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恋人代行  作者: 植田
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第六話 お誘い

 ある日の夕方、課長が倖を手招きした。


「峯島君、ちょっと」


 課長が『君』付で呼ぶ時は、大体ろくなことがない。

 倖は机に手を掛け、重たい体を起こして課長の席へと進んだ。


「何でしょうか」


 課長は立ち上がり、咳払いを一つした。


「峯島、今日はゲームの発売日か?」

「いいえ?」

「では、残業を頼まれてくれないか?」

「残業、ですか?」


 倖の顔には明らかに「残業よりもゲームがしたい」と書かれていた。課長は一瞬たじろぐものの、気を取り直して頷いた。


「うむ。今日は二人インフルエンザで休んでいるだろ。それでだな、峯島には悪いんだが残業を頼みたくてな。分かっていると思うが明日中に仕上げないと間に合わない仕事が残ってしまってるんだよ。残業して少しは稼ぎたいって言ってたじゃないか。もちろん他の皆にも手伝ってもらうから」

「……わかりました」


 課長はほっとしてどさりと椅子に身を預け、額から流れる汗をハンカチで一拭きした。



 倖は集中力を最大限に活かし、仕事の追い込みに入る。皆で少しだけ残業すれば二人分の仕事なら簡単に補える。


 集中力を保たせたいのに、内線電話が鳴った。倖は画面から目を離さずに受話器を掴んだ。


「はい、経理課です」

『峯島か?』


 この低く苛ついた声の主が、誰だかすぐに理解して眉間を押さえた。


「なんです、こんな時間に」

『携帯に出ないからだろうが』


 一番下の引き出しを開けて鞄を見ると、携帯電話が着信を知らせる点滅を続けていた。引き出しを静かに閉め、課長の席に視線を向ける。

 課長はハンカチを握りしめた手を小刻みに震わせながら倖の方を見ていた。課長は意を決して立ち上がろうとしていた。


「残業中に取れますか!」

『まだ終わらないのか?』


 時計を見るとまだ十九時だった。残る仕事は最終チェックを済ませればほぼ終わりだった。

課長は立ち上がり「あらかた片付いたなら無理せず帰っていいぞ。お疲れ様」と声を掛け始めていた。

 その声で、静寂な職場が賑やかになる。


「えーと……」

『飯、食べに行くぞ。帰る準備して地下の駐車場に来い。分かったな』


 電話を叩き切られて、受話器を思わず耳から離した。全く乱暴なんだから。



 帰り支度をしているところに、同僚の黒井あきらから声を掛けられる。


「峯島さん、これネットで見つけた面白そうなゲームのリスト」

「いつもありがとね」


 黒井はゲーム仲間の一人だった。

 倖の家にはパソコンが無い為、黒井からネットで情報や攻略方法をプリントしてもらっていた。


「それとさ、あいつんちの奥さん、木綿子ゆうこさんが今夜夕飯ごちそうしてくれるって。その後みんなでPSPやるんだけど、峯島さんも来るよね?」


 木綿子さんは元同僚だった。社内恋愛の末、寿退職をした。倖のゲーム仲間の一人でもあった。

 黒井が指差した方向に木綿子さんの旦那が立っていた。

 倖の顔が一瞬綻んだが、ぐっと堪えた。


「ごめんね、今日は予定があるから行けないや。今度また誘ってね!」


 悔しそうな顔をして倖は鞄を持って退社した。



 黒井はそれを他の二人に報告した。


「えっ、珍しい。誘うと必ず来るのに」

「最近さ、峯島さんってオシャレに目覚めた感じするよな。それってやっぱり男でも出来たんじゃないのか?」

「ゲームにしか興味が無い感じだったのに?」


 二人は倖の話題で盛り上がる。

 顎に人差し指を曲げて添え、一人が口を開いた。


「いや、違うな。あれは好きな男が出来たんじゃないか?」

「えー、相手は誰だよ」

「俺は彼女が居るだろ、お前は妻帯者だし。消去法で行くと、黒井あたりか?」

「えっ、俺!?」


 黒井は鳩に豆鉄砲を食らった顔をしていた。

 もう一人の同僚も衝撃を受けていた。


「まっさかー。……でも、ありえるな。ゲームでも意気投合できる独身男性といったら黒井ぐらいだろ」


 二人は頷いていた。

 はじめはありえないと否定していた黒井は、その言葉に半信半疑になってしまった。心当たりがあるといえばある。ゲーム繋がりとはいえ、倖と一番会話をしているのは黒井だった。


 ――さっき悔しそうな顔をしていたのは、俺とゲームができないからだったのか……?

 まさか、な。

 黒井は頭を掻きながら呟いていた。


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