第十五話 初登校、虎馬再会我胃痛
「付き人枠?」
「そうなの。一部の貴族や私たちみたいな皇族には警護と身の回りのお世話をする人が必要でしょ? だから、付き人同伴での通学が認められているの」
朝の目抜き通りを馬車が進む。
目的地は学校だ。
ヒエナは今、2年生らしい。
夏期休暇が昨日終わり、今日から新学期が始まるのだという。
俺が似合いもしない制服を着て同じ馬車に乗り込んでいるのは、栄えある付き人に選ばれたからである。
「皇女様の付き人か。社会的ステータスで言えばフフフ……、悪くないな。校内カーストでも上位に入れよう」
「そんなんじゃテンセイ、今に痛い目を見るわよ? 付き人って、すごく大変なの。わがままなお嬢様のお世話をしながら、勉強にもついていかないといけないんだから」
わがままなお嬢様の自覚があるのか、ヒエナが心配そうな顔をしている。
付き人も生徒の一人として授業を受けるらしい。
貴族や皇族のみならず、その従者にも相応の教養が求められる。
だから、学びの場をともにするのは都合がいいのだろう。
とはいえ、付き人が付くのは貴族の中でも上位の者に限る。
ムバラ家のような武家は、むしろ警護を行う側だ。
そういう意味では、俺がヒエナのお付きとなったのは自然な流れと言える。
「これまではね、ハイヒが付き人をしてくれたの。でも、授業のたびに目を回しちゃって」
奇怪なマントラと難解な梵語が飛び交う教室で、朦朧とする褐色ケモ耳少女の姿が目に浮かんだ。
可哀想に。
馬車は皇都郊外にやってきた。
行く手に城壁が見える。
その高い壁にまたがるようにして、黒塗りの建物がそびえている。
外観は、要塞化した神社といった様子で、和テイストの魔王城を彷彿とさせる。
あれぞ、天下に名高き学問の府、皇立七宝講社の学び舎である。
いざ、校内へ。
「今日も学校、六根清浄ッ!」
校門のところで、ヘンジの生き写しみたいな教員が竹刀片手に胴間声を轟かせている。
「剣術指南の剣直先生よ」
この世界版の体育教師というわけか。
「私、ヘンジと間違えてお尻を触っちゃったことあるの」
ヒエナがくすくすと笑った。
そりゃあ、さぞかし怖気が走ったことだろう。
「おはようございます、先生」
「うおォ……。お、おはようございます、ヒエナ殿下」
ケンジ先生は大きな体でぶるりと身震いした。
気の毒に。
「このいかめしい面構え、懐かしいな」
馬車を降りて校舎を見上げる。
建立1000年を誇る遺構は相変わらず迫力十分だった。
「懐かしい? テンセイ、ここに通っていたことがあるの?」
ヒエナが尋ねた。
「いいや、去年、入学試験で一度来ただけだ。後生です、殿下。結果は訊かないでくだされ」
「で、どうだったの?」
「ぐぬぬ……トップで落ちました」
筆記はともかく、だ。
実技試験が最悪だった。
1発しか法術を打てないのに、3つ見せるよう言われて、あえなく不合格だ。
思い出したくもない。
「トップで落ちるってなに? ビリっけつのダメダメだったってこと?」
「いみじくも、おっしゃるとおりだが、言語化しないでくれ。悲しくなる」
「ごめんなさい。本当のことを言うと傷つく人もいるよね」
「誰が追い打ちをかけろと?」
「テンセイってやっぱり面白いわ!」
ヒエナはお上品に口を押さえて笑っている。
皇女でなければゲンコツで返礼しているところだ。
「でも、そっか。去年ということは、私たち、同級生になるはずだったのね。結果的にそうなれて、私、嬉しいわ」
ヒエナは少し浮かない顔をした。
「ほかの同級生たちはね、よそよそしいの。先生方もかしこまってしまって、私が本音で話せるような人は一人もいないのよ」
皇女であるヒエナは、高嶺どころか雲の上の花だ。
翼でもなければ声をかけようとすら思わないだろう。
「腫れもの扱いなんだなぁ。ぼっちとも言う」
「テンセイのそういうところ好きよ。対等に接してくれるから肩肘張らなくていいもの」
「拙者、ただ礼儀がなっていないだけの芋侍にございますれば」
「ぷふふ、テンセイはお侍さんじゃないでしょ」
「芋のほうを否定してくれよ……」
それにしても、だ。
家を追い出されたときは、のんきに学園ライフを送れるとは思っていなかった。
それも、一度は門前払いを食らった学び舎に通えるなんて。
ヒエナには感謝しないと。
「おや? 誰かと思えば落ちこぼれの法力貧者君じゃないか」
聞き覚えのあるねっとりした声が背中にかかる。
俺は悪寒を感じつつ、嫌々ながら声のするほうを振り返った。
そこには、やはりと言うべきか、赤毛の男子生徒が立っていた。
その陰惨なうすら笑いを見ていると、胃がキリキリと痛んだ。
ムバラ家と双璧をなす武家の名家、蕾晴家。
彼はその嫡男。
名前は火善。
御前試合で俺に渾身の黒歴史を刻み込んでくれた対戦相手は誰あろう、彼であった。