夏とか縁側とかくちづけとか
・・・・・・暑い。
今年は異常気象だとかなんとか、散々に騒ぎ立てられるだけあって、尋常ならざる猛暑である。
夏休みに入って、宿題もそこそこにごろ寝ばかりしていた歪は、すっかりダメ人間と化していたりした。
「あーあっついぃぃぃぃ」
縁側で扇風機を全開で当てながら、左手にはうちわ、右手にはアイスクリーム、その上仰向けごろりな見るに耐えない格好だが、本人的にはそんなことを気にする思考回路が備わっていないので、もはや仕方がないのかもしれない。
これでスイカとぶたさんの蚊取り線香があれば、もう完璧なのかもしれないが、あいにくと今はない。スイカはさっき食べてしまったし、ぶたさんの蚊取り線香は去年寝ぼけて縁側から叩き落として割った。
まあ、限りなく夏休みの少年を体現している歪なのであった。
あの旅行合宿以来、あの三人とは会っていない。
会いたくなかった、といえば嘘になるかも知れない。何故だか分からない胸の疼きに毎晩苛まれ、会いたいという漠然とした焦燥感に駆られてたまらない二週間を過ごしてきたんだから。
でも、会えなかった。
会ったらどうなるのか、おれ自身分かっていなかった。
実は、何度か我慢が限界に達してしまって、メールを送ったこともあった。だけど、返信は帰ってこなかった。
・・・嫌われたのかな。
おれは何とはなしに、自嘲気味に落ち込んでいた。
だから、おれはコンビニに行くのに家を出る以外は、この夏は外に出ていない。出たとしても、夏の眩しい日差しや照りつけの中に、見たくないものを見てしまう気がしたから。
あいつらの姿を、探してしまうおれがいるんだから・・・。
「はあぁ・・・・」
おれは大きなため息をひとつ、切なげについた。
「あいつら、今頃なにしてるのかなあ」
「んー? なに、どしたの歪。ぼくに会いたかったの?」
不意に、懐かしい御影の声が聞こえた気がした。
そだな。あいつなら、ふらりと現れてくれそうだもんな。
ああ。そういえば、旅行合宿ではあいつといる時間が多かったかものな。
あれ。おれ、なんであいつのこと思い出してんだろう。
「部活にも来ないで、なーに人恋しくなってんだよっ。ぼくん家知ってるだろ。遊びに来いよ、そんな風にふてくされてるくらいならさ。ぼくは歪を、寂しくさせたりしないよ?」
「あ」
ああ・・・。
おれはうちわをあおいでいた手を止めて、ぱたりと腕をおろした。目尻から耳に向けて、突如熱いものが流れ落ちるのを感じたけれど、おれはすぐにはそれがなんだか分からなかった。
「歪・・・泣いてるの?」
「御影・・・」
「はい、なあに、歪?」
縁側のそばの垣根越しに、御影の姿が見えているのを、おれはその時になってはじめて確認した。幻かと思ってた。また、この二週間ずっと悩まされた、マボロシ。
「おれ、お前のこと・・・好きだ」
おれは、口にしてしまうことにした。
してはいけなかったのかもしれない。
でも、これ以上留めておいたらパンクしてしまいそうなほど、おれの心はもう、求めてしまう・・・!
「うん」
御影は、予想外に静かに、静かな笑顔で、静かに答えた。
「でも、やじりのことも、牙のことも、おんなじくらい、好きなんだ。」
「うん」
「おれにも分かんねえよ。でも、これは多分、好きって感情で、だから、好きだ。好きなんだ。会いたくて会いたくて、仕方ねえのに、それと同じだけ会いたくない。お前らの声が聞きたい。お前らに触れたくておかしくなりそうだよ。でも、声をきいたら、触れてしまったら、そこから溶けてしまいそうで、自分が保てなくなりそうで、おれ、もうどうしていいのか、わかんなくて・・・」
おれの頬を伝う涙が、耳にかかって余計に熱をあげる。
どうしておれは御影に、すがりついているんだろう。
こいつなら聞いてくれると思うから?
こいつのことが好きだから?
分からない。聞いてくれると思う。それに、御影が手を伸ばせば届くような距離にいることが、信じられず、でも胸が押しつぶされそうな息苦しさにも襲われておれの心は痙攣を起こしていた。
「歪・・・」
ふと、近くから御影の声が聞こえたので、濡れて滲んだ視界を開くと、ぼやぼやと溶けて見える御影が、いつの間にだか垣根を乗り越えてきたらしく、寝転んで赤ん坊のように泣きじゃくるおれのすぐ上に、かがむようにして立っていた。
「あのね、歪」
「みがげ・・・・?」
喉がうまく言葉をつくれず、御影の名を発音できなかった。御影は、おれの頭に手を伸ばすと、そのまま柔らかく持ち上げて、胸元に抱き寄せて優しく髪を撫でた。
「歪。歪。歪」
「み・・・?」
「ぼくもね、歪のこと、だーいすき。こんなこと、他の誰にもしないんだよ。歪だから、特別。すき。歪、ぼくはあなたが好き」
「みかげ・・・?」
すうっと、暖かく柔らかい御影の感覚が離れるのを感じて、おれはぼんやりと浮かされたような靄のかかる意識で御影の顔を見上げた。午後一番の日差しに照らされて、額や首筋に玉のような汗が浮かんでいる。頬に張り付いた一本の髪の毛は、寝ぼけているみたいなおれのお腹の奥をぞくぞくさせる。
「歪はぼくを見ててよ。ぼくは会いたくて仕方なかったよ。会いたくて会いたくてどうしようもなくて、いても立ってもいられなくなったから、ぼく会いにきちゃった。そしたら、歪、一人ぼっちで泣いてるんだもん。ぼくのことが好きだって、泣くんだもん」
御影の目が、潤んだように光る。
熱気のせいか、ほんのりと紅く色づいた頬が、この至近距離からみると妖しくて落ち着かない。薄い口元のピンクが、一言ごとに動くから、おれは身体の中で不思議な熱が温度をあげていくのに、それをどうすることもできない。
「そんなの見たら、ぼく、歪のこと離したくなくなっちゃうよ。ずっとこうしていたら、歪は、ぼくのものになってくれる? ぼく、おかしいよ。歪が泣いてるのに、どきどきする。歪のそんな顔を見たら、ぼく、歪をもっと泣かせたくなっちゃう」
潤んできらきらした御影の瞳に、おれの顔が映って見える。うわあ、おれ、こんな情けない顔してる。恥ずかしい。
「歪。歪。歪。好き。好きなの。大好きなんだよ」
ふわり、と御影の髪とおれの髪が触れる。
くすみもしみもない肌が、こすれ合いそうに近い。
「ぼくを・・・選んで・・・?」
御影の唇が、そっとおれの口を覆う。
おれは状況を理解できていない。
合わせただけの唇は、呼吸と熱の移動に合わせて、離れ、また合わさり、熱が高まってはそのたびにより互いを求めていく。
御影のにおいがする。
みかげの髪が顔にかかる。
御影でいっぱいになってゆく・・・・・・。
新しい空気を求めて口を離すと、そこに御影がかぶさってきて空気を送り込まれる。おれは慣れていないからか、それを吸うしかなくて、口や鼻腔に広がる御影の香りでくらくらする。
御影のくるくるした茶色い髪や、サイダーブルーのシャツが、汗で張り付いていく。
おれはその様子を、同じようになっていく自分を感じながら、ひたすらに、御影にすがっていった。
続く。




