表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/93

第十七話 決闘開始・水難之相


 黒い木目の艶やかな、中廊下が続いている。

 校内は窓が少ないせいか不気味な印象もあったが、寺院の本堂に似た清浄さも併せ持っていた。


 ただ、その情緒を味わえる雰囲気ではちょっとなさそうだ。

 俺の後ろでは、他人様の決闘を冷やかしたい野次馬の群れが大挙としてヒヅメの音を響かせている。


「ヒエナ殿下の衛士だってさ! きっと相当な腕前に違いないね!」


「ガゼンも講社随一の法術使いだぜ? これは、名勝負の予感だ」


「お姫様の命運やいかに! なんてな!」


 仏門の徒が地下格闘技のノリである。

 釈迦もあきれて屁をこいているだろう。


 一方、俺の前では、ガゼンがずんずんと音を立てて進んでいる。

 ほかの生徒たちを押しのけ、上級生にすら道を譲らせるその尊大さは、さながら海を割るモーセのごとしだ。

 談笑する生徒たちもガゼンを見ると顔をこわばらせて逃げていく。


「彼ね、問題児なの。腕が立つせいか、我が物顔で振舞う節があって」


 ヒエナは困り眉だ。


「今に道を踏み外すわ。その前に、少しわからせてやったほうがいいと思うの」


「グーで制裁か。さすが武闘派皇女だ」


「もう、テンセイったら」


「でも、ヒエナが決闘に乗り気なのは意外だったな」


「あのね、実はね……」


 綺麗な顔が耳元に寄ってくるので、俺はグッと息を止めた。


「私、お腹が張っている感じがするの。どうせ決闘するなら、パーっと使っちゃってほしいかな」


 なるほど。

 決闘ついでに法力ガス抜きをしてほしいということか。

 心得た。


 ほどなくして、開けた場所にたどり着いた。

 パッと見た印象では、体育館のような場所だ。


オン火垂遡カダルソ炎濁波エンダッハ


 ガゼンが三本指を振り上げた。

 火炎がほとばしり、木の壁を這い上がって天井にぶつかる。

 どん、と爆音が轟いた。

 馬の群れが悲鳴を上げて逃げ出すが、驚いたことに、壁にも天井にも焦げ跡ひとつつかなかった。


「ここは、屋内法術演習場。一見普通の壁に見えるが、強固な結界が張り巡らせてある。おい、無能。この意味がわかるか?」


 ガゼンに問われ、俺はひとつ考える。


「遠慮はいらないってことか?」


「バカが。違う。君を炭に変えても僕の美しい校舎には何の痛痒もないということだ」


「さいですか」


 殺る気が十二分に伝わる素晴らしい口上だった。


「どうして、あんなに当たりが強いのかしら?」


 ヒエナが怪訝な顔をする。


「テンセイ、何か恨まれることでもしたの?」


「積もる恨みはあるかもな。ムバラ家とツバ家は、因縁の宿敵同士だから」


 東のムバラ家と西のツバ家。

 同じ武家の名士として、両家は代々ライバル関係にある。

 そんな背景があるからこそ、御前試合で負けた俺は追放を言い渡されたのである。


「一昔前は、流血をともなう小競り合いも珍しくなかったらしい。父の代になってからは表立った抗争はないけどな」


「嵐の前の静けさね」


「なんてことを言うんだ……」


 チッ、と舌打ちの音が広い演習場に響いた。


「僕を除け者にしておしゃべりするな! 君ごときがヒエナ様と同じ空間にいると思うだけで、僕の頭は爆発しそうだ!」


 怒髪天をつくガゼンは今にも有言実行しそうだった。


「でも、正直驚いたよ。君は決闘を拒むと思っていた。僕にあんなにみっともなく負けたわけだしね。それとも、君の鳥頭は負けたことさえ忘れ去ってしまったのかな?」


 ガゼンは饒舌のままこう続ける。


「法力の量は、信仰心に比例する。君が仏の寵愛を受けられないのは、君自身がカスだからだ。八百万の神々に見放された人間の失敗作。欠陥品。なぜ麗しきヒエナ様が君みたいな駄馬をおそばに置いておられるのか心底疑問だよ」


 それはそう。

 ヘンジも言っていたが、ヒエナは面倒事を抱え込んで損をするタイプだと思う。

 でも、そんなまっすぐなヒエナだからこそ、御仏は超大な法力を与えるのだろう。


「……そうか。動物愛護か」


 ガゼンは腑に落ちたという表情だ。


「ヒエナ様は獣人のような見苦しい生き物にも深い慈愛をもって接しておられる。きっと家を追い出された君が捨てられた犬に見えたんだ。だから、保護したんだ。そうなのでしょう、ヒエナ様!? ああ、僕は今、生まれて初めてあの畜生どもが羨ましい! 浅ましいケダモノの分際であなた様の愛に触れられるのですから!」


「……」


 ヒエナから返事はなかった。

 代わりに、演習場の気温が真冬なみになった。

 ご尊顔を拝するのが怖いので、俺は見たくもないガゼンの顔を凝視することにした。


「僕がそのふしだらな犬めを殺処分してご覧に入れます。どうかその暁には僕を付き人に」


 ガゼンが片手で印を作った。

 決闘開始だ。


「テンセイ、必ず勝って」


「御意にございます、殿下」


 怒れる主の不興を買い、氷漬けにされてはかなわない。

 勝ちましょう、必ずや。


「フッハッハッ! こたびの決闘、不肖ォこの剣直ケンジが見届けよう!」


 生徒たちをかき分け、爽やかな汗とともに巨漢が現れた。


「両者後腐れなきよう存分に闘うがよい! いざ、始――」


オン遮反炎盾シャダエッダ!」


 始まりのゴングが鳴るより数瞬早く、ガゼンは最速で炎の盾を張った。

 真っ赤な壁の向こうでトカゲ顔がいびつに歪む。


「おっと? 君のことだ。馬鹿の一つ覚えで開始早々に雷法術を使うと思ったが、違ったのかい?」


 それは、法力が貧弱だった時代の苦肉の策だ。

 今の俺には必要ない。


「今日は小細工なしだ。お前は正々堂々負かさないと後であーだこーだと言い訳するだろうしな」


「強がりを言うな、雑魚が。小賢しい無詠唱で不意打ちしなければ、君の勝ちは万にひとつもない。僕はこの盾の内側から君をゆっくり炭火焼きにすればいいだけだからね」


「どの盾だって?」


 俺は水の法術をガゼンの頭上に叩きつけた。

 荒波に呑まれた松明のように、もろくも盾は砕けて消えた。


「に、二属性、だと……」


 ずぶ濡れで尻餅をつき、ガゼンはそんな言葉を漏らすのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ