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恋人代行  作者: 植田
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第九話 訪問者

 週末、倖は朝食もそこそこに朝からゲームをしていた。友樹との付き合いのせいで、ゲームをする時間が激減していた。

 集中してゲームを進めていく。


 チャイムが一度鳴った。

 休日のチャイムは勧誘が多い。知り合いなら事前に電話が来る。それが分かっていたので、倖は無視した。

 ――至福のひとときを邪魔しないで。


 しばらくしてまたチャイムが鳴る。だんだん感覚が短くなり、最後には連打される。


「ああっ、ムービーの最中は一時停止がきかないのに!」


 仕方なくテレビのボリュームを下げて、玄関の前に立つ。


「どちらさま?」

「俺だ」

「俺様ですか。間に合ってまーす」


 ――何しにきたんだ……。

 倖はその声で友樹だと気が付き、踵を返してテレビの前に向かう。どうせまた職権乱用でここの住所も調べたに違いない。


 扉を一度叩かれた。


「社長が直々に来てやっているのに、その態度は無いだろう」

「約束も無しに勝手に来たのはそちらでーす。立て込んでます。次回はアポを取ってからでお願いしまーす」


 倖は定位置に座り、コントローラーを握る。


「アポを取る気もないくせに、何を言っているんだ。開けろ、倖!」

「声、大きすぎ……」


 倖は頭に痛みを覚えた。


「お前は態度がでかすぎだ」


 拉致があかないと、倖は諦めてしぶしぶ玄関のドアを開けた。


「休日に何の用ですか。……ぶっ」


 少しだけ開いた扉を、友樹は強引に手前に引いた。ノブに手を掛けていた倖はその勢いで友樹の胸の中に顔面からダイブした。


「あぁー、眼鏡に顔の脂があ。あっ、ちょっと勝手に入らないで!」


 友樹は気にせず玄関に一歩踏み込む。

 簡素な玄関から奥の部屋に視線を送る。友樹は見たくて仕方なかった。倖がどんな部屋で過ごしているのかを。靴を脱いで上り込む。


「上がるぞ」

「上がらないで!」


 その言葉に友樹は振り返る。


「どうして上がったらダメなんだよ」

「社長の高価な靴下が汚れちゃう」

「は? お前の家はそんなに汚いのか?」


 倖はもじもじしていた。

 友樹の私服姿を初めて見た。仕事では髪を後ろに流すようにワックスが付けられているのに、今日は何もつけていない。それだけでもきちんと見える。私服は黒を基調としていた。ジャケットを羽織り、第二ボタンまで外されたシャツに細身のパンツ、革靴を着用している。胸元から色気が見え隠れしているのが、少々目の毒であった。

 どれもウン万円しそうな質感だった。それに比べて倖は上下セットで二千円もしないトレーナー姿だった。

 どう見ても倖の部屋には場違いだった。


「掃除はしてますけど……。なんというか、社長の格好は部屋に不釣り合いといいますか。狭いアパートに上がらせるのは申し訳ないというか……。そんな事よりも。どうしてうちに来たんですか! だからダメですってば」

「二人でいるときは名前で呼べって言っただろ!」


 珍しく倖がどもる。友樹は気にせず部屋に上がった。

 六畳一間の倖の部屋に足を運び、友樹は立ち尽くした。


「……言葉が出ない」


 狭い・圧迫感がある・荷物が多すぎ。

 縦にベッドが置かれ、ベッドを背もたれにしているようで床にはクッション、その前に小さなテーブル。壁際にラック、テレビ、タンスが置かれていた。テレビの前にはゲームソフトが積み重ねられている。

 部屋の隙間を無駄なく使われている感じがした。


 テレビ台の中にゲーム機が山積みに押し込まれていた。そしてゲームソフトがラックにびっしりと飾られている。その量がとてつもなかった。


「これを何というのか……。お前はゲームショップでも経営する気か? 女らしさが殆どないな。いや、あるか。ここに」


 積み重ねられたゲームソフトの上に、友樹があげたぬいぐるみが飾られていた。ベッドには元から飾られていたであろうぬいぐるみの端に、UFOキャッチャーで取った例の猫らしきぬいぐるみもちょこんと添えられていた。

 グッズはぬいぐるみ系で正解だった。嬉しさのあまり顔が緩みかけたが、倖に悟られぬ様にぐっと堪えた。


 視線を逸らすと、テーブルの上に無造作にプリントが一枚置かれていた。それを手に取り、目を通す。書類を見つけるとつい見てしまうのは職業病の一つだろうか。それを見た友樹は目が丸くなった。


「なっ……。俺の子●を産んでく、れ!? なんだこれは。18禁のゲームなのか? 倖、お前こんなゲームまで……」


 友樹の手の中にあるプリントを見て、倖は青ざめた。


 ――あれは黒井からもらった大事な発売日未定ソフト一覧表!

 黒井がウケ狙いで見つけてくれていたものを、友樹が読み上げていた。


「わあっ! ち、違いますっ! いちいち分析しなくていいですから! というより何か用事があって来たんですよね?」

「……ああ」


 放心していた友樹から倖はプリントを奪い返した。ゲームをしない人間に見られるのは不思議と気恥ずかしさを覚える。その紙をタンスにしまいこんだ。


「買い物に付き合え」

「買い物? そんなの一人で行って下さいよ。私はゲームがしたいです。ただでさえゲームをする時間が削られているんですから」


 そして倖のプレイ中のテレビ画面を二人は見つめた。


「倖、お前の家のテレビは小さいな」

「え、これ普通だと思いますけど」


 ゲームの為にどうしても妥協できなかった二十九インチの液晶テレビを小さいと友樹は言ってのけた。倖は驚きを隠せなかった。一人暮らしでは十分な大きさではないのだろうか。


「友樹のテレビは何インチなんですか?」

「わからない。だけどこれの二倍以上はあると思うが」

「……っ」


 倖は開いた口がぶるぶると震えていた。友樹には倖の頭の中が手に取るように分かるようになっていた。


「なんだ? うちのテレビでゲームしてみるか?」

「いっ、いいんですか!? ……あ、やっぱり結構です」


 ゲームをする時、アパートの壁が薄いために休日の昼間以外はヘッドホンをつけてゲームをしていた。社長をしている友樹の部屋ならきっと広いに違いない。普通のボリュームでゲームが出来るかもと一瞬思ってしまったが、すぐさま倖は否定した。人様の家でゲームをしたら、家主の存在を忘れてゲームに没頭してしまうのは目に見える。そんな行動を取ったらきっと友樹だけでなく、普通の人なら許さないだろう。


「じゃあ、今から俺の家に来るか?」

「ほえ」

「買い物は今度でいい。今から着替えて、ゲーム機を持ってこい」


 友樹は、グッズを買ってやろうとネットで検索までして店舗をリサーチしていたにも関わらず、予定を変更した。


 一足先に友樹はアパートの前に止めておいた車の中で待っていた。

 倖の家の住所は課長から入手していた。それをカーナビに登録して倖のアパートに来ていた。カーナビを見つめて時間を潰す。

 なぜだか今日はこのまま引き下がる気がしなかった。今日の予定は倖と過ごすと一度決めてしまうとそれをどうしても実行しなければ気が済まなかった。形はどうであれ。


 倖は着替えを済ませ、大事なゲーム機を抱えてアパートから出てきた。友樹は運転席から降りて、助手席のドアを開けてやる。

 肩を落として倖は呟く。


「はあ、見られたくなかった」

「どうしてだ」

「私の快適居住空間を見られただけでも恥ずかしい」

「あそこのどこが快適なんだよ」


 ゲーム機を預かり、後部座席に置いて倖に冷たい視線を投げつけた。

 あの部屋はどう見ても環境が良くない。体に悪い気がした。


「テレビの前に座って、手を伸ばせば欲しいものが殆ど届くんですっ」

「なんて横着な……」


 予想を裏切らない行動に、思わず吹き出しそうになりつつも友樹は車を走らせた。


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