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恋人代行  作者: 植田
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第八話 喜ぶ顔が見たかった

 仕事の合間に、友樹は友人の勤める会社に立ち寄った。


「こんなに貰えるとは思わなかったな」


 友樹は受け取った段ボールの蓋を開けて中身を覗いていた。前にUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみの他にも見た事の無い種類のものがいくつか入っているが、これも割と人気があると友人が言っていた。

 サンプル品が多く、少しいびつなものも混ざっているが、これだけあれば気に入ったものがいくつかあるだろう。これらはタダなので、倖なら遠慮せずに絶対に受け取るはずだと確信する。


 友樹はいてもたってもいられなくなる。


 友樹は会社に戻り、倖を夕飯に誘う事にした。

 どんな顔をして喜ぶのだろうか。

 定時前に携帯電話へ電話を掛けるが、仕事中のようで電話に出なかった。分かっていた事なので着信と留守電を残す。

 倖は携帯電話に着信があっても、定時後だろうが休憩中だろうが仕事中は掛け直さない女だった。


 よって、いつものように定時を過ぎたあたりで倖の課長に内線を掛け、倖の残業時間を確認してからそちらに掛け直す。

 直接倖の内線に電話を掛けないのは、他の社員に電話を取られると色々と面倒だからだた。


 三コール目で繋がった受話器から倖の声がした。浮かれた気持ちを声で悟られないようにと、ぶっきらぼうに倖の名前を呼んでしまった。そのせいで倖から露骨に嫌な声で対応された。つい条件反射でいつもの如く命令口調で呼び出した。


 倖の不満げな様子に少しだけ腹が立った。だが、絶対にこれを見たら喜ぶはずだと友樹は確信していた。

 すぐに見せては楽しみが減ってしまう。

 食事が終わり、助手席に乗り込んだ倖に声を掛ける。


「倖、後ろにある段ボールの中身を見てみろ」


 倖は訝しげな顔で友樹の顔を見た後、身を乗り出して後部座席の段ボールの蓋を軽く開けた。


「あっ」


 倖は中身を数個持ち上げて、助手席に座り直した。


「それ、友人からもらってきた。倖にやる」


 倖はニヤけては、きりりと表情を戻すを繰り返す。ごほんと咳払いをして友樹の顔を見た。


「有難うございますっ」

「約束だったからな」


 弾む声、それだけで友樹も嬉しくなる。

 視線は合わなかったけれど、倖が手に持ったものを見つめている姿を見られただけでも満足していた。


「それ、運んでやるよ。家はどこだ」

「結構です。うちの近くの道路は一方通行が多いから。あ、ここで大丈夫です。止めて!」


 毎度の事ながら、倖は家の前まで送らせようとしない。言われた通り、ハザードを点けて停車する。


 車から降りて、倖は後部座席から段ボールを持ち上げた。それを横から取り上げると、倖は複雑な表情を見せた。友樹は運ぶ気でいた。上がるつもりは無かったが、どうしても届けてやりたかった。


「うちのアパート、古いんで。見られると恥ずかしいからついてこなくていいですから!」


 手のひらを見せて思い切り拒絶され、気持ちが沈む。どうしてそこまで拒むんだ。


 倖は友樹の腕の中の段ボールをそっと取り上げた。


「友樹、これ、本当に有難うございました」


 ああ、またこの笑顔。自分に向けられた笑顔が心地よかった。表情を見られないように口元を覆った。


 頭を深々と下げた倖は、段ボールを大事そうに抱きかかえて自宅へと帰っていく。

 倖が視界から消えるまで、友樹は後姿を見届けた。姿が見えなくなると寂しさを覚えた。


「……はぁ」


 ――サンプルじゃなくて、きちんとしたものを買ってやればよかった。

 ハンドルにもたれて、友樹は独りごちる。


 喜んでは貰えたものの、友樹の心の中は自己嫌悪で一杯だった。


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