第十四話 姫突然通達、我当然驚愕
ヒエナの衛士になって2週間が経った。
この間俺は、公務に同行したり、村で獣人の子らに読み書きを教えたりと割と忙しく過ごしていた。
多忙を極めるヒエナの代わりに森深くに赴き、溜まりに溜まった法力を発散するのも俺の大事な仕事のひとつだ。
そして、本日も、俺はいつものようにヒエナの私室を尋ねたのだった。
ドアを勢いよく開けたところで、ノックを忘れたことに気づく。
そして、見てしまった。
『皇国の氷姫』と称される第三皇女殿下のとんでもない痴態を。
「んぉふ! んんぉー! ふもっふも!」
和風調の広い部屋の中に、二人の少女がいる。
一人は我が主、ヒエナだ。
もう一人は、その侍女ハイヒである。
二人はタコの夫婦のように絡まり合っていた。
衣服はみだらに乱れ、心なしかピンク色の煙すら見える気がする。
濃密に体を交え、何をしているのかと思えば、ヒエナは吸っていた。
尻尾を。
ハイヒの尻から伸びる毛量豊富な尻尾に顔をうずめて、
「はふっ! はっふはふ! んふぉー!」
と、荒い呼吸を繰り返している。
それはもう、脇目も振らず無我夢中でだ。
ハイヒが実は獣人だったという驚愕の事実も含めて、俺は衝撃のあまり棒立ちの態となった。
「……」
しばらく時間だけが過ぎゆき、ようやくヒエナは俺の存在に気づいた。
そして、氷の大法術でも食らったようにカチンコチンに凍りつく。
朱に染まった頬は、白を経て青へと変色していった。
俺は生唾をごくりと飲んでから、ハイヒに問う。
「獣人だったんだな、お前」
「はい、です。ヒエナ様に拾ってもらった、です」
ハイヒは誇らしげだった。
「耳と尻尾はうまいこと隠していたんだな」
衛士服をもらったとき、頭巾の中でハムスターのように動いていたのはケモ耳だったわけだ。
皇城は言うまでもなく、獣人お断りだ。
バレればひと悶着あるだろうに。
「そうまでして、獣人をそばに、はべらせたいのか?」
俺はいささかの軽蔑を視線に込めて送りつけた。
「仕方ないじゃない! ハイヒの尻尾ったら、もっふもふで美味しそうな匂いがするんだもの!」
ヒエナは5歳児のようにダダをこねた。
そして、灰色の尾に抱きついて再び赤ら顔となる。
「この尻尾がいけないの。元凶。私を畜生道に堕とした悪い尻尾なの……」
畜生道にケモナーの意味があったとは、初耳だ。
「テンセイも一度吸えばやめられなくなるわよ!」
「ヤバイお薬かな?」
「でも、吸わせてあげない。ハイヒは私のなんだから」
ああそう。
俺は哀れみの目をハイヒに向けた。
「嫌じゃないのか? 変態のお吸い物にされて」
「あたし、ヒエナ様、好き、です。相思相愛。子供もでき、ます」
こちらはこちらで、まんざらでもないらしい。
子供はできないと思うが。
「二人が固い絆で結ばれているのはよくわかったよ」
俺は半歩引いて言った。
そういえば、以前、ハイヒは俺の頭と尻尾を念入りに触診して、「ない、です」と安堵していた。
あれは、ケモ耳と尻尾を探していたのか。
ヒエナが新しい獣人を拾ってきたと勘違いして。
「ん?」
と、俺は目を見張る。
ショッキングな光景のせいで気づくのが遅れたが、ヒエナは普段とは一風変わった装いをしていた。
白を基調とした飾り気のない和装で、どこか青春の甘酸っぱさみたいなものを感じなくもない。
「そのお召し物は?」
「皇立七宝講社の制服よ」
皇立七宝講社。
それは、皇国の最高学府の名前だった。
要するに、学生服である。
「似合うでしょう?」
半分照れながらヒエナはターンして、ウィンクをパチリ。
「正直言って、グッときた」
どストレートな社交辞令を投げ返すと、半照れは全照れになった。
「ば、馬鹿なこと言ってないで、テンセイも着替えなさい。学校に行くわよ」
「承知しました、殿下。ところで、何に着替えるので?」
「学校に行くのだから、制服に決まっているでしょう」
当然だと言わんばかりの物言いだ。
「テンセイ様、はいです」
ハイヒに男物の制服を手渡された。
それをボーッと見つめ、俺はしばし思案に暮れる。
通学に際し、衛士が同行するのはわかる。
しかし、護衛役がなぜ制服を着なければならないのだろうか。
「はて?」
「あなたが入学するからよ」
俺の心を見透かしたようにヒエナは言った。
「テンセイ、入学おめでとう。今日からあなたも七宝生よ」
「……へ?」
というわけで、突然俺の学園ライフが幕を開けたのであった。