隻は撃ち合いを始めた。

 そのまま二隻が並走し撃ち合いが続くかと思われたが、軍艦の方は舵を戻さず隊列の最後尾につけるよう弧を描く。そこへ海軍の二番艦が海賊船の側面に衝突し動きを止める。さらに擦れ違っていく海軍の三、四、五番艦が逆側面から砲撃をする。

「あれでまず一隻拿捕完了です。今のを見れば他の海賊船は転回しようなどと思わないでしょう」

「次はどうなるのですか?」

「あとは軍艦四隻で海賊船二隻を岬へ追い込み、転回しようとすれば同じようにぶつけていく作戦だと思います」

 パンクもバロックの艦隊戦を外から見るのは初めてだったため多少の不安を抱えていたが、一隻目の拿捕を確認すると安心して近くに腰を下ろせる場所を探した。

 しかし、戦況はパンクの言う通りには進まなかった。

「――後ろの海賊船が向きを変えましたよ!?」

 メロウの声にパンクは海上へと視線を戻す。

 すると、後方の海賊船が取舵をとり、船首を三番艦へと向けようとしているのが判る。

 そして、海賊船は四番艦に砲撃を始めた。

「あっ!」

 大砲の音にメロウが小さく声をあげると、四番艦のミズンマストとスパンカーヤードが甲板に倒れこむ。

パンクが呆気にとられていると、次の瞬間、今度はバウスプリットが吹き飛んだ。

 四番艦は舵をとることも出来ず、三発目の砲撃で艦底の火薬庫を狙われ炎上を始めた。

 二隻の海賊船はすぐに穴の空いた海軍の隊列に舟を滑り込ませる。

「あぁ! 逃げられてしまいますよ!?」

 パンク自身も動揺していたが、メロウがパンクの袖を掴んで狼狽しているので自分の動揺を抑える事ができた。

「どうするのですか!?」

「……私なら、三隻とも海賊船と並走するように取舵をとらせ、挟み込んで砲撃戦に入ると思いますが、しかし――」

「しかし、なんです!?」

「あちらの砲手がかなりの腕まえのため……危険なような気もします」

「では、このまま逃がしてしまうのですか?」

「態勢を整える事も時には大事です。無理押しして無駄な損害を出す事もない」

 隊列に割って入った海賊船二隻はありったけの砲弾を撒き散らしながら逃走を図る。

 しかし、バロックは動かなかった。

 正確には動かなかったわけではなく、パンクの思う通りには動かなかった。

 分断された三番艦は面舵をとり、海賊船の右舷側背から砲撃を始める。

 さらに最後尾を走る一番艦の船首砲塔カルバリンの連射によって、先に転舵した海賊船の船首船底に穴をあける。

 そして、五番艦は失速した海賊船に体当たりをし、後に続くもう一隻の海賊船の進路を妨害する事に成功した。

「何か絡まって見えますが……」

「いえ、あれで我が軍の勝利は決定しました」

 パンクは胸をなでおろす。

(……さすがに海が大好きなだけはあるな、豚野郎)

「……それにしても……」

声にパンクが視線を向けると、メロウが見上げながら呆れたような表情をしていた。

「パンク……そなたの解説はまったく当たりませんでしたね」

「私は海が嫌いなので……さあ、城砦へ戻りましょう」

 城砦への道のり、メロウのパンクをからかう声は静まる事がなかった。


 その夕、城砦の大広間でメロウとパンクはバロックを待つ。

 メロウも興奮が覚めやらぬのか、駄々をこねることなくすすんで玉座に座った。

 間も無く大広間の扉が開かれ、バロックが入場してくる。

 後ろにはテクノの他に三名が連れ随って入ってきた。

「バロック・フォン・バッハ三世、海賊駆逐の任を終え帰還しました」

「ご苦労様です」

 短い台詞とはいえ、メロウが自分以外の人間に自らの言葉で話すのを見て、パンクは思わずメロウを二度見してしまった。

「なんです?」

「いえ、何も……それで、後ろに連れている三人がエイジズとかいう海賊団の主だった者か? 何故、拘束していない?」

 三人は跪き俯いているため、パンクからは顔が確認できなかったが、身体の線の細さから内二人は女性である事はわかった。

 バロックがパンクに答える。

「こちらの三名は海賊団に囚われていたサーカス団であります」

「サーカス?」メロウが目を輝かせ身を乗り出す「サーカスというのはあれでしょう? 踊りや曲芸を見せて人々を喜ばせるという――」

「――女王!」今にも立ち上がりそうなメロウをパンクは制止する「して、海賊は?」

「船もろとも海の藻屑と消えました」

「何を勝手な事を! 海賊は市中引き回しの後吊るし首とするのが法であろう!」

「市中を引き回したところで、見せしめの効果はないでしょう。それはパンク様もよくお分かりかと……」

 パンクはバロックを睨みつけるが、バロックはそれを受け流してメロウに進言する。

「女王陛下。この者たちは永らく海賊に捕まっていたため、まともな食事にありつけておりません。法を軽んじた罰は私が引き受けますので、この者たちは一足先に食事へ行かせてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。それに罰など受ける必要はありませんよ。良い話の種が出来ました」

「話の種?」

 パンクはメロウに問う。

「いいのです。さぁ、パンク。よしなに」

 今一つ納得がいかないが、どのような命令であれ、メロウが自身の意思でこのように指示を出すことをパンクは好ましく思えた。

 パンクがテクノに向き直り指示を出そうとすると、サーカス団の一人がかすれた声で疑問を投げかけた。

「国民が貧困で喘いでいるというのに、私達だけが食事などとらせてもらっても良いのでしょうか?」

 一瞬メロウの返答を待ったが、言葉に詰まっているのを感じ取り、パンクが代わりに答える。

「……貴様らは国民ではないのか? 国民ならば施しを受けるのは当然であろう。遠慮するな、行け」

 テクノに合図をすると、サーカスの三人は大広間から退出する。

「それでは私も戻ります。あとは任せました」

 そう言ってメロウも奥の扉から出て行った。

 大広間にはパンクとバロックだけが残された。

「……何を考えている?」

「別に何も……では、事後処理が残っているので私はこれで退出させていただきます」

 バロックはパンクに背を向け、広間の入り口へと向かう。

「おい、バロック!」

 パンクの呼びかけにバロックは振り返ることなく呟いた。

「……女王は答えを持っていなかったな……」

 そう言い残し行ってしまう。

(何を考えている……?)

 人前で女王として振舞えたことは褒めてやっても良いと思ったが、バロックにあのように言われては説教の一つもしたくなる。

 パンクは苛立ちながらメロウの居室へと入った。

 しかし、そこにメロウの姿はない。

 パンクはすぐにテクノから受け取った紙切れの存在を思い出し、それに目を通す。

「……行ってみるか……」

 溜息混じりに呟きながらも、自分の知らない所で何かが動き出しているような感覚に、一抹の不安を抱いていた。


 紙に記された場所へ行ってみると、そこにはバロックの話の通り酒場があった。

 自然回帰教も消滅し、この時世に酒場を開くことが出来るという事は海賊と繋がっているか、もしくは――。

(――自分で密輸をしているか……だが、そんな事がはたして出来るのか? 近海最後の海賊団であるエイジズさえ捕まったのだ。バロックが見逃すはずが……いや……あいつが絡んでいるのか……?)

 パンクが店内を覗こうとすると、突然扉が開け放たれ人が飛び出してきた。

「っ!」

 フードを被った小さな身体の女性がパンクにぶつかり、店内へと跳ね返されてしまう。

「失礼。お怪我はありませんか」

 しりもちをついた女性に手を伸ばすと店内にはパンクの名を驚きと共に叫ぶ者がいた。

 パンクが視線を向けると、カウンターの向こうに女装をしたミュゼットが立っていた。

「これはミス――ター・ミュゼット。見目麗しゅうなられましたな」

「何をしに来たの?」

「言葉遣いも変わられて……人ごみの中で擦れ違ったとしても気付かないだろうな。まぁ、人ごみなどないのだが……立ち上がれますか?」

 床に腰を下ろしたままでいた女性の身体を引き起こす。

 一瞬、フードが舞い上がり女性の顔が露になるが、すぐに女性は顔を隠してしまう。

(……やはり居たか……しかし、誰が目的だ? ここにはミュゼットと若い女が一人、あとは……薄汚れた身なりの男……)

「ありがとうございます。それでは私は急ぎますので――」

「そんなに慌てずともよろしいではないですか。お詫びに一杯おごりましょう」

「いえ、ここのお酒は私の口に合わないようなので」

「そう言わずに」

「貴方に呑ませる酒はおいてないんだけど」

 ミュゼットがパンクとフードを被ったメロウの会話に割り込む。

「軍人さんがこんな所に一体何のようなの? ここは庶民の酒場なの」

「固いことを言うな。面白い噂を聞きつけてな。庶民の貴様らにも聞かせてやろうと」

 そう言ってパンクがカウンター席に座っている男の隣に腰をかけると、向かいの女があきれたように言う。

「今日は噂話がたくさんね。この国の軍人さんは噂話が好きな人ばかりなの? さっきも海軍のお偉いさんが――」

「クラシカ! 軍人なんかと口をきいちゃダメだって言ってるでしょ!」

「だって、さっきの人より偉かったら助けてくれるかもしれないじゃない。あの、失礼ですがどのような軍人さんなんですか?」

 クラシカと呼ばれた女の問いにパンクの隣に座っている男が答える。

「近衛隊長兼親衛隊長、そして女王の教育係さんでやんす。ちなみに、銃弾を斬りおとすくらいの剣の使い手でもあるらしいでやんすよ」

「紹介ご苦労。どこかでお会いしたかな?」

「おいら、さっき城砦の大広間であったサーカス団の一人でやんす。ロックというでやんす」

「あぁそうか。これは失礼した」

(この男が目的か? いやしかし、海賊船に囚われていたサーカス団と繋がりを持てるはずがない……だが、バロックが何か動いているとすれば……いや、バロックが動いているのならば、そもそもこの男がサーカス団というのが――)

「へー。じゃあ、かなり偉い人なんですね」

「この国をこんな風にした元凶よ」

 クラシカがパンクの思考の糸を遮り、さらにミュゼットが断ち切った。

「なんだと……?」

「そうでしょう? あれから何年経ったと思っているのよ」

「……十年近くだな……」

 ミュセットが軍を辞め、バロックと二人で軍に残りこの国を変えると約束してからもうそれだけの月日が流れていた。

 パンクは言い返す言葉なく黙っていると、ミュゼットも黙ったままなので酒場の中には気まずい雰囲気が充満していく。

 それを吹き飛ばすかのようにクラシカとロックが口を開く。

「そ、そうそう、面白い噂ってなんなの?」

「そ、そうでやんす。もったいぶらずに聞かせ欲しいでやんす」

 そう言われて、自分の罪の重さを感じつつも、今は目の前の問題を片付けるべきだと判断し、パンクは噂話の体で本題に入る。

「……最近、女王が城砦を抜け出し、お供もつけず市街を出歩いているらしいのだ。あぁ、私としては社会勉強のためにそれも悪くないとは思うのだがな。お供くらいはつけて欲しいが……」

 パンクがフードを被ったメロウをチラリと見る。

「だが、市街に出歩く理由が市街の様子を肌で感じ政治に生かすことではなく、どうやら男らしいのだ。国の政治もせず男とばかり会っていらっしゃる。以前より明るくなられたのは教育係と喜ばしいのだが……臣下としては……」

 メロウががたりと席を立った。

「どうしたでやんすか? 異国からの訪問者さん」

「ほぅ。こちらの方は異国からの訪問者であったか。わざわざ異国からこのようなところへ来るとは……こんな汚い酒場でなく城砦内に御案内しましょう」

「結構です。それでは急ぎますので、私は失礼します」

 メロウは足早に出口へと向かう。

「宿へのお帰りはお早めに。決して治安の良い国ではございませんので」

 パンクはメロウをそう言って送り出すと、クラシカたちに向き直る。

「しかし、異国の者が一人でどこへ行ったのであろうか?」

「海賊の残党狩りの話を聞いて飛び出していこうとしていたのよ」

「残党狩り?」

「ええ、今も海軍のお偉いさんに私達のレッタが――」

 クラシカがカウンターから身を乗り出し頭を下げる。

「レッタが連れて行かれたんです! むかつく奴だけど、私と一緒にここでミュゼットさんに育てられて……助けてやってください」

それにロックも合わせて頭を下げる。

「濡れ衣なんでやんす。おいらの仲間もその子を助けようと後を追って行ったでやんす。レッタちゃんは海賊じゃないでやんすけど、海賊を助けようとした人間も打ち首になるんでやんしょ? ポップの事もお願いしますでやんす!」

「こんな奴に何を言っても無駄よ、二人とも。十年かけて何も出来なかったんだから」

「でも、この人しか頼る人がいないじゃない! ミュゼットさんはレッタを見殺しにするっていうの!?」

 パンクは二人の願いに混乱した。

(バロックが酒場の娘を海賊の濡れ衣を着せ捕まえたのか? 一体何のためだ。それにメロウが残党狩りと聞いて飛び出して行こうとしたのは何故だ? 酒場の娘と知り合いなのか? いや、この酒場では異国からの訪問者だと名乗っているのならそれはない)

「……少し話が見えないのだが、もう少し詳しく聞かせてくれないか? いや、どうやら急いだ方がいいようだな。サーカスのロックといったか。君も来てくれ」

「おいらはお頭をここで待ってないといけないでやんす」

「お頭?」

「お頭もポップとは別に海軍の人についていったでやんすから。ポップがブルーズを追っていることをここで待って伝えなきゃならないでやんす」

「ブルーズ? ちょ、ちょっと待ってくれ。そのように人の名前ばかり出されても何もわからぬ。濡れ衣を着せられ連れて行かれたのがレッタ。それをサーカスのお頭とやらが追ったのだな?」

「そうでやんす。で、少し遅れてレッタちゃんを助けに行こうと出て行ったのがブルーズで、そのブルーズの後を追って行ったのがポップでやんす」

「さっきの異国の者はその中の誰かと親しいのか?」

 ロックが首を捻るので、クラシカが答える。

「ブルーズと仲が良いみたいだったけど……腕を組んでるの見たわ」

「ブルーズとは何者なのだ?」

「さぁ。一ヶ月ちょっと前から突然ここに入り浸るようになって……あの訪問者さんもその頃くらいからこの辺りでみるようになったかな」

 メロウが読まなくなった物語をまた開きだした時期と重なった。

 しかし、メロウの問題とは別に今度はバロックが何を考えているかの方がパンクには気になった。

「おい、行くぞ」

 パンクはロックの腕を引き立ち上がらせる。

「いや、だから、おいらは――」

「願いを叶えたければ、まずは自分が動くことだ。仲間を助けたいのだろう? お前もだミュゼット。酒場の娘を助けたければ自分でなんとかしろ」

 何も答えないミュゼットに背を向け、パンクはロックを引きずるように店を出た。

(なんにせよ、今夜は長くなりそうだ……)


 バロックが罪人を連れ城砦へ戻るならば、大通りで鉢合わせになるのは不味いとパンクは考え路地裏をロックと進む。

(バロックよりも早く戻らねば……しかし、テクノは何故黙っている……?)

 ほとんど走るようなスピードで路地から路地へと抜ける。

「ちょっと早いでやんすよ! それにあんた人を踏んづけてるじゃないでやんすか」

「道端に転がっている物体を人間とは言わないのだ。貴様も気にせずついて来い。仲間を助けたいのだろう」

「そうでやんすけど……こんなのってないでやんすよ」

「ならばどうする。サーカスに世界が変えられるのか?」

 パンクは速度を落とすことなく夕闇の路地裏を駆けていく。

 生きているか死んでいるかもわからない屍らしきものを越えて。

 路地裏には肉が潰れる音と骨の軋む音、そしてたまに低い呻き声のような悲鳴が鳴り響いた。

 ロックはそれらを避けて走ろうとしているのか、パンクとの距離が開いてしまう。

 仕方なくパンクは立ち止まりロックを待つ。

「……ブルーズとはどういう男なのだ?」

「はぁはぁ……そうでやんすねぇ、一言で言えば――掴みどころがない――でやんす」

「別に一言でなくともよい。もっと詳しく教えてくれ」

「うーん……詳しくと言ってもさっきチラッと会っただけでやんすからねぇ。酔っ払いのように何言ってるか解んない人でやんしたよ。でも、ホントに酔っ払ってるかと言われると怪しいでやんす。おいらたちを疑って――」

「疑われるような事があるのか?」

 ロックは何かをごまかすようにまた走り出す。

 パンクもすぐに追いつき、二人で並走する。

「……どうしておいらを連れてきたでやんすか?」

 並走しているため障害物を避けられず、ロックは悲しげにパンクに訊ねた。

「仲間が愚行を犯す前に説得して欲しいだけだ」

「レッタちゃんは?」

「そんな小娘のことはどうとでもなる。それよりもバロックとブルーズだ。もし、お前の仲間がブルーズといたならば、ブルーズだけを処刑台へ向かわせろ。でなければお前の仲間の命は保障できぬ」

「わ、わかったでやんす」

「城砦内へ仲間を入れるなよ。巻き込まれるかもしれぬからな」

「じゃあ、おいらはどこでポップを引き止めればいいでやんすか?」

「ブルーズとかいう奴が女王と近しい仲だとすれば当然城内にも詳しいだろう。だとすればあのルートを使ってくるかも知れぬな……」

「あのルート?」

「とにかく今は急げ。先を越されれば全てが手遅れになる」

 パンクは走る速度を上げた。

(……もし、あそこを通ってくるならば……)


 パンクが城砦内でロックと別れ、中央にある処刑台に着いた頃にはすっかりと陽は落ち辺りは宵闇に支配されていた。

 処刑台にはテクノがおそらく酒場の女レッタと思われる女性を連れ立っていた。

「何をしている、テクノ?」

「近衛兵を集結させた方がよろしいかと。バロック様がエイジズの団長とその一味を引き連れてここへ向かっています。クーデターです」

「……その娘はなんだ?」

「導火線だと思っていただければ結構です」

「導火線?」

 パンクとテクノが組んでいるわけではないと感じ取ったのか、レッタはパンクに助けを求めた。

「助けて! あたし何もしてない。あたし、花屋なんです。でも、花なんて売れなくて……森で大麻を採ってきて生活してたけど、こんなとこに連れて来られなきゃならない理由なんてないわ! みんなやってることだもん……あたしだけが悪いわけじゃ――」

「黙れ」

 テクノは短銃でレッタの側頭部を打ちつける。

「何をしている?」

「ここは私に任せて、早く海賊どもに備えてください」

「バロックは何を考えているのだ?」

「それはご本人にご自分で訊ねるがよろしいかと思います。私は私の仕事を果たしているだけなので」

 それ以上何も答えないという意思表示なのか、テクノはパンクから目を逸らし遠く城砦の正門の方へと視線を定めた。

 パンクはテクノに何を聞いても無駄だと悟り、近衛兵を招集すべく詰所へと向かった。

(貴様らが何を考えているかは知らぬが、女王を目覚めさせる鍵となりうるものが見つかったのだ。何人も邪魔はさせぬ)


「誰も処刑台へ近寄らせるな!」

 パンクは近衛兵を城砦正門に集結させ、半数を正門に配置、残りの半数は城砦内の処刑台へと続くあらゆる道に分散させて配置した。

 そして、近衛兵に指示を出すとパンクはメロウの居室へと向かった。

 バロックには海賊を蹴散らしてからでもゆっくりと話が聞ける。

 しかし、城砦内で戦闘が始まれば、メロウが巻き込まれるかもしれない。近衛兵達はメロウの顔を知らないのだ。

 城砦内の親衛隊詰所に着くとパンクはメロウの居所を確認したが、やはりまだ部屋に戻っていなかった。

パンクは七名の親衛隊員に城砦内でのメロウの捜索を指示する。

「一人はここに残り、六名は二人一組になって城砦内にいると思われる女王陛下を探せ! 決して海賊の手に落ちる事のないようにな。急げっ!」

そして、自分も東の森への扉がある城壁へと向かう。

城砦内を走っていると、正門の方の空が赤く染まっているのが確認できた。

(バロックめ。本気でクーデターを起こす気か?)

 パンクは舌打ちとともに立ち止まると、向きを変え今度は自室へと向かって走り出した。

 部屋に入るとパンクは腰にかけていた剣を置き、壁にある仕掛け扉を回転させる。

 壁が回転すると、そこには銀製の剣が隠されていた。

 それに手を伸ばすパンクには躊躇いの表情が浮かんでいたが、一旦手に取るとすぐにまた東の城壁へ向け走り出す。

 城砦内に響き渡る声が生々しく聴こえる。どうやら城門を突破されたらしい。

 パンクは走りながら城門へ行くべきか迷う。

だが、海賊が侵入したとなればますますメロウの安否が心配になったため、そのまま東の城壁の小さな扉へと走る速度を上げた。

悲鳴と雄叫びの中、パンクは目的の場所へ辿り着く。

しかし、城壁の内にも外にもメロウはおろか、ここでポップを待つように指示しておいたロックの姿も見えない。

(……時間がかかり過ぎたか……)

 パンクは城壁に登り、城砦内の騒ぎを見下ろしながら考える。

 バロックがクーデターを起こすならば、目的はメロウを捕らえる事だ。しかし、本気でクーデターを成功させたいならばどうして海軍を動かさないのか。

 そして、メロウはブルーズという男に惚れているという理由だけで、一ヶ月以上も逢瀬を重ねたのだろうか。それならば特に問題はないが、しかし――どうやって知り合ったというのだ。あの惨劇を見て以来、城砦から出る事はなくなったというのに――。

(処刑台に戻るか。全てはそこで明らかになるはずだ)


 パンクが処刑台に着くと、騒ぎはもう近くまで来ていた。

「テクノ。誰かここに来なかったか?」

「いえ、誰も」

 親衛隊はまだメロウを保護していないらしい。

 処刑台の灯火は半径十メートル程しか届いていない。

 いつ海賊が飛び出してきてもおかしくない周囲の状況にパンクは目を凝らす。

「助けてぇ!」

 突然、背後からレッタの声がすると、闇の中から飛び出してきたのはバロックと――。

「――ジャズ?」

 パンクは不測の事態に言葉を失う。

「何がどうなっているか解っていないようだな、パンク。だが、説明している時間はない。お前をどうこうするつもりはないんだ。女王の居場所さえ教えてくれれば、それでいい」

 バロックはいつもの通りの軽い語り口でパンクに訊ねる。

しかし、いつもとは違い決してパンクの間合いに入ってはこなかった。

 多くの疑問がパンクの頭の中に浮かんだ。

 どうしてジャズがバロックといるのか。今ここにジャズがいると言う事は、ジャズは海賊なのか。海賊ならばいつ、そしてなぜ海賊になったのか。これが以前から計画されていたものだとすれば、どの時点で計画されたのか。どうして自分に声をかけなかったのか。

 そして自分の甘さを責める。

 サーカス団と言って連れてきた時、どうして自分は気がつかなかったのか。しっかりと顔を確認していれば防げたことだ。山岳地帯で任務中だったとはいえ、自分もお別れに行けばよかった。バロックがジャズを国外に逃がしたと聞かされた時、少しでも疑えばよかった。そうすれば、何が起こっているかを知れたはずだった。

 全てバロックを信用しすぎたためであった。

 十五年前の武術大会で自分に寄ってきた怪しい子爵を無防備に近寄せたからだ。

 一つを疑いだすと全てがこの時のためのように思えてきた。

 テクノを育てさせたのも、この場面で背後から狙わせるためなのかもしれない。

 わからない事はたくさんあったが、一つだけはっきりとパンクにはわかった。

「……つまり、反旗を翻した……そうとって問題ないのだな?」

 バロックは答える。

「そんな顔をするな。女王を排除しなければどうにもならんのだ。最初に言っただろう? お前は俺の剣となるんだ」

「……嫌だと言ったら?」

「その時はお前の想像通り、全てを終わらせるしかないな。ここまでやったんだ。俺も本気なんだよ」

 パンクは次にジャズに話しかける。

「お前もこうなる事が望みなのか?」

「あんたのやり方じゃ時間がかかりすぎる。あんたがのんびり女王を教育している間にも路地裏じゃ何人もの市民が飢え、発狂し、絶望とともに死んでいくんだ。もう待てないよ……私の髪だってこんなにボサボサで髪飾りなんて……もう……」

 ジャズが頭に巻きつけていた布を取ると、髪はなびくこともしらず、重力のままに肩へと落ちた。

「パンク。時間がない。今、この瞬間も兵士と海賊が血を流しているんだ。女王の居場所を教えろ」

「……城砦内が血生臭いのは貴様の所為だろうが、豚野郎。……女王を捉えてどうするのだ? まだ世間知らずな子どもだ」

「力を行使できる者が何もしない……その事が悪なのだ。クーデターが成功すれば国民の前で磔にする。国民の憎悪の対象をそこに集約させ、そのパワーを復興のものへと変える」

 バロックの言葉にパンクは首を振る。

「そこまで言うのなら、力で奪い取れ。だが、私は全力で阻止させて貰う。私には私のやり方がある。私なりにこの国を憂いてきた。そして、光は見えてきたのだ。最後の鍵となりうる者を見つけたのだ」

 パンクの気迫にバロックは圧されたようだが、ジャズは剣を抜き一歩前へと出た。

「あんたは市街に住む人々がどんな生活をしているか知らないから……」

「充分知っている。それに地獄の景色は女王も知っておられる。言っておくが、人に期待できない人間に、人をどうにかする事はできぬぞ?」

パンクも剣を抜きジャズへと歩を進める

「安心しろ。痛みはない。一瞬なのだから――」

 パンクとジャズの距離が一歩ずつ縮まっていく。

「――テクノッ!」

 パンクが今にも斬りかかろうという寸前にバロックの声が響いた。

 それに応えるように銃声がなる。

互いに歩を進めていたはずのパンクとジャズの――その距離が離れる。

撃たれたのは自分ではないと、振り返りテクノの短銃から立ち昇る硝煙を見て確認する。

耳に聞こえた次の音は人が地面に崩れ落ちる音だった。

そして、ジャズの名を呼ぶバロックの声。

パンクが視線を戻すとバロックがジャズに駆け寄る姿が映った。

それから、レッタの上げる悲鳴が空気を震わせるのを背中に感じる。

バロックがジャズを抱きかかえ、パンクには聴こえないか細い声で会話をしている。そのうちにジャズの腕がだらりと下がり力が抜けていくのがわかった。

自分も駆け寄りたいと思った。

だが、それは出来なかった。

死に触れる事が怖かった。

死体に触れる事が怖ろしかった。

市街で転がっている死体とは違う。人格も知り、笑いあった仲でもあるものの死を目の前にするのは初めての経験だった。汚いや気持ち悪いではなく、心の底から怖かった。

「……バロックの命令か?」

 パンクの問いにテクノが答える。

「いいえ」

「では、どうして撃った!?」

「ここにいるのは近衛隊長、海軍司令長官、海賊、花屋の娘……私の仕事は目の前の悪を一つずつ摘む事ですから」

「お前が撃ったのはジャズだ。踊り子で私やお前と一緒に食事もした、あのジャズだ!」

「パンク様。貴方が女王に期待するように、私は貴方に期待しているのです。そのためにあの五年間も貴方の代わりに手を汚し続けました。これからも私はそうするでしょう。慈悲深く、お優しい貴方はただ決断すればいいのです。より多くの者を幸福にする決断を。私はそのためのスイッチを押しただけです。言ったでしょう? 失ってからではおそいのです。しかし、足りなければもう一つ押しましょうか? この女は市民に大麻を売り捌いた罪で死刑です」

「……テクノ……」

 パンクは続く言葉を見つけられない。

「やめろ!」

「おやめなさい!」

 左右の暗がりからロックと一人の男、メロウと一人の女が現れた。

「レッタを放せ!」

 見知らぬ男が叫ぶと、その男に向かってメロウも叫ぶ。

「ブルーズ!」

 ロックと見知らぬ女はバロックが抱えているジャズをみて駆け寄る。

「お頭!」

「ボスゥ!」

バロックが精気の抜けた声を出す。

「こいつを連れて逃げろ……」

 見知らぬ女がバロックに詰め寄る。

「ちょ、ちょっと! ちゃんと説明するでし!」

「説明している間に死ぬぞ!」

 バロックの怒気をはらんだ声にロックと見知らぬ女はジャズを連れ走っていく。

 パンクはそれを見ている事しか出来なかった。

「どう言う事なのですか?」

 メロウがパンクに問うが、パンクはそれを無視してブルーズと呼ばれた男に向き直る。

「……貴様は誰だ?」

「街に溢れている、現実から目を背けてイカれたい一般民衆さ」

「……ならば、貴様もこの娘も生かしておく理由はないな。テクノ」

 テクノが短銃を構えると、メロウがそれを阻止しようと聴いた事もない程の大声を出す。

「やめさせなさい、パンク。一体どういう事なのですか? この騒ぎは何なのです? 説明なさい、パンク」

 これにパンクではなくテクノが答える。

「メロウ様……僭越ながらこれから死ぬお方に説明するのはパンク様の声帯の無駄使いだとは思いませんか? パンク様の声はこれから民衆をよき方向へと導くために用いなければなりません。僭越ながら貴女の鼓膜はパンク様の声を震わせるだけの価値がありません」

 メロウは一瞬怯んだが、テクノへと一歩踏み出す。

それを見てテクノはもう一つの銃口をメロウに向けた。

「パンク様、覚悟は決まりましたか?」

 パンクは目の前で起きていることよりも、運ばれていったジャズに思いを馳せていた。

 返事をしないパンクを無言の肯定ととらえ、テクノは引き金を引こうとする。

「俺に用があるんだろ? あの海賊のロックって奴から聞いた! レッタやメロウは関係ないじゃないか!」

 ブルーズがテクノの注意を引こうと声をあげる。

「……では、正直に貴様が何者であるか答えろ」

「さっきから言ってるだろう! 俺は頭のイカれた――」

「――テクノ!」

 ブルーズが言い終える前にパンクはテクノの名を呼ぶ。

 しかし、テクノがブルーズに狙いを定めると今度はメロウが声を張上げる。

「私は女王メロウである。ここにいる全ての者は武器を捨て私の前に平伏しなさい!」

 その声にパンクが振り返ると、俯いていたバロックも顔を上げメロウを見つめているのがわかった。

 よく目を凝らすと、明かりの届かない暗がりの中に、海賊を始末した近衛兵達も集まりだしているのがわかった。

 メロウは静まり返った処刑台で繰り返した。

「私は女王メロウである。ここにいる全ての者は武器を捨て私の前に平伏しなさい!」

 だが、そこに平伏す者はいない。

「私は……私は……私は女王メロウであるぞ! 跪きなさい! 傅きなさい! ……平伏しなさい!……敬いなさい…………敬いなさい!」

 メロウの声が虚しく響く。

 何一つ願いが適わないメロウは己の無力さに膝をつく。

 石畳に打ちつけられた白い綺麗な膝が、赤紫の斑点を浮かび上がらせる。

 その時、パンクはやっと気がついた。

(……そうか、まだ何も始まっていなかった……全てはこれからなのだ……)

 パンクはメロウに歩み寄りながらテクノに指示を出す。

「花屋の娘とイカれた男を牢へ連れて行け。殺すなよ。それから明朝までに市街の中央区にある広場に人を集めろ。この国の全ての人間だ」

「何も喋らんぞ!?」

 ブルーズはそう叫んだが、次の瞬間にはテクノにこめかみを殴られ気を失う。

 テクノは周囲の近衛兵に手伝わせ、ブルーズとレッタを連れて行く。

 パンクはメロウとバロックの三人だけになるために兵士達を下がらせる。

 そして、ゆっくりとメロウに近づいていく。

「女王。ブルーズというのは貴女の兄、この国の王子だったお方ですね?」

 メロウは肩を震わせるだけで何も答えない。

「……だとすれば、貴女はもう女王である必要はありません」

 そう言うと今度はジャズの使っていた剣を拾いに行く。そして、それを拾い上げると蹲っているバロックの目の前に突き立てる。

「……ミュゼットは来なかったな……バロック、貴様がどこまで糸を引いていたかは知らぬが全て無駄になった……死なずに済んだ命を全て無駄にしたのだ……」

 バロックは地面に突き刺さった剣の柄の部分以上には視線を上げられなかった。

 パンクはバロックの姿を見下ろす。

 そうしていると、目頭の奥に熱いものが込み上げてきたため、大きく鼻から空気を吸い込んだ。

 ゆっくりと口から吐き出される息が熱く感じる。

 バロックの前に立ったまま、もう一度メロウに語りかける。

「メロウ様……いや、メロウ……お前はもう物語が好きな一人の少女だ。生まれながら担ってきた役割を演じる必要はない……」

 パンクは突き刺したジャズの剣を引き抜きメロウへと近づいていく。

 そして、切っ先をメロウに向ける。

「その代わり、貴女の大好きな物語の主人公になってもらいます。剣を取りなさい」

 メロウはパンクを見上げ、しばらく動けなかったがやがて立ち上がり剣を受け取る。

 訳の解っていないメロウを前にパンクは指笛を鳴らす。

 それは城砦内に響き渡るほどの高い音色だった。

「……逃げなさい。逃げて、逃げて、逃げて、そしていつかまたここに戻って来られたなら……私を打倒しなさい。どんなに頑張っても物語とは違い、叶わないかもしれない。途中で諦める事も貴女の自由だ。だが、私は貴女に期待している。貴女は与えられた役割を演じきる事が出来る。少々頼りないですが、あの男が導いてくれるでしょう」

 パンクはバロックを指差す。

「バロック。人にケチつけてばかりいないで、自分でやってみるのだな」

 バロックは驚きと戸惑いを綯い交ぜにしたような顔でパンクを見上げる。

 パンクは二人から少し離れ剣を抜き、息を大きく吸い込むと声をあげた。

「親衛隊よ! 私はここだ! 処刑台にて集結せよ!」

 それからメロウに向かって微笑む。

「早く行きなさい。ブルーズ様は私がお守りします」

 そう言ったあと、バロックには顎で正門へと促した。

「……俺に任せて後悔するなよ?」

「私は航海しない。海が嫌いだからな」

 バロックは立ち上がり、メロウの手を引くと正門へと走り出した。

 パンクがそれを見送りしばらくすると、親衛隊が現れた。

「海軍指令長官バロックに女王がさらわれた。貴様ら七名は女王メロウを取り戻すまでは我が国へ戻ってくる事を許さぬ。地の果て、海の果てまで追いかけよ。わかったな?」

 叱責され慌ててバロックたちを追いかける親衛隊員の後ろ姿が消えるのを確認すると、パンクは処刑台に腰を下ろし顔を伏せ朝まで同じ体勢で動かなかった。


     ※※※


 これで『パンク・ダ・パンプ伝』は終わりである。

 あとは朝を迎えたパンクが人々の前で演説をするだけだ。

 しかし、人々はその演説に歓喜したわけではない。

 突きつけられたのだ。

 自分達は人間的であるのかどうかを。

 立ち上がらされた人々は戦争に行き、人間を殺すことによって失った人間性を、人間を殺すことによってまた取り戻した。

 半年後、人間性を取り戻した人々は自らの過ちに気がつく。

 前線から脱走兵が絶えなくなり、戦線は崩壊する。

 ついにはアナポー王国は市街を囲む外壁の外まで敵に迫られる。

 そこで、歴史の記述の※注の部分である。


※なお退位とされてはいるが、パンク・ダ・パンプは戦争のさなか和平交渉に向かうと言い残し姿を消している〟


 パンクはどこへ向かったのか。

 もちろんこの『パンク・ダ・パンプ伝』には他にもジャズが海賊になった経緯や逃げたバロックとメロウのその後、ブルーズは――ミュゼットは――海賊の子分たちはなど様々な疑問符を残している。

 だが、そのどれも私――フランク・シュタイナーは必要ないと思っている。

 これはパンク・ダ・パンプの物語なのだから。

 歴史の教科書で〝都市国家アナポーの簒奪者であったパンク・ダ・パンプは近隣諸国と戦争をすることによって国を立て直そうとしたが、王位について半年で退位する。それは無謀な戦線の拡大により、食料や戦力の補充がままならなくなり、敗戦が濃厚になったためである〟としか書かれない男の半生を描いた物語なのだから。


 教科書に書かれた事だけをみれば失敗だ。

 しかし、もう御分かりだろう。

 パンクの後に続く時代――それは彼の蒔いた種が芽吹く時代なのだ。


 最後にパンクの演説全文載せ終わろうと思う。

なお、この物語がつまらないと感じた場合、それは翻訳者と私の間に重大な齟齬が生じているためである(※:なお、~以下は初版では削除されたが、翻訳者の正当なる権利を守るため増刷分より原文ままとしている)


Ⅳ  演説  フルートゥ暦一三八九年 ハイドレインジアの月


 潮風が市街の南北を貫く大通りを通り、中央区の広場を吹き抜けていく。

 そこに集められた人々の腐臭が山を越え天まで昇華されるかのような風だった。

 パンクは目の前に転がっている人々に向け静かに語りだした。

「……とても哀しい知らせだ。我等は女王を失った。だが、悲しんでばかりいても何も生まれない。残された我等はこれからもこの国で生き続けなければならないのだから。そのためには何が必要か……パンか? 金か? 時間か? 自由か? それともその全てか……。何が満たされれば我らは生きていける?」

 無反応な人々にパンクは続ける。

「……私の目に映るものは屍の山か? それとも猿山の猿どもか? 私はちゃんとこの国のものならば伝わる言葉で話しているつもりなのにな」

 そう問いかけると力のない声がいくつか上がる。

「ご託はいいんだよ。まずはパンをくれ」

「そう、パンと酒。まずはそれから」

「食後には葉っぱも用意してくれるんだろう?」

 人々にパンクは答える。

「もちろん必要なものは全て用意しよう。しかし、私は思うのだ。それで貴様達は生きているといえるのかと。腹を満たして何をする。酒に酔って何をする。煙を呑んで何をする。道端に転がって、頭を麻痺させて、それで本当に生きていえると言えるのか? まずは人間性の回復を。それこそを第一に――」

「他にする事がねーんだから仕方ねーだろうが!」

 少し離れて聞いていた者から怒声が上がった。

「することなら山ほどあるだろう。田畑を耕し、海へ漁にでろ」

 今度はすぐ側でせせら笑う声が聴こえる。

「そんな事しなくてもあたしたち今日生きてるんだから別にいいでしょう?」

 パンクが発言した者からゆっくりと周囲の者達の視線を移していくと、どれも同じような表情を顔に貼り付けニタニタと笑っている。

「……隣にある顔を見てみろ。貴様達はこの国の異常さに気がつかないのか? どうしてこの国には子どもや年寄りがいない……十二年前の害虫の襲来以来我等はこのような暮らしを続けてきた。年を取り体力の低下していく者から死んでいき、産まれて間もない赤子は生きるという意味さえ知らずに死んでいく。愛する者とともに年を取り、愛する者との子を育てたいとは思わないのか!? ……私は御免だ! 何も望まず。何も求めず。ただ目の前で時間だけが過ぎていくのを眺めるような生き方は!」

 一瞬の静寂の後、立ち上がりパンクに言い返そうとする者が現れた。

「だ、だったら俺達にどうしろってんだ!?」

「人間性の回復だ」

 立ち上がった市民は何を言われているのか解らず首を捻る。

「すなわち欲の再発露。ただ眠るだけでいいのか。柔らかな羽毛に包まれなくていいのか。ただ食せばいいのか。温かなパンでなくていいのか。ただ抱いて抱かれるだけでいいのか。豊満な肢体、均整のとれた肉体ではなくていいのか。それ以外の欲も然り、楽をしたくはないのか? 豊かになりたくはないのか!?」

 また別の者が立ち上がる。

「そんなものとっくに諦めてんだよぉ! 何をどうしたって何も変わりゃしないんだからさぁ!」

「何かをどうにかしようとしたのか? 諦めるというのは何かをしようとした人間だけが使える言葉だと私は理解しているのだが?」

「したさ! どうにかしようとしたじゃないか、みんな!? 毎日毎日……どうにかしようとしたさ……でも、どうにもならなかったじゃないか……」

 その者は泣き崩れてしまった。

 その涙は周囲の者にも伝播していく。

 しかし、またさらに別の者が立ち上がる。

「おいおい熱くなるなって。あいつだって女王がいなくなった間の代理でしかないんだ。棚から牡丹餅の執政官様にそんなにマジになってどうすんだ」

 そう言われパンクはゆっくりとした歩調で発言者の側へと近づいていく。

「……女王メロウはいなくなったのではない。……私が追い出したのだ。それに私は執政官ではなく、新たなる王だ。今までの女王とは違うぞ? 私がどのような人間か知らぬはずはあるまいな?」

 パンクは剣を抜く。

 周囲の市民達は慌ててパンクから遠ざかろうとしたが、遠めで聞いていた者の中から立ち上がりパンクを批判する者もいた。

「そ、そんな脅しに乗らないんだから! 私達はアンタを王だなんて認めない!」

「そうだ! 王族でもないお前が王になれるんなら、俺は皇帝だ!」

 パンクは答える。

「認められずとも結構だ。皇帝を名乗るのも結構。だが、それならば力で奪い取るのだな。いつでも相手になってやろう……しかし、勘違いするな。この剣は貴様らに向けられるものではない。……異国だ。私も馬鹿ではないからな。貴様らに今更田畑を耕せなどと言っても聞くはずがないことは十分承知している。だが、貴様らの大好きな海賊は消えた。このままでは貴様らに生き抜く術はない。ならば、どうする? もはや一つしか残されていないだろう? 近隣諸国と戦って、戦って、戦って、そして、全てを奪い取れ」

 呆気にとられた人々がざわつき出すのに時間はかからなかった。

「戦う? 俺達が?」

「十年近くも寝転がって暮らしていた俺達が戦ったって殺されるだけじゃないか」

 パンクは人々の声を鼻で笑う。

「だったら、殺されろ。まだ自分達の立場が分かってないようだな。じゃあ、分かり易く二択にしてやろう。一、このまま路上で極度の飢餓状態を味わい苦しみながら死ぬ。二、一攫千金を目指し戦場に赴き一瞬の苦痛のうちに死ぬ。そのどちらかだ。もちろん、戦場に行ったとて死ぬとは限らないがな。どうする? 手も伸ばさぬまま息絶えるか、とりあえず手だけは伸ばし何かを掴むチャンスを得るか。当然、女達も腕に自信があるのなら行けばいい。だが、そうではないだろう? だから、貴様達には貴様達にしかできない仕事を与えてやる。……男が体を張って働くのだ。もちろん女も体を張らなければ不公平というもの……さて、どうする? 自分の生きる道くらい自分で決めろ」

 人々は近くの者と己の運命をどうするか議論しだした。

 しかし、結論を出すのにそれ程時間は必要なかった。

 選択の余地などなかったのだ。

 男達は一人、二人と立ち上がり雄叫びを上げる。

 女達は立ち上がった男達を励まし、寝転がったままの男達を蔑む。

 パンクはそんな人々を無表情で眺めていた。

 もはやパンクの心の内を覗けるものはその場にいなかった。

(……遅すぎた? ならば全ての迷いは捨て去ろう……後の世でどう語られようと構わない。貴様らが帰ってこなければ失敗となるだろう。だが、私は信じている。どうか私の名を汚してくれ。ここに集まる人々の真の光となってくれ。そのために私は偽りの光で慣らしておこう。恨まれようとも構わない。それが明日へと繋がるならば……)

と、決意をしていたのかどうかは――わからない。



(The tale was written by fictional truth.)


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