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恋人代行  作者: 植田
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第五話 打ち合わせ

「峯島か、定時後に夕食を取りながら打ち合わせを行う。帰るなよ?」


 有無を言わさずに電話を切られ、倖は後悔する。やはり請け負わなければ良かったと。


「はあ、ゲームが出来ない」


 がっくりと肩を落としながら、待ち合わせ場所に向かう。会社の外にタクシーが横付けされていた。社長が呼んだタクシーなのだろうか。少し離れたところで立っていると、後から来た社長に背中を押され、乗れと促された。

 そのタクシーに乗り込み、着いた先はフランス料理の店だった。倖は青ざめる。


「こんな高そうなところで食事だなんて」

「奢ってやる。安心しろ」


 その言葉を聞き、倖の足は動き出した。


 案内された席に対面で腰掛ける。テーブルには白いクロスが掛けられ、その中央に置かれた一輪挿しに生花が飾られていた。


 メニューを見てもピンと来なかったので、社長に任せた。社長はメニューも見ずに何かのコースを二人分頼んでいた。



「まずはこちらをお返しします」


 倖は理由を述べてクレジットカードを返した。


「そうか、では費用が発生した時は領収書を俺によこせ。その分は全額現金で払ってやる」

「わかりました」


 社長はワインを味わいながら、倖の服装をチェックした。

 倖は無難にパンツスーツにブラウスを着用していた。視線だけでチェックされているのは倖にも理解できた。


「できればスカートを履いてくれ」

「ええー。社長って女性の足が好きなんですか。うわっ、飛ばさないで」


 倖の一言で、社長は飲もうとしていたワインを口から吹きこぼした。


「好みなんていいだろ別に。お前はスカートのほうが似合うと思ったからだ!」

「そーでしたか」


 社長は倖に言い当てられ、動揺した。そうだと素直に言えなかったのは、やや批判気味に言われたせいもあった。 

 気を取り直して社長は本題に入る。


「早速だがフリをするために、余所余所しさをなくしてもらう。その為に二人でいるときは名前で呼べ。分かったな?」

「……はい、谷川さん」

「苗字じゃない、名前だ!」

「はひっ」


 倖は背筋が伸びた。二人きりでもこの威圧感を何とかしてもらいたかった。


「それと、携帯電話の番号を教えろ。連絡先が内線だけだと不便だ」

「はあい。じゃあ番号を言いますね。090」


 倖は暗記している自分の番号を言い出した。


「ちょっと待て、赤外線通信があるだろ」

「……赤外線?」


 倖はきょとんとしていた。


「赤外線、分からないのか? お前のほうが携帯を使いこなしていそうなのに……。携帯を貸してみろ」


 倖が鞄から携帯電話を取り出すと、それを社長は掴み取る。二つ折りの携帯を開き、待ち受け画面を見て固まった。


「な、んだ? これは何の絵だ?」

「ああ、それは今私がやっているゲームの待ち受け画像ですよっ」


 チカチカしたイラストを見て、社長は『引いて』しまった。

 これが倖の好きなゲームなのか。何のゲームなのか想像すらできなかった。

 軽く頭を振ってから、社長は慣れた手つきで赤外線通信の画面を表示させ、アドレス交換を完了させた。

 倖は携帯電話を受け取り、鞄に収めた。


「そういえば、あんなに綺麗な女性と、どこで知り合うんですか?」

「彼女たちは取引先や別会社の社長令嬢が殆どだ。両親が勝手に仕組んだ見合い話が原因だ」

「そうだったんですね」


 確かに見た目も良くて、肩書が社長だったら伴侶としては申し分無い相手なのだろう。だけどこんなにもピリピリした男のどこが良いのだろうか。

 倖は眉根を寄せて社長を見ていた。


「ところであの女性はいつ出没するんですか?」

「あいつらは神出鬼没だ。自宅や会社の前で待っていたりする。最近は引っ越したから自宅に来ることは無くなったが。何度か婚約者ヅラをして、社長室までのこのこ足を運んできた時は本当に参った。今は警備員と秘書に事情を話してあるから、社長室までは来なくなったがな」


 警備員は十九時で上がってしまう。だからその時間あたりからロビーをうろついていたのか。


「そこで、倖には一緒に帰宅したり、こうして何度か食事を付き合ってもらいたい」

「食事ですか」

「次回からは別会社の社長たちが接待でよく使う店に通う。直接会って断っているにも関わらず、娘共々諦めない人間が数名いるんだ。そんな彼らに俺の恋人の存在を見せつければ諦めもつくだろ」

「なるほど……」

「だから親しげな雰囲気作りに気を配れよ!?」

「はーい」


 できるだけ短期間でこの茶番劇を終わらせたかった。ああもしょっちゅう金切り声で結婚を迫られては、疲れが増すばかり。これでようやく邪魔な存在が排除できる。

 倖という好都合な女性が見つかり社長は安堵していた。突然呼び出してもすぐに合流できるし、同じ会社というだけで交際理由にもなる。

 社長は煽るようにワインを飲み干した。



 倖は目の前に運ばれた料理を見つめ、一口食べた。それからその味を確かめるように何度も食べて味わっていた。

 いつもこんなに美味しいものを社長は食べているなんて。エンゲル係数、高すぎ。ああ、だけど本当に美味しい。幸せすぎる。つい倖の顔は緩む。


 今日の打ち合わせ内容によっては、この仕事を断ろうかと倖は思い悩んでいた。食事をすすめながら倖は再び考える。


 毎回ご馳走してもらえるとなると、その日の夕食代が浮く。いいかもしれない。

 すぐに頭を振った。夕食代といっても自炊している為、浮いてもせいぜい一食数百円程度だった。あまり意味がないではないか。更に倖は右手のナイフを皿に戻し、額に手を当てた。

 ――肝心な事を忘れていた。ゲームをプレイする時間を削られることのほうが何よりも大きい事に。


 今度は大事なことを思い出し、倖は顔を上げる。報酬の事を失念していた。報酬がもらえたら諦めていたゲームが入手できるではないか。右手の指を折りはじめる。購入を断念したものや、発売予定で諦めていたゲームソフトを思い返す。

 やはり新しいゲームをプレイしたい。現在よりも未来。未来を見つめねば!

 右手に拳を作り、決心した。倖は仕事を断ることをやめた。


 倖の表情がくるくると変わる。


「どうした、まずいのか?」

「いいえ、とっても美味しいんです!」


 倖の笑顔を見て、社長はほっとして食事を始めた。

 倖がどうして恋に走らず、ゲームばかりに夢中な人生を歩んでいるのか気になった。


「そういえば、お前の好きな男性はどんなタイプなんだ?」

「私ですか?」


 恥らいながら倖は答えた。


「色々ですけど。好きなタイプはゲームキャラですね」

「ゲームキャラ?」

「仕草やセリフとか、色気のあるキャラなんて最高ですね! そんなキャラに出会ってしまったら悶え死にます。他にはちょっと抜けてるキャラとか、母性本能をくすぐる弟系キャラとか! くうー! 言葉だけでは伝えきれない!」


 目をキラキラと輝かせ、倖が不思議なハイテンションでゲームキャラについて熱く語りだした。饒舌スイッチが入った倖の口は止まらなかった。

 倖に圧倒された社長は、ただその姿を呆然と眺めていた。


 倖は好きな話を満足するまで喋りきり、清々しい顔をしていた。 


 コースも終了し、全て食べ終えたところでお開きとなった。

 中盤は打ち合わせというより、倖の熱弁大会に近かった。その後は、たわいもないプライベートな話の情報交換の場となった。


 頼んだタクシーが二台到着する頃、社長はレストランの会計を済ませる。倖は店を出たところで社長に向き直る。


「今日はご馳走さまでした」

「ほら、タクシー代だ」


 財布から出されたお札を、倖は受け取らずに拒否した。どうして躊躇いなくそれをぽんぽん出せるのだろうか。


「いいですよ。お金がもったいないです」

「何を言ってるんだ、タクシー代くらい出してやる。俺が呼び出したんだから気にするな」

「だけど、このお金があったら……、ゲームが一つ買えちゃいます。それでは、お休みなさい」

「ちょっと待て!」


 歩いて帰ろうとした倖を引きとめた。歩いて帰るにもここから駅まで三十分近く掛かる。バスを待つとしてもこの時間では本数が殆どない。


「今日の所はタクシーで帰れ。金も気にするな。社長命令だ」

「わ、分かりましたぁ」


 倖がタクシーに乗り込むまで、社長は睨み付けていた。

 今まで付き合ってきた女性は奢られるのは当然といった女ばかりだったので、拍子抜けしていた。


「変な奴」


 社長もタクシーに乗り込み、帰宅した。


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