第1章 失跡
第1章 失跡
賢祐たちが到着した昨日は室内の掃除と寝具などの天日干しし、すべての窓と出入り口を全開にして部屋の空気を入れ替えた。夕刻になってやっと一息つき、この家から50メートルほど離れたところにあるこの辺りで唯一食品を取り扱っている商店マート・ヒラカワで食材を仕入れ、庭先でバーベキューをして楽しんだ。マート・ヒラカワの店主平川宏太には居住者不在のこの家の鍵を預けて日頃から家の様子をみてもらっている。この島では顔見知りも多く、事件など起きることなどないのだが、宏太の妻由美子と祥子が〈サチ・ユミ〉と呼び合う間柄の幼馴染だった関係でそれに甘えている。昨日食材を購入した際にも、島内では入手困難な有名ブランドの洋菓子などを手土産にして、近況などをひとしきり訊いたところだが、何ひとつ変わりないとのことであった。
賢祐は玄関前の道を左右見渡して妻の名を呼んだ。
「祥子っ!」
人通りのない道に賢祐の声だけが響いている。賢祐は家のなかへ戻って、祥子のスマホに電話をかけてみたが、通信できない旨のメッセージが流れる。続いてかけた礼佳のキッズ携帯は室内に残されたままで、床の間の上で空しく着信音を響かせて振動していた。
賢祐は途方に暮れてしまった。この島に生まれ育った祥子ならまだしも、賢祐にとっては、結婚してから何度か訪れはしているものの、まったく見知らぬ土地と云っていい場所だ。賢祐はこの島で知る唯一の人物、平川宏太を訪ねるほかなかった。
賢祐がマート・ヒラカワへ行くと、ちょうど宏太と由美子が店を開けているところだった。
「おはようございます」
宏太は賢祐に気が付いて笑顔をみせたが、ちょっと驚いた表情をみせた。
「中澤さん? お、おはようございます」
「あのー、祥子、お邪魔していませんよね?」
「サチが?なんで?」
宏太の横で商品棚を整理していた由美子が不思議そうな顔をして宏太より先に尋ねた。
「いえ、朝から見当たらないんですよ。娘も、2人とも…」
「えーっ!見当たらないって?なに?それ?」
「そうなんです…。で、ひょっとしたらって思って、お伺いしたんですけどね…。昨日、祥子たちの様子に何か変わったこととかありませんでした?」
「変わったことって?いいえ…、特に気が付きませんでしたねぇ…。ああ、でも港沿いの道を昨日の昼頃だったかな?定期船が出た後だから、2時過ぎぐらいかな。ああ、そうそう、中澤さんところの皆さんがここへお越しになる前ですよ。ここらでは見かけない女性と2人で歩いているのを見かけました。岬の方へ向かっていたと思いますよ」
宏太は上目遣いでちょっと首を傾げた。そういえば昨日、みんなで食材を買いに出る前、ユミと話したいことがあると言って、祥子だけが先に出ていったことを思い出して訊ねてみた。
「由美子さん、昨日、祥子と会って何か話しました?」
「え?あたし?サチとですか?特にはないですよ」
「実は昨日、僕たちが平川さんところへお伺いするより前に、由美子さんと約束しているからと言って、祥子が娘と一緒に先に出ていったんですよ」
「えーっ?そんな約束なんてしてないです」
由美子はほんとうに驚いた様子で応えた。
「そ、そうなんですか…。やっぱり祥子は僕に嘘ついてたんだ…」
賢祐は肩を落として由美子を見た。
「昨日、サチと喧嘩でもしたんですか?」
「いえ、そんなことは…。ぜんぜん」
「おいっ、由美子、失礼なこと聞くんじゃないよ。お前こそ、約束してただなんて、何か心当たりがあるんじゃないのか?」
宏太は腕組みをして由美子を咎めた。
「えっ?そんなの…。あるわけないでしょっ。だいたい会う約束なんてしてないしっ」
由美子がいつもに増して強い口調で言い返している。
「うーん、困ったなあ…」
2人とも賢祐の顔を見ながら眉根を寄せ口角を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。とりあえず、いまお聞きした岬のほうへ行ってみますよ」
賢祐は2人に頭を下げて辞去した。
祥子はマート・ヒラカワで落ち合う前に港北側の小道を歩いていたのか…。女性と二人で?誰なんだろ?賢祐は昨日バーベキューの準備中に、祥子が岬の方角を惹かれたように何度か見つめていたことを思い出していた。




