第一話 預言者《プロフェシー》
はじめまして、久しぶりです。別作も完成させずにまた何やってんだと呆れられてしまいそうですが、思いついたら書くしかないという事で午前の仕事をサボタージュして書いております。あらすじの※をよく理解の上、お楽しみください。
皆さんは未来を覗きみたいと思った事はあるだろうか。誰よりも強くなりたい、万物を支配したい、誰かを癒したい、瞬間移動してみたい…。
これから始まるのは、何者かの手によってそんな異能を生まれながらに授けられた、五人の兄妹の物語…。
『二一○X年』
世界政府発足。主要各国が争いを止め、または停戦し、真の意味でのグローバライゼーションの域に辿り着いた。
言語が統一され、科学が発展し、人々の暮らしはより一層豊かになった。
資源を消費しないエネルギーが発明され、コンピュータの演算速度はますます上がり、一般消費者の手に渡るような新技術を駆使した商品が毎日のように発表される。
その影でどのような研究が為されているかは、皆知る由もない…。
『二一八X年・アメリカのとある研究所』
俺たち五人は、ここで生まれた。生まれた経緯は全くわからないが、液に満たされた巨大な円柱のガラスの中にいた事は覚えている。
「やった!」
「ついに成功したぞ!」
「これは歴史に残る所業だ!」
白衣を着た男たちが両手を上げて喜んでいる。ある者たちはハイタッチし、抱き合い、せわしなく電話が鳴り、この世のものとは思えない程の歓声が響く。
緑色の透明な液体の中に生まれた、五人の胎児。その中のひとりが俺だった。
「お前は『code3・預言者』だ」
年にして二歳の頃、言葉の受け答えが出来るようになった俺たちは、改めて名前を与えられた。
いや、それは名前というより、識別コードと言ったほうがいいかもしれないが、それはともかく。
目の前の男たちが着ている物を小さくしたような白衣を着せられた俺たちに、男がバッジを手渡していく。
もう少し成長してから知った事なのだが、普通の人たちは『親』という男女の番いから生まれ、その親に育てられる…らしい。そういう意味では、このバッジを配る男が、俺たちの『親』に該当するもの『だった』のだろうか。あるいは…。
これも後に知った事だが、同じ親から生まれた子供は、『兄弟』や『姉妹』と呼ばれ、同じ家庭で過ごすらしい。
となると、今俺の隣に並んでいる彼らは俺にとって『兄』や『姉』、『弟たち』にあたるのだろうか。もっとも、普通の兄弟は生まれた順に上下が決まるらしいが、俺たちの場合はコード順…要するに、あの巨大なガラスの並び順で決められているらしい。
「君はcode5・跳躍者だ」
最後の利発そうな…実際言語能力に関しては俺らの中で一番早かった弟にバッジが渡る。
彼…ジャンパーが短く会釈すると、それを配っていた白髪の男が満足気に眼鏡を直した。
code1・癒し手
code2・支配者
code4・戦士
code5・跳躍者
そして俺、code3・預言者。互いの呼び方もなかった俺たちは、初めてコミュニケーションツールとして、名前を与えられた。
その後俺たちは、外の世界の知識、言語、技術を叩き込まれ、十歳を過ぎたあたりには、それに加えそれぞれ固有の訓練…または実験を行われた。
一番上の姉ヒーラーは、動物や、時として人間に怪我や病気を治す訓練。
二番目の兄ドミネーターは、火や水など、様々な物を操る実験。
上の弟バトラーは、身の回りの物を使い、或いは徒手空拳で大人たちと格闘の訓練を。
一番下の弟ジャンパーは、壁で遮られた部屋から、隣の部屋まで移動する実験を。
そして俺は…これから起こる事象を予言する訓練。
それは日に日に過酷になっていった。
脳波の測定器や様々な器具をつけられるのはまだいい方で、ヒーラーの姉はその身を傷つけられ、バトラーの弟は耐性を付ける為にと毒物を投与された。
兄のドミネーターも炎で手が焼け爛れ、俺も眼を酷使され血の涙を流すこともままあった。比較的軽傷の弟、ジャンパーでも、無理な跳躍で骨を折ることはあった。
俺たちは、姉の献身な『癒し』に助けられた。科学者たちが寝静まる頃、姉は俺たち一人一人の部屋に訪れ、傷を癒してくれた。
自身の疲労やダメージには効かないのに、だ。
そして…自我を確立させた俺たちは、行動に出た。
わけもわからない生まれ方をして、わけも尋常でない能力を与えられ、毎日モルモットのように『実験』され…。
…俺たちは、反旗を翻した。
『二二○X年』
「あいつら、最後まで吐かなかったな」
上半身の衣類がボロボロにはだけ、強靭な肉体をさらけだした三男バトラーが吐き捨てるように言った。
かつて半円状だった研究所は半壊し、その様はまるで割れた卵から噴煙が上がっているかのようだ。
瓦礫には血糊が張り付き、崩れかけの建物の中には更に多くの血肉が転がっているだろう。
「言わないところで殺されるだけなのに、科学者とは理解に苦しむ」
四男のジャンパーが、未だ硝煙を履き続けるベレッタを放り投げる。舌打ちついでと、黒縁の眼鏡を不愉快そうに白衣の裾で拭いている。
「貴様の『能力』でなんとかならんのか?プロフェシー」
目に被さった黒髪を軽く払い、長男のドミネーターが目線をこちらに向ける。白衣の袖は破け、または焼け焦げている。
「それでわかってたらラボにいたときからやってるよ。どうしても、核心の部分だけノイズが入るんだよなぁ…。透視しても全く効果なし」
呆けた表情で兄の問いに答えている傍ら、姉のヒーラーが俺の左足に負った傷を癒してくれている。
フィジカルが強いバトラー、四元素を操り匠にダメージを回避出来るドミネーター、空間跳躍で攻撃をさけられるジャンパーと違い、攻撃を予知は出来るが、身体能力は常人並の俺はどうしても被ダメージが多くなってしまう。
破れたズボンから俺の傷の修復が終わったことを確認した姉が、沈痛な面持ちで両手を組んだ。
「果たして、本当にこれで良かったんでしょうか…」
「問題ねぇよ!どうせこの施設は公表なんかできやしねぇシロモノなんだ。長年俺たちを虐げてきた代償っつうもんだ」
「虐げたっていうのはまた微妙に違うな。正確には利用してきた、だ」
「ったくどっちも似たようなもんじゃねぇか青瓢箪」
「なっ、なにを!」
バトラーとジャンパーの喧嘩を止めもせず、ドミネーターが俺とヒーラーに聞いてきた。
「さて、自由になったはいいが貴様ら、この後どうするつもりだ?」
「俺は大陸を出るぜ!世界政府の範囲外の無統治国家に行けば、まだまだ戦える場所はたくさんあらぁ!」
ジャンパーとじゃれあっているのバトラーが、口だけでこちらの会話に参加してきた。勿論バトラーは全力を出してはいない。彼は地上の人間の中で『最強』に『造られた』存在だから。
「くれぐれも、バランス崩さないようにな。で、お前こそどうすんだよ」
俺はドミネーターに質問を返した。
「俺は…中国に行こうと思っている。具体的には、崑崙山脈の辺りにでも。このような異能を持って生まれてきた手前、市井に居て、悪目立ちでもしてしまえばそれこそ二の舞三の舞だ」
「なるほどね、兄貴らしい。俺は…日本に行こうと思う」
「日本…ですか?」
相変わらず手はシスターのように組んだままだったが、ヒーラーは少し驚いたような顔を俺に向けた。
「あぁ。あそこは多様な文化が混在してるし、言語の壁もなくなった今、アメリカに負けないレベルの人種の坩堝だからな。おまけに他人に無関心ときてる。兄貴みたいに達観出来ないし、俺は普通の生活というものをしてみたいんだ」
「驚きだが、俺も同じ理由で日本に行こうと思っている」
「まぁ…ジャンパー、貴方もですか」
いつの間にか喧嘩を止めたジャンパーが、フレームの曲がった眼鏡を不愉快そうに直している。シャツのボタンは二三弾け、ボロと言う言葉が見事に似合う様相だ。
それでもヒーラーの声に返答するあたり、真面目な性格が見える。
「あぁ。確かに俺たちは異能だが、あくまで人間だ。人間の社会に入り、『異能』ではなく『普通』の人間として、全うしたい。そういう姉さんはどうなんだ?」
「私は…この国に残ります」
強い眼差しで俺らを見渡し、ヒーラーは言い切った。
「『宗教なき科学は不具であり、科学なき宗教は盲目である』…かの科学者はこう言いました。確かに私たちを『生み出した』科学は目覚しいものでしょう。しかし私たちが生まれてきたことは、不具の象徴だと思います。勿論この身の能力が人目に触れる事は慎むべきですが、科学に宗教が追いついていないなら、私はそれを広めたいのです」
今にも泣き出しそうなヒーラーの顔に、誰もが頷いた。それは自分たち姉弟の中で一番険しい道だとわかっていながら、それでも姉は止めないだろうと思っていたからだ。
「まっ、姉貴らしくていいんじゃないの?」
「頑張れよ、ヒーラー!」
「貴方は、あまり人を殺めないように」
「…わーったよ。善処する」
「その返事の時の貴方は、いつも守る気がないのはわかってますわよ?」
「さぁって、そろそろ行くか」
名残惜しいが、今それぞれの道を表した通り、皆別の道を歩む。
再び交わる事もあるだろう。だがそれはまだ見ぬ先の未来の話だ。
外に飛び立った俺たちは、自分の人生を歩み始めた。
そしてその道は、三年後再び重なる事になる。