第十七話 目撃
友樹は多忙になり、倖と絡む事が無くなった。
倖は携帯電話の着信履歴をチェックする日課が出来てしまう。
「はあ」
帰宅してもゲームをする気になれなかった。
倖は駅前のスーパーで食材を買いに行く。必要最低限の食材を購入し、ゲームショップに足を運ぶがどれを見ても心が全くときめかなかった。いつもなら店内の隅々の商品チェックをするのだが、そんな気分にもなれず、入口の売れ筋ランキングをぼーっと眺めた後、倖は外に出た。
気温が下がり、外は既に日は沈んでいた。とぼとぼと足を動かすと駅の看板が眩しいくらい煌々と輝いている。自動改札から時折聞こえるメロディが耳に届いた。そちらをみると改札口から綺麗な女性が出てくるところが見えた。女性は辺りを見渡し、誰かと待ち合わせをしている様だった。その女性はすぐに笑みを零す。その視線の先には待ち合わせていた人物が小走りで駆け寄る。
スーツを着こなした、体のがっしりした感じ。見た目はまるで友樹そのものだった。
――え、友樹!?
足元から血の気が引いていく。見間違いではない、本人だ。倖はその二人から視線を外すことが出来なかった。
なんて綺麗な女性なのだろうか。暗がりながらもそれは見て取れる。華奢な体。頭からつま先までお金をしっかりと掛けて女性を磨き上げた完成品。動作一つに品がある。そんな彼女と、友樹は肩を並べて笑ている。倖の存在に気が付かずに。
彼らの向かう先には友樹の車が停車していた。助手席にその女性を乗せると友樹は小走りで運転席に戻る。ハザードランプを消して車は走り出した。
――見たこともない優しい顔してた。
ジリジリと胸が痛みだす。
助手席は自分の特等席だとどこかで自惚れていた。あの綺麗な女性が座った瞬間から、私の居場所はそこではないと見せつけられた気分だった。
仕事で忙しいといっていたが、実際はあの女性と逢っていたのかもしれない。絵になる二人を見て胸が締め付けられた。
ようやく顔を上げた倖は、頬を押さえた。
頬に伝うものが何なのか、考える間もなく負の気持ちに飲み込まれる。
「苦しいよお。何これ、何なのお」
倖は閉まる喉を押さえ嗚咽していた。
☆ ☆ ☆
「ごちそうになって悪いわね」
「いや、気にしなくていい。呼び出したのは俺の方だし」
友樹は女性と近くの懐石料理屋に来ていた。
「しかし呼び出したりしないで迎えに来てほしかったわ」
「悪かったよ、すぐにでも会うにはこうして落ち合うのが一番早かったから」
「そういえば最近、周りの女性を一掃したって聞いたけど本当?」
「ああ」
女性は箸の先に手を添えて、一口運ぶ。友樹は食事を口にはせず、頬に手を寄せて視線を逸らしていた。
「もしかして一人の女性に絞ったって事?」
「ああ」
友樹は、店内を見渡すようにしてお茶に口を付けた。明らかに照れていた。
その言葉を聞いた女性はみるみる頬を赤らめる。
「う、そでしょ。それって本当に? 信じていいの?」
「何度も言わせないでくれ、結構恥ずかしいから」
テーブルの上にはリングケースが置かれていた。
「はいこれ。頼まれていたモノよ。そんなに好きなの? 彼女の事が」
「そうだ、な。彼女と交際したいし、結婚も考えている。彼女といると楽しくてね。ずっと一緒に居たいと思えるのは彼女が初めてで……。あ、姉貴。このことは両親に言わないでくれよ」
「いやだ、まだ交際すらしていなかったの? 友樹にしては珍しいわね。分かってるわよ、余計なことは言わないわ」
友樹は姉に『彼女のフリ』を頼んでいることを説明するのが面倒だった。姉におもちゃにされるのは目に見えていたからだ。
リングケースを持ち上げ、姉は友樹を見据えた。
「これ、無駄にならないようにしてよね。私の力作なんだから」
「分かってるよ」
友樹の姉はジュエリーショップを経営していた。可愛い弟の為に世界にたった一つのデザインを手掛けていた。
「その彼女が未来の義妹になることを祈ってるわよ。ようやくあんたも結婚する気になってくれて私は嬉しいわ。だけどあんたぶっきらぼうなんだからもう少し優しく接しなさいよ」
「……うるさいな。そういう所はお袋そっくりだよな」
この手の話になると、くどくなる友樹の性格を理解していた姉はすぐさま話をすりかえた。
「エスターテを預けるとき、たまにはうちでゆっくりしていきなさいよ」
「だから、勝手にあの犬に名前を付けるなって言ってるだろ。そういや、あの犬の名前は『おい』だった」
「……おい?」
「そう思い込んでいるらしい」
友樹は不機嫌そうに食事を口に運んだ。その瞬間、友樹の姉は目を見開き、顔を覆った。
「ああエスターテ……、何て可哀想なの。こんなひどい名前を付ける弟を許して。ところで子供に名前を付けるときはちゃんとした名前を付けてあげなさいよ」
「話が飛び過ぎ。子供にはちゃんとした名前を付けるのは当然だ」
姉を駅まで送り、友樹はリングケースを見つめた。すぐにでも渡したい衝動にかられるが我慢した。
友樹はずっと倖の事が頭から離れなかった。日を増す毎に思いは募るばかりだった。今すぐにでも会いたい気持ちをおさえていた。今会うと、倖を束縛してしまいそうだった。
束縛、その言葉が脳裏によぎった瞬間から倖に何かプレゼントをしたかった。どうせならずっと身に着けてもらえるものを。指輪なら虫よけにもなるだろう。プレゼントを受け取らせる方法ならいくらでも思い浮かぶ。
だが贈り物をしたからといって、倖の心を掴めるとは到底思えなかった。
そう簡単に落ちない女性を選んだ事に対しては自信がもてる。そんな相手なだけに、下手な行動は逆効果になりかねない。
――難しい。
自分に振り向かせるにはどうしたらいいのか、友樹は頭を捻っていた。