第十話 突入、奥座敷大乱闘
「ななな、なんという僥倖! 天下に名高きあのヒエナ内親王殿下様様が当店にご降臨くださるとは! わたくしめは、まさしく天にも昇る気持ちでございますハイ!」
店の奥から太った男が現れ、流れるように土下座した。
見上げてくる顔はガマガエルのようだが、目付きには化けギツネじみた鋭さがあった。
「申し遅れました。わたくし、温達磨屋反兵衛と申しまする。どうぞどうぞどうぞお見知りおきを」
ハンベエはひれ伏したまま、揉み手でにじり寄ってきた。
「して、殿下ぁ! 本日はいかなるお品をお求めでございましょう? 当店は最高級品ばかりを取り揃えておりますからして、いかなるご要望にもお応えできるものと自負しておりまするハイハイ!」
ヒエナは腕組みで見下ろした。
「では、ハンベエ。この店で一番高価な品を連れてきなさい」
「ハハ! ただちに!」
ハンベエは稲妻じみた俊敏さで店の奥にすっ込むと、ブーメランのごとく舞い戻ってきた。
その手には五色鮮やかな反物が赤子のように抱えられている。
ヒエナは言った。
「それではないわ。私は持ってきなさいではなく、連れてきなさいと言ったの」
「……つ、つつ、連れてきなさいと、お、おお、おっしゃいますと?」
ハンベエは目に見えて狼狽している。
それを自白と見たか、ヒエナは土足で店の奥に踏み込んだ。
真新しい板張りの壁に触れ、言う。
「テンセイ、ここ!」
「了解」
俺は掌底で壁を打った。
屋根瓦ほどの厚さを持つ板が木っ端微塵に砕け散り、地下へと通じる階段が姿を現した。
「て、テンセイってけっこう力が強いのね……」
ヒエナに唖然とされた。
「まさか。今のは立派な法術だ。戦仏として雷鳴を轟かす七頭怪駄裸武墜の百人力を借りたんだ」
俺はキツネ目のガマガエルを片手で担ぎ上げた。
「それじゃあ、中をあらためさせてもらおうか」
階段を降りると、細い通路が伸びていた。
どうも地下で奥座敷に通じているらしく、階段を上った先には南京錠だらけの扉があった。
「で、でで、殿下ぁ!? そちらには何もぉ……! 漬け物! そ、そうです漬け物蔵にございますれば! あばば……」
「そう。私、ちょうど漬け物を食べたい気分だったの」
ピキパキと音を立てて南京錠が凍りつき、ガラス細工のように砕けた。
扉を開けると、タバコとカビの臭いが渾然一体となって流れ出してきた。
窓のない暗い部屋に檻がいくつも並んでいる。
いかめしい顔の男たちもセットだった。
俺はハンベエを檻のひとつに投げ込んだ。
これで、こちらの用件は伝わったらしい。
「んだァ? お前らァッ!」
「勝手に入り込んでんじゃねえぞワリャア!」
角材を持って殴りかかってくるので、俺は素手で受けた。
発泡スチロールの棒で殴られるくらいの痛みしか感じない。
「な、なんだこいつ――ガハあ!?」
「鬼みてえに強ェ……おあ!?」
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
すぐに檻は超満員となった。
「御・氷射矢・護体!」
ヒエナが氷の矢で檻の戸を凍結し、投獄完了。
「何の騒ぎだオラァ!」
「ワリャ、何さらしとんじゃボケんダラァ!」
一網打尽かと思いきや、奥の扉が開いて男たちがなだれ込んできた。
みな、顔ばかりかスネにまで深い傷がありそうな連中だった。
20人はいるだろうか。
さすがの武闘派皇女様もこれには肝を潰したようだった。
「お、おい! お前たち、やめりょおおお! こ、こここ、この方はこここ皇女殿下なるぞおおおお! 頭が高い! 控えおりょおおお!」
もし、ヒエナにかすり傷でもつこうものなら、極刑は免れないので、ハンベエは水戸のご老公の連れみたいなセリフを吐いている。
もちろん、顔面蒼白でだ。
しかし、荒ぶる男たちには聞こえないようだった。
「ヒエナ、少し下がっていてくれ」
俺は両手の間に法力を集めた。
「御――」
青紫の閃光が激しく明滅した。
ほんの1秒後には、男たちは全員床に這いつくばっていた。
「テンセイ、今のなに!?」
ヒエナは頭を抱えてしゃがんでいた。
「『雷蛇の術』だ。電撃を大蛇のごとく暴れさせる術だな」
速攻性において雷法術の右に出るものはない。
それを、無詠唱で行使したのだから、男たちはまさに青天の霹靂に打たれた気分だったろう。
「テンセイがいてくれてよかったわ」
「ヒエナだけだと、とっ捕まっていたか?」
「うーん。たぶん、お店ごと氷漬けにしていたと思う」
「あー……」
されかけたことのある俺には、その恐ろしさが身に染みてわかった。
きっと向こう三軒両隣に局所的厳寒期が到来することになっただろう。
さて、囚われの獣人少女を捜しますか。