王女リゼットの回顧録
加筆修正しました。
豪華絢爛な彫刻が施された白亜のバルコニー。 目の前には、絵の具を溶かしたような鮮やかな青空と、整然と広がる王都の美しい街並みが広がっている。
心地よい風が銀色の髪を撫で、紅茶の上品な湯気がふわりと鼻腔をくすぐる。 サンクチュアリ王国の第二王女、リゼット・フォン・サンクチュアリは、優雅に磁器のカップを傾けながら、心の中そっと溜息をついた。
*
今年12歳を迎えた私は傍から見れば可憐な王女。繊細なレースをあしらったドレスを纏い、一見すればお人形のように愛らしい少女。
生まれてこの方、蝶よ花よと褒め称えられ、育てられた私がこれだけ客観的に自身を評価できるには訳があります。
私には前世の記憶というものがあるのです。
前世は異世界の平民でした。
馬車馬のように働き、残業続きの生活の中で彼氏いない歴=年齢を更新し続け、29歳で生涯を閉じた、しがない日本のOL、異世界の言葉で言うところの「喪女」という存在でした。
異世界の表現は難しいものも多々ありますが、これについては言い得て妙という言葉がしっくりきます。
過労で倒れ、一度途切れた筈のもう一つの記憶が目を覚ました時、そこは中世ヨーロッパ(?)を舞台とした、大人気ファンタジー系乙女ゲーム『アルコバレーノ∞(インフィニティ)』の世界であり、その中で役割を与えられたキャラクターである事を当時5歳の私は理解しました。
『アルコバレーノ』
直訳すれば「虹」。 その名の通り、7人の魅力的な攻略対象たちが、主人公であるヒロインと恋を育みながら、王国に訪れる危機を救っていくという王道ファンタジー乙女ゲームです。
タイトルの末尾に付く∞(無限大)の文字の如く、ルートは多岐に渡り、攻略対象毎に手に入る限定衣装や装飾品、それらをコンプリートした時にお出しされる絵師様渾身の美麗スチルに前世の私もはしたなくも部屋の中で叫んでいた記憶もございます。
この世界が舞台ということは生を受けたものらには役割がございます。私「リゼット」の役割は生き別れの姉を密かに探す幼き妹として物語の端役として登場し、続編である二期においては第二期主人公の前に立ちはだかる「ライバル王女」という役割を与えられております。
「私にライバルなんて……務まる気がしませんわ」
私は誰もいないテラスで、思わずぽつりと溢してしまいました。
そう。ライバルだなんて大役、絶対に無理なお話なのです。
私自身の性分もありますが、それだけではありません。
なぜなら、主人公たる私の「お姉様」の存在が、私の知るゲームのシナリオとは、全く違う道を突き進んでしまったのですから。
*
話を巻き戻しますと。今から三年前の出来事です。
この国には、赤ん坊の頃に魔物の襲撃事件で行方不明になった第一王女がおりました。
察しの良い方はお気付きでしょうがその第一王女こそ何を隠そうゲームのヒロイン、エリスお姉様なのです。
お姉様は平民の養父母に育てられ、魔法の才能を見出されて「平民特待生」として王立学園に入学しました。 ここまでは、ゲームのシナリオ通りだったのです。
私も「生き別れのお姉様を探す幼い妹」を演じつつも早々に特定済のお姉様を密かに見守っておりました。
無論、信頼できる口の下……堅い護衛を連れる事も忘れません。
決して自由の身を満喫したいだとか、あわよくば聖地巡礼などという下心など持つ筈もなく、純粋にお姉様をお慕いしている故なのです。
ゲームの本来のルートであれば平民として周囲の高貴な生徒たちから浮いてしまうお姉様。
そこに縁付く7人の攻略対象たち。
彼らとの甘い交流を経て、恋を知り、庇われ、守られながら成長したエリスお姉様が、第一王女であった己の出自を知り、王国を脅かす邪教徒の陰謀を打ち砕いて、次期女王に即位する。
乙女ゲームとしては、文句なしの100点満点な王道展開であると前世の私は評価しております。
それが画面越しではなく生で見られるなんて!
と私は身の内の興奮を抑え切れませんでした。
そう、「本来なら」
私は、影ながらお姉様を応援しておりました。 前世の記憶のせいか、やや参観日の親のような温かい気持ちも混ざっていたかもしれません。
護衛の私を見る生温い視線は無視いたしました。
しかし、ここは現実。物語のような美しさを求めていた前世含めた私の期待は悉く裏切られて行きました。
お姉様は私の予想を遥かに超える、力技で突き進んでいったのです。
*
学園に入学した当初こそ、エリスお姉様は可憐で溌剌とした、磨けば光る美少女でした。 しかし、持ち前の生真面目さと、養父様から叩き込まれたという「鍛錬の習慣」なるものが、お姉様を違った道へと導いてしまったのだと私は愚考いたします。
後にお姉様は考えに考えたのだと仰いました。 「自分は平民特待生。どうしても余計なやっかみや嫉妬を買ってしまう立場。自分と親しい周りの者達に迷惑をかけないよう、強くなければならない」と。
そしてお姉様は養父様のお言葉を忠実に守ったのだと。
曰く、
「身を守る術は筋肉に宿る」
結果どうなったかと申しますと。
お約束とも言える校舎裏にて身分差を理由に嫌がらせをしてきた意地悪な令嬢たちに対し、
「なるほど。口先だけでなく、言葉に重みを持たせるには筋力が足りないようですね」
と宣い、彼女たちの目の前で魔法練習用の鉄製の的をどこからか取り出し、素手で二つに折り曲げてしまいました。
「お義父様は言いました。筋肉の重みは言葉の重みに勝る! さあ、皆様! わたくしにそのお言葉を超える筋肉をお示しくださいませ!!」
令嬢方は未知の生命体を見る目でお姉様を見、ドン引きの様相で身を引いたかと思うと足早に去って行かれました。
本来であれば、公爵家のお兄様がたまたま通りがかって仲裁に入り、それがきっかけでお姉様と懇意に、という流れの筈だったのです。
それがお兄様が目の当たりにしたのは鉄の的を折り曲げる瞬間。
そして続いた令嬢へのお言葉にひどく感銘を受けられたようでした。
公爵家のお兄様とは物心がついた頃から交流がありました。お兄様は常々申しておりました。
自分は母に似て細いので父のように大きな身体になれないのだと。
それ以降、令嬢たちからの嫌がらせはぴたりとなくなりました。曰く、「わけがわからない」と恐怖を目に浮かべた令嬢がお姉様に関わると恐ろしい目に合うとまことしやかに語り伝えたそうです。そしてそれと入れ替わるように公爵家のお兄様はキラキラした目で頻繁にお姉様に会いに行くようになりました。
お兄様はいくら訓練に励んでも太くならないお身体に悩んでいたところ、お姉様からアドバイスを頻繁に頂いてるそうです。
因みに私と一緒に一部始終を見ていた護衛は死んだ魚の目をしていました。
そしてある時は、魔法騎士科との合同演習の際での出来事でした。攻略対象の騎士様が「俺が君を守る!」とカッコよく剣を抜いて魔物に立ち向かった時には、お姉様が乱入し、杖を剣のように一閃したかと思うと巨大な魔物を真っ二つに切断いたしました。
騎士様は膝から崩れ落ちたのち、何故か横座りでただただ尊敬の眼差しでお姉様を見上げておりました。
騎士様がお兄様に続き完落ちした瞬間でした。
ちなみに私の護衛は「え? 杖……、え? 切……」とよく分からない事を呟いておりました。
また別の魔法の授業で天才魔法師様が「僕の魔法を見せてあげるよ」と微笑ん魔法陣を空中に描き、火炎の球を出して見せました。
それをひと通り眺めたお姉様はやや納得しかねるお顔で
「あれだけの魔力を消費して出せたのがコレでは非効率的ではありませんか。こうしてしまえば…… ふんっ!!」
と、気合い一つで火炎の球を握り潰してしまいました。
天才魔法師様は「己の無力さを知りました……」
とがくりと膝をついてしまったのです。
以降、お姉様を師匠と呼び、公爵家のお兄様、騎士様と共にお姉様直伝の鍛錬を始めたそうです。
今回特別についてきてくれた魔法師の護衛は「え……? アレ……、魔法じゃ……。魔法?……」
と、戸惑った様子でお姉様を指さし、何か言いたげにあちらとこちらをキョロキョロとしておりました。
残りの攻略対象の方々もほぼ似たり寄ったりで、なんだか消化試合の様相を呈しておりました。
お姉様は、7人の攻略対象たちと恋を育むことなく、圧倒的な武力と知力、あと筋肉で彼らをねじ伏せ、完璧な下僕にするべく調教していくという覇道ルートを突き進んでいったのです。
好感度はどうなっているのでしょう?
お姉様は三年間の学園生活を経る頃には、精悍な顔立ちとなり背が伸び、隙のない完璧な立ち振る舞いと、常人の3倍はあろうかという密度の詰まった肉体美を手に入れておりました。
そんな只者ではない活躍を果たし、勤勉さによって得た気品と佇まいを兼ね備えたお姉様の存在が我が王家の耳に届くのも時間の問題だった訳で、お姉様のバックボーンを調べに調べ、嘗ての行方不明になった第一王女である事が判明し、晴れてお姉様は王家に返り咲く事ができたのです。
そして邪教徒の黒幕との最終決戦。 ゲームでは7人の攻略対象と力を合わせなければ倒せなかった筈のラスボスを、お姉様は7人の攻略対象達を露払いとし、「国を乱す不届き者が」という一言と共に、ラスボスを一捻りにして鎮圧してしまいました。
お姉様曰く
「健全な精神は健全な筋肉に宿る。あのような軟弱な筋肉しか持たない者共の攻撃が私の筋肉に勝てる訳がないでしょう」
とのことでした。魔法、いりませんでしたね。
邪教徒を鎮圧した今、時期的にはエンディングを迎える頃です。
誰とも恋に落ちる事なく、次期女王と定められたのですから女王即位エンドとなりました。ある意味での正統派エンドです。しかし、私の知っている即位エンドはもっと華やかで、煌びやかで、攻略対象者たちが恭しく傅く中央で王冠を載せたお姉様が杖を天に掲げる。そんな神々しくも美しいスチルで幕を閉じたと記憶しています。
しかし、私が目の当たりにしたのは王冠を載せたお姉様が拳を天に突き上げる。雄々しくも逞しいお姿でした。あくまでも物語はファンタジーである事を現実に突きつけられ、私の中の何かが上手くこの現実を呑み込みきれていない感覚に襲われました。
本来、忠実な臣下となった7人は女王をよく支え、諌め、国は繁栄していく筈でした。
実際の攻略対象の7人はと言えば、お姉様を見つめるその眼差しが私には圧倒的な王の器に魅了された狂信者に見えるのは気のせいでっしょうか。諌めるどころか追従する勢いです。
しかしながら誰も他人の心の中を知ることなどできません。見た目で判断することは王家の一員としても褒められたものではありません。
その証にほら。
「エリス様、あなたこそがこの国を導く唯一無二の太陽だ……!」
「俺たちの命、すべてあなたに捧げます!」
お姉様に送る賛辞に何ら怪しいものはございませんもの。
そうして、お姉様は満場一致でサンクチュアリ王国の次期女王として戴冠されたのです。
めでたし、めでたしといたしましょう。




