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もう一回

作者:

 

 初夏の風がレースのカーテンを揺らしている。

 私は今、圭の部屋で中間試験に向けて勉強中。

 圭のお母さんは自宅でピアノの先生をしていて、さっきまで生徒さんのピアノの音色が聞こえていた。

 

「楓、紅茶のおかわりいる?」


 圭に声をかけられて、私は数学の参考書から目を上げた。


「うん」

「んじゃ、ちょっと下行って来るから」

「あ、一緒に行く」


 私が立ち上がろうとテーブルに手をつくと、圭は私の肩に手を置いて、それを制した。


「大丈夫。すぐ戻ってくるから、勉強してな」

「してなって、なによー」

「お勉強されていてください、お嬢様」

「いやー!」


 私が叫ぶと、圭は笑いながら部屋を出て行った。トントンと階段を下りる足音がして、急に部屋が静かになった。私はシャーペンを手に持ったまま、くるくると飾りを回した。ふと、目を落とすと、圭のノートが目に入って、覗き込んだ。隣には科学の参考書が置いてある。ノートには圭の丁寧な文字が並んでいた。

 私はなんとなく悪戯心で、次のページに私と圭の相合傘を書いてみた。ハートの傘の下に圭と楓の二文字。我ながら恥ずかしくなって消しゴムを手に取ったとき、階段を上る音が聞こえて、私は慌ててそれを消した。


「お待たせ」

「あ、ありがとう」


 参考書に向かっていたふうを装って顔を上げる。圭はマグカップをテーブルに置きながら、首を傾げている。


「楓、どうかした? なんか変じゃない?」

「いや、この問題難しくて……」


 恐るべき観察力。というより、私が隠し事ができないタイプなだけなのか。

 ていうか、別に隠さなくてもいいんだけど。でもなんか恥ずかしいよー。


「どれ?」


 圭は私の言葉を素直に信じたらしく、手元を覗き込んできた。私は慌てて参考書のページをめくって、複雑そうな応用問題を指差した。


「……これなんだけど」

「あ、これちょうど昨日やった。どこわかんない?」


 そう言われても、今始めて目にした問題なのですが……。と言うわけにもいかず、問題文に急いで目を通した。でも、焦っているせいか文字が上滑りして頭に入ってこない。

 だめだめ、えーと、あれ?


「楓」

「……ちょっと待って!」


 問題に目を落としたままそう返事をすると、ぽふっと頭に何かが乗っかった。


「あのね、そんなに頑張んないでいいよ」


 な、なんのこと?

 そうっと圭に目を向けると、圭はにっこり笑顔でトントンと私の書いたアレを指差していた。

 途端に顔が熱くなる。なんか隠そうとしたぶん余計恥ずかしいんだけど。


「焦って消したのバレバレ。ていうか消えてない」


 圭の言うとおり、ところどころかすれているだけで誰が見ても読める。

 私はマグカップを両手で持って一口飲むと、ゴホンと咳払いした。


「じゃあ、次は科学やろっかなー」

「かわいー」


 もうこの話は終わりにしてほしい。


「あの、ほら、一緒に科学頑張ろう?」

「んー、じゃあもう一回」

「え?」


 圭はテーブルに頬杖をついて私を見ていた。日に焼けた腕が捲り上げたシャツから覗いている。


「さっきのもう一回言ってみて」

「? 一緒に頑張ろう?」

「頑張るぞーって」


 長い付き合いだけど、圭はたまにこういうわけのわからないことを言ってくる。こういうときはとりあえずそれにしたがってみることにしている私。


「頑張るぞー」

「いいねいいね」


 なんだかわからないけど、圭は私が甘いお菓子を食べたときに浮かべているであろう表情と同じ、とろけそうな笑みを浮かべていた。


「オレさ、楓の頑張るぞーって好きなんだよね」


 圭はそういうと、ポンポンと私の頭を撫でた。

 

 さっきまでやんでいたピアノの音色がまた鳴り出した。ふわりとカーテンを膨らませた風が私の髪をなびかせる。私は髪を直すふりをして、さっき圭に撫でられた場所に触れてみた。


 トントンと圭のノートを叩く。圭が顔を上げる前に口を開いた。


「……もう一回!」



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