第二十八話 再会愚像君
使節団の働きもあり、ヒエナ村に数十人規模の移住者が見込まれそうだ。
というわけで、新しい家を建てることになった。
建設工事には当然のように俺も駆り出された。
もちろん、手弁当だ。
ねぎらいの言葉だけが報酬である。
村の民家は、どれも竪穴住居だった。
地面に1メートルほどの穴を掘って、その上に茅葺き屋根を帽子のようにかぶせるのだ。
原始的だが工程が単純なので、技術力に乏しい獣人たちでも簡単に造れるらしい。
そして、夏は涼しく冬は暖かい。
理にかなった造りだった。
俺の役目は地の法術で穴を掘ることだ。
支柱を埋め込んだら、コンクリのように固める。
「ふー。こんなもんか」
「坊主のおかげであっという間だなァ! 全部、坊主に任せて、オレらはあっちで芋饅頭でも食ってようぜ!」
「あんた、最低だな……」
軽蔑の視線を注ぐと、ヘンジは冗談だァ、と豪快に笑った。
「でも、いいのかァ? 仏さんの力をこんな土いじりに使っちまって」
「いいんだよ。むしろ、これで正解だ」
炎法術は、戦争。
水法術は、水道管理。
氷法術は、生鮮食品の保存。
法術はそれぞれ属性ごとに得意分野を持っている。
地法術は、もっぱら土木工事に使われている。
家の建設に護岸整備、街道の普請に開拓事業などなど、他にも畑仕事やら鉱山労働やら、とにかく活躍の場は多い。
地法術師は食いっぱぐれないと言われているほどだ。
「母なる大地に感謝だな」
「よくわからねえが、なんにせよ、坊主がいてくれて助かるぜ」
10軒分の基礎を整えたところで、門番が駆けてきた。
「村長、表門に人族が来ています」
「もしかしたら、お野菜を買いに来てくれたのかも」
子連れのヒエナが楽観的な観測を示す。
俺とヘンジはトラブル臭を嗅ぎ取って、怪訝な顔をした。
「ちなみに、誰が応対してんだァ?」
「マルチョさんですが」
「「「うわぁ……」」」
三人同時にオチを察した。
あの頭より先に拳が動く馬鹿イノシシに接客なんかさせてみろ、答えは推して知るべしだ。
急いで表門を目指す。
魔物が出たわけでもないのに、門は固く閉ざされていた。
物見やぐらに登ったところで、下から、
「オラ! ラアッ! 喰らえ、人族があ!」
という荒々しい声が聞こえてきた。
当然、悲鳴もセットである。
俺たちが目にしたのは、イノシシに襲われる少年の悲惨な姿だった。
「……っ」
少年の赤い髪を見て、俺は腹の底が冷えるのを感じた。
顔にも見覚えがある。
「ぼ、僕は話を、があ……ッ!?」
声にもだ。
聞き覚えがある。
黒歴史とともに永遠に忘れ去りたいその少年の名は、蕾晴火善。
登校初日以来、しばらくぶりの再会だった。
「おー、姫様じゃねえか! 人族ならオレの決殺ギロチン彗星ドラゴンパンチで沈めておいたぜ!」
マルチョはガゼンを足蹴にしてガッツポーズを決めている。
「遅かったか……」
一大事だ。
獣人が貴族のボンボンをボコボコにしたとなると、深刻なゴタゴタになりかねない。
血の気の多いツバ家が長子をやられて黙っているとは思えない。
明日にも村は法術の絨毯爆撃にさらされることになるだろう。
「いっそ殺して埋めてしまえば……」
「テンセイ! マルチョ! おすわり!」
角を生やしたヒエナに叱られ、俺たちは揃って正座することになった。
残念だが、当然だ。
「何をしに来たの? 事と次第によっては許さないから」
ヒエナに凄まれ、ガゼンは両手を上げて膝立ちになった。
「どうかお待ちを。僕に敵意はありません」
まあ、その言葉に偽りはないだろう。
マルチョは雑魚だ。
ガゼンがその気になれば、俺たちが目の当たりにしたのはイノシシの丸焼きだったはずだ。
「どうか話を聞いてください」
「……何かしら?」
ヒエナは慎重に真意を見極めようとしている。
「僕もあなた様の仲間に入れてほしいのです」
「仲間に?」
「はい。獣人たちを助けたいというヒエナ様のご温情、僕の胸にも深く響きました。僕も気持ちは同じです。獣人たちを助けたい。だから、どうかあなた様の傘下にお加えください」
伏して乞うガゼンに居合わせた全員が白い目を向けていた。
「あなたが獣人のために何かしたいだなんて、とても信じられないわ。テンセイと決闘したときに言ったひどい言葉を全部覚えているんだから」
俺も覚えている。
見苦しい生き物とか、浅ましいケダモノの分際でとか言っていた。
「あのときの僕はどうかしていました。ですが、改心したのです。テンセイ君に敗れ、講社を去り、親にも見捨てられ、何もかも失って初めて僕は気づいた。自分がどれほど大きな過ちを犯していたかに」
涙声だった。
顔を上げたガゼンはひどい顔で落涙していた。
「我が天の主、我天闘猿威炎顕愚像に誓います。僕は決して獣人に危害を加えたりしません。身を粉にして尽くします。だから、どうか僕にもう一度だけやり直す機会をください。どうか、どうか……」
過呼吸を起こしたように息も絶え絶えで懺悔するガゼンに、ヒエナはおろおろし始めた。
御仏に誓いを立てることの意味を、俺たちはよく知っている。
誓いを破った者は法力を失う。
俺たちと違ってガゼンは炎顕愚像に直接宣誓したわけではない。
あくまで、人と人との口約束だ。
それでも、仏名を持ち出した以上、誓いを違えれば法力の大幅な低下は免れない。
口からでまかせとは思えなかった。
「信じてあげてもいいんじゃないかな」
ヒエナはすっかりほだされた様子で耳打ちしてきた。
純情な主人に代わり、俺が鬼になるとしよう。
「簡単に御仏を引き合いに出すような奴を信じられるか」
「それはそうだと思う。君の言うことは正しい」
「ガゼン、いくつか質問する。正直に答えてくれ」
「誓って嘘はつかない。約束しよう」
「お前の間違っていたところはどこだ?」
ガゼンは少し考えてから静かに口を開いた。
「僕はうぬぼれていた。自分が一番だと思い込んでいたんだ。でも、それ自体は、決して悪いことではないと思う。僕がいけなかったのは、君を、他人を、見下してしまったことだ」
「それで?」
「自慢話になってしまうが、僕は昔から何をやってもうまくいったんだ。だから、僕こそが一番偉くて、偉いなら何をしてもいいと思ってしまった。それは、全部間違いだった。僕の心の弱さが生んだ業。傲慢という罪だ。君にもずいぶん失礼な言葉を吐きかけてしまったね。今は本当に後悔しているんだ。どうか、この通りだ。愚かな僕を赦してほしい」
渾身の土下座からは深い反省の色がうかがえる。
だが、それゆえに胡散臭くもある。
その後もいくつか質問をぶつけてみた。
そのすべてにガゼンはよどみなく答えてみせた。
そこがまた臭う。
立て板に水というか、想定問答というか、うまく言いくるめられているような感じがした。
思うところはある。
だが、疑うにも根拠は必要だ。
御仏に誓うという最上級の宣誓をされては追及の手を緩めざるを得なかった。
というわけで、判断は総責任者のヒエナに委ねられた。
「あなたの気持ちはわかったわ。今日からこの村で暮らしなさい。誰よりも早く起きて、誰よりも最後に寝るの。懸命に働きなさい。信頼はそうやって勝ち取るものよ」
「深く感謝いたします、ヒエナ様。このご厚恩は献身でもってお返しさせていただきます」
そういうことになった。