序 章
〈プロローグ〉
中澤賢祐はカーテンの隙間から漏れる朝陽の明るさで目を覚ました。しかし横で寝ていたはずの妻祥子の姿がない。先に起きているのかと、まだ眠り足りない目をこすりながら襖を開けて隣の部屋を覗いてみたが、祥子どころか、そこで寝ているはずのひとり娘の礼佳もいない。胸がざわつく。
「さちこ?れいか?」
居間のガラス障子を開けて呼びかけてみるが返事はない。どこへ行ったんだろう?賢祐は訝しく思いながら、洗面所と浴室にも声を掛ける。
「お~い、祥子!」
やはり返事はなかった。
〈どうしたんだ、みんな〉賢祐は名前を呼びながら玄関引戸を開けて表に出たが、潮風だけが返事をした。
ここは妻祥子が生まれ育った瀬戸内海の小島で、長い海岸線が美しい海辺の集落だ。元々漁業だけが唯一の産業で、住民も半農半漁でほぼ自給自足の生活を送っている。以前から実家が放置されたままだと気にかけていた祥子の提案で、学校が夏休みに入っていたこともあって、旅行気分で昨日から家族3人でやってきた。
祥子の両親、大原徳治と明子は既に他界している。母明子は祥子が高校生のときに病で逝き、父徳治は去年、四国を直撃した台風で、自身の船の張り綱を取りに行くと、雨のなかを出ていったきり帰ってこなかった。何日か経ってから船だけが転覆した状態で発見され、本土から捜査官もやってきて、警察と消防団で捜索が行われたが、それも3カ月ほどで打ち切られて、所管の役所はそのまま認定死亡とした。遺体が見つかっていないこともあって葬儀は行っていない。その日以来、この純和風の一軒家は居住者不在のままで放置されていた。