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第十八話 決闘決着・火難之相


 どういう仕組みかは知らないが、ガゼンを濡らした水は床板に吸い込まれるようにして消えていった。

 後に残された濡れネズミがキツネにつままれた様子で俺を見つめている。


「そうか。君は二属性の法術を扱えるのか。無詠唱といい、不意打ちの天才みたいだな、君は。要するに、卑怯者。ただのズルだ。正々堂々などとうそぶいて、僕を欺いたんだ。この嘘つきが」


 よくもまあ、これだけの悪態が出てくるものだ。

 五臓六腑の横に悪意の詰まった袋があるに違いない。

 罵臓だ。


「気がすむまで付き合ってやる。ズルだと思ったらノーカンでいい」


 俺は鷹揚に受けて立つ。


「気がすむまで付き合う? はあ? 君、どうやって戦うつもりだい? 君の法力はもう空っけつだろう。それとも野蛮人のごとく殴りかかってくるつもりかな?」


 ガゼンは濡れそぼった前髪を拭い、いっそう顔の険悪さを強めた。


「僕の制服を濡らしたこと、高くつくぞ」


 マントラが素早く唱えられる。

 炎が膨れ上がって、演習場が赤く染まった。


「炎法術『紅波くれなみの術』か」


 いわゆる範囲攻撃で、派手な見た目に反し、威力は低い。

 ゆえに、一撃でノックダウンされることはない。

 要は、相手を長く苦しめるための術選びというわけだ。


「お前の頭を焼け野原にしてくれる!」


 紅蓮の波が押し寄せてくる。

 俺は薄氷の盾で見物客――特に、ヒエナを守りつつ、


「消火っと」


 水の大玉を射出した。

 炎と水が触れ合い、演習場は水蒸気で包まれた。

 視界が急激に悪化する。


 黒装束の男たちに襲われたときのことを思い出した。

 あのときも迂闊に空法術を使ってホワイトアウトを引き起こしたのだ。

 俺としたことが、また同じミスをしてしまった。

 ガゼンが山賊だったとして、濃霧に紛れて矢を射掛けてきたら、俺はヒエナを守れなかったかもしれない。

 反省だ。

 

 たしかに、決闘は勉強になる。

 奨励されるわけだ。


「な、なぜ平然と立っている……!?」


 ガゼンは目を丸くしていた。


「何を驚いている? 炎の法術は水に弱い。法術戦の基本だろう」


 せっかくなので、鼻持ちならない言い方をしてみた。

 別段気持ちよくはない。

 だが、ガゼンの短い導火線はこれだけで燃え尽きた。


「法術相殺だと!? この僕を相手に舐めた真似を……! もうやめだ! 君をいたぶるのは! その知性も品性も感じられない顔を地獄の業火で焼き潰してくれる!」


 ガゼンは瞑目し、しばし押し黙った。

 印を結んだ手が震え、額からは滝のように汗が噴き出してくる。


 ……隙だらけだ。


 今、雷法術を使えば拳銃より早く片が付くだろう。

 ズルだズルだと後でうるさそうだから、やらないが。


「まさか、ガゼンの奴、あれをやる気か!?」


「さすがにマズイだろ。死ぬぞ、これ……」


「演習場が焼け落ちるぞ……!」


 つい今しがたまで高みからエールやヤジを飛ばしていた見物人たちが慌てふためき始めた。

 そんな中、ヒエナが親指を立ててこちらにウィンクしてくる。


 かわいい。

 ……じゃなくて、おそらく観客の保護は任せて、という意味だろう。

 ならば、俺は目の前の厄介者に集中しよう。


 再び目を向けると、ガゼンの体はほのかに赤い光を帯びていた。

 髪が揺れるたびに火の粉が舞う。

 熱波がどっと押し寄せてきた。


「我が神よ、ここに現界せよ。この薄ら臭いゴミ駄犬の一切を焚焼せしめよ」


 紅蓮の目で俺を睨み、ガゼンは言った。


我天ガテン闘猿威トウシャラリ炎顕エンケン愚像グゾウ


 とっさに水の壁を作って正解だった。

 目の前に太陽がワープしてきたみたいな、猛烈な熱が水を蒸発させていく。

 ガゼンを中心に炎が広がり、高く立ち上がっていった。

 痛む目を押して薄目で見上げると、猿の顔を持つ炎の巨人と目が合った。

 三股の矛を構え、荒々しく猛り狂っている。


「どうだ? これが我が仏の具現! 僕が誇る最高最強の神力だ! アハハ! 君の冷や水など見る間に蒸散してくれよう!」


 得意げなガゼンの声にまじって、野太い声がかすかに聞こえてきた。

 ケンジ先生がストップをかけているらしい。

 赤い竜巻のような炎とヒエナが張った氷の壁に遮られて、鼻息程度にしか聞こえないが。


「どうだいどうだい!? 燃え立つ頭髪の一本一本が君にも見えるだろう? 言っておくが、これほど瞭然と仏を顕現できるのは、講社広しと言えどもそうそういないぞ!」


 まあ、たしかに、大した才能だと思う。

 学校指折りの逸材であることに疑問はない。

 だが、


「愚像か。愚か者を導く御仏だな。お前にピッタリだ」


 俺は三つ指を立てて、中指だけ折った。


「こ、この期に及んでまだ、この僕を愚弄するか……! 灰になれケダモノ! いや、灰すらも残してなるものか! 我が神炎にて清浄なる無垢に還るがいい!」


 炎の矛が振り上げられる。


「その神炎ってこんな感じか?」


 俺は呼んだ。

 天道に座す炎の御仏の名を。


我天ガテン闘猿威トウシャラリ炎顕エンケン愚像グゾウ


 俺を叩き潰そうとしていた矛が、息を吹きかけられたロウソクの火のように消え去った。

 そして、より大きな矛が現れた。

 俺を中心に炎の柱が上がり、高い天井に巨大な顔が生み出される。

 燃え盛る猿神の顔が。


 ガゼンの小猿は俺の大猿を見るや、蹴られた犬のように飛び上がり、ただの炎に戻った。


「な、なんで、ぼぼ、ぼ、僕の仏を君が……」


 制服を焼き切らしながら、ガゼンはまた尻餅をついた。


「まあ、俺もお前に負けないくらいには愚か者だしな」


 さて。


「ガゼン、お前殺されても死にそうにないし、一発くらいいっとくか?」


「え? ……え? 僕? いっとく? い、逝っとく? ぼ、僕僕?」


 ガゼンはパニックをきたしていた。

 股間を中心にできた水たまりがボコボコと沸騰している。


 もうひと押ししてやろうと矛を振り上げた、そのときだった。


オン氷寧ヒョウネイスベラ炎神威エンカムイ


 太陽フレアのような猛烈な火炎が突如、消滅した。

 炎の猿神がいつの間にか物言わぬ氷像に変わっている。

 俺は銀世界の中にいた。

 ヒエナと初めて会った夜のように。


「もうっ! ケンジ先生が『やめ!』って言ったでしょ! 二人とも熱くなっちゃって!」


 ヒエナがプンスカしながらやってきた。


「勝負アリ! この勝負、……あー、お前誰だァ? とにかく、この坊主の勝ちとする!」


 そして、ケンジ先生の雑な軍配が俺に上がったのであった。


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