第二十一話 一限目・座学無双
授業が始まった。
法術史学は、古代史と皇国史を法術の観点から紐解いていく学問だ。
皇歴と仏法歴が入り乱れ、梵字と仏法語と国語と古語が飛び交う教科書はさながら地下大迷宮のごとしで、生徒たちも軒並みげっそりした顔を並べている。
その担当教師であるピコリー先生は、数いる生徒の中で俺だけを見ていた。
悪魔のような顔で、だ。
「じゃあ、ここで満点のテンセイ君に問題です。答えられなかったら、これで教育的指導です、ふっひっひ!」
これとは、警策のことである。
悪霊退散の四字に殺意が宿っている気がする。
「ぐふふ! 絶対答えられない難問ぶつけて赤っ恥かかせた上で、ギッタンギッタンのボッコボコにしてやりますよ! ぐふっ! 先生、ますますこの学校が好きになっちゃいそうですゲヘヘ!」
800万も御仏がいるのに、どうしてこの小悪魔が捨て置かれているのだろう。
不思議だ。
「では、第1問目。ちなみに、答えられなくなるまで続けまーすギャーハハ!」
「叩かれるのは確定事項ですか……」
「ったりめえだろダボ! ハイ! 『武神』と謳われた第57代皇帝が帰依した御仏は?」
1問目だからか、ずいぶんと簡単な問いだった。
俺は言う。
「金剛砕羅刹不和護大乱武像」
「でーすーがー」
「ですが……!?」
「その御手に握られた降魔の利剣に刻まれし2字は?」
「調伏」
「でーすーがー、それは浮き彫りですか? 沈み彫りですか?」
「どちらでもなく、透かし彫り」
「ぐぬぬ、正解……」
おおー、と歓声が上がり、ピコリー先生のピキり度も一段階上がった。
「問2。西国の僧新羽尼が200年の断食から明けて最初に放った言葉は?」
「我肉超絶求食。人、食欲非抗」
「でーすーがぁー」
「……」
「そのときに食べた肉とその調理法は?」
「人肉。山菜汁を持ってきた小坊主に腹を立て、炎法術で丸焼きにした。ちなみに、尻に食いついた。理由は一番美味しそうだったから」
「ぐぬぬゥ……」
本来は愛くるしいはずの童顔が火を噴かんばかりに赤らんだ。
「第3問! 『信徒にすらネタにされる御仏番付』の第3位はァ!?」
3位とは微妙なところを突いてきたな、と思いつつ俺は即答する。
「そのランキングの3位は4年連続『大我殺九祖喪俯瞰像』です」
「キエエエエエ……!!」
問3にして早くも癇癪を起こし、警策を真っ二つにするピコリー先生である。
その後、結局、第20問まで底意地の悪い問題を出され続け、そのすべてに俺は難なく正解した。
「ハアハア……。これが最後の問題じゃァ……」
肩で息をしながら、ピコリー先生が血を吐きそうな顔で睨んでくる。
「先生の年齢はァ?」
その問題のどこに法術史学があるのだろう。
歴史を感じさせる年齢ということだろうか。
俺は当てずっぽうで答えた。
「50?」
「殺してヤラア――ッ!!」
教壇を飛び降りたところで、ピコリー先生は生徒たちに羽交い締めにされた。
正解なのか外れなのか気になるところだ。
したり顔でブッブーと言わないあたり、察せられるが。
「パーフェクトよ! テンセイは博識なのね!」
「こんなの、ただ知識として知っているだけだ。活かせないと意味はない。使い道のわからない貯金みたいなものだな」
と俺はヒエナに謙遜を言う。
冷たくて細い指が俺の中指をなぞった。
「本当にたくさん勉強したのね。筆ダコ、こんなに大きくて硬くなってる」
言い方がちょっと淫靡だった。
「こんなに努力できるのに、信仰心は希薄だなんて」
「そこは言うな」
「でも、ちょっと残念。授業についていけずにオロオロしているテンセイに優しく足し算教えてあげたかったな」
「足し算からかよ」
まあ、たしかに残念だ。
美少女講師に手とり足とりご指導いただく神がかり的シチュエーションを逸したのかと思うと、勉強に明け暮れたかつての自分を警策で殴りたい気分になる。
とまあ、そんな感じで1限目終了の鐘が鳴った。




