第十三話 広背中永久記憶
「タマネ、今日からここがあなたのおうちよ」
村の紹介をひと通り終えると、ヒエナは慈母の笑みでそう言った。
タマネは子供のようにわんわん泣いていた。
居場所ができたのは初めてだそうだ。
ふたりの様子を微笑ましく見守っていると、不意に大きな影が降ってきた。
見上げると、そこには身の丈2メートルはあろうかという巨漢が立っていた。
鬼みたいな凶悪な顔をしている。
悪人に違いない。
「紹介するわ。その人は片耳よ。ここの村長を任せているの」
どう倒そうか考えていた俺に、ヒエナがそう教えてくれた。
村の長より山賊の長と言われたほうがしっくりくる。
と思ったのも束の間、ヒエナの顔をひと目見るや、ヘンジは久しぶりに孫に会った好々爺みたいな顔になった。
実はいい奴かもしれない。
「それにしても、妙な名前だな」
「オレはほら、片耳が欠けてンだろォ。昔、人族とちょっとなァ」
たしかに、右の耳に去勢された猫みたいな切れ込みが入っている。
でも、身体的特徴で言うなら、デカさのほうが際立っている。
巨体とかでいいのでは、と失礼ながら思った。
「坊主、お前さんは姫さんの味方みてえだなァ」
「どうしてそう思う?」
「目だァ。オレらを見下してねえ。見りゃァわかる」
誰がこのデカくて怖い鬼さんを見下すのだろう。
逆に教えてほしい。
「オレら、ここで農業やっ――うッ!?」
ヘンジが急にぶるりと震えた。
ヒエナの手が痴漢じみた動きでヘンジの尻尾をなでている。
とうの痴漢魔は何事もなかったかのようにニコニコしているが。
「……オレら、ここで農業やってんだ。坊主、ちょっくら畑を見に来いよ」
ということなので、お邪魔することにした。
丸太造りのやぐらから一望すると、整然と並ぶ棚田を青い波が駆けていく美景が見えた。
秋には、金の穂波が見られるだろう。
畑に下りてみると、キュウリやナス、トウモロコシが立派な実をつけていた。
「どれもうまそうだ」
「そうね。でも、きっと誰も買ってくれないわ」
ヒエナは浮かない顔をしている。
「オレたちが作ったお野菜ェを食うとよォ、毛と耳と尻尾が生えてケダモノになるんだとよ」
ヘンジは仏頂面だった。
獣人が作ったものは食えない、か。
いわゆる、穢れ信仰だ。
視野の狭い人間ほど、「汚れ」ではなく「穢れ」で物事を判断しがちだ。
俺はトマトをもぎ取って、かぶりついた。
「みずみずしいな。毎日だって食べたいよ」
「坊主。お前さん、いい奴だなァ」
ヘンジは大笑いしてから、大きな手をおわん型にした。
「3文な!」
「金取るのか」
「たりめえだボケ」
「だよな」
うまいと言えばタダになるなら、誰も美味しいものなど作らない。
俺は懐からなけなしの一文硬貨を3枚取り出した。
「2モンにまけといてやんよ。お前さんも姫さんもお人好しだなァ。損な性格だ。オレらみてえなケダモノ、ほうっておけばいいものを」
子供たちを連れ立って収穫を手伝うヒエナを、ヘンジは優しい目で見守っていた。
「損得で言うなら、得じゃないか? 少なくともヒエナに関しては」
俺は苦笑を浮かべる。
「子供たちを事あるごとになで回しているのが見えるか? あのとろけそうな顔も」
「ガキってのは可愛いからなァ」
「いや、ヒエナはガキじゃなくても可愛がると思うんだ。獣人ならな。あんたもよくなでられるだろ?」
「……あー」
心当たりが多々あるらしく、ヘンジは尻尾の毛を逆立てている。
「ま、まあよォ、オレらは姫さんがどんな趣味を持っていようが、感謝してるぜェ? 笑顔を向けてくれる人族なんて、姫さんが初めてだかんなァ」
「二人目がここにいるぞ!」
俺はにっこり笑顔でヘンジを見上げた。
うっわキッショ、みたいな顔をされた。
ショックだ。
◇
「これ、よければ、村のみんなで使ってくれ」
夕刻、別れの時が近づく中、俺は反物の山の前に獣人たちを集めていた。
布はこの時代、金にも並ぶ価値がある。
なので、獣人たちは小躍りするほど喜んでいた。
「それ、お給料の代わりだったんでしょう? よかったの、テンセイ」
「ヒエナ、俺はな、他人からかっぱらった金で幸せは買えないと思うんだ」
「テンセイのそういうところ、いいと思うな。でも、キザったらしいから減点っ!」
ヒエナはチャーミングに笑った。
「ほらよ。土産だァ」
馬車に乗り込む段になり、ヘンジが野菜をたんまり押し付けてきた。
「何モン?」
「そんなモン取らねえよ」
「さっき2モン徴収しなかったか?」
「細けェことを言うんじゃねえ。まァ、また来いや」
最後の一言が俺の胸に響いた。
「それじゃ、また」
帰路につく。
獣人たちが総出で見送ってくれた。
「テンセイ様、テンセイ様ぁー!」
タマネが馬車を追って駆けてくる。
「私を背負ってくださった広いお背中、忘れません! どうか、また会いに来てください、テンセイ様ーっ!」
そう言って、ぽろぽろと涙を流す。
俺はだらしなく緩みそうになる口元を必死に噛み潰した。
「言っておくけれどテンセイ、私も広いお背中忘れてないからね。あのときは、おぶってくれたものね?」
ヒエナが冷やかす。
「やきもちですか、殿下。大変お見苦しゅうございます」
「ちがうもん!」
そうこうしているうちに、馬車は早くも皇都に戻ったのだった。
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