天才魔導師リズベット!私は、呪われ貴公子(尊い)を救いたい
格好いい女の子が大好きです。
リズベットがそうとは言っておりません(言い逃れ)!(笑)
「危ない……!殿下、避けて!」
リズベット・ヴァイス公爵令嬢。
私は生まれながらに強い魔力を持っていた。
誰もが「次期魔塔主」か「筆頭魔道士」になるだろうと言っていた。
まあ、調子に乗っていたわけだ。
その日、王女は演説のために街へ降りていた。
彼女の十五歳の誕生日だ。
私は魔法防壁を張り、警備に当たっていた。
何故私が?
そんなふうに思いながらも内心喜んでいた。
この場には、幼馴染のローゼン公爵子息――マティアスがいるからだ。
王女と並んだ彼は、一対のお人形みたいにお似合いだった。
(……くぅ~!また格好良くなってるわ)
王女の婚約者だ。
仕事の時にしか会えなくなってしまった。
そうやって、久々の再会に浮き立っていた私のせいだ。
――忘れもしない。あの瞬間。
ガラスが砕けるような音とともに、私の魔法防壁が壊された。
警備の穴を突かれ、王女殿下が何者かに斬りかかられる。
騎士が助けに入る間もなかった。
……その時。
マティアスが王女の前に出た。
日の高い時間帯、目撃者も大勢いるなかでの凶行だった。
幸い、王女に怪我はなかった。
誰もが安堵した。
脇腹を刺された彼を除いて、他に被害はなかった。
「完璧な婚約者」と呼ばれていた彼は、まあ、あれね。
いわゆる傷物になった。
また悪いことに、その刃物には呪いが掛かっていたらしい。
少しずつ、少しずつ、身体が麻痺して動かなくなっていく呪いが――。
そして私は、その呪いを解くために五年を費やしている。
まだ、彼の呪いは解けていない。
将来有望だった天才少女は、今や本を読み漁り、怪しげな魔法を試して回る「変人」になったのだ。
――マティアスを、私が助けてみせる。
それが、私の後悔と贖罪、そして誰にも言えない感情と決意の証だ。
◇◇◇
「マティアス。これ、新しい薬。古い文献を漁っていたら、手元に材料があったから作ってみたのよ!」
ベッドの上で静かに本を開いていた彼が、私を見て微かに微笑んだ。
もう顔にも麻痺が回っているの?
医者じゃないから、わからない。
「また来てくれてありがとう、リズベット」
「いいえ。私の時間は私が使うの、お礼は不要よ!」
公爵令嬢といえば、ドレスだけど。
私がいつも着ているのは、研究用の白衣だった。
過去に「天才少女」と言われた私は、うら若き二十歳の「天才美女」になっていた。
――自称だけじゃないわ。前に、聞いたことがあるもの。
ちゃんとしていれば美人だと!
マティアスは、麻痺が進んで動きにくくなっているはずの腕を伸ばしてきた。
そっと、その手に青紫色のフラスコを渡す。
あれ?なぜかガッカリしてる??
「リズベット、また徹夜しただろう。顔色が悪いよ。……ついでにその薬も、もの凄く酷い色だ」
「大丈夫よ、ちゃんと毒味はしたわ」
紫なのは、花の色素が出ているからだもの。
「沸騰してるわけでもないのに、ボコボコいってるこれを!?……駄目だよ、無闇に変なものを口にしたら」
「変なものじゃなくて薬だってば……!」
身体の苦痛を少しでも和らげたくて、鎮痛剤と、少しだけ気分が向上するものを入れてある。
毒見をした日の私の研究日誌が、すべてを物語っていた。
なんと大切な研究中に、ポエムなんて書いちゃっていたのだ。
物凄い効果だと思う。
――その時、案の定邪魔が入った。
いつもそうだ。
彼を大切にしてくれない、クラリーネ王女殿下のご登場だ。
まぁ……婚約者でもない私に文句は言えない。
「マティアス。調子はどう?今日も大神官が治療に来てくれたわ」
「クラリーネ殿下、このような姿でお迎えして申し訳ありません」
「……お久しぶりでございます。ヴァイス公爵家のリズベットです」
二人が挨拶を終えたタイミングで声をかけた。
私は部屋の隅に寄り、殿下へ挨拶をする。
「あら、リズベット嬢じゃない。また会ったわね。でもまぁ、よくそんな服装で男性の部屋へ来れるわね……」
嘲りの視線がバレバレですよ、王女様。
緩くウェーブのかかった金髪に、青い瞳の可憐な顔立ち。
彼女は「我が国の宝石」と呼ばれている。
ふん。宝石ってきっと、みんなお高く止まっているから美しいのね。
「……エルフラム大神官。感謝します」
王女の隣に立つ男性は、若くして大神官として名を馳せ「次期教皇」候補の一人とされている。
その甘い顔立ちから、女性にも人気がある。
その場を取りなすように、マティアスが胸に手を添えて頭を下げた。
――何が感謝よ……。
魔力と神聖力では性質が違いすぎて、完全には把握できないけれど、良くなる気配がない。
大神官の手がマティアスの身体に触れた。
その瞬間、光が部屋を照らす。
最初は、驚くばかりだった。
そして、今は――。
マティアスの指輪だけ、ぽっかりと神聖力の光を避けているのがわかる。
「伴侶の指輪」と言われるものだ。
この指輪に王族への愛を誓うと、生涯抜けなくなるらしい。
初代から受け継がれてきた、王家の秘宝。
詳しいことは全て秘匿されている。
私はそれをじっくりと観察する。もう毎度のことだ。
弾いている?
やっぱり、吸収……じゃないわ。
“干渉できない”。
私の魔術も、あの指輪に妨害されて歪んでしまう。
厄介な代物だ。
「まあ、ちょうど良かったわ。リズベット嬢、貴女の魔力を貸してちょうだい」
クラリーネ王女は、こてりと小首を傾げた。
――嫌な予感しかしない。
こういう時は決まって、彼が無理をさせられる。
「今日は新しく設立した孤児院のお披露目なの。マティアスに“身体強化”の魔法をかけてくれない?そうね、三時間でも十分だわ」
街の視察?新しい施設のお披露目?
でも、三時間じゃ回りきれないんじゃ――。
「ですが、たった三時間なら、無理やり付き合わせなくても……」
「馬車の中から、マティアスが笑って手を振るだけでいいのよ。市民の人気も高いしね。でも、エスコートも任せられないし、恥ずかしいのよね」
クラリーネ王女が、口元に手を当てて笑った。
……ごめん、マティアス。
私が反論したせいで、貴方に酷い言葉を聞かせてしまった。
彼は誠実に、ずっと耐え続けて王女に尽くしているのに。
駄目だ、これ以上は藪蛇だ。
「わかりました。……ただ、その都度調整するので、私も同行します」
もう記憶の底に沈んでいた、遠い日のことを思い出す。
彼には幸せになってもらいたい。
あの日のマティアスは、確かに王女に恋をしていたのだから。
◇◇◇
馬車の中から、王女とその婚約者が沿道の人々に手を振っている。
歓声は、大通りを抜けるまで途切れることはなかった。
私はもう一度、魔法防壁の術式を確認する。
――二度と失敗しない。
万一のことがあっても、私が防いでみせる。
しかし!一つ文句を言いたいわ。
(……まったく。王女は相変わらずね。顔がいい男に弱いっていうか)
目的地へ向かう途中、王女はこっそりと馬車を乗り換えてしまった。
エルフラム大神官の乗る馬車に、だ。
マティアスを治療するために同行するなら、彼の隣にいるべきなのに……!
王女にベッタリな大神官にも呆れるわ。
「……マティアス。じっとしていて」
ふと隣を見ると、彼は苦しそうに顔を顰めていた。
額に浮かんだ冷や汗を、ハンカチで拭き取る。
――全身がこんなに冷たくなっている。
その手に触れてみた。
指は強張り、なかなか開かない。
それを温めるように、そっと両手で包む。
「……ごめん、効果が薄いみたい。もう一回、魔法をかけるね」
「リズベット、ありがとう」
――冷たい金属の感触がする。
「伴侶の指輪」
やっぱり。
この指輪が魔力を歪ませている。
もっと効率のいい治療ができればいいのに……!
本当は、早くベッドで休ませてあげたい。
彼に魔法を重ね掛けして、窓の外へ目を向けた。
王女殿下の馬車はどこかしら。
今日は限界だ。
ここで無理をさせると、またしばらく寝込んでしまうかもしれない。
休憩時間になり、私はすぐさま王女の元へ走った。
しかし、すでに姿はなかった。
(殿下はどこへ行ったのよ……)
十分以上探し回り、ようやく彼女を見つけた。
いくら休憩中だからといって、こんなに人けのない場所にいるなんて……!
護衛をなんだと思っているの!
大股で近づこうとしたが、途中で足が止まってしまった。
「王女、でんか――」
大きな樹木に隠れるように、彼女は男と抱き合っていた。
よりにもよって、マティアス以外の男性と。
それも、彼の呪いを治療している、エルフラム大神官とだなんて――!
◇◇◇
「クラリーネ殿下。無防備ですよ、こんな所を誰かに見られたら……」
「ふふふ。今さらでしょう?……もう、彼は長くないんだから」
――な!
とっさに気配遮断の魔法をかけて、その場に留まる。
彼らの話の内容が、信じられなかったからだ。
(……でも私の姿は丸見えよね。早く近くに隠れないと)
近くの茂みに身を隠して、耳をそばだてる。
――えい、身体強化!聴覚二倍なら聴こえるかしら?
「ねえ、どうすればいい?お父様は、もう次の婚約者を選び始めているわ。……私は貴方しか愛せないのに。マティアスが思ったよりもしぶとく生き残るから、こんなことになったのよ――」
「……クラリーネ様、ここで滅多なことを言っては……」
窘める言葉を遮るように、王女がさらに強く縋りついた。
「だって時間がないのよ……。やっぱり、伴侶の指輪。マティアスが死んで、あれが指から離れた瞬間が最後のチャンスだわ」
「……ええ。ですから治療をコントロールしてきたんです。もう少しですよ」
治療をコントロールですって……?
どうりで神聖力の効き目まで弱いと思っていたのよ。
……この人たち、最低だわ。
「陛下の手に指輪が渡る前に、私がはめてしまえばいい。指輪は誰にも外せないのだから。陛下も、貴女との結婚を認めてくださるでしょう」
大神官の静かな声音に、わずかに熱が籠もった。
それが気持ち悪い。
胸がむかむかして、魔力が溢れてしまいそうだ。
「ええ。貴方の提案のとおり、あの指輪に私たちの誓いを立てれば、もう覆らない……。そのためにも、早く彼を死なせないといけないわ」
早く死なせる、ですって……?
息が止まった気がした。
「……リズベット公女が邪魔ですね。彼女は勘が良すぎる」
「昔から忌々しい女ね」
王女が美しい顔を歪ませる。
エルフラム大神官はその顎をとり、顔を寄せて彼女の耳元で囁いた。
――小声で聞き取りづらい。
どうしよう、もう少し近づこうか……。
そう迷っているうちに、二人は再び話し始めた。
「マティアス公子との醜聞なんてどうでしょう。彼が公女に我を忘れて襲いかかった――そんな噂にでもなれば、二人を引き離せる」
なんてことを……!
マティアスをどこまで馬鹿にすれば気がすむの――!
チリチリと自分の魔力が、肌を刺していく。
いっそのこと、この場であの二人を――。
「……リズ!駄目だ……!」
指先に魔力を込めようとした瞬間、後ろから力強い腕で抱きしめられた。
馴染みのある香りが漂ってくる。
……マティアス。
なぜここに……。
ここまで移動するのも、大変だったはずなのに。
腕に力を込めるだけでも苦痛なはずなのに。
いえ、そんなことよりも……!
とにかくバレる前にここを離れなきゃ。
今、物凄い話を聞いてしまった。
(あの二人が、そんな下衆なことを考えていたなんて……!)
――もし、マティアスまでこんな残酷な真実を知ってしまったとしたら……。
ゆっくりと息を吐き出す。
駄目だわ。
私が冷静にならなければ、彼を守れない。
安心させるように、彼の腕をポンポンと叩いてあげる。
「……マティアス。もう大丈夫だから、すぐにここを離れましょう」
彼は私の言葉に頷き、ちらりと彼らへ視線を送った。
彼は、聞いてしまったの?
王女を慕っているのに、あの場面まで見てしまった?
なんて声をかけていいかわからない。
早く、こんな所から離さないと……!
「見つかると厄介だな。悪いけど、少しだけ肩を貸して。……重かったらごめん」
「……ええ。とりあえずあっちへ」
彼の腕を自分の肩に回し、反対の手で馬車の方を指さした。
マティアスの体重が伸し掛かる。
でも、重いなんて言っていられない。
(よし。気づかれる前に、だいぶ距離を取れたわね)
ようやくほっと息をついたところで、マティアスの指が私の目元に触れた。
「……知ってた?君は意外と泣き虫だって。リズには、僕の知らないところで傷ついてほしくない」
「……え?」
彼はいつも私に優しい。
そして、優しいから自分のことを大切にしてくれない。
――違うよ、マティアス。
私が今、悲しい理由はね……。
貴方が辛いかもしれないって、そう想像してしまうのが嫌なんだ。
「……こら馬鹿妹。お前、うちを反逆罪で潰すつもりか」
「――フォル兄!?何故ここに……。資料の整理はどうしたのよ」
振り返れば、目の下に隈を作った次兄、フォルスがいた。
昔、天才少女にバキバキにプライドを折られ、今や私を崇める補佐である。
「お姫様の我が儘で、またマティアスが連れ回されてるって聞いたからな。だからこっちに来たんだよ。どうせお前は、コイツから離れないだろうし」
「……うるさい。でも、助かったわ」
先ほどは気づかなかったけれど、私の魔力に兄の魔力が干渉した跡が残っていた。
なるほど。
この兄も、私の暴走を止めてくれていたわけか。
借りを作っちゃったわ。
いや、だけど心強い。
王女と大神官の話をもとに、情報を整理しないと。
これはどうしても、嫌な仮説が立っちゃうわね。
◇◇◇
マティアスの体調が悪化したと言って、私たちは屋敷へ戻ってきた。
大丈夫だと笑うマティアスをベッドへ押し込み、私とフォル兄は椅子に座った。
「……あの、言いづらいんだけれど。マティアス、さっき……」
王女のことを話そうにも、やはり上手く切り出せない。
あの浮気者!
あんな女が、彼を傷つけるなんて……!
しかも、私の口から説明させるなんて酷い話だわ。
「ああ、クラリーネ殿下のこと?……はは、前から知ってたよ。元から僕に隠すつもりはなかったみたいだ」
「……社交界でも公然の秘密だな。表立っては誰も口にしないが」
「……え」
二人の言葉が、一瞬理解できなかった。
未知の言語を聞いた、あの時に似ている。
なにそれ、もっと最低じゃない!
「フォル兄。……やっぱり、伴侶の指輪には秘密があるみたい。……大神官があんなにも執着しているなんておかしいもの。『陛下すら外せない』みたいなことを言っていたわ」
「ああ……。古代魔法だ。怪しさ満点だな。しかも、死ぬまで外れない?まるで呪いのアイテムだ」
――でも、マティアスの呪いと指輪の関連がわからない。
呪いに詳しくはないけれど、普通は対象者を指定してかけるはずなんだ。
あのナイフでマティアスが対象者になった……?
いや、呪いなら遠距離からでもかけられるはず。
あの襲撃は何だったのか――。
「あーー!!わからない!いつもここで躓くのよ!」
襲撃犯は最後まで口を割らず、翌日に死んだという。
最初から遅効性の毒を飲んでいたらしい。
――でもよく考えたら、変じゃない?
犯人は、最初から失敗を視野に入れていたみたい。
どっちにしろ、死を覚悟していたのは確かよね……。
それなのに……。
あの時、私の魔法を破ったにしては、ずいぶんとお粗末な襲撃なんだ。
あんなナイフを振り回すより、魔法で攻撃したほうが効果が高い。
なぜ。
なぜ――?
「私なら、確実に殺る為にどうするかしら」
「……物騒な奴だな。お前なら、俺を盾にして、後ろから攻撃するだろ。安全地帯からバーンでドーン!だな」
ふむ。そう言われると確かに……。
「なあ、フォルス。ちょっと席を外してくれないかな」
マティアスがゆっくりと身を起こし、上半身を枕に預けた。
そして、私の方をじっと見つめる。
兄が部屋を出たのを確認して、彼に向き合った。
「……どうしたの?」
フォル兄がいないと、気まずいわ……。
マティアスは被害者なのに。
なぜ、私に詳しい病状を教えてくれなかったのか。
なぜ王女とのことを教えてくれなかったのか。
彼を問い詰めて、責めてしまいそうな気がした。
「初めて僕たちが出会った日を覚えてる?」
「……うん」
幼い頃、私は周りとうまく馴染めなかった。
かといって、低脳だとしか思えない会話に自分から加わるのも嫌だった。
だから、よく孤立していた。
今考えると馬鹿みたいよね。
周りに合わせられない私の方が、よっぽど酷かったのに。
そんなことにすら気づけない。
普通の子よりも、ずっと間抜けだった。
「マティアスが『もったいない』って声をかけてくれたのよね。わざわざ敵を作るのは効率が悪いって」
「あはは。僕も大概だったなぁ……。でもね」
マティアスは少しだけ目を細めて私を見た。
「あの日、自分を『天才』だと言い張る女の子の、意地っぱりな横顔に憧れたんだ」
「……え?」
驚いて聞き返してしまった。
だってそんなこと、全然知らなかった。
生まれた時から王女と婚約していた、手が届かない幼馴染。
近くて、遠かった。
けれど、目を丸くする私から逃れるように、彼はサイドボードへ視線を向けた。
「サイドボードの引き出しにさ。君宛ての手紙が入っているんだ」
「わかった。それを読めばいいの?……ちょっと待ってて」
私が立ち上がろうとすると、彼は力なく首を振る。
「……違うんだ。思ったよりも、早そうだからさ。僕が君の前から居なくなった後に読んで欲しい」
「……マティアス!そんなの受け取れないわ!」
私の前から、居なくなるですって?
すぐに拒絶の言葉が口をついた。
「……お願いだよ、リズベット。君にしか手紙は遺さない。だから、受け取ってほしいんだ」
「……いらない。そんなもの、絶対に読まない」
「……リズ」
くるりと背を向けた。
私を呼び止める声にも耳を貸さず、そのまま部屋を出る。
私と入れ違いに、兄が部屋へ入っていった。
けれど、今はマティアスの顔を見たくなかった。
――大声で泣いてしまいそう。
こんな時、どうすればいいんだっけ。
昔の、元気だった頃のマティアスなら、気が強い天才少女に優しく教えてくれたかもしれない。
でも、今は。
今のマティアスが、私を泣かせるんだわ。
◇◇◇
「……やっぱり」
呪いについて何度も調べ、黒魔術師やら呪術師を名乗る怪しい人物にも会った。
そして、返ってくる答えは、いつも同じだった。
――解呪できないほど強力な呪いなら、もう「死」しか残されていない。
呪いが彼を殺す。
せめて、神殿が力を貸してくれたら道はあったかもしれないのに。
あの大神官がいる神殿なんて、信用できない。
告発したって、きっと証拠が揃わない。
「私、マティアスを治療するのは諦める」
「おい、リズベット……」
フォル兄が慌てた様子で私の肩を掴んだ。
お互い、何日もまともに寝ていない。
「マティアスの所へ行きましょう。ついてきてくれる?二人に話があるの」
あの日、マティアスを振り払って帰った。
私が彼を訪れるのは、あれ以来だわ。
たった数日間、彼に会わなかった。
それだけなのに、マティアスはほぼ寝たきりになっていた。
彼のご両親も、すでに覚悟を決めているようだった。
部屋にいた医者は、もって数日だと言った。
意を決して、彼に残酷な言葉を告げる。
「……マティアス。貴方、今ここで死んでくれる?」
彼は私の言葉に、目を見開いて驚き――
「……いいよ。もう一度、君に会えたんだから」
声を詰まらせながら、見たこともないほど儚く微笑んだ。
◇◇◇
「フォル兄、準備はいい?失敗は許さないわよ」
「お前……!勝手に準備しやがって!……ほぼ完璧だ、またまたお兄様が認めてやるぜ、天才!」
最後の調整のため、二人でスクロールに描かれた魔法陣を確認する。
いくらフォル兄がそれなりの実力者でも、この魔法陣だけは誰にも手を加えてほしくなかった。
それほど繊細なものだ。
――これが成功したら、ちょっとした騒ぎになるわね。
「ここの文字が心臓を止める術式。こっちが時間の設定。再始動はこっち。何度もチェックしたけど、できればもう一度……」
準備が整っても、まだ確認したい。確認が足りない気がする。
「リズ、大丈夫だよ」
「でも……!」
マティアスの穏やかな声に、手を止める。
でも、怖い。
怖いの。
もう、二度とこの声が聞こえなくなってしまったら……。
この笑顔を、失ってしまったら……?
「おい、やるぞ。どっちにしても、これしか方法はないんだからな。……何もしないで、指をくわえてる奴が一番嫌いなんだろ?」
「……わかってるわよ。この天才リズベットが、呪いを完璧に騙してやるわ」
兄のあからさまな挑発に、私は口元を不敵に吊り上げた。
自分を奮い立たせるために。
マティアスをこのまま失わないように。
作戦をもう一度頭の中で繰り返す。
「死の成就」が呪いの目的なら、マティアスを一回仮死状態にする。
それで呪いが解けてくれればいい。
しかし、成功する保証は一つもなかった。
「……いくわ」
魔法陣に手を添え、魔力を注ぎ込んだ瞬間――。
眩い光と共に、魔法が発動した。
その中心はマティアスだ。
彼の心臓の位置へと、光が吸い込まれていく。
――お願い!
医者からは二分〜三分程度が限界と注意されている。
懐中時計の秒針をじっと見つめる。
カチ。
カチ。
カチ。
……一分経った!?
まだ、まだなの!
まだ、たったの三十秒!?
すぐにでも魔法を解きたくなった。
顎を伝った冷や汗が、手元の懐中時計にぽたりと落ちた。
いや……。
「もう、無理だわ……!今すぐ中止よ!」
「まだだ!もう少し大丈夫だ!」
「……でも!」
秒針を確認する。あと少しだけ……。
――カラン。
指輪が落ちた音がした。
はっと顔を上げた。
時計ばかり見ていちゃ駄目だ。
彼の呪いがどうなっているのか、確認しないといけなかったのに……!
彼の全身を自分の魔力で覆い、身体の内側を探っていく。
靄が消えた。呪いがなくなっている……。
ようやく、ようやくだ!
「フォル兄!早く次の術式を起動しなきゃ!フォローお願い!」
再び魔法陣に魔力を込める。
無理やり止めた彼の心臓を、早く元に戻す――!
「……がはっ!」
彼は一度咳き込み、苦しげに何度も喘いだ。
兄の肩から力が抜ける。
私でさえ、安心して沈み込みそうになった。
緩みそうな気持ちに喝を入れる。
最後まで気を抜くな。
五年前、油断した自分に足を引っ張られたでしょう!
「お医者さん!マティアスはどう!?」
――数分後。
マティアスの目がゆっくりと開き、私を見た。
そして第一声がこれだった。
「……リズベット。はは、顔が凄いことになってるよ」
「……へ?」
確かめるように、自分の頬に触れてみる。
次から次へと顎を伝っていたものは、冷や汗じゃなかった。
手元を見れば、ボタボタと垂れる雫が、懐中時計に小さな水たまりを作っていた。
「……あ、これは……汗!汗だったはずなのに……!なんで……」
「……うん」
マティアスの親指がそっと目元に触れた。
温かい。
「もう、汗だくよ。こういう時はハンカチを差し出すのがマナーでしょ」
「うーん。今は手元にないから、これで許して」
いつの間にか彼に身体が引き寄せられ、袖口で顔を拭われた。
――そこは、胸元が定番なんじゃないかしら。
真っ赤になりながら、少しだけ目を閉じた。
まぁ、いいか……。
だって、彼が無事なんだもの。
ただ、兄の溜め息だけは今すぐに黙らせたかったけれど。
「前に本で読んだわ。……こういう時は、胸元で泣かせてあげるって」
「……はは、リズベットもそういう本を読むんだね」
「……魔術師レディの嗜みだもの!」
「恋愛ジャンルだよね??」
マティアスがおかしそうに声を出して笑った。
衰弱はしているけど、この分だと回復も早そうね。
本当に、こっちの気も知らないで……。
今回は、本当に怖かったのに。
「さあね、復讐ものかもよ?」
さて、どうなるかしら。
呪いも解け、ハッピーエンドで終わりたいけれど――。
浮気者たちの思い通りになっちゃったわ。
ちょっとした仮説が、まだ一つだけあるのよね。
マティアスと王女の婚約は、このまま解消されるだろうし、別に気にするほどでもないかしら。
うーーん、でも。
やはり中途半端は良くないわ。
きちんと解消の手続きをしてもらわなきゃ!
「まだまだマティアスには死んでいてもらいましょう」
「お前が言うと、物理的に聞こえるからやめとけ」
なぜかマティアスには苦笑され、兄には突っ込まれたけれど。
私は本気だ。
ここからは、タイミングと時間との戦いね!
◇◇◇
「マティアスが危篤ですって……!?そんな!」
「――それで、彼の容態は?」
連絡をいれると、待ち構えていたようにクラリーネ王女とエルフラム大神官が駆けつけた。
あれから数時間も経っていない。
マティアスには我慢してもらい、顔に布を被ってもらった。
息苦しくないかしら。
彼のために、早くこの三文芝居を終わらせてあげないと。
「……息子は、つい先ほど息を引き取りました。『伴侶の指輪』を王家にお返しします」
グッジョブだわ、公爵閣下……!
彼は、マティアスの指から抜け落ちた指輪を丁重に王女の手元へ持っていった。
「……まあ!なんてことなの!」
王女は、目元のハンカチを忘れる勢いで指輪を手に取った。
それ程までに必死なのね。
陛下に指輪を取り上げられると困るって言ってたし。
恋とは落ちるもの――とは言うけれど、人間性がガタ落ちです、殿下。
「マティアスとお別れをしてもいいかしら。できれば最後に、彼とゆっくり話したいの」
王女が、私たちの退出を求めた。
もちろん、エルフラム大神官を除いてだ。
腹立たしいけれど、言うとおりに部屋を出ていく。
身体強化で聴力を上げておくのも忘れない。
――さて、私の仮説は合っているのかしら。
さっきクラリーネ殿下から呪いの気配がした。
それは、何故なのか――?
しばらく待つと、部屋の中から誓い合う言葉が聞こえてきた。
「クラリーネ殿下に寄り添い、生涯お支えし、この身を捧げることを誓います」
「エルフラムを我が婚約者と認め、王家の名において、この指輪に誓います」
重苦しい扉の隙間から、光が漏れ出てくる。
(……思った通り、これは魔法契約だわ)
そして、直後。
エルフラム大神官の絶叫が、部屋の外にまで届いた。
「――どうなさいました!?」
外にいた私たちは、なだれ込むように部屋へ入る。
やはり。
大神官の姿を見て、私は確信した。
――呪われていたのは、クラリーネ王女だった!
「伴侶の指輪」。
聞こえはいいが、要は身代わりと同じってことだ。
(マティアスは、ずっと王女の身代わりにさせられていたんだ……!)
その証拠に今のクラリーネ王女からは、呪いの気配が消えている。
そしてエルフラム大神官に、呪いが移された。
神聖力のある大神官なら、マティアスより耐性があるだろう。
死にはしないかもしれない。
けれど――。
「いやぁぁぁ!寄らないで!気持ち悪い、私に移ったらどうするの!?」
クラリーネ王女はエルフラム大神官を振り払い、部屋の外へ逃げて行った。
あらま、わかりやすい王女様。
見れば、エルフラム大神官の左手が真っ黒に変色している。
この様子では、王女も大神官も知らなかったのだろう。
陛下が知っているかも、私にはわからない。
けれど、マティアスの死まで望んで手に入れた恋人を、あっさり振り払った王女。
死んだ(フリの)婚約者の前で指輪をはめ、今まで治療すらまともにしなかった大神官。
「この言葉は、好きじゃないんですが。自業自得、じゃないでしょうか」
私は、膝をついた大神官に向かって手を差し出した。
ふむ。彼の肌は、指輪を中心に黒ずんでいる。
やっぱり呪いの気配だ。
呪いが変化したのか、抵抗力があるからか。
マティアスの症状とは違うのは興味深い。
「リズベット公女!助けてくれ……!」
けれど――。
「私が救いたかったのはマティアスだけですし。王女殿下は無事、次の伴侶を得ましたし。………ね、マティアス?」
「ははは……。ちょっと気まずい登場になっちゃったじゃないか、リズベット」
扉の外にいた王女と、座り込んだままの大神官は、ベッドから起き上がったマティアスを見て驚愕した。
「あの日、マティアスは迷わず貴女の前に飛び出したのです。……愛する人が、助けを求めていますよ」
私は、手で大神官を示した。
「……それは!だって私は王女だもの。皆が私を守るのは当然でしょう!それに呪われた人なんて要らないわ……!今すぐ彼の指輪を外して!」
王女は顔を青ざめさせ、何度も首を振った。
――こんな女にマティアスはもったいない。
是非ともすぐに、婚約破棄してもらいたいわ。
それに『あの方法』以外で指輪が外せるかどうかもわからないし。
失敗して「大神官を殺害した」なんて難癖つけられたら、私が捕まっちゃう。
伴侶の指輪は、もうお相手を選んじゃってるしね。
そしてマティアスが、二人へ向かって口を開いた。
「……お似合いです。今まで口にできませんでしたが、やっと言えますね。お幸せに」
マティアス、笑顔が結構黒いわね。
……嫌いじゃないけど。
◇◇◇
夜中、ようやく一人きりの時間だ。
私は、研究室で羽根ペンを弄りながら、乱雑にノートへ書き込んでいく。
これで頭の中を整理しているのにさ。
みんなに落書きだと言われちゃうのが、ちょっと複雑だわ。
「まだ謎は残っているのよねぇ。あの襲撃は、結局目眩ましだったのかしら」
あの襲撃のお陰で、外部の人間、しかも単独犯の仕業だと思われたし?
「本命は、安全なところからの呪いだったのかも。もしかして内部犯?」
『呪いの対象は王女だった』というのは私の仮説だけど。
王配になるはずの人物を狙っていた可能性もあるしなぁ。
ほの暗いランプの光が、私の手元を照らしている。
ノートに書き付けたメモに、また新たな可能性を書き込んでいく。
「それにあそこまで強い呪いなら、どこかで大掛かりな儀式が行われていた可能性もあるわね――?」
伴侶の指輪の逸話も、調べれば調べるほど恐ろしかった。
我が国の歴代の王は、病床の伴侶を最後まで看取った美談が多い。
その話が、別の側面を見せはじめる。
大神官にかかった症状も気になる。
あれは、神聖力のお陰で肌の変色だけで済んだのかも?
いやいや、呪いが変質した可能性も……?
「うーーん。考えても答えはでないわね」
あれから、王女と大神官は神殿へ行ってしまった。
ローゼン公爵が強気に出て、マティアスへの接近禁止令も出ているらしい。
うちのお父様とマティアスの家が組んだら、ここまでできるとは……。
「実はまだまだ終わっていないかも……ってことかしら?」
でも、マティアスが助かった。
だから私は、これでいいんだ。
◇◇◇
――そして数年後。
先日結婚式を挙げ、新居へ荷物を運び込んだ。
私物や研究資料だけは、全部自分で荷解きをしている。
前に痛い目を見たしねぇ。やっぱり本の並べ方には、自分なりのこだわりがあるのだ。
荷物を整理していると、懐かしい文箱を見つけた。
開いてみる。
中には手紙が一通だけだった。
『幸せになってね』
これはあの時の――。
その一文を読んで、思わず笑ってしまった。
今の私を幸せにしてくれているのは、この手紙の主だからだ。
「うん。幸せになったよ」
リズベット、どうでしたでしょうか?
可愛い!格好いい!お馬鹿っぽい!
そんな風に感じてもらえたなら嬉しいです!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし物語を楽しんでいただけましたら、
★やブックマークで応援していただけると励みになります。




